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十二話:下僕の家族に会いに行く

「おはようございます、ジュリアス様」


 いつものように、いつもと同じ台詞で起こされる。

 だが、今日は声が違う。


「ユータか。拾ったところに捨ててきなさい、って言われる前に寝てあたりだったな」


「子猫ですか僕は」


「チャドリックは?」


「ジュリアス様の身の回りの雑用は僕に任せられましたので、まだお休みかと」


「なるほど。チャドリックに朝食後に出かける、と伝えてくれ」


「はい。あ、伝えるといえば、ご両親がお話がしたいと申されておりました」


「わかった」


 着替えて父さんの書斎に向かう。


「おはようございます」


「あら、おはようジュリー。チャドリックから昨日のことは聞いたわ」


「おはようジュリアス。早速だが、ユータは信用できるのか?」


 どうやら遅くまで出歩いていたことには怒ってないようだ。

 そして、本題を父さんが真剣な眼差しで聞いてくる。


「はは! もちろん」


 いかん、いかん、そんなことを真顔で聞かれたからおもわず笑ってしまった。

 俺を試しているな。


「スリで気を引いて追いかけたところを拉致、って可能性は検討しましたが、追いかける手掛りがなく、見つけるまで半日かかったことから、その可能性は無いです。それに、普通なら貴族がわざわざスラム住民を助けるなんて誰も考えませんから、自殺を図っていた時点で彼は白です」


 俺の推察を述べると、父さんは驚いた顔をし、母さんは上機嫌でニコニコ笑っている。


「まあ、聞いたガレリウス、すごい推理力だわ」


「驚いたな、適性にはなかった才能が他で発揮したのか」


 おい、まだ引きずっていたのか俺に属性適正がなかったこと。

 しかも、母さんじゃなくて父さんが。


「父様も昨日チャドリックから話を聞いて、この結論を出していたのでしょう? でなかったら、ユータが俺を起こしには来なかったでしょう」


 さて、俺の回答はお気に召したかな?


「そこまでわかっていたか。『貴族たるもの根拠無く他人を信用するべきではない』と、教えようと思ったが、どうやらその必要はなさそうだな」


 それは貴族以外にも当てはまるってことは前世で経験済みだ。


「でも、一応彼の家族に関して調べておくべきだと思うわ」


「はい、ユータは白だと思いますが、要人に越したことはありませんから。なので、今日ユータの母に会いに行こうと思います。彼のいったことが真実であれば、彼の母はかなり心配しているでしょうし」


「彼をうちで預かっていることを伝えるだけなら、わざわざお前が行かなくてもいいだろう。バトラーの一人を向かわせれば……」


「いいえ、彼がブルーフィールド家に仕えるただのバトラーならそれでいいです。ですが、彼は俺に仕える俺の下僕です。上に立つ者として自分の下にいる者の面倒を見るのは義務ですから。もちろん、万が一の場合の為にチャドリックを連れていきます。それに、スラム街に行くのは街を探検する一環ですし」


