九話:レナと封蝋を作る
「ねえ、ジュリー。今日はどの魔法を勉強するの?」
いつからだろうか、レナが母さんに倣って俺のことを「ジュリー」と呼んでくれるようになったのは。
毎回うれしくてニヤニヤしてしまう。
「いや、今日は新しい魔法習うんじゃなくて、これまで習ってきた魔法の復習をしようと思うんだ」
「えっ! だ、ダメだよ!」
俺が今日の勉強課題を言うと、レナは驚いた後、心配そうな顔で俺の腕を掴んでくる。
まあ、仕方がない反応だ。なんせ、俺の魔法の復習と言ったら、まず自分の体で実践してみることだからな。
こないだ、『ハイ・ヒール』を試すために腕を折ったら、二日間口を聞いてもらえなかった。
「違う違う。魔法で何か作ろうと思てね」
「なんだー、ビックリしたよ。でも、レナ、ジュリーほど工学魔法得意じゃないよ」
「大丈夫、レナには火属性の魔法を使ってもらうから」
俺はそう説明すると、レナを部屋の中へ案内する。
「ねえねえ、何作るの?」
レナは、俺の部屋の床に並べられた材料を指さして、首をかしげる。
「ろうそくだよ」
「へー」
むっ、興味がなさそうな返事だな。
「まあ、正確には封蝋用のワックスだけどね」
「ふうろうって何?」
「ほら、あれだよ、手紙を閉じるときに使うやつ」
俺は五年前国王陛下からもらった手紙を見せながら説明する。
「何でそれなの?」
「だって、封蝋って赤色しかないじゃん。違う色のも作れたら面白いなと思ってね」
「うん、カラフルのほうがいいね」
やっと興味を持ってくれたようだ。
「でしょ、じゃあ早速作ってみよう」
まず、材料の整理をしておこう。
封蝋になるろうそくの材料はざっと二つ、ワックスとウィックだ。ワックスにはこの時代で一番主流の蜜蝋を用意してもらった。
そして、それに着色するための顔料を七種類。バーミリオン、ランプブラック、マイカ、スマルト、鉛白、パイライト、そして緑青だ。
蜜蝋を容器から鍋に移し替え、鍋をレナに手渡す。
「それが溶けるまで温めて」
「分かった。『フレーム』」
レナは手に火を灯し、蜜蝋を溶かし始める。
その間、俺はろうそく用の型を七つ用意し、その中に芯を固定していく。
芯を入れたら、それぞれの型に顔料を入れていく。
「溶けたよ」
蜜蝋がうまい具合に溶けたところで、レードルを使いワックスを型に流し込む。
流し込む際に、ちゃんと芯が中心にあるように注意しなければならない。そうしないと、ワックスを溶かすときに手間がかかる。
まずは一つ目、バーミリオンが入った型にワックスを流し込んだ。
そして、工学魔法『コンバイン』を掛けて顔料とワックスを混ぜ合わせる。
バーミリオンはワックスを赤色にする。この世界に既にある色だ。
豆知識として、バーミリオンはシナバーという鉱石から生成される。
異世界なら異世界独特の鉱石があると思っていたが、どうやら同じようなものがあるようだ。
ちなみに、前世の世界でも封蝋の着色で最初に使われたのがバーミリオンだ。
次にワックスを流し込んだのはランプブラックが入った型だ。
名前からわかると思うが、ランプブラックはランプの副産物で、ワックスを黒くする。
そして、マイカは金色、スマルトは青、鉛白も名前の通り白、パイライトは黄色、そして緑青は緑だ。
『コンバイン』を七回も使ったため、エーテル切れで疲れてきた。
確かに工学魔法なんか使わずに普通に顔料とワックスを混ぜたほうが楽だろうが、『コンバイン』を使ったほうが混ぜ合わせようの容器を余分に使わずに済む。
レナもずっと『フレーム』で蜜蝋を溶かしていたので、眠たそうな顔をしている。
やばい、俺まで眠くなってきた。ああ、でもちょうどいいか。
型に入ったワックスが固まるまで一寝入りしようかな。
――――――――――
目を開けると、母さんがニコニコしながら俺を見つめていた。
「おはよう、ジュリー」
「おはよう、ジュリー」
かわいい声が母さんを真似る。レナか。
あれ、レナも寝ていたんじゃ?
