第十六話「同様」
「何だあれは……?」
その場に居た全員がその存在に目を惹かれた。一番の異彩を放つその“ルシファー”と呼ばれ召喚された堕天使はただ空に佇みこちらを観察していた。
――――――本当に不味い事をしてしまったかもしれないと思った。 確かに召喚したのは僕だけどまさかあんな変な羽生やした人みたいな奴を召喚するとは思わなかった。僕の能力、神話操作が分離前と分離後で変わっていないという可能性はいない。
しかも人型だ。だとするならば普通に人間と変わらない知能を持っている事はそう時間を掛けずに考え付く事だった。
すると、ルシファーは静かに空から下へと降り、地へ着いた。
僕達、守、神、オペ、そして全身の筋肉が露出した粘着質の液体で溢れている蜥蜴を観察するように見回す。
観察を終えたルシファーはゆっくりと歩を進める。確実に蜥蜴ではなく僕達三人に近付いてきた。何をするつもりだろうか?
ただそれだけが心の中の不安を煽っていく。鼓動は時を刻むと共に激しさを増し警戒を高める。
ドクン、ドクンと確かな心臓の音を感じた。高鳴りが限界まで来ると共に歩みを止めたルシファーは悠然とその口を開き、次の言葉を述べた。
「……ここどこ? 私は誰?」
「「「……は?」」」
この状況からのあまりにも不釣り合いな発言はこの場の空気を軽くするには丁度良い物だったかもしれない。
「だから、ここがどこで私が誰なのか聞いてるんだ。 やっぱり分からないかな?」
そこから時間が経ち落ち着きを取り戻したオペは冷静に答えた。
「わ、わかりません……でも、ルシファーって名前だけなら……」
「う~ん……名前だけかぁ、まぁ仕方ないか。 では、このルシファーがまた質問。 何で私がここに居るのか分かる人いる?」
—――――—何故だか知らないがこのルシファーって人は僕達と同じ感じがする。それもバカ、アホというワードが似合う方向で。
「それは……僕が呼んだからです」
「え? 人間ってそういう技も持ってたっけ……うわっ! 今気付いたけど私って翼が生えているんだ……もしかして私って人間じゃない?」
「はい、その通りです」、と返事を返す。蜥蜴を何とかしようとリストから無造作に呼び出してみたもののまさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。もう少し凄い怪物が凄い必殺技を使って蜥蜴を倒すものを想像していたがそんなものはなかった。
「ふ~ん、そうなのか……じゃあ私ってどういう動物なんだろう? 凄く気になるんだけど、でも羽生えた人間って流石に普通にいないよね?」
いませんよ! そんな人間!、言ってみたもののどこか見覚えのある感じがするが思い出せない。
「いないか~。 なら仕方ないね……あの蜥蜴って何? 気持ち悪いんだけど」
「さ、さぁ……もう! 守さんも神くんもしっかりしてよ! ヌパーももう少しこっちに来てよ!」
「ヌ、ヌパァ……」
「うわぁ~、木が歩いてる。 不思議だなぁ、何か記念に撮りたいぐらいだよ」
とる?っと疑問を投げ掛ける。
「ああ、カメラだよ。 カ・メ・ラ! 知らない?」
そこで守と神は正気を取り戻し、改めて今の状況を把握しようとした。
「……うお!?……何だこの状況!?」
「ふぇ~、何々!? 何で羽なんか生やしてるの? ねぇねぇ何で?」
さらにカオスな状況に混乱していたり、執拗に翼について聞き続けたりとしたが、二人ともその次に言った一言は見事なまでに一致していた。
「「……そのローブ何?」」
「……ふぇ?」
オペは確認した。すると自分でも気づかないうちにローブを羽織っていた。それも見たことない紫色のだ。
慌ててオペはカバンの中を確認するが以前まで所持していた黒のローブはちゃんと存在を確認できた。となると疑問はただ一つ……。
「……このローブどこから来たの!?」
あまりにも何の前振りもなく突然現れたならそれは恐怖だ。そして、何故紫のローブは既にオペに羽織られていたのか。オペに羽織らせる意味はあったのか。色んな推測が付く。
と、ここで守が一言。
「……普通に第三者が出したんじゃないの?」
ふむ、僕たちのこれまでの冒険の数々から推測するとなるとそれこそが一番答えに近いのかもしれない。
