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十七話:初めての依頼

「知らない天井だ」


 転生してから10年間、毎朝見続けてきたブルーフィールド家屋敷の、俺の部屋の天井ではない。


「チャドリック先輩に貰ったお金ならまだまだあるんですから、もう少しマシな宿に泊まれなかったんですか?」


 俺より先に目覚めていたユータは、布団よりも寝袋に近い寝具からはい抜けながら文句を言う。


「あのなあ、今のところ俺たちは貯金も安定した収入もないんだ。そんな贅沢できるか」


 ユータめ、貴族とたった3年住んだだけで、もう節約という概念を忘れやがったな。


「金を使ってこその経済って言ったのはジュリアス様じゃないですか」


「屁理屈言うな」


 経済学語れるのは金持ちの特権なんだよ。


 昨日冒険者ギルドを出た後、俺たちは、街の西門から中央広場まで伸びる冒険者通り沿いにある、冒険者用の道具屋へ装備を整えに行った。

 ユータ用の剣を二本とレザーアーマーを二着だ。

 その他にも、エーテルポーションを三個、ヒールポーションを六個購入した。


 剣や防具に関しては、街の東側の工業地区にある、鍛冶屋などに行けばより良い物が手に入るが、俺達には金がないのだ。

 道具屋で買ったポーションなのだが、これがまた面白い。『アナライズ』で見てみたところ、ポーションらしく薬草が材料なのだが、ポーションの効果は薬草からではなく掛けられている付呪魔法からきているのだ。薬草は摂取することによって付呪魔法の効果が得られるためのミディアムなのだろう。


 とまあ、何時までも寝袋の中で昨日の出来事を思い浮かべながらゴロゴロしているのも何なので、さっさと起き上がって、着替えて、朝食を食べて、ギルドへ向かう。


「おはようございます! あれ、ケビンさんと魔法使いの人は?」


 元気良く挨拶しながらギルド内の酒場を見渡すと、副ギルドマスターのケビンと昨日話した魔法使いがいないことに気づく。


「まだ寝てるんじゃねぇか?」


 残念、なんで母さんが邪水と呼ばれているか聞こうと思ったのに。

 仕方がないので、さっそく掲示板から依頼書を選ぶことにする。


「レッドドラゴン討伐、報酬3アウルム。アクアポリスまで馬車護衛、報酬9エレクト。岩竜の鉱石3個採取、報酬1アウルム……」


 よっぽどマシな宿に泊まりたいのか、ユータは報酬が高く、絶対俺たちには無理な内容の依頼書を読み上げている。

 俺はそんなユータをジト目で見ながら、俺たちでも出来そうな内容が書かれた依頼書を引き剥がす。


「これに行くぞ」


「アイテムコレクト:ブルースライムの粘液1クォート。報酬は2アルゲン……ですか」


 そう、俺が選んだのは、ゲームならば最悪なクエストワースト5に入るであろう、アイテム集めのクエストだ。

 ユータが不満がるのも無理はない。報酬もいまいちだしな。


「まあ、そう不貞腐れるなって。俺たちはまだ実力が分からないんだから、慎重に越したことはない。大神殿のクエストで魔石も手に入るだろうし」


「はーい」


 全然乗り気ではないユータを引っ張って、俺は昨日も相手してもらったシルフの受付係がいる窓口へと向かう。


「朝勤ですか、受付係さん? ご苦労様です。この依頼受けます」


「昨日の天井歩きの小僧か。アイテムコレクトか、ブルースライムの。お前結構まじめだな、俺が送り出す大半の馬鹿どもとは大違いだ。大体の新人は最初っからぜってー倒せねぇような魔物の討伐依頼受けて、二度と帰ってこないんだがな」


 おい、この受付係、スラッととんでもないこと言いやがったぞ。止めろよ、そういう馬鹿いたら送り出さずに、止めろよ。

 あと、受付係の言っていたようなバカになりかけていたユータに、俺はもう一度ジト目を向ける。


「さ、さすがジュリアス様ですね」


「で、これお前ら二人で受けるんだろ。ほら、カードかせ」


 受付係は俺たちのギルドカードを見ながら手元にあったノートに何かを記入し、カードを返してくる。


「よし、登録完了だ。ブルースライムは西門を出たすぐ先にある草原で発生する。依頼の期限は二日後だからな。あと、依頼書だけは無くすなよ」


 受付係は俺たちにアドバイスと忠告をくれると、送り出してく……だるそうにあくびして、あっち行けとばかりにジェスチャーをしてくる。


 冒険者ギルドを出た俺たちは、ブルースライムの討伐クエストがないか確認するため、十年ぶりに大神殿へと向かう。


――――――――――


 十年前に来た時には観光スポット並みに混雑していた大神殿だが、まだ朝早いからだろうか今日は冒険者以外の来客者は見当たらない。

 それにしても、大神殿は外見も内装も何度見ても圧倒される……べきはずなのだが、その空気を台無しにしている物が俺のすぐ横にある。

 大神殿のこの圧倒的な雰囲気に全く無関心なユータだ。あくびをしていると思ったら、警戒心をむき出しにしたり、周りにいる冒険者をジト目で見たりと、意味不明な行動を繰り返している。


