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十三話:不穏

「何故だ、どうしてこうなった」


 グリーンウィンド男爵は強い酒の入ったグラスを片手に、そうつぶやく。

 デスクの上には、すでに空になったボトルが数本転がっており、彼の目線の先には、荒らされた書斎が広がっている。


 ことの始まりは二日前の昼だ。

 スラム街へ家賃を回収させるために送った傭兵が捕まった、スラムに土地を所有していることが国王陛下のお耳に入った。そう聞かされた時、男爵は心臓が止まってしまうのではないかというほど驚愕した。

 逃げることはできた。だが、逃げてしまえば謀反の意思があったと思われてしまう。男爵にそんなつもりは毛頭ない。

 だから、彼はすぐさま王城へと向かい、土地は金目的だと謝罪をし、許しを乞いた。そのおかげで処刑は免れたものの、捜査自体が中止になったわけではない。昨日から王直属の騎士数十人が屋敷を取り壊す勢いで隅から隅までくまなく調べ上げている。


 もう屋敷が荒らされることは仕方がない。今男爵に重要なことは、どうバレたかだ。

 あのスラムのゴミ共が貴族の法を知ったとは到底考えられない。食費を稼ぐのに忙しくて覚える暇などないだろう。

 ならば、グリーンウィンド家を蹴落とそうとする他の男爵家か?


 様々な可能性を男爵が検討していると、書斎へのドアがノックされた。


「入れ」


「男爵様、傭兵を捕まえた人物が判明しました」


 ドアが開かれ、秘書が今男爵が最も求めていた情報を持って入ってくる。


「何、誰だ!一体何処のどいつだ! グレイウッドか? イエローストーンか?」


 男爵は怒りに任せて怒鳴る。そして、グリーンウィンド家を蹴落とそうとしたものに静かに復讐を誓う。


「ブルーフィールド……」


「ブルーフィールドだと! なんでまた侯爵家が」


 てっきり犯人は他の男爵家だろうと思っていた男爵は、ブルーフィールドという思ってもいなかった名前に拍子を抜かれる。


「それが、傭兵を捕まえたのがジュリアス・ブルーフィールド様だとか」


 一旦抜けた怒りが再度男爵の中で沸き起こる。


「ジュリアスだと! あの無能のガキか? お前は俺が8歳のガキに出し抜かれたと言っているのか!」


「傭兵とその場にいた野次馬の証言によりますと、子供がジュリアス・ブルーフィールドと名乗ったと」


 男爵は侯爵家が相手だと聞いた時は諦めかけたが、無能が犯人と聞いて、微笑んだ。


「覚えていろよ無能め」


――――――――――


「パトローニウス様、お孫様からお手紙が届いております」


 リビングへと入ってきたメイドに名を呼ばれた老人、パトローニウス・ブルーフィールド前侯爵は読んでいた本をテーブルに置き、彼女から手紙を受け取る。


「見ろシラ、オーガストが手紙を送ってきたぞ」


 前侯爵は手紙の送り主の名を見て、それを向かい側に座っている前侯爵夫人へと見せる。


「あら、ほんと。次期頭首として先代の知識を仰ごうとしているのかしら? しっかりした子だこと。あの無能とは大違いだわ」


 夫人は孫であるアウグスタスの名を聞いて微笑むが、彼の弟のことも思い出し、顔をしかめる。

 属性魔法を使えるかは、各属性の適性を持っているかどうかで決まる。どの属性の適性を持っているかは生まれたときに決まり、たとえ平民であっても一つか二つ、小貴族なら必ず二つ、侯爵や公爵ともなれば三つや四つ全ての適性を持っている。よって、適性を多く持つということは、貴族にとって一種のステータスシンボルなのである。無能とは、そんな中で適性を一つも持たない者をいう。

 もし、万が一にも、アウグスタスに不幸があった場合、そんな無能が高貴な家柄であるブルーフィールド家の頭首になってしまうことが、夫人には我慢がならないのである。


 前侯爵は夫人のしかめっ面を見て、以前息子の屋敷を訪問したときのことを思い出す。

 息子の二男、ジュリアスが無能だとわかったときから夫人はジュリアスに対して嫌悪感を持ち、そして、前侯爵自身もジュリアスがアウグスタスのバックアップであることに不安を感じていた。

 だが、そんな心配は、5歳でありながら堂々と大人の会話に入り込んでくる態度と、夫人と口論で渡り合えているのを見て、すぐに消えた。政を主業とするブルーフィールド家にとって、適正の多さはあまり意味がなく、ジュリアスの目上に対しても堂々とした態度を取れる大胆さは、とても心強いからだ。


