第六話
※誤字、脱字、誤変換等、多々あるかもしれませんが、ご了承ください
~帰らずの森~
その森には、決して足を踏み入れてはいけない。
一度足を踏み入れれば、二度と日の光を浴びることなく
三度の飯もとることかなわず、四度の小さき希望と五度の裏切りと絶望に苛まれる。
不気味なささやきを漏らす木々
一切の光を通すことがない深緑を茂らせ、進みゆく者を永遠の暗く寂しい旅路へと誘う
自然だけだと侮るなかれ
その森、最も魔に通ずる場所なり
森に巣くう生き物は、決して獣だけにあらず
魔を喰らい、己を錬磨し、際限なく成長をする者なり
自らの利益を捨てよ
魔に立ち向かう蛮勇は捨てよ
足を踏み入れた者は、己のすべてを持って、森から立ち去る事のみに専念せよ
さもなくば、森の魔を従え
森のすべてを管理する
―――――――森の賢者の逆鱗に触れることになるであろう
============
「な、な、何なんですかその噂はッッ!!!!」
そう叫びながら、綺麗な顔を険しくさせ、賢者様は俺に詰め寄ってきた。
俺は、気圧されるように数歩後ずさるが、それを後ろで控えて居るハクに当たった事で簡単に追い込まれてしまう。
まあ、無理もないかもしれない
自らの住む森を、こうも悪く言われてしまえば
俺は今、外でこの森がどのような呼ばれ方や噂をされているのかを説明したところなのだが
予想道理、賢者様は驚愕と怒りをない交ぜにしたような反応を示した。
まあ、賢者様の言い分も分からなく無いが・・・・・
「そもそも、魔を集めている時点で、良い噂が流れるはずがありません
冒険者であれば、多かれ少なかれ魔を感知する者が居ますし、そうでなくてもここに住む以上成長した魔物を見れば、自ずとおどろおどろしい場所であると認識するのが普通です。」
俺の言葉を聞いて、途端に勢いを無くし、「グムムッ」と押し黙ってしまった賢者様は、ガックリと肩を落とした。
「わ、私はただ・・・・・あれを作るために頑張ってるだけなのに・・・・」
「・・・・あれ、ですか?」
俺がそう問い返すと、賢者は少しだけ慌てた様子で何でも無いといい、一つ咳払いをした。
・・・・どうやら、まだ俺には話せないような話題のようだ。
まあ、無理もないだろう
ついさっき、賢者様の伴侶になったばかりの男に、そう易々と目的を話してくれるとは俺も思っていない。
・・・・ちょっと寂しい気もするが、まあ追々話してくれればいい。
「そ、そんなことより・・・・・この際噂に関してはもういいです
本当は違うけど・・・・・・そのような恐ろしい噂が流れているのであれば、普通の人は入ってくることはまずないでしょう。
仮に入ってきても大体が気味の悪い人だけだと見当がつきます
それならば、対処も“撃退”か“殲滅”のどちらかをとれば良いので、逆によかったかもしれません」
賢者様はそう言って、テコテコと指を立てながら俺から数歩離れた。
そして、こちらを振り返り、もう一本指を立てた。
「さらに、幸いなことに・・・・・噂どおり人が行動することを前提にすれば、こちらから出口まで無事送り届けられるよう配慮してやれば、森の動植物も傷つきません。
―――――それに、今はあなたも居てくれますから、さらに成功確率が上がってます。」
説明しながら、ニッコリ微笑んだ賢者様に、俺は一瞬ドキリッとしてしまったが、素早く思考を切り替え、賢者様の言葉を反芻した。
・・・確かに、賢者様の言うとおりだ。
俺がはなした噂は、世間一般で知られているもので、大体の人間がその噂を信じて森に近づいてこない。
仮に、入ってきても大体が盗賊や逃亡者、もしくは素材ほしさに侵入してくる冒険者くらいだ。
そういう輩は、痛い眼に合う覚悟があるはずだし、痛い眼に合う理由がある。
冒険者は仕事だから、少々かわいそうな面もあるが、それも仕方ないだろう・・・仕事柄な
それに、俺も直接手を下せるわけだ。
幸い、俺は“レンジャー”である
森の中では無類の力を発揮でき、身を隠しながら戦うことも容易である。
それに、俺には“分析能力”と“記憶能力”がある
昔から、一度頭で整理した事柄を、データベースとして構築し、引き出すことが出来る。
よく“異能持ち”だと言われているが、正直、ただ記憶力が良いだけだ。