「おい、ユータ。この素晴らしくゴージャスな内装に、感動していないようだが?」


「あー、はい。まあ、子供の頃よく来たので、ハッキリ言って見飽きちゃいました。ほら、僕みたいな子がいるでしょう。ジュリアス様も気を付けてくださいね。あの冒険者たちみたいに壁画に圧倒されてボーっとしていると恰好の餌食になりますよ」


 スリか! この神聖なる場所に、この悪い子はスリに来ていたのか!

 俺はすかさずユータをヘッドロックで捕らえ、こめかみにグリグリ攻撃をかましてやった。


 涙目でこめかみを押さえているユータを引き連れ、俺は他の冒険者の流れについて行く。

 冒険者たちが向かう先は、メインホール入り口付近の脇にある「クエスト」と書かれた窓口だ。

 どうやら、ギルドのような掲示板があるのではなく、窓口の担当に直接討伐クエストがないか聞くらしい。

 なので、俺たちも冒険者の列に並ぶ。


「お次の方どうぞ」


「ブルースライムのありますか?」


 前の冒険者の処理が終わり、俺達が呼ばれたので、手っ取り早く要件を伝える。


「はい、こちらになりますね」


 都合よくクエストがあったようで、ギルドの掲示板に貼られていた依頼書に似た紙を渡してくる。

 似ていると言うか、発行元のロゴと背景画以外、内容欄の形式から位置まで全く同じだ。

 クエストの内容はというと、ブルースライム10匹討伐で水属性の魔石3カラットの報酬。


 ……10匹って?


「あのー、神殿が冒険者雇う理由って、エーテルの調和が目的ですよね。弱小魔物10匹だけでなんか変わるんですか?」


「あはは、確かに10匹程度ではほぼ変化はありませんね。ですが、だからこそ、駆け出し冒険者さん達のお手伝いができるようなクエストを発行できるのですよ」


 なるほど。


「じゃあ、これお願いします」


「はい、ではギルドカードをお願いします」


 ブルースライムが発生する場所には他の魔物も発生するだろうが、今日はこのクエストだけ受けることにする。

 いや、正直なところ、他の魔物の討伐クエストも受けたかったが、そろそろ俺の後ろに列ができ始めており、「早くしろ」という視線が背中に痛い。いっそのこと、魔石を何処から入手しているのか、魔石の相場はどの位か、なども聞いておきたかった。

 だが仕方ない。ブルースライムの派生区域に発生する他の魔物の情報をギルドで聞かなかったのは俺のミスだ。それに魔石の入手の仕方は俺にとっちゃ大神殿へ行けばいいことだし、相場は商業ギルドで分かる。


「ギルドカードをお返しします。冒険者様は今回が初めての討伐クエストになりますので、数点の注意事項をご説明させていただきます。まず、指定の魔物を討伐される際、ギルドカードを見離さずお持ちください。さらに、指定数討伐されても、依頼書の不具合によって正しい数カウントされない場合が御座いますがご了承ください。最後に、依頼書を紛失された場合、再発行をすることは不可能なので無くさないようお願いします。ではよい狩りを」


 窓口の担当は俺が列の後ろの方から睨まれていることを察してくれたのか、最後あたりは早口で説明してくれた。

 俺たちはギルドカードを受け取り、速やかにそこを立ち去る。


――――――――――


 とまあ、無事大神殿にてブルースライムの討伐クエストを受けることができたので、今俺は一人、王都ヴィステリアの正門近くの街道沿いでブルースライムを狩っている。

 こうしてヴィステリアの城壁の外へと出るのも初めてである。

 何故一人かというと、俺たちは初めての依頼に浮かれてしまい、肝心なブルースライムの粘液を入れる容器を忘れてしまったのだ。なので、俺が一人ブルースライムの討伐クエストをこなす間、ユータには容器を買ってくるようにと命じ、一旦街へ戻らせた。