にしても第三者は何故いつも良いタイミングでもよくわからないタイミングでも都合よくアイテムや指示をくれるのだろう。こういう万能の力を持つ人って何っていうんだっけ……えっと。
「神の事かな?」
ここでルシファーはその名を口に出した。
「カミ? なんだそりゃ? すまん、ここにいる三人は記憶がほとんどないんだ許してくれ」
三人は初めて神の存在を知った。だがオペは心当たりがあった。
「何でしょう……僕の神話操作に何か関係ありませんか?」
「知らないよ、そんなことは。 僕だって記憶が曖昧なんだから」
えぇ……っと残念がるオペ、だがルシファーは付け加えた。
「あー、その神話操作は分からないけど神は凄く偉くてなんか光り輝いててすっごいウザくてギャグは寒いわ、寝る時もいびきがうるさいし……あれ、俺何でこんな知ってるんだろう」
と小言を言い続ける。
「でも、神話操作って奴が神と関係あるんなら君が神に近いんじゃないの?」
「僕が神なの!!!」
「え?」
「彼の名前です……」
「あ、ああ」と納得を見せたルシファー。正直この会話において神くんと神というワードが被り過ぎてて時々どっちの事を言ってるか分からなくなってる。ウザいって部分も共通しているし尚更だ。
「ところで写真を撮ろう。 カメラなら……ほら、今召喚したから問題ない! そこの蜥蜴も見た目はこの際良いからこっちきて記念撮影しよう」
と、促され蜥蜴もこちらへ来る。何だこの状況。
そして、ルシファーはみんなが集まったのを確認すると近くのまだそこまで熱くなっていない岩にカメラを置き、タイマーをセットし思いっきり走り無事に辿り着き右手でピースを作った。軽く笑みを浮かべている。
「ハイ、チーズ!」
守は無表情のまま手を後ろへやり背筋をピンと立てる、神は満面の笑みでダブルピースを披露する。ヌパーは枝をペタペタ動かし蜥蜴はそのしかめっ面のまま、オペは苦笑いしながら手を振るえながらピースをした中、シャッター音が終わりを告げた。
「どれどれ……おお、割と良い感じに撮れてると思うぞ」
みんなはまじまじと写真を見た。だが三人は微妙そうな顔をしていた。
「ほんとにー?」
「……これホントに俺か? それにしては無愛想すぎるような気がするな……」
「それは守さんが自分でそうしているだけでは……なんか僕の笑顔が曇ってますね……何故でしょう?」
「もー、みんな文句言い過ぎ! これはこれで良い写真なの! はい、解散!」
するとルシファーは自身の翼を広げ、自分を隠すように翼で覆い姿を消した。
ルシファーの最後の一言に従うかのように蜥蜴もそこから去ってしまった。
「な、なんだったのあの人……」
「トカゲさんも何であそこに居たんだろう……何で爆発したんだろう?」
「さあなぁ……いなくなってしまった現状としてはどうにもならん―――――――!?」
すると目の前にルシファーが現れた。戻って来たのだ。
「あー、一つ言い忘れたことあるわ」
「何で戻って来たんですか!? てか、召喚したの僕だから時間制限があるはずなんですけど……」
「私に聞かれてもなぁ、ま、人型だからじゃない? それに自分の力とか記憶とかよく分かってないしきっと異常な状態なんだよきっと」
確かにそうかもしれないが。そもそもこの世界自体が異常事態なものなのだが……それ故に何でもありに近い環境になっているのかもしれない。
「でも、今までみんな同じ条件だったのにルシファーさんだけ特別だけなのはおかしいと思うんですよ。
彼等は忘れている。この世界が常に危険と隣り合わせという事を……無意識の内に自分自身の中で大丈夫と思っている。
「いやー、でも何かあって僕だけこうなって……ねぇ、あれなに?」
「え?」
と、ルシファーの目線の先へと向いた。
「――――――何なのあれ!?」
50メートルは軽く超えており、翼を生やし強靭な皮膚に尻尾、口からは炎が漏れている……ドラゴンだ。
「うわー、典型的なタイプのドラゴンだー」
「お前何言って……!? とりあえず隠れる……うわっ、コッチ来てる!」
かくして人間三人と人外二体による逃走は始まった。何回逃げてるんだろう僕たちは、そろそろ休んでもいいんじゃないかな。そうしないと身体が持たないよ……。
と言いつつも、先頭で誰よりも走るオペであった。