まあ、それはさておき、データベースにはそれこそいろいろな情報があるわけだが、その中にギルドで一度見せて貰った“犯罪者リスト”と言うものもあるのだ。
見せて貰ったのはかなり前なのだが、随時手配書を見て更新していたので、俺が今記憶しているのは最新版のデータだ。
故に、直接見ればそのデータと照合して、森に入った者が逃がすべきか退治すべきかすぐに判別することが出来るのだ。
おそらくだが、賢者様も俺の能力についておおよその見当はついているはずだ。
だから、俺の“森の守り手”に選び、伴侶にしたに違いない。
・・・・・そう、きっと利用価値があったからだ。
過度な期待や希望的思考は捨てるべきだろう・・・
それに、賢者様やベルノームの“ハク”と“シロ”も守ってやりたい。
ならば、ただその期待に答えるのが俺の使命だ。
「あ、あの・・・・・ケリーさん?なんだか怖い顔をされてますが?」
「ケリーじゃありません、ケリスです・・・・・顔については、元々こういう顔ですから」
俺が冗談めかしてそう言うと、彼女は少し安心した様子で微笑んだ
・・・・呼び名についてもそうだが、この顔も実は悩みの種だったりするのだ。
鋭い目つきと、眉間に刻まれた深いシワ
これは、生まれつきというか何というか・・・・・とにかく、普通にしていても人から怯えられたりすることが珍しくなかった。
まあ、顔つきでそこまで苦労した経験なんて無いので、別に問題は無いのだが
「そうでしたそうでした!!
そういえば、ケリスさんにお願いしたいことがあったんでした!!!」
突然、彼女はそう言うと、泉に近づいて軽く水を手ですくった
そして、その水を空中に向かって放り投げると、その水が一瞬で意思を持っているかのようにうごめき、ある形をなした。
それは、何かの動物のような形で、頭頂部と思われる部分に大きな突起物があった。
「・・・・これは?」
「はい、最近この森に出現した新種の魔物です。
幸い、被害も出ていませんし、ほかの魔物と喧嘩してけがをしている様子もないのですが、新しい子は決まって何かしらの問題を起こしてしまったりするので、様子を見てきてほしいのです。
名は決まっていませんが、おそらく“大熊”の変異体ではないかと思います」
「変異体??」
聞き慣れない単語に、俺は首をかしげると賢者様は得意げに一本、指をたてた。
「変異体というのはですね・・・・通常の動物が“大量の魔”をその身に取り込み、自らの力として振るう術を知った物です。
本来、魔物は“無”から生まれるのですが、この森ではまれに動物から魔物に変化するんです。
能力値も変化前とは格段に違っています。」
そう言って、中空の水が賢者様の説明に合わせ、次々と形を変え分かりやすく説明をしてくれた。
なるほど
確かに、“魔”というのは万物になじみやすく、そこら中にあると言われている
だが、いくらそこら中にあると言っても取り込みすぎると身を滅ぼしてしまう
基本、人や生き物には“魔”に対して抵抗力がある、それに、意識すれば操れる
だが、それにも限度という物があるのだ。
許容量を超えた“魔”は、そのエネルギーを際限なく増幅させ、いずれ器を壊してしまう。
具体的に言えば、体内の魔の暴走により、死に至る。
世間一般では、その事を “魔中毒膨張病” 俗に “魔毒” と言われている。
「――――さすがです。ですが、あくまでそれは魔を御しきれなかった場合
この森に住んでいる生き物は、多かれ少なかれその“魔毒”を克服する事があります。
今回のケースも、そのような魔毒を克服した動物なのです」
「・・・・・なるほど」
かなり特殊ケースな気もするが、なるほど納得がいった。
そもそもこの森自体が特殊な環境
俺の考えている常識で考えるのは軽率なことだった。
そもそも、あり得ない話ではないのだ
魔毒は、魔を制御しきれない事で起こってしまう現象にちかい
究極を言ってしまえば、魔を制御しきれてしまえば、魔毒にならないのである。
もちろん、魔を操作するには相当な魔への知識がいるのは明白
かなり高度な魔の操作が必要なのは、間違いないのだが・・・・・
よく考えてみれば、一番良い例が身近に二匹も居るのだ。
【・・・・む?どうしたのでござるか?ケリス殿】
【わっちらの出番なのじゃな!!
