十五話:ギルドへ行く
「え、えーっと……、ジュリアス様はこれからどうするんですか?」
カーストやら他人の顔色やらに囚われたジジババに家を追い出されてしまった俺たち二人。
これからのことをユータが心配そうに聞いてくる。
「いやいや、それは俺のセリフだよ。俺はちゃんと替えの服と数週間食っていけるだけの金をもらえたけど、お前、手ぶらじゃん」
「いえいえ、僕には帰る家がありますから」
心配のキャッチボールをするが、そうか、そうだよな。
家から追い出されたのは俺だけで、ユータはただクビになって仕事場から追い出されただけだもんな。
「あ、確かに。『これからどうするのか』か。まあ、まず商業ギルドかな」
「商業ギルドですか?」
「ああ、俺の口座をジュリアス・ブルーフィールドからただのジュリアスに変えないといけないからな」
俺はまず真っ先にやらなければいけないことを説明する。
商業ギルドは、商人同士のいざこざ仲裁や税金徴収の仲介、職場の紹介以外にも、銀行の役目も果たしているのだ。
現在、商業ギルドでの俺の口座はジュリアス・ブルーフィールドの名前で登録されている。ブルーフィールドではなくなった俺がその口座を使うには、口座名義を変えなければならない。
「それで? お前はどうするんだよ。仕事もクビになったわけだし」
「えっ? ジュリアス様について行くに決まってるじゃないですか。それに、ブルーフィールド家に雇われた覚えはありませんよ。ジュリアス様が言ったんじゃないですか、『俺に仕えろ』って」
ユータは何を言っているんだとばかりに、俺の質問を鼻で笑い飛ばす。
「ああ、そうだったな。でも、いいのか? これまでみたいに家族に仕送りできなくなるかもしれないぞ」
封蝋で儲けた金はあるが、一応ユータには小遣いの何割、つまり、収入の何割かを与えることにしてあったからな。
「あれー、稽古終わった時言いましたよね? 母ならちゃんとした仕事に就職できましたし、スラム外に引っ越せましたから、心配する必要はありませんよ」
あー、そんなことも言っていたな。
俺はもしかしたら家から追い出されたことついて、自分で思っているよりダメージを食らっているのかもしれない。
どうにも、記憶が曖昧になっている。
「わかった、これからもよろしく頼むぞ」
「こちらこそです、ジュリアス様」
――――――――――
「急ぐぞ」
王都ヴィステリアの南側、商業地区の混雑したメインストリートを俺とユータは掻き分けながら走り抜ける。
「ジュリアス様、なんでこんなに急ぐんですか?」
走っている間はユータの質問をスルーしてきたが、商業ギルドに着いたので、息抜きついでに答える。
「あのクソババアのことだ、俺が稼いだ金を取り上げようと考えるかもしれない」
「なるほど、たしかに」
ギルドの前で息を整えていると、明らかに貴族の召使のような雰囲気の二人組がギルドから出てきた。
二人は俺を見ると、ニヤリと笑い、立ち去って行く。
俺は嫌な予感に駆られながら、ギルド内へ飛び込む。
「ようこそ、商業ギルド本部へ」
ギルドに入ってきた俺たちに、受付嬢が挨拶をする。
「こんにちは。アカウント名義の変更と新しいアカウントの設立をしたくて来ました」
受付嬢に要件を述べる。
「わかりました。まず、名義変更からでよろしいでしょうか? お名前をいただけますか」
「ジュリアス・ブルーフィールドです。貴族ではなくなったので、単にジュリアスにしてください」
俺の言葉に受付嬢は目をパチクリさせる。
今の反応は、たった13で独立する貴族の子は珍しいからであって欲しいが。
「申し訳ありません。たった今、ブルーフィールド家の方々が来れれまして、ジュリアス様の口座は既に閉じてしまいました」
それを聞いた俺は、まだ指につけていたブルーフィールド家のシールリングをもぎ取り、怒りに任せてそれを壁に投げつける。
「クソ!」
「どうしますか、ジュリアス様」
ユータが心配そうに声をかけてくる。
さて、どうするか。
国王陛下に助けをお願いしてみるか……いや、国王陛下なら話を聞いてくれるだろうが、貴族ステータスを失った俺は王城にすら近づけないだろうな。
俺は無一文か。初めての経験だ。前世でも、常に30万の貯金があったからな。手元にある小銭以外の金が無いなんて初めてだ。
「仕方がない。新たに口座を開いてくれ。名前はジュリアスだけだ」
封蝋だけが俺の知識の限界だと思ったら大間違いだ。
俺からブルーフィールドの名を奪ったことを後悔させてやる。
「はい。では、こちらの水晶板とカードにエーテルをお願いします」