 さて、俺はスライムに触れたことはあるが、実際に闘ったことはない。

 屋敷にいた泥スライムから、スライムには捕食対象へ飛びついて張り付く習性があることは分かっている。スライムには物理攻撃は通用しにくく、魔法も属性ごとに効果が異なる、などといったRPGのテンプレも考慮すべきだろう。

 一見、属性魔法が使えない俺にとって結構厄介な相手に見えるが、物理攻撃が通る弱小タイプのスライムだという可能性もある。いや、多分そうだ。ギルドでも大神殿でも、ブルースライムは新人向けだと言っていたし、1m以内にいる俺をとっくに攻撃してきたはずだ。あれだ、RPGの序盤に出てくるパッシブモブというやつだ。


 それにしても可愛いな。以前、屋敷の泥スライムでも思ったが、こう透き通る様に青いとより一層可愛く見える。

 この世界のスライムは、ド〇ゴンク〇ストで一躍有名になった、よく知られる水滴型ではなく、チョコッ〇ランドに登場するビビ〇スライムの様な半球型なのだ。

 俺はその可愛さに、ブルースライムへ思わず手を伸ばしてしまった。すると、今までどんなに近づいても見向きもしなかったブルースライムが、いきなり方向転換をし、俺の手に飛びついてきた。


「うおおー!」


 あまりの不意打ちに、思わず叫んでしまった。あれっ、なんかデジャヴ。


「ジュリアス様、どうしました!?」


 手にくっついたスライムを引き剥がそうと手をブンブン振り回していると、街から戻ってきたユータが声をかけてきた。


「手がー!手が食われるー!」


「っぷ」


 俺の手が溶かされているというのにこのクソ野郎笑いやがった!

 今回はマジでやばい、手がヒリヒリする。

 酸か、酸だろうか? いや、若干手が綺麗になっている気がする。ってことは、塩基か、ブリーチか!?


「僕たちの仕事はそれを狩ることだというのに、ジュリアス様のことだから可愛くて撫でようとしたのでしょう」


 俺がユータの態度に絶句していると、笑いをこらえながら更に馬鹿にしてきやがる。

 俺は手を振り回すのをやめ、空いているほうの手で抜刀し、ブルースライムをそぎ落とす。


 剣で切られたブルースライムは、気化するようにエテリアスへと戻り、消えていく。

 スライムがいた場所には、スライムの体の一部の様なスライム状の物体が落ちていた。

 ユータはそれをすくい上げ、買ってきた容器の中へと入れる。


「ジュリアス様。魔物ってエテリアスから作り上げられるエーテル生命体で、死ぬとエテリアスに戻るのですよね。じゃあ、なんでこうしてエテリアスに戻らない部分もあるのですか?」


 ユータが鋭い疑問を口にする。

 これはゲームでも言えることだ。死んだあと綺麗サッパリと消えてなくなるのに、何故一部だけ消えずに残るのか。

 簡単に言えば、消えない部分は戦利品で、他が消えるのはメモリの負担を軽減するためなのだが、投入感を重要視する俺にそれは不十分な説明である。


「これは俺の仮説だが、多分その残った部分はエーテルじゃない」


「えっ?」


「魔物が死んだときに消える部分は十中八九、その魔物が発生当初にエテリアスからの変換で発生したエーテルだ。だから、魔物としての形態維持が出来なくなると再変換されエテリアスへと戻る。これが俺の考える、消える部分の論理だ」


 俺は前置きとしてまず、何故消える部分が消えるのかという仮説を立てる。


「それなら知ってます。以前大神殿でそれについて解明した魔法学者の話題を聞いたことがあります。その魔法学者でもなんで一部が残るか解らないそうです」


 前から思っていたが、この世界には大きく歪な石畳で道路を舗装するような馬鹿が蔓延る割に、魔法学者だけは極端に優秀だ。

 俺としては、その才能をもう少し科学にも使ってほしいものだ。


「おー、合ってたか。消えない部分についてだが、魔物って体エーテルで出来てるくせに、色んなもの捕食するだろ。多分、その食べられたものが魔物の一部になって、死ぬとそこだけ残るんだろうな」


「では、より多く捕食すればするほど、魔物の体はエーテルからエーテル以外の物へ変わっていくということですか」


 ユータが俺の仮説を解釈すると、俺とユータの顔はすごく微妙な表情に包まれる。

 何故なら、俺の仮説が正しければ、屋敷にいた本来ほぼエーテルの泥スライムは今ではほぼ汚物ということだからだ。


「ジュリアス様、一度あれに触ろうとしてましたよね……」


「うるさい」

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