四話:大神殿で王女様に出会う
一週間たった。
今日で俺は3歳になる。
大神殿にて度の魔法の属性が使えるか調べてもらえる日だ。
外出の準備をし、部屋で待っていると、誰かがドアをノックしてきた。
「ジュリアス様、お出かけの準備はできましたか? 御両親が玄関でお待ちです」
俺専属の執事、チャドリックだ。
準備は既にできていたので、即座に部屋を出る。
「うん、行ってきます」
子供らしく答え、スキップで廊下を駆ける。
なぜ子供っぽくするかって?
そりゃあ、ねえ、たしかに、大人っぽく振る舞って、早く大人たちに自分を認めさせ、早く無双して、早くハーレムを築きたい気持ちはわかるよ。
でもさ、せっかく転生できたんだからさ、
子供満喫しようよ。
階段を駆け下りて玄関につくと、両親が待っていた。
「お待たせしました」
「まあ! 似合っているじゃない!」
と、挨拶するや否や、母さんに抱き上げられた。
そう、今日着ている服はいつものカジュアルなものではなく、母さん自ら選んだフォーマルウェアだ。
それにしてもフォーマルウェアか。
神殿に行くこの行事は七五三に似たようなものなのか?
「行こう、神官様を待たせてはいけない。ガスト、俺がいない間はお前がこの家の主だ。しっかりと守るんだぞ」
「はい、お任せください。いってらっしゃい」
父さんは見送りに来ていた兄さんに家を任せると、外へ出ていく。
俺は母さんに抱えられたまま、父さんの後を追う。
屋敷の外へ出ると、侯爵家に相応しい装飾を付けた馬車が屋敷の前に停められていた。
俺たち三人はその馬車へと乗り込む。
屋敷と言われると、広い庭に囲まれたレンガ造りの大きな建物を想像することだろう。
俺もそうだった。だが、この街にある屋敷はレンガ造りの大きな建物ではあるが、庭は1平方メートルもない。
そんな屋敷が道の両側に敷き詰められるように立ち並んでいる。
馬車が街の中心部に向って進むにつれ、周りの屋敷は小さくなっていく。小さい屋敷は男爵や伯爵などの爵位が低い家の屋敷なのだろう。
その光景はパリの市街地を思い浮かばせる。
馬車が大神殿へと走る中、俺は親近感を抱いていた。
抱かざるわけにはいかなかった。抱いて気を紛らわさなければ……
ああ、尻が痛い。
パリの市街地を思い浮かばせる光景は建物からだけで、道路からは全く伝わってこない。
ここは貴族の住宅地ともあって道路はちゃんと舗装されている。
しかし、パリのような中世ヨーロッパにあったレンガ舗装ではなく、ローマ街道のような石畳なのだ。
その上をゴムタイヤもサスペンションもない馬車が走るんだから、そりゃもう中に伝わる振動は相当なものだ。
馬車の座席にはクッションがついているが、現代のバスの座席のようにバネが入っているわけではない。板に薄っぺらい座布団を縫い付けたようなものだ。
ある程度振動を吸収しているのだろうが、尻を叩きつけるような感覚が無くなるほどではない。
最初のうちは我慢して座っていたが、次第に耐えられなくなったので、腕で体重を支えるように尻を浮かせる姿勢をとった。これで、尻の鈍痛はなくなったが、今度は腕と足が痺れた。仕方なかったので、最終手段として俺の子供姿を活用して親を利用することにした。
子供特有の上目遣いで母さんに膝の上にのせてとアピールする。
すると母さんの横で見ていた父さんが苦笑いをして言う。
「慣れろ」
愛の鞭をいただきました。
――――――――――
しばらくすると、前方に大きな白い建物が見えてきた。
建物の周りには太い柱が何本もあり、それが屋根を支えるといった、パルテノン神殿を思い浮かばせるドーリア式の建造物だ。
あれが、大神殿なのだろう。
近づくにつれ、実にどれほど巨大なのかが分かってくる。
馬車が神殿の前方に回る中、馬車から身を乗り出すように神殿を眺めていた俺は、すでに馬車が一つ神殿の前に停まっているのに気づいた。
うちのより遥かに豪華な馬車だ。
父さんもそれに気づいたのか、アッと叫ぶ。
「忘れてた。ジュリアスの誕生日はレナ姫と同じだったんだ」
へー、じゃあ、あの馬車は王家のか。
……じゃなくて!
「なんだと……」
姫ってことはつまり王女だろ!