エーテルというのは指紋のように千差万別であるため、商業ギルドや冒険者ギルドなどに個人識別に使われている。
水晶板とカードには両方共エーテルのデータを保存しておく機能がある。カードは保存できるデータは一つだけだが、水晶板は数億と保存でき、支部にある水晶板ともデータを共有できる。
なので、カードに載っているデータと水晶板の中にあるデータが一致すれば、どの支部からでも口座にアクセスできるというわけだ。
「手数料が6アルゲンになります」
俺はエレクト硬貨一枚とアルゲン硬貨二枚を渡して、ユータの口座も開いてもらう。
――――――――――
商業ギルドでの用事が終わったので、商業地区を後にし、今は冒険者ギルドへ向かっている。
商業ギルドに残って、王都内の職場を探してもらうこともできたが、せっかく異世界に来たのだ、冒険者にならなければつまらない。まあ、確かに、王都内で働いたほうが安全かもしれないが、安心な生活をするために10年間も剣術の稽古と魔法の練習をしてきたわけじゃない。
「ジュリアス様はすごいですね」
冒険者地区に入ったところで、ユータが藪から棒にそんなことを言ってくる。
「どうした今更」
「家族から捨てられて、家から追い出され、全財産も奪われたのに、一度怒鳴っただけでもう全然気にしてないようじゃないですか」
「家族から捨てられたって見えるかもしれないけど、一応、父さんと母さんは俺の追放に反対だったし」
そういや、家族の中で仲が良かったのって両親と姉さんぐらいだったなぁ。
「追い出されたって言っても、いずれ家を出る必要があったんだから、それが早くなっただけだし」
冒険者として上を目指すなら、早くから始めたほうが有利だからな。
「全財産奪われたけど、就職先の見込みあるしな」
冒険者を目指す人の就職率は100%らしい。
「僕だったら泣きますよ」
「お前だったら自殺するだろ」
ユータをからかっていると、冒険者ギルドに着いたので、俺は来たるテンプレに身を構える。
オフィスビルのフロントのような、壁に付けられた商業ギルドの受付とは違い、冒険者ギルドの受付は円形で、広いビアガーデンのど真ん中にある。
その円形の受付は、受付嬢が酒場を通らずに行けるように、建物の二階へとつながるらせん階段が中央についている。
酒場のどの位置からも等距離であるため、客である冒険者にとって一番効率のいい形である。
しかし、俺たちのような新人は、建物の前方で飲んでる冒険者たちの間を通り抜けていかなければならない。
つまり、絡まれる確率を格段に上げる形状なのだ。
俺たちが入った瞬間に、酒場にいた冒険者全員の注目が集まり、酒場が異様な静けさに包まれる……なんて、アニメみたいな展開にはならなかった。
だが、確実に数人の視線を浴びている。そして、俺も、数人に視線を送っている。
何故なら、この世界に魔物がいると知った時から薄々予感はしていたが、確実に人間ではない奴らがいるのだ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。新人だよな」
今俺たちに声をかけた受付係もそうだ。
「冒険者ギルドの受付ったら可愛い女性だろ、なんで男なんだよ」とテンプレ外れな状況に突っ込もうと思ったが、初めて見る亜人種に感動してタイミングを失ってしまった。
俺はユータのそばに寄り、受付係を指しながら質問をする。
「あれ、耳とんがってない?」
「えっ、シルフですよ。もしかして、見たことないんですか?」
ユータが驚いた顔で言う。
「ああ、初めてだ。なあ、もしかして人の半分ぐらいの背丈で、ヒゲぼうぼうのとかも、もしかしている?」
気になったのでドワーフの形容を投げかけてみる。
「ええ、それはノームですね」
ユータは俺が説明した物の存在を同定する。
でも、今「ノーム」と言ったよな。ということはさっきの「シルフ」も言い間違いでも聞き間違いでもないな。
「もしかして、ウンディーネとサラマンダーもいたりする?」
「いますよ。ここにはいないみたいですけど」
ユータはギルド内を見回しながら言う。
なるほどね、この世界の魔法属性が四元素であるように、この世界にいる亜人種は四大精霊から名を取っているというわけか。
「どうか、いたしましたか?」
俺とユータが受付の前でひそひそと話していたので、受付係はじれったそうに俺たちに用件を聞いてくる。
「冒険者になりたくて来ました」
俺がそう言うと、いつの間にか俺たちに注目していた冒険者たちが、笑い始める。
よし来た。俺よ、絡まれろ!