でなければ、そんな意味深な顔でじっとこっちを見たりしないのじゃ!!!】
泉のほとりでノンビリしていたハクとシロがこちらに気がつき、爆ダッシュで近づいてきた。
フゴフゴと嬉しそうに寄ってきた二匹に、俺はため息を吐きそうになった。
・・・・・案外、気合いや本能でどうにかなるのかもしれない
この二匹が、高度な魔への知識と操作を習得しているとはとうてい思えない
【むむ~、シロよ。どうやら、ケリス殿は拙者達の力量に不安がある様子でござる】
【まだ数日しかつきあいのないわっちらを疑うのは明白なのじゃ。
じゃが、わっちら伊達にこの森に長く住んで居ないのじゃ!!
わっちもハクもそれなりに戦えるのじゃ!!
新人の教育など、朝飯前なのじゃ!!】
【そうでござる!!ケリス殿が居ない間も、拙者達が新顔を御してきたのでござるよ!!
必ずや、ケリス殿の役に立ってみせるでござる!!】
どうやら話は聞いていた様子で、二匹そろってフゴフゴと息巻いていた。
・・・・頼もしい限りなのだが、どうしてだろうか
二匹の言葉を聞けば聞くほど、不安が募っていくのだが?
それに、さっきから賢者様が心配そうな顔で俺を見続けているのだ。
・・・・・これは、あれか?
「二匹の世話も任せて、大熊の調査もしっかりしてくれ」ってことなのか?
難易度が跳ね上がってないか?
しかも、二匹に悪気がないのがまたたちが悪いような気が・・・・・・
俺は、これ以上考えても仕方ないかもしれないと悟り、おとなしく二匹を引き連れ、賢者様に言われたとおり “大熊” のところへ向かったのだった。
============
それから、大熊の大まかな現在位置をハクとシロが賢者様から聞くと、張り切った様子で俺をせかしてきた。
泉から森の中へ出れば、今度はフゴーッと鼻息荒く二匹がかけだし、俺はそれに追随する形で森の中をかけだした。
俺は、最初こそ自分で走っていたのだが、途中でハクが【ケリス殿、拙者に乗るでござる!!】と言ってきて、半強制的に俺は背に乗せられると、それはもうすごい早さでかけだしたのである。
しかも、乱立する枝や樹を見事に避け、俺にも一切枝や樹が当たることがない
だが、俺が自分で走る何倍もの速度が出ている。
かなりの技術だ
それに併走しているシロも、おそらく同じ事が出来るのだろう
【見つけたのじゃ!!、あの広場に居るのがおそらく新顔なのじゃ!!!】
【承知!!、ケリス殿、急停止する故しっかりと捕まってるでござるよ!!】
「なっ!?、おいちょっと待っ――――――――」
俺の言葉も聞かず、ハクとシロは宣言通り急ブレーキをかけて停止した。
もちろん、突然の事であったことと、そもそも捕まるところが無かったことが災いし、俺は見事に前方へと身体が投げ出された。
そのまま地面をゴロゴロと転がった俺は、そのまま丸太のような物に衝突してやっと停止した。
「いててっ・・・・・ハク、止まるときはもっと早く言ってくれ!!