「えっと、何々。おおー、カイウスが全属性の中級魔法をマスターしたそうだぞ」


「いずれ国王陛下直属の魔導士になれるよう修行に専念しなさい、と返事を書いておやりなさい」


「オーガストはガレリウスと剣で渡り合えるようになったそうだ。『もう俺から教えることはない』とも言われたそうだ」


「当然のことです」


「むっ、ジュリアスはガレリウスの教えを全く聞いてないらしい、それどころか、口答えもすると書いてある。はっはっは、反抗期だな」


「笑っている場合ですか。親に向かって口答えなど」


「なに、スラムの子供と中が良く、屋敷にも入れているだと!」


「なんですって!」


 これには前侯爵も驚いた。

 政で成功するには、多大な人望が必要になる。スラムの住人に時間を費やすということはその分、他の貴族と仲良くする時間がなくなるということだ。

 まさか、利口だと思っていたジュリアスが、こんな無駄なことをするとは思ってもいなかった。


「どうやら、また話をする必要があるようだ」


――――――――――

――――――――――


 顕微鏡を作ると決めてから7年……

 制作は全く持って順調に進んだとは言えない。


「ジュリアス様の部屋はガラスだらけですね」


 ユータが、俺がこれまで作ってきたレンズを指して言う。


「ああ、顕微鏡を作ろうと思ってな」


「顕微鏡ですか。なるほど、小さいものが大きく見えますね。じゃあ、あれは何ですか?」


 今度は、部屋の隅においてある袋を指す。


「ガラスの原料、珪砂とソーダ灰と石灰石だ。数年前に母さんに頼んで取り寄せてもらった」


「へー、なんでまた。ガラスを取り寄せてもらったほうが早かったんじゃないんですか?」


 鋭いところをついてきやがる。


「工学魔法の練習も兼ねてガラスを作ろうと思ったんだよ。まあ、『ウェルド』でガラスにしてみようとしたんだが、珪砂が珪砂と融合するだけで、ガラスにはならなかった」


「確か、『ウェルド』は同じ素材のものをくっつける魔法でしたね」


「ああ、次に『ウェルド』の上級魔法『フューズ』も試してみたんだが、今度は珪砂とソーダ灰だけが融合して、水に溶けるようなガラスができたよ」


「『フューズ』がくっつけられるのは二つだけですか」


「そうだ、工学魔法が不人気な理由がよく分かっただろ」


 ユータは、以前俺が工学魔法を教えようとした時のことを思い出したのだろう、苦笑いをする。


「というわけで、ガラスを一から作るのは諦めて、お前が言ったように、ガラスそのものを取り寄せてもらったよ。あと、ついでに鉄板も取り寄せてもらった」


「その鉄板はこの部分に使ったというわけですね」


 ユータが、顕微鏡の鏡筒、アーム、ステージ、とスタンドを指す。


「ああ、『フォーム』っていう魔法でな。使用対象の形を自由自在に変えられる魔法だ」


「便利そうな魔法ですね」


 手元にあったガラスで使ってみせると、興味を示してきた。


「甘いぞ、ユータ。これもまた工学魔法だ。これは、想像力に結果が大きく影響される。初めて作るものは大抵失敗するし、なおかつ、微調整ができない。つまり何回も使わないといけないというわけだ」


 そうだユータ。苦笑いが正しい反応だ。


 数十から数百回の試行錯誤を重ねて接眼レンズ、結像レンズ、対物レンズ、とコンデンサをガラスから作った。


 できた顕微鏡の倍率はおよそ250倍。

 たしか、ロバート・フックが17世紀に微生物を観察したときに使用した顕微鏡の倍率は150倍だったはずだ。

 あー、でもフックが使ったのはレンズ一つの顕微鏡だったな。

 俺が作ったようなレンズを服す組み合わせた顕微鏡は、たしか、19世紀になってから発展して、初期のものでも600倍率を実現していたはずだ。


「ユータ、覗いてみろ」


 プレパラートに港で入手してきた海水の水滴を載せ、ステージにセットする。


「うわ! なんかうじゃうじゃいます」


「だろ。微生物だよ」


 250倍で観察できるのは微生物ばかりで、細菌や細胞は見えるには見えるが、ほとんどが点にしか見えない。


「生き物なんですか?」


「ああ。まあ、微魔物とか魔獣化した微生物とかもいるのかもしれないけどな」


 もう少し小さな最近も見えるレンズも作りたかったが、まあ世間に出す分にはこれで十分だろう。

 この後のことは他人任せで、俺は他のプロジェクトに移るとする。微生物と病気との関係性は誰かが見つけてくれるだろう。

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