「ハハハ、お前らいくつだ?」
受付係であるシルフの男も笑いながら、俺たちの年齢を聞いてくる。
「二人とも10と3ですよ」
俺たちがちゃんとギルドの年齢規定をクリアしていることを説明すると、俺らの近くにいた冒険者の一人が立ち上がる。
「お前らみたいな弱っちい小僧が冒険者になれるわけねぇだろ!」
武装は片手剣と盾、防具は革の剣士だ。
「小僧かもしれませんけど、弱っちくなんかありませんよ」
ユータは俺をかばうように、俺と男の間に入りながら、反論をする。
それに対して、周りにいた冒険者たちが「うそだ」「かっこつけんな」と野次を飛ばしてくる。
「へっ、そこまで言うならこの俺と勝負してみるか?」
「いいですよ。でも、条件が一つだけあります」
剣士はユータに対して挑戦していたが、俺がその挑戦に乗る。
「なんだ? 言ってみろ」
「じゃあ、戦う場所は俺が決めます」
「いいぜ、何処ででもボコボコにしてやるよ」
俺はその言葉を聞くと、広い酒場の天井を支える柱の一つのところへ行く。そして、そのまま柱を垂直に、手を使わずに、登り始める。
十年前に行なったエーテルを体外で操る訓練の応用なのだが、実に忍者のアニメに出てきた木登りに似た芸当である。
「おいおい」「「なっ!」」「えっ!」
剣士は俺の行動に顔を引きつらせ、俺を見ていた野次馬達はビックリ仰天し、この技は他人に見せたことがなかったので、ユータさえも驚きを示す。
俺はそんな中、平然と柱か天井へと移る。
ついさっきギルドに入ってきたガキなんかに興味がなかった者たちも、今となっては全員俺に注目している。
俺は先ほどまで立っていた場所の真上に行き、剣士を見上げ……いや、見下ろす。
「闘う場所はここにしましょう」
「そんなところ、行けるわけねぇだろ!」
俺が天井を選ぶと、剣士は思いっきりつっこみを入れてくる。
「じゃあ、俺の不戦勝でいいですね?」
俺は思わずドヤ顔で受付係にそう宣言する。
「へっ、戦わずして勝つか。そんな芸当魔物相手に通用しねぇぞ」
酒場の隅にいた大男が、ジョッキを口に運びながらそう言う。
その男は、長袖の黒い服を着ており、その上には鈍い銀色をしたブレストプレート、さらに黒地のマントを羽織っている。顔には無数の切り傷や刺し傷の傷跡があり、ジョッキを持つ手にはグローブがはめてあるが、グローブと袖の間から見える皮膚は火傷に覆われていた。
明らかにベテランの冒険者だ。
「俺はいいと思うぜ。俺の挑発にこんな風に対応した新人は初めてだ。魔物を相手にしたらもっと面白い対応をするかもな。おい、ガキ! 合格だ! 俺はケビン副ギルドマスターだ。よろしくな!」