「いや、もう昼でしょう」
眠気を振り払いながら起き上がり、二人のコメントに突っ込みを入れる。
すると、ほぼ同時に俺の部屋のドアが開き、父さんが顔を覗かせる。
「クラウディア、ここにいたのか。もう勉強の付き添いは止めたんじゃなかったか?」
「ええ、そうよ。でも、通りかかったらやけに静かだったのよ。だから、何をしているのかなって覗いたら、二人とも可愛く居眠りしちゃってて」
なるほど。
で、レナが起きても俺は起こさず、二人で俺の寝顔を拝んでいたということですか。
「そうか。それにしてもジュリアス、お前この間頼んだもので魔法の練習をするとか言っていたが、いったい何を作ったんだ?」
俺は、青いワックスを型から外し、父さんに見せる。
「これです」
「ろうそくか?」
「違う、封蝋」
俺はレナに頼んで芯に火をつけてもらい、紙の上に溶けたワックスを垂らして、その上にシールリングを押し付ける。
そして、ワックスが固まったところで、出来上がった青い印璽を父さんに見せる。
「青い封蝋か。凄いな、チャンドラーも赤色しか作り方を知らないと聞いたことがあるぞ」
「金色もあるんだよ」
父さんは俺たちが作ったものに感心し、レナは金色のワックスを型から取り出してはしゃいでいる。
「ねえ、父様。これ売れますか?」
俺の発想に父さんも母さんも驚いた表情をする。
だが、父さんはすぐに真剣な表情になり、考え事をするように顎に手を当てる。
「売れるは売れるだろう。その黒い封蝋はランプブラックから作ったのだろう。それなら材料も安いから確実に儲かる。マイカとパイライトはシナバーと同等の価値だから儲かる見込みはある。だが、スマルトや鉛白は少々値が張るぞ」
「エーテル切れで寝ていたのでしょう? そんなにたくさん作るのは無理よね」
「いえ、母様。魔法を使わなくても作れます」
俺は母さんに魔法を使ってのレシピと、魔法を使わないレシピを見せる。
「だがなあ、貴族が商人の真似なんかするもんじゃありませんって、またお袋にギャーギャー言われるぞ」
「いいえ、商売は商人に任せます。これからの材料調達も製造も商人に任せます。俺はあくまで商品のアイデアを提供して、貴族らしく利益の一部を巻き上げるだけです」
「巻き上げるって……分かった。知り合いの商人に掛け合ってみよう」
「お願いします」
よし、資金調達第一段階はクリアだ。
この封蝋がどれほどの利益を出すかで次に再現する現代知識・技術を決めようと思う。
次に作ろうと考えていたのは顕微鏡だったけか?
その前にもう一つ資金調達用の現代品を再現する必要があるかないかが問題だ。
あっ、いいこと思いついた。
宣伝目的に国王陛下に手紙を送りつけてやろう。
もちろん、青色の印璽で手紙を閉じてだ。
そんなことを考えていると、レナが俺の肩をたたく。
「ねえ、ジュリー。なんでマイカがろうそくを金色にするって知ってたの?」
鋭いな。そこは俺の両親でさえスルーしたというのに。
俺はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、口元に笑みを浮かべる。
「多大な雑学と豆知識だよ」
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――――――――――
ヴィステリア王国、王都ヴィステリア、王城宮殿
執事姿の男が一人、手紙を手にダイニングホールへと入っていく。
ダイニングホールには縦長のテーブルがあり、その周りを王族が囲う。
さらに、王族の後ろにはそれぞれメイドが待機しており、ダイニングホールの隅には国王直属の騎士達がいつでも王族を守れるように目を尖らせている。
「陛下、お手紙が」
「なんだ、騒々しい。食べ終わるまで待てないのか」
テーブルの上座に座っていた男、ヴィステリア国王フリードリッヒ三世、がダイニングホールに入ってきた執事に対して文句を言う。
「それが、奇妙な手紙でして」
「どこが奇妙なんだ。普通の手紙にしか見えない……青い印璽?」
「えっ! ジュリーから?」
国王のコメントに、テーブルの左端に座っていた少女、第一王女レナ、が反応する。
「ああ、ブルーフィールド家の紋章だ。それにしても、一体どこで手に入れたんだ青い封蝋など」
「今日ジュリーと作ったんだよ。金色も作ったの」
レナ姫はそう言うと、金色の封蝋を取り出して国王に見せる。
「そうらしいな。他にも白、黒、黄色に緑か。見てみろキャサリン」
国王は右隣に座っていた女性、王妃キャサリン、に手紙に添えられていた様々な色の印璽を見せる。
「あら綺麗ね。でも、なんでわざわざあなたに手紙なんかを?」
「ふっ、俺にこの封蝋のことを広めてほしいのだろう、俺が使えばブランド化もできるしな。宣伝目的だろう」
「宣伝!? 誰ですか、お父様を使おうと企む不届きものは?」
国王の推測に、レナ姫の向かい側に座っていた男子、第一王子ウィルヘルム、が叫ぶ。
それに対して国王は手紙をウィルヘルムに手渡す。
「ウィルヘルム、差出人の名前を見てみろ」
「ブルーフィールドって侯爵家ですよね」
「家名じゃない、名前だ」
国王はじれったそうに人差し指でテーブルをトントンと叩きながら、息子に告げたことを繰り返す。
「ジュ、ジュリアス?」
「そうだ。頭首のガレリアス・ブルーフィールドではなく、そいつの二男で、8歳のジュリアス・ブルーフィールドだ」
「そんな! そんなガキがこんな手紙を書いたというのですか? 出来るはずがない」
王子は改めて手紙の文章を眺め、その丁重さに驚きを示す。
「お前の言う6歳年下のそのガキは、丁重な文章を書くだけじゃなく、ヴィステリア中、いや大陸中のチャンドラーが出来なかったことを成し遂げたのだ。それに、その手紙を送りつけてきたということは、俺がいつもお前らに教えている『使えるものは何でも使え』という概念を持っているということだ。お前は人を子バカにするだけじゃなく、少しは見習え」
国王は王子の手から手紙をひったくりながら説教をする。
「それにしても、レナはもう8歳か。そろそろ時期だと思うか、キャサリン?」
「ええ、そうですわね。でも、ジュリアス君が長男でないことが少し残念ですわ」