それに、そもそも急ブレーキをする必要があったのかっ!!!」
【ぬっ??す、すまないでござる、ケリス殿・・・・・早く、こっちに来るでござる】
【ケリス殿、後でハクには言って聞かせるのじゃ・・・・・早く、こっちへ来るのじゃ】
「・・・・一体どうしたんだ?、別に目の前に何か居るわけでも・・ない・だ・・・ろっ?」
様子のおかしい二匹を見て、俺はゆっくりと衝突した丸太に手をついて立ち上がったのだが、どうにもこの丸太の感触が可笑しかった。
なんだか、ふわふわとした感触と、わずかだが熱が感じ取れた。
不審に思い、丸太の方をゆっくり見上げてみると、それは丸太ではなかった。
それは、通常ではあり得ない程巨大な 熊の前足 だった。
一瞬動きが止まってしまい、距離をとろうとしたのだが、気がつくのが遅すぎた。
俺の目の前にこれまた巨大な熊の顔が迫っており、低いうなり声を上げていたのだ。
「・・・・こんにちわ?」
あまりに混乱してしまった俺は、なぜか目の前の血走った目をした熊にむかって、挨拶をしていた。
すると、熊はその巨大な口をわずかに開き、鋭い牙をむきだした。
俺は反射的に腰に差していた剣に手を伸ばそうとしたそのとき、それは起こったのだ。
【こんにちはでごわす~。ずいぶん派手にぶつかったでごわすが~、大事はないでごわすか~??】
熊は鼻をスンスンとならしながら、そう言って体の様子を心配そうに確認してきたのだ。
・・・・・なんだと?
【怪我はなさそうでごわすな~、よかったでごわす~。
ところで~、ここがどこなのか知らないでごわすか~?、知ってたら教えて欲しいでごわす~。】
ずいぶんノンビリとした喋りで大熊は首をかしげて見せた。
・・・・・どうやら、戦う気は無いようだ。
それに、なんだかノンビリしている様子で、そこまで危険はなさそうだ―――――――
【ケリス殿から離れるでござる!!!!】
【んん~??、また誰か来たのでごわす・・・・がっ!!!】
突然、俺の横をすり抜けた巨大な白い塊が、目の前の大熊に向けて突撃していった。
熊は、その巨体をわずかに仰け反らせ、その場にバタリと倒れ込んでしまった。
衝突してきた白い塊は、俺の目の前に陣取るように移動してくると、ブシューッと白い息をはき出した。
【ケリス殿は拙者が守るでござる。どんなことがあっても、指一本触れさせはしないでござるよ!!】
【よくやったのじゃハク!!!、そのままケリス殿をこっちへ!!!】
【承知!!!さあケリス殿!!こちらへ下がって――――――】
「何をしてるんだお前達はーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
案の定やらかしてくれたハクに、俺は大声で怒鳴ったのだった。
そして、目の前で伸びている大熊に治癒をかけながら、二匹を近くに呼び寄せ、治癒をしながらひたすら説教をしたのだった。
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【びっくりしたでごわす~、突然目の前が真っ白になったかと思ったら~、真っ暗になってたでごわすよ~、ベーッアベアベアベア~】
奇妙な笑い声を上げながら、大熊は地面に座り、その巨大な前足であごを撫でた。
目覚めた大熊に、俺は二匹を伴って土下座をした。
二匹は、両前足を折りたたんで鼻を地面に付けるような格好、俺はそのまま綺麗な土下座をした
すると、大熊は【気にしないで欲しいでごわす~】と笑って許してくれた。
どうやら、本当に温厚な性格なようだ。
二匹も、彼の性格にふれ、自分たちの早とちりで失礼な事をしたと深く反省した様子だった。
【勘違いは仕方ないでごわすよ~、見慣れないやつが居たら警戒もするというもの・・・・・むしろ、すばらしい反応速度だったでごわすよ~?】
大熊は、怒るどころか二匹の行動を褒め称えたのだ。
その様子に、ますます萎縮した二匹は、まるで地面に埋まっていくような勢いで、顔を地面にこすりつけたのだった。
【顔を上げて欲しいでごわす~。
それより、聞きたいことがあるでごわす~。
・・・・・ここは、一体どこでごわすか~???】
「・・・・ここは、“帰らずの森”だ。
森の中を見て回っていたら、あんたを見つけたんだが・・・・迷い込んで来たのか?」
少し警戒をしていたが、この様子だと危害を加えるようなことはなさそうなので、とりあえず場所を教えてやった。
すると、大熊は少し驚いた様子で眼を見開くと、すぐに右手の鋭い爪で頭をかくと首をかしげた。
【そいつは困ったでごわすな~。おいどんは、ずいぶん離れた所まで来てしまったみたいでごわすな~・・・・・・どうするでごわすかな~?】
ノソリと身を起こした大熊は、そのままノシノシと俺たちに背を向けて歩き出した。
・・・・・いやいや、どこへ行く気だ?