 父さんと母さんはお互いの顔を見合わせる。


「家庭教師をつけずに自習をさせていたのはが正しかったのかしら」


「10歳とは思えない思考と行動力だな」


 父さんが俺に向き直る。


「行くのは朝からか?」


「はい、朝食後すぐにでも。それで、今日父様にはユータと剣の稽古していただきたいのですが」


「なるほど、それなら彼が戦闘訓練を受けているかわかるな。わかった話は以上だ。連日剣の稽古ができない分、明日からはペースを上げてやっていくぞ」


「ええ、お願いします。では、そろそろトレーニングをしに向かわせていただきます」


「待って、私からも一つ聞きたいことがあるの。ジュリー、売春なんて言葉いったいどこで覚えてきたの?」


 チャドリックめ、余計なことまで話しやがったな。

 面倒だ。父さんのほうを見つめておくとしよう。


「おい、なんで俺を見る」


「あなた?」


「いや、待て、誤解だ」


「では、失礼させて頂きます」


 うまく父さんに擦り付けることができたので、速やかに書斎から退散する。

 すると、出た途端に胸ぐらを掴まれ、壁へ押し付けられた。


「おい、ジュリアス!」


「なにすんだよ、ガスト兄さん」


 誰かと思えばすごい剣幕の兄さんだった。


「何でお父様に口答えした?」


「そりゃあ、父さんが出した案が俺の案より劣っていたからだよ」


「なっ、お父様よりお前のほうが上だとでも思っているのか!」


「そうだね。いい加減離してくれないかな? 暇じゃないんだよ」


 俺のぶっきらぼうな返答に拍子抜けしたのか、胸ぐらを掴んでいた手が緩んだ。

 そのスキをついて俺はさっさと歩き去る。


 昔は自ら一生懸命学問に励んでいたあの兄さんは、今となってはただのイエスマン。

 あれだけ勉強していったい何を習ったのやら。


――――――――――


 朝食を終え、外出の支度をして玄関で待っていると、チャドリックが杖と短刀二本を持ってやってくる。

 杖はチャドリックの、短刀二本は俺の武具だ。


「お早いですね、ジュリアス様」


「ああ、早いほうがいいと思ってな」

 

 チャドリックはそれを俺に支持されなくても、ちゃんと持ってきた。

 最初っからスラムへ行くと分かっているのに護身手段を携えずに行くのは愚かだからだ。

 俺はチャドリックから短刀二本を受け取り、それらをそれぞれ両腰に差す。

 見送りに来ていたメイドに挨拶し、馬車へと向かう。

 

 家からスラム街まで馬車で30分程かかる。

 数年前までは尻に拷問を与えていた馬車とレンガ舗装だが、今では心地よいマッサージにしか感じない。

 慣れとは恐ろしいものだ。そう、慣れたのだ。決してMに目覚めたわけではない。


 スラム街には馬車で入っていけないので、大通りに止め、そこから徒歩で行く。

 前世でも今世でも初めてのスラム街だが、長々と見学するつもりはない。

 ユータから家の場所を聞いていたチャドリックが先導する。

 いろんな方向から視線を感じる。やはりこの服装だと目立つ。いや、服装を合わせても目立つだろう。なにせ俺たちの肌はここの人間のと比べると綺麗すぎるからな。


「やめてください!」


 前方には人だかりがあり、その中から女性の叫び声が聞こえてきた。

 チャドリックは一瞬歩みを止めたが、そのまま人だかりの中へと入って行く。

 彼の後を追って入っていくと、野次馬を集めている原因が見えた。


「払えねぇんだろ? なら、こいつ売り飛ばすしかねぇだろ」


 男が二人、一人は先ほど叫んだ女性だと思われる人物を抑え、もう一人はその女性の息子だと思われる5歳程度の子供を女性から引き離そうとしている。

 その四人を囲むようにさらに数人の男たちが木の棒やボロボロのナイフなどといった武器を手に、今にでも襲い掛かりそうな姿勢をしている。

 だが、彼らの敵意ははっきりと男二人へとむけられている。どうやら、女性と子供を助けたいが男たちに手が出せずにいるようだ。


「ここです、ジュリアス様」


 チャドリックは女性の後ろにある建物を指す。


「えっ……あー、なるほど。あの二人確かにユータに似ているな」


 俺は女性と子供を指す。

 女性がユータの母で子供が弟だろう。


 さて、どうしたものか。

 先ほどの会話とこの状況から、男二人は借金取りで、その周りにいる男たちはスラムの人間と見ていいだろう。そして、囲まれているというのに余裕な顔をし、スラムの男たちにボコボコにされてないことから、借金取りに何らかの後ろ盾がいることが窺える。

 スラムを治めるマフィア的な組織か。いや、なさそうだな。しいて言うなら借金取りを囲んでる男たちがそれに所属していそうだ。

 商業地区にある金融機関の一つだろうか。これもなさそうだ。スラムの人間がたかが金融機関に恐れをなすとは思えない。


 よし、「アナライズ」を使ってみるとしよう。

 過去三年間で新たに取得した魔法の中で一番便利な魔法だ。

 これは付呪系統魔法の一つで、五感を強化することによって、見たり触ったりした対象の情報を得ることができる。


 まずはスラムの男たちを見る。

 着ている服は動物性の生地で、持っているナイフは鉄製で錆がついている。付呪魔法で足の筋力を強化している男が一人いたが、それ以外は男たちにも、彼らの所持品にも付呪魔法による強化は見られない。

