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十四話:ジュリアスになる

「よし。ユータ今度はお前がやってみろ」


 俺は、父さんとのスパーリングを終え、二本の木剣をユータへ渡す。

 木剣を受け取ったユータは、父さんと向き合いお辞儀をする。


「よろしくお願いいたします、ガレリウス様」


「よし、来い」


 スパーリングを始めたユータは、先程俺が見せた動きを完璧なまでに再現する。

 もちろん完全に同じというわけではなく、俺が見せた動きにあった欠点などを自ら修正しながら立ち回っている。

 そして、俺は先程ユータがしていたように、父さんとユータのスパーリングを観察する。

 これを一日数セット繰り返す。


 俺とユータが使っている二刀流の剣術は、俺の我流だ。

 3年前までは本当にグダグダな剣術だったが、ユータを使って俺の剣術を客観的に見れるようになってからは、かなり上達したと言える。

 肉体強化系付呪魔法『アナライズ』をユータに教え、それを使ってお互いの動きを観察するようになると、父さんも本気にならなければならないほどの剣術へと発達した。


 驚いたことに、俺はユータより10年ほども長く二刀流を使っているにもかかわらず、ユータはほんの数週間で、俺と互角にやりあえるほどに二刀流を身に着けたのだ。

 多分だが、ユータは見て覚えるタイプの人間なのだろう。


「今日はここまでだ」


 ユータとのスパーリングが終わったところで、父さんが今日の稽古の終了を告げる。

 俺とユータは父さんに礼を言い、後片付けをする。


「お疲れ様です、ジュリアス様」


 後片付けも終わり、トレーニングルームを出ると、ユータがタオルを渡してくる。


「ありがとう。そういえばお前の家族、冒険者地区に引っ越したんだってな」


 俺の部屋に戻る途中、チャドリックから得た情報をもとに会話を始める。


「お陰様で」


「お前、給料のほとんど仕送りしてただろう。お前が贅沢したところ見たことがない」


「ええ、母と弟がスラムで苦労しているのに自分だけ贅沢するのは気が引けましたので」


 ふと窓から表の通りを眺めると、見覚えのある馬車が屋敷の前に止まっていた。あの馬車を見たのは8年ぶりだろうか。


「そういえばといえば、アウグスタス様がご結婚なさるらしいですね。あと、先代侯爵夫妻が今日いらっしゃるそうです」


「ああ、ガスト兄さんが結婚するのはシルバーレイク辺境伯の令嬢だ。あと、先代ならもういらっしゃっているようだ」


 全くいったい何の用だろうか。前回といえば、母さんに三男を作れと迫ったり、俺を無能呼ばわりしたりと、いい思い出は全くない。


「ガスト兄さんがさっさと跡継ぎを作ってくれれば、俺は自由の身なのだが」


「ジュリアス様は自由になったらどうするのですか?」


「冒険者かな。庶民の生活を見て回って、その生活が楽になるような発明をする。どうだ」


 窓の外を眺めながら、手を大きく広げ、カッコつけてみる。


 まあ、俺が現代知識をこの世界に広めようとしているのには、もっと自己中心的な理由があるのだがな。副次的効果として庶民の生活水準も上がるはずだから嘘はついていない。


「なるほど。その発明を売りつけて、金儲けをするというわけですね」


「おい、待て!」


 見事に俺のカッコつけをスルーしてくれたな。

 俺が発明に没頭するのに善意以外の思惑があることに気付いたことは誉めてやろう。だが、それは断じて金儲けではない。いや……、まあ、確かに金持ちになれたら嬉しいけど……


「ジュリアス様、ご主人様が書斎にてお呼びです」


 内心でユータを罵っていると、メイドの一人が父さんからの言伝を伝えに来た。

 どうせ、「父さんが俺を呼んだ」じゃなくて、「父さんが先代に俺を呼ばされた」のだろう。


「わかった。着替えたらすぐ向かう」


――――――――――


 素早く着替えを終え、父さんの書斎の前まで来たのだが、何かおかしい。静かすぎる。

 前回先代が来たときは、玄関まで聞こえるほどギャーギャーうるさかったのだが、もしかして先代夫人は来ていないのか?

 いないことを願いながら、書斎の扉をノックする。


「いいぞ」


 すぐ返事が返ってきたので、扉を開けて中へ入る。

 

「失礼します」


「遅いぞ、ジュリアス」


 入った途端に叱られる。

 だが、声の主は父さんではない。父さんは俺が遅いことについてはとっくに諦めている。

 ガスト兄さんだ。おかしいな、兄さんも諦めていたはずなのだが。

 兄さんがおかしいといえば、立ち位置もそうだ。いつもなら父さんの右側に立っているのに、今日は先代の側にいる。


「申し訳ありません。着替えに少々時間がかかりまして」


 いつも通り、喧嘩腰で「今日は結構早いほうだろ」とでも言ってやろうかと思ったが、先代夫人が兄さんの注意にうなずいていたので、挑発的な発言は愚策だと考えた。

 再度、書斎にいるメンバーを確認して、父さんに疑問を投げかける。


「今回は何の家族会議ですか?」


 しばらくの間、父さんは黙り込んでいた。

 その間、母さんは目を合わせないように下を向き、兄さんは父さんにさっさと答えるよう促し、先代夫人は勝ち誇ったようにニヤニヤしていた。

 しばらく気まずい時が過ぎ、父さんがやっと口を開く。


「ジュリアス。お前はもうブルーフィールドではない」


「……は?」


 なんだと!