「待ってくれ、大熊。一体どこへ行く気なんだ?」
【んん??、そうでごわすなぁ~・・・・・・・とりあえず、暖かい方へ向かうでごわすよ~。
おいどん、暖かい所で過ごすことが多かったでごわす~。
きっと、暖かい方へ向かえばそのうち帰れるでごわすよ~。】
大熊はそう言うと、再び歩き出した
ん?待てよ?
・・・・少し思い出してみよう
やつの特徴から推測するに――――――
~~~~~~~~~~
大熊;ベグア
種族;熊
ランク;D~A+
=個体データ=
大きな身体と凄まじい胆力が特徴
長時間の活動を得意とし、力も強い上に大変気性が荒い個体が多い。
おもに、温暖な気候の森林地帯に住んでいることが多く、島国や南国に生息していることが多い。
雑食であるが、好んで動物や他の生き物の死骸を食べることが多いが――――――――――――――――
~~~~~~~~~~~~
・・・おいおい、どうやってここまで来たんだ?
ここは“大陸の最北”だぞ?
それに、あの見た目やしゃべりからすると・・・
まさか、やつの住み処、“最南端の島国”じゃないか?
「・・・待ってくれ
おまえ、ここがどこか分かっていってるのか?」
すると、大熊は首だけをこちらに向け、コクリッと頷いた。
【帰らすの森といえば、“大陸の最北端” でごわすね~?
泳ぎは得意でごわすから、心配ないでごわすよ~?】
「そういう問題じゃない」
俺の言葉に、大熊は少し戸惑った様子で身体を反転させると、首をかしげて見せた
【何が問題でごわすか~?、おいどんにはよくわからんでごわす~・・・。】
「大陸は、この世界の約4割を占める大地だぞ?
距離で言えば、端から端まで100万キロじゃきかないんだぞ?
それに、恐らく海も渡らなければならないぞ?
・・・どうするつもりなんだ?」
【とうぜん、たどり着くまで歩いて泳ぐでごわすね~
その、“ひゃくまんきろ”という長さを進み続ければつくでごわす~。
簡単でごわすよぉ~】
大熊は、そういって笑い声をあげた
・・・ダメだなこれは
本当に死ぬまで進み続けるつもりらしい
・・・どうしたものか
【ケリス殿、ケリス殿】
・・・仮に、こいつにそれだけの生命力と体力があったとしてもだ、そもそもこの森を無事に通り抜けられるのかすら怪しいな
【ケリス殿?、ケリス殿ぉ~!!!】
・・・・さっきからシロがうるさいな。
一体なん―――――――――
【あの者、とっくに歩き去ってしまったのじゃが・・・・・行かせてもよかったのか?】
シロに言われて視線をあげてみると、さっきまで笑っていたはずのベグアの姿はどこにもなかった。
俺は、頭を抱えてため息を吐きそうになったが、ハクが後をついて行っているという事を聞き、急いでシロを伴って後を追ったのだった。
そして、追いついてみれば、なぜかハクとベグアがビックリするほど意気投合して、お互いに豪快な笑い声を上げている姿があった。
【ぬっはっはっはっはっ!!!、なかなか話の分かるでござるな、ベグア殿!!!】
【ベーアベアベアッ!!!、おいどんもまさか、ハクどんがここまで気の合うと思わなかったでごわす~】
ハクが鼻先で小突くようにベグアを押し、それに答えるように前足でハクの背中をポフポフと叩いていた。
そして、お互いに顔を見合わせれば、一緒になって大笑いしていた。
・・・・この短時間で一体何が?