 次は借金取りだ。

 後ろ盾のおかげで裕福なのだろう、植物性の生地でできた服を着ている。しかも、腰に差された剣は鋼だ。幸いにも付呪魔法による強化はないようだ。

 ん? ユータの弟を掴んでる借金取りの胸に付いているのは、金? いや、金メッキがかかったバッヂか。


「緑色の三本の横ウェーブ?」


「グリーンウィンド家の紋章ですね」


「貴族か!」


 よりによって後ろ盾が貴族かよ。一番厄介なシナリオじゃねぇか。


「階級は?」


「グリーンウィンド様は男爵位をお持ちです」


 なーんだ男爵か。なら、俺が威張り出ても大丈夫だな。


「さっさと済ませるよ、チャドリック。ユータの母さんの名前なんだったっけ?」


「はい。アミリアだとお聞きしております」


 名前を聞いたところで、スラムの男たちの包囲網を潜り抜け、アミリアさんに近寄る。


「こんにちは。お姉さんはアミリアさんであってるかな?」


「えっ?は、はい。」


「よかった、ユータ君のことについて少々お話がしたいんだけど」


 アミリアさんだと確認できたので、要件を述べる。

 すると、これまで借金取りに向けられていた敵意が一斉に俺へと集まってくる。

 まあ、貴族を後ろ盾に持った借金取りがユータの母さんから息子を引き離そうとしている中、貴族の格好をした者がもう一人の息子の名前を出したんだ、誤解を招いてしまうのは仕方がない。


「もちろん、息子さん、ユータ君の弟君かな、も一緒に。できれば、屋内で」


「おい、待て」


 借金取りたちをガン無視して、強引に親子を家の中へと誘導しようとしていると、借金取りの一人が俺を乱暴に引き留める。


「ユータってここのガキのことだろ? 家の金の状況知って飛び出したそうなんだってな。いいガキじゃねぇか、家に金入れるために身売りしたってわけだ」


 何を言っているんだこいつは。残念ながらユータはそんなに利口じゃないし、もっと過激だよ。


「だって、奴隷商ところのガキだろお前。ちょうどいい、ガキの分の金こっちに渡してもらおうか。さっき言った金の状況ってのがな、家賃が払えねぇんだよこの家族。払えねぇんじゃ仕方がねぇよな、ついでにこいつもどうだ?」


 俺奴隷商みたいな格好してるか? なんか傷つくな。


「『こいつもどうだ』って、嫌がってるじゃないですか。罪もない人を意思に反して奴隷にするのは犯罪ですよ」


「はぁ、罪? 家賃払えねぇって言っただろう」


「それは母親の問題でしょう。ちなみに、『払えないからお前の息子を奴隷にする』ってのは、良くて脅迫、悪くて誘拐です。どちらも犯罪」


「てめぇ、言わせておけば。これが見えねぇか! お前は黙って金渡せばいいんだよ」


 そう叫んで、胸に留めてあるバッジを見せつけてくる。


「丁寧に誤解を解こうと思ったのですが、仕方がない。あなた方が理解できる口調でしゃべってやるよ。

 勝手な思い込みで話し進めてんじゃねぇよ、グリーンウィンドの犬が!」


 全くなんなんだあのバッジは。あれか、弱い犬ほどよく吠える、ってのと同じか。男爵家風情が権力に自惚れやがって。


 アミリアさんのほうへ振り返り、言い忘れていたことを伝える。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。俺はジュリアス・ブルーフィールド。以後お見知りおきを」


