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十八話:護衛の依頼を受ける

「昨日と同じ天井だ」


 まあ、そりゃそうだ。昨日と同じ宿に泊まったのだから。

 ユータが文句を言ってくるのが目に見える。


「昨日ちゃんと依頼を達成して魔石も換金したんですから、宿をもう少しマシなのへ変えてもよかったんじゃないのですか?」


 相変わらず目覚めの早いユータが、寝袋を片付けながら昨日と同じような文句を言ってくる。


「あのなあ、少しは貯金が増えたからって、まだ安定した収入源がないんだぞ。そんな贅沢できるか」


 年金制度の無い世界でそうバンバン金使ってられるか。老後が心配だわ。


「スラムで暮してた時でもベッドはあったのに」


「ベッド以外は何もなかったがな」


 どうやらユータは床の近くで寝るのが嫌なようだ。俺はそこまで気にしないが、土足で歩き回る床に、寝袋があるとは言え寝そべるのは俺も確かに嫌だ。


「ユータ、これからのことなんだが、俺はアクアポリスへ行こうと思う」


「アクアポリスって地中海の入口にある街ですよね? ラルター王国の首都の」


 アクアポリスは地中海の入口、地中海と大海を結ぶ海峡の西側に位置する都市である。

 海峡を挟んだ反対側に都市がないことから、アクアポリスは地中海と大海を行き来する貿易ルートに大きな影響力を有している。

 この地理的利点は多大であった。海洋貿易に関してはヴィステリアよりも盛んであり、その貿易によってアクアポリスは大陸第三の大きさへと成長した。

 唯一ヴィステリアがアクアポリスよりも大きい理由は、ヴィステリアが大陸の東西を結ぶ陸路を有しているからだ、と言われている。


「そうだ。ヴィステリアは元々エーテルが自然発生しにくい場所だし、人が多いからな、ギルドで稼ぐには不向きな街だ」


 魔物が発生するには、魔素であるエテリアスが沈殿しなければならない。だが、ヴィステリアの近くには、エーテルギーザーというエテリアスを噴き出す間欠泉がある。その為、エテリアスの動きが早く、強い魔物を発生させるほどのエテリアスが沈殿しないのだ。