【おおっ、ケリス殿!!!
追いついたでござるな!!!、ベグア殿なかなか話の分かるいいやつでござるよ!!】
【ケリスどん、ハクどんは随分面白くて良い御仁でごわすな~
おいどん、こんなに楽しく話をしたのは初めてでごわすよ~】
こちらに気がついた二匹は、お互いがお互いを褒め、それを聞いた彼らは、再び互いに視線だけを交わらせると、再び大笑いした。
・・・・・・・まあ、あれか?
仲良くなれてよかった・・・・・のか?
すると、少し慌てた様子でシロが二頭に詰め寄った。
【は、ハク!!!
ケリス殿が微妙な顔をしてるのじゃ!!!!
その様子だと、わっちらの考えた案、ベグア殿にしっかり伝えてあるんじゃろ?】
【そのあたりは抜かりない、しかと伝え了承も得てるでござる!!!
後は、ケリス殿と賢者様の決断次第でござるよ】
フゴーッ、と自慢げに鼻息を吐いたハクに、シロも安心した様子でフゴフゴッと鼻を鳴らすと、こちらを振り返った。
【ケリス殿、勝手ながら、わっちらで解決策というか、ベグア殿の処遇について考えたのじゃ。
ひとまず、賢者様に連絡を入れて欲しいのじゃ】
「賢者様に連絡??・・・・・どうやってだ?」
【出てくるときに賢者様から渡された “水” を使うのじゃ、その水は賢者様のお力が込められた水
その水ならば、どこからでも賢者様とお話出来るはずなのじゃ!!!】
シロの言葉に、そういえば泉を出る前に、水筒を渡されていたことを思い出した。
俺は、ゴソゴソと荷物から水筒を取り出し、おもむろにふたを開けてみた。
すると、中には確かに綺麗な水がなみなみ注がれていた。
・・・・・飲んだらおいしそうだ。
俺は首を振ってくだらない考えを払い、手頃な大きめの葉っぱを取って地面に置き、そこに水を垂らした。
すると、葉の上に落ちた水は、まるで意思があるようにうごめき、すぐに小さな人の形になった。
どうやら、この水は本当に賢者様の力を宿しているようだ。
人の形になったそれは、キョロキョロと周囲を確認するような動きをすると、俺の方を見上げるように首をこちらに向けてきた。
『――――――――聞こえますか?、こちら森の賢者です。
ケリスさん、何かあったのですか?』
小さなそれからは、賢者様の声が聞こえてきて、本当に通信が出来ているのだと少々驚いた。
ハクやシロを疑っていたわけではないが、こんな事まで出来てしまうとは、本当にすごい方だと改めて思い直した。
「聞こえてます。賢者様、実は少々お話がありまして――――――」
俺は、水の小人に懇切丁寧にベグアの事を説明し、今の状況を説明した。
すると、水の小人は首をかしげるような仕草をしてから、キョロキョロとし始めた。
そして、ひとしきり周りを確認すると、再び俺の方を見上げてきた。
『え~っと・・・・・ケリスさん、少々ベグアさんとお話がしたいのですが、どちらに?』
「え?・・・・どちらにといいますと?」
『人形から送られてくる映像から・・・・・今、あなた方の近くに、ベグアさんはいらっしゃいませんよね?』
「・・・・・・・え?」
賢者様の言葉に俺は首をかしげてしまった。
ここに居ない?