「えっ、貴族様?」


「そこの借金取り、彼女を離せ。俺は彼女と話がしたいんだ」


 俺の名前を聞いて真っ青になった借金取りは、すぐさまアミリアさんを離して、さっきまで俺と口論していた借金取りのところへと逃げていく。


「アミリアさん、家に上がっても?」


「ど、どうぞ」


「ジュリアス様、彼らはどういたしましょう?」


 チャドリックは借金取りの処分について、俺の指示を仰ぐ。


「おかしいな、グリーンウィンド家は男爵家、でも辺境伯以外は屋敷以外の土地の所有は認められていないはずなんだけど」


「えっ!」「は?」


 俺の発言にアミリアさんと野次馬が同時に驚きを表す。


「そいつらに逃げ帰られて、証拠を隠滅されたら困る。だが、殺すなよ。そいつらも重要な証人だ」


 今にでも二人を奈落の底へと叩き落さんと殺気立っているスラムの男たちに向かって言う。

 不満そうな顔をしたので、付け足す。


「でも、まあ、逃げようとしたら、脚の一本や二本は仕方がないな」


 スラムの家ということから、薄暗く、ジメジメし、不潔だという想像をしていたのだが……

 驚いた。前世俺が住んでいたアパートより住み心地が良さそうだ。

 家具がテーブルと椅子三つだけと少し寂しいと感じるところはあるが。

 俺は上座に位置する椅子に座ることにする。ゲストとして図々しいとは思うが、貴族としての威厳は見せなければならない。


「えっと、アミリアさんはユータからどのくらい聞いているのかな?」


「手紙を置いて行ってくれました。こちらです」


 アミリアさんから数枚の羊皮紙を受け取り、それに目を通す。

 あいつが俺に言った内容がずらずらと書かれている。もちろん、自殺することまで書いてある。

 アミリアさんの顔を改めて見てみると心配と苦痛な表情を必死に抑えているのがよくわかる。


「安心してくださいアミリアさん。ユータは今俺の屋敷にいます」


「本当ですか! よかった」


 心配と苦痛が安堵の表情に置き換えられ、アミリアさんの顔色がみるみるよくなっていく。


「でも、ユータはどうしてブルーフィールド様とお知り合いになったのですか?」


「昨日の朝あいつにすられたから、一日中探し回って、夜になってから旧城壁から飛び降りようとしているところを見つけて捕まえた」


 ありゃりゃ、アミリアさんの顔がまた真っ青になった。


「も、もうしわけありません!」


「気にしてない。でも、ユータはしばらく俺が預からせてもらうよ。そのほうがアミリアさんも楽でしょう。大丈夫、後で顔を見せるように言っておきますし、俺に仕えてる間、手紙も書かせますし、仕送りもさせますから」


「ありがとうございます! ほらリク、あなたからもありがとうって言って」


「ありがとう、貴族のお兄さん」


 へー、ユータの弟はリクっていうのか。


「ああ。じゃあ、用件が済んだから俺は帰らしてもらうよ。チャドリック、帰るよ」


「はい。先ほどの二人は騎士団に引き渡しておきました」


「さ、最後に一つ、お聞きしたいことが」


 家を出ようとしていた俺たちをアミリアさんが引き留める。


「何かな?」


「どうして、貴族様がスラムの人間である私たちにここまでしてくださるのですか?」


「俺がだれであれ、君がだれだろうと関係ない。上に立つ者として、下にいる者が誠心誠意仕えられるように世話をするのは当然だろう」


――――――――――


「ただいま戻りました」


 アミリアさんたちと別れてから何事もなく、無事昼食時前までに帰ってこれた。


「帰ったか、ジュリアス。どうだった?」


「名前とは恐ろしく役に立つものですね。それで、ユータとの稽古はどうでした?」


「素早くて、手首の使い方が器用だ。それに、スタミナもある。だが、戦闘や殺しに関する訓練は受けてないな。見られたのはスリに必要な動きだけだ」


 思っていた通りだ、と父さんは説明する。俺も想像通りだったアミリアさんについて語る。


「ああ、アミリアさんに会った時の詳細はチャドリックに聞いてください」


「分かった。何かトラブルがあったのだな。それで、今後どうする? ユータはバトラーとして教育するのか?」


「いえ、その教育は必要最低限でいいです。それよりも、俺の剣術を教えようと思っています」


「お前は昔から自分の身の回りのことは自分でできたからな。バトラーより護衛ということか」


 まあ、前世は庶民でしたから。


「はい、あとは魔法なのですが」


「そういえば、彼は水属性の適性があるらしい。クラウディアと同じ属性だからな、弟子にするとか張り切っていたな」


 水属性か。こっちの世界にウォーターカッターという発想はあるのだろうか。


「なら、わざわざ母様に頼む必要はありませんね。手間が省けてよかった」


「明日からは、稽古は二人一緒でいいな」


 ユータに俺の剣術を教えるのはもう一つ理由がある。

 俺の剣術は俺の我流だ。この世界で主流の剣術に対してなら日に日により効率的に対処できるようになってはいる。だが、まだまだフォームに乱れがある。ユータに教えれば、その乱れを客観的に観察して直していけるというメリットがある。


「はい、お願いします」


「わかった。もう行っていいぞ」

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