 いや、確かにヴィステリアでは貴族の分家は認められていない。いずれ長男以外は貴族のステータスと氏名を失う。

 だが、強調すべきポイントは「いずれ」だ。

 父さんもまだ若い、兄さんにバトンタッチするのはあと数年と見ていたし、早くても兄さんに子供ができたとき、つまり1年後と考えていたのだが……


「父様はガスト兄さんに家督を……?」


「いや。そうではない」


 そうだろうなぁ。

 じゃなかったら、カイアスも俺同等に青い顔をしているはずだし、母さんはあんな苦しい表情を見せるはずがない。


「じゃあ、なんで!」


 しまったなぁ。

 現代知識を広めるには他の貴族や商人たちとの関係が重要だ。だから、ブルーフィールドの名があるうちに人脈を広め、人望を深めるはずだった。

 あと数年の余裕はあると油断して、これまで何もしてこなかった。

 ダメダメだった奴が異世界に行って大活躍する? なんつー馬鹿馬鹿しい話だ! やらなきゃいけないことをグズグズ先延ばしにするこの悪い癖は全く治っていないじゃないか。

 まったく前世の俺がつくづく忌々しい。


「それは……」


「お前は貴族としてふさわしくない」


 父さんは答えようとしたが、母さんと同じように目をそらし、下を向き、口をつぐんでしまった。

 それを見た先代が、遠慮なく、容赦なく、理由を述べた。


「は?」


「いい加減にしなさい! 誰に向かって口を利いていると思っているのですか! この無能が」


 今度は先代夫人が喋……怒鳴る。


「あなたは侯爵家の人間として恥ずかしくないのですか! 侯爵位とは、かつて愚民共より多くの適性を持った、優れた者に与えられた名誉ある称号なのですよ。そして、その優れた者の血統を守り続けてきたのが侯爵家なのです。あなたのような一つも適性を持たない無能がいていい場所ではありません! それに加えて、目上の者に対して反論するわ、無駄口を叩わ、兄に対して減らず口を叩くわと、なんて太々しい。それに、ついさっきもそう、親に向かって何たる口の利き方ですか。あなたなど無能だとわかった時に、孤児院にでも捨てられるべきでしたわ」


 先代夫人は立て続けに俺を罵倒する。

 確かに、家族に対しては21世紀感覚で接していたから、この世界の人間に叱られても仕方ないかもしれない。

 だが、俺が無能なのは俺の所為じゃないだろう。


「シラ、そのあたりにしておけ」


 夫人はさらに続けようとしたが、先代によって止められる。


「ジュリアス、お前が無能なのは問題ではない……国王陛下に気に入られていたうちはな。だが、今はどうだ。お前が下僕欲しさにスラムの小僧を連れ込むばかりに、殿下に逃げられてしまったではないか」


 えっ、何言ってんの? 逆だよ逆、レナが王女としての教育が忙しくなって来れなくなったから、寂しくてユータを捕まえたんだよ。


「下僕がほしければ、伯爵家の者でも、男爵家の者でも、いくらでも仕えさせるものはいただろう。アウグストからの手紙で知った時には驚いたが、街に出てその噂を聞いた時にはもっと驚いたぞ! その行為がどれだけブルーフィールド家の名に泥を塗るかお前にもわかるだろう!」


 たとえ階級が下でも貴族じゃダメなんだよ。

 ユータが俺以外に忠義を誓うのはあいつの家族だけだ。それに対して、貴族ってのは家の名だとか、名誉だとか、地位だとか下らんものにも忠義を持ちやがる。

 俺はユータの家族を助けたことで、ユータのだけではなく彼の家族の忠義も得られた。俺はユータの忠義だけは信用できる。


「それに、お前はレナ殿下が来なくなったというのに、全く気にしていないらしいじゃないか」


 またまた何言ってるの?

 レナが来なくなってめちゃくちゃ寂しいけど、平然を保てるのは国王陛下から謝罪の手紙が来て、理由を知っているからだよ。

 あの手紙、父さんにも見せたんだけどな。先代夫婦め、聞く耳を持っていないな。


「お前にとって、ヴィステリア王国第一王女であられるレナ殿下と、単なるスラムの小童は同格だと言うのか!」


 先代はそう叫び、俺への罵倒を終える。


 あっ、俺キレた!


「お言葉ながら! オレのレナは、階級ごときで人を差別するようなダメな人間ではありません。そして、ええ、レナとユータは同格です。二人とも俺が手懐けた、俺のペットですから」


 俺はとんでもないことを宣言すると、書斎を後にする。


 そのまま俺の部屋へと向かうと、チャドリックが部屋の前で大きなバックパックを片手に待っていた。


「ジュリアス様、申し訳ありません。先代様のご命令で、ジュリアス様のお荷物をまとめるようにと」


「はは、家名を取り上げられただけじゃなく、家からも追い出されたか。ちなみに、ユータはどうなった?」


「既にお屋敷を追い出されています」


 手際が早いな。そう遠くへ行っていないといいんだが。俺にはまだユータが必要だからな。


「チャドリック、頼みがある。顕微鏡とそのリサーチノートは母さんに渡しといてくれ」


 俺はそう頼むと、バックパックを受け取り、早くユータを見つけるべく走り去る。


 結果、そう長く走る必要はなかった。

 玄関を出たところで、屋敷の前で「ジュリアス様に会わせててください」と仁王立ちしているユータを見つけたからだ。


「あっ! ジュリアス様」


 俺が出てきたことに気づいたユータに俺は軽々しく挨拶する。


「よう。俺も追い出されたぜ」


「えっー」

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