いや、そんなわけがないだろう
今だって、ハクのすぐ隣で楽しそうに笑い声をあげているのだ
見えていないはずが・・・・
『・・・・待ってください、ケリスさん。
そもそも、なぜあなた方は、“件のベグアとは逆方向”にいるんですか?』
「え?、それは一体どういう――――――――」
俺が聞き返そうとした瞬間、俺たちの後方から、凄まじい雄叫びと無数の樹が倒れる音が鳴り響いた。
俺は、嫌な予感がして、ハクとシロの名を呼び、素早くその場から距離をとった。
すると、俺がさっきまで立っていた位置に、巨大な樹木が凄まじい速度で垂直に降ってきた。
間髪いれず、さらに二つの轟音が響き、今度はハクとシロが居た位置に二本の樹木が突き刺さっていた。
二匹は、俺の意図を正確に理解して、避難していたため大事にはなっていないようであったが、鼻息を荒くして憤っていた。
【な、なにごとでござる!!!なぜこのような事が!!!】
【不可解なのじゃ!!!ここに、森を傷つけるような攻撃をしてくる輩はおらんのじゃ!!!】
降ってきた樹木を見て、その場で地団駄を踏むように両前足をドシンドシンと踏みならす二匹を無視し、俺は樹が飛んできた方向を探ろうと、素早く手近な樹に登った。
そして、再び雄叫びと樹木が折れる音が聞こえてきた。
(音の方角は・・・・・・あっちか!!!)
俺が方角を探り当てたのとほぼ同時に、生い茂った葉の隙間から、極太の樹がこちらめがけて飛び出してきたのだ。
先ほどと同じ三本
しかも、三本ともこちらを正確に狙っているのか、俺の頭上に寸分違わず降ってきたのだ。
「クソッ!!!!
ハク、シロッッ!!」
【うむっ!!】
【わかってるのじゃっ!!!】
俺は素早く樹から飛び降り、その途中で二匹に声をかけた。
二匹は素早くその場から移動して居たのだが、ここで予想外の事が起きた。
それは
―――――ハクの隣に居たベグアが、飛んできた樹木の落下地点で暢気に突っ立っていたのだ。
【ベグア殿ッッ!!逃げ――――――】
ハクの叫びを遮るように、樹木は激しい土煙と轟音を上げて、ベグアを押しつぶし、その姿を消し去ってしまった。
【べ、ベグア殿ぉーーーーーー!!!!!!】
悲痛な叫びを上げ、土煙の中へと突撃していったハクに、まるで追い打ちをかけるように再び樹が降ってきた。
それに、舌打ちをするようにフゴフゴッと唸りながら、ハクが俺の近くまでかけてきた。
【だ、ダメでござる!!!近づけないでござる!!!】
【ハクっ!!無事じゃな?、手傷を負ってないか??】
【拙者より、ベグア殿がっ!!今助けるでござるよ!!!】
シロの心配そうな声を払いのけるように、ベグアの元へと駆けつけようと鼻息を荒くするハク
そんな様子のハクに、シロは困ったような表情で俺の方を見てきた。
・・・・・シロの言いたいことは分かるが、おそらく今のハクを説得するのは無理だろう。
冷静な判断を出来ていないし、そもそもベグアを助け出すことしか考えていない。
だが、正直この樹木の雨の中、ベグアの元まで無事に近づき、助け出すのは困難だ。
どうやっているか知らないが、敵は正確にこちらの位置を把握して、ピンポイントで樹を当ててきている。
しかも、多少移動して避けることも計算に入れている。
さっきから、かなりギリギリで躱しているのだ。
・・・・・それに、ベグアはあの巨木を無防備に頭から喰らっているのだ。
仮に、うまく助け出せても、既に――――――
そこまで考えていて、妙なことに気がついた。
そういえば、なぜここまで正確な攻撃を仕掛けているやつが
―――――未だに誰も居ないベグアの付近に樹を落としている??
すると、突然煙の中から、ドタドタと足音が聞こえ、その正体にあたりを付けて俺は声を張り上げた。
「ハクッ!!、どうした、何があった!!!」
【に、にに、逃げるでござるよ二人ともぉーーーーーーー!!!!!!】
そう言って、煙の中からすごい早さでハクが飛び出してきた