 しかも、人が多い為、なんとか発生した弱い魔物は冒険者以外にも乱獲されてしまう。


「では、船で行くのですか?」


「いや、船は高い。だから陸路で行く。運が良ければ街から街へ商人の護衛依頼を受けて、金稼ぎしながら行けるしな」


「なるほど」


「と言う訳で、とっとと朝食済ませてギルドへ向かうぞ」


――――――――――


「おはよーございまーす! 今日こそ邪水について……」


 なんだよ皆、今日がヴィステリアに居る最後の日かもしれないっていうのに、目を逸らしやがって。

 それに、母さんのことを知っていた魔術師と副ギルドマスターのケビンは今日も寝坊らしい。


「ジュリアス様の笑顔って、クラウディア様のとそっくりですよね。背筋が凍る……」


 酒場にいる冒険者たちが目を逸らすのを見ていたユータが、わざとらしく肩を震わせながら言う。


 おい、どういう意味だよ。

 確かに、母さんが怒った時の目が笑ってない笑顔は怖いけどさ、俺今怒ってないよ。


 自分の母さんの話だ、かなり気になるが、わざわざ尋問する気も沸かない。またいつか会ったら直接聞けばいい話だ。

 なので俺はサッサと掲示板へと向かう。


「邪水と言えばよ、聞いたかよ、大発見の話」


「ん、顕微鏡と微生物」


 掲示板の前で数々ある依頼書の内容を片っ端っから読んでいると、近くに座っていた冒険者男女の会話が耳に入ってきた。


「驚きだよな、目に見えない程小さな生き物だってよ」


「ん、微生物、微小の魔物、微生物の魔獣」


「そんなものと、どうやって戦えばいいんだよ、マジで」


「ん、病気との関係性」


「病気が微生物による攻撃とか、マジで驚きだよな」


 口角が吊り上がっていると自分でも分かるほど、俺は今興奮している。

 俺はブルーフィールド家を追い出された際、チャドリックに頼んで顕微鏡と研究ノートを母さんに託していた。

 研究ノートの内容は、顕微鏡の使い方と俺が顕微鏡で観察した微生物や細胞のスケッチだ。

 たったそれだけで微生物と病気の関係性を見出すとは、母さんを含む魔法学者は本当に優秀だ。しかも、俺が屋敷を出てからたった二日と半日でだ。


「よかったのですか、ジュリアス様? 顕微鏡を発明したのも微生物を発見したのもジュリアス様ですよね」


 俺が顕微鏡と研究ノートを母さんに託したことを知らないユータが、冒険者の会話を聞いて顔を顰める。


「ああ、全く問題ない。13歳の俺があんな事発表しても誰も信じないだろうからな」


 分かっていないな、ユータ。


 俺は、テンプレな現代知識系転生ものの主人公とは違うのだよ。俺が現代知識や技術をこの世界で再現する主目的は、それによって得られる金銭、地位、声名やらではない。

 俺がそれらを再現する目的は、この中世な世界の科学技術と生活水準を現代レベルまで引き上げることだ。一見、無私で俺に何の得もない理由に思えるかもしれないが、とんでもない。この世界の住人の生活環境を、俺が一番住みやすいと思う世界へと無理矢理変えていくのだ。俺はある意味、テンプレな現代知識系転生ものの主人公よりも自己中心的かもしれない。


 俺は中世時代から現代の知識や技術を全て俺だけで広める気は毛頭ない。それに、それはまず第一に非現実的である。

 俺がある知識や技術を再現しても、この世界の人間がそれを理解し、自分なりに解釈し、より良いものを作り出せなければ意味がない。

 俺がすべてを再現し、唯々その使い方を教えていては、それは親が子供の宿題をやってワークシートの書き込み方だけを教えるのと同じことである。

 だからこそ、今回のニュースに俺はとても興奮しているのだ。


「そんなことより、見つけたぞ、依頼」


 掲示板から依頼書を剥がしユータに見せる。


「アテンまで隊商護衛、報酬は3エレクト。いいじゃないですか。しかも、倒した魔物のドロップアイテムはその場で売却というサービスまで付いてる」


「アテンまでの数日間は野宿だが、アテンで一泊いいホテルに泊まれるな」


 依頼内容はユータにも好評だったので、この依頼を受けるために、毎日朝勤らしいシルフの受付係がいる窓口へと向かう。


「よう、小僧ども。ブルースライムの依頼は上手く行ったようだな。で、今日は何にすんだ?」


「おかげさまで。今日はこれです」


 依頼書を受付係に渡し、ギルドカードもカウンターに置いておく。


「ああ、この護衛の依頼か、お前依頼選ぶの上手いな。これなら初心者でも大丈夫だろ。魔物も弱ぇし、盗賊もいねぇからな」


「治安が良いのですか?」


 ユータが盗賊がいないという受付係のコメントに質問する。


「ちげぇーよ。アテンも海洋都市だからな、金目の物は全部船で運ばれる。わざわざ陸路で運ばれるもんなんかタダのガラクタだよ。そんなもの襲おうと張り込む盗賊なんていねぇって話だ。よし、登録完了だ。依頼主のアテン商会キャラバン隊は西門前の広場で待ってるはずだ。あと、依頼完了の通達はアテンのギルドでしろよ」