いや、確かに王女つったら異世界物のテンプレで、俺もそろそろヒロインナンバーワンに出くわすんじゃないだろうかと思っていたけど……
王女落とすのは、異世界物は異世界物でも異世界転移してきた勇者だろう。
ブルースプリングまで10年以上という猶予はあるけれどもさ、公爵家でもない一貴族の二男坊にはハードル高すぎでしょう。
父さんの言ったとおり、馬車から紫色のマントを羽織った男と白金に輝くドレスを着た美人、そして3歳児には明らかに高価すぎるドレスを着た女の子が降りてくるのが見える。
馬車が止まるなり、父さんはすぐさま飛び降り、国王を呼び止める。母さんも俺を引っ張って、すぐさま父さんの横に行き、共に跪く。
「陛下、王妃殿下。レナ王女殿下の御誕生日、謹んでお祝い申し上げます」
「ブルーフィールドか。そういえばお前の息子も同じ誕生日だったな」
「はい。我が二男、ジュリアスにございます」
俺の名前が出たので、両親が跪いている中立っていた俺は、軽く頭を下げる。
転生したとはいえ、もとは日本人だ。俺が無条件で跪いて頭を下げるのは天皇陛下ただ一人だ。
国王よ、お前は俺の忠義を得なければならない、と声には出さない。
無礼だと両親に叱られるかな、と思っていると、水色のストライプの入ったローブをまとった老人が二人近づいてきた。
「国王陛下、ブルーフィールド侯爵様、お待ちしておりました」
「君が担当の神官か。よろしく頼むぞ」
国王が受け答えをする。
「レナ様、本日はこのわたくし、ケートーがご案内させていただきます」
「ジュリアス様、案内役のシセロです。どうぞよろしく」
ケートーと名乗った神官は跪きレナ姫の手を取って挨拶する。
俺の担当であるシセロはただ大神殿のほうを指して、さっさと行くぞ、という雰囲気を漂わせる。
酷い、明らかに態度が違う。これは男女の差なのだろうか、階級の差なのだろうか。
「いや、待て。レナ、せっかくだからジュリアスと一緒に案内してもらったらどうだ。同じ年頃の友達もほしいだろう。ケートー殿、よろしく頼むぞ」
「あら、名案だわ」
「よ、よろしいのですか!?」
国王もシセロの態度が気に障ったのか、俺もケートーに案内してもらったらどうだとシセロを睨みながら提案してきた。
王妃もそれに賛成のようで、父さんはこれはまたとないチャンスだと思い感激している。
「ジュリアス、分かっているな。くれぐれもレナ姫の機嫌を損ねるようなことをするんじゃないぞ」
とまあ、俺の耳元で父さんがギャーギャー騒いでいるのだが、俺は先程からころころと変わるレナ姫の表情に釘付けになっている。
先程、ケートーに手を握られた時には嫌そうにしかめっ面をしたが、国王が俺と共に行動しろと提案すると、期待のこもった視線を俺に送ってきた。だが、父さんが俺にレナ姫と仲良くなれと命令してくると、下を向いて悲しそうな表情を見せた。
いや、正確にはそうあからさまに感情が顔や態度に出ていたわけではない。
長年のRTSによって鍛えられた観察力が無ければ俺も見逃していただろう。
国を治める者にとって感情を読まれるのは不利になる。継承順位が低いであろうレナ姫さえも感情を隠すように訓練されているのだろう。
レナ姫にうけそうな対応を思いついたので、それを行動に移すためにケートーの側へと行く。そして、俺は振り向いてレナ姫と向き合う。
「ジュリアス・ブルーフィールドである。貴方と行動を共にするように命ぜられた。よろしく頼む」
王女に対する俺の態度に父さんは口をあんぐりと開け、国王はニヤニヤしている
レナ姫に接する人の行動を観察すれば、彼女が常に周りから甘やかされているということが見て取れる。
人というものはその様な甘やかしを受け続けると、それが当然だと思い込み傲慢になるか、それに違和感を感じ斬新な態度をとる人を求めるようになる。純粋な女ほど悪い男に落ちるのもこれが理由だ。
そして、先程からのレナ姫の表情を見ると、彼女が後者だと分かる。
なので、俺は真顔で戦国武将のようなセリフを放つ。
「は、はい。レナ・ゴールドショアです。よろしくお願いします」
レナ姫が俺の態度に食いついてきたところで、また態度を変える。
俺は彼女のほうへ手を差し伸べ、微笑みかける。
「行こう」
そして、優しく、だが、上から目線は忘れずに、声をかける。
「は、はい!」
レナ姫が俺に寄ってきたところで、彼女の肩に手を回し、大神殿のほうへとエスコートをする。
「ケートー、わたくしは通常業務へと戻らせていただきます」
「やだ、ジュリーったらいつの間にあんなナンパ術覚えたのかしら?」
「ブルーフィールド、お前んところのガキ、恐ろしいな」
俺の背後で大人たちが騒いでいるのが聞こえる。
子供の行動に振り回される大人をこんなに主観的に観察できるとは……
転生、最高!