 受付係は、依頼書とギルドカードを俺たちに返すと、まただるそうにあくびをして、あっち行けというジェスチャーで俺達を送り出してくれる。


――――――――――


「おはようございます、アテン商会キャラバン隊のマーク・バーリ様ですか? 護衛の依頼を受けて来ました冒険者のジュリアスとユータです」


 西門前の広場へ行くと、アテン商会のロゴが入った馬車団があったので、早速一番偉そうな人を見つけ出して挨拶をする。


「えっ、嘘でしょ? あたしより年下じゃん。ちゃんと護衛出来るの? チェンジ!」


「如何にも、私がマーク・バーリだ。娘のローズがすまないね、でも本当に大丈夫かい?」


 隊商の中で一番偉そうな人に声を掛けると、後ろにいた赤毛の長髪で赤紫色の男子服を着た自称年上の女の子が、俺達を見てとても失礼なことを叫んでくる。


「ご心配なく。俺は元貴族なので一通り剣術の訓練を受けていますし、ユータは長らく俺の護衛をしてきたので守ることに関してはプロです」


「元貴族に野宿なんか出来るの? 守りのプロとか格好つけてるけど、守ってきたのたった一人じゃん。護衛なんか私一人で十分だよ」


 俺たちのことをマークさんに売り込んでいると、後ろからローズが野次を入れてくる。

 若干キレそうになったので、引き攣る顔を頑張って営業スマイルへと作り変える。


「あっ……ああ、適任のようだね。これから数日間よろしく頼むよ」


「こちらこそ」


「じゃあ、早速出発しよう。急げば2日後の朝にはアテンに着けるはずだ」


――――――――――


 アテン商会キャラバン隊の隊商の前に立ちはだかる一匹のグリーンスライム。

 一瞬の後、スライムは炎に包まれ蒸発する。


「ほーら、私一人で十分だって言ったでしょ」


 確かに、ローズが言った通りこれまでの魔物はすべてローズが倒してきた。そう言っている間も、グリーンスライムや泥スライム、魔獣のラビッドラビットなどを次々と火属性魔法『ファイ―ボール』で葬り去っていく。

 だが、問題なのがこれまで倒してきた魔物がお世辞にも強いと言えないものばかりだということだ。俺が乗っている後方の馬車の運転手によると、行きの道のりも魔物は大体こんなものだったらしい。

 傲慢になって油断しないか心配である。小癪にもローズも護衛対象なのだ。


「実は出発する前に嫌な噂を耳に挟みましてね、どうやらプランタクルスが発生したらしいのです」


 運転手は帰路の懸念を俺に告げる。

 プランタクルスは、風通しの良い森林で主に発生する、雄蕊を触手のように操る、植物系の魔獣だ。

 ヴィステリアとアテンを結ぶ街道の大部分は草原を通るが、一か所だけそのような森林地帯になる場所がある。そして、隊商は既にその森林へと侵入している。


「ユータ、ローズ、プランタクルスに注意しろ!」


 運転手からその噂を聞いた俺はすぐさまこの隊商の戦闘員であるユータとローズにも伝えるが、時すでに遅し。

 緑色の蔓のようなものがローズの足に巻き付き、ローズを真っ逆さまに吊り上げる。そして、身長およそ3メートルの植物が林の中からのそのそとその姿を現す。

 俺はユータを引き連れ、馬車から馬車へ飛び移りながらローズがいた先頭車両へと向かう。

 プランタクルスも俺たちの接近に気付いたようで、応戦する意思を見せてこちらに向かってくる。


 プランタクルスの攻撃を避けた際、隊商に被害が及ばないよう林に戦闘を誘導する為に、馬車から飛び降りる。その過程で、ローズを吊り上げている雄蕊を切り落とす。

 俺に続いて飛び降りたユータは水属性魔法『ウォーターカッター』で残りの雄蕊兼触手を切り落とす。ちなみに、『ウォーターカッター』はこの世界にあった魔法ではなく、俺がユータに水の性質を教えて、ユータが独自に開発した魔法だ。

 ローズが無事着地できたのを確認して、俺はプランタクルスの幹めがけて斬撃を加える。

 その大きさからは考えられないほど防御力が無かったプランタクルスは、二本の剣に幹をえぐられ、上半分が隊商の方向へ傾く。


「クソッ、ふざけた真似しやがって!」


 プランタクルスによって明らかにプライドを傷つけられたローズが、怒りを露にして『ファイアーボール』を撃つ為のエーテルを手に溜める。


「おい、馬鹿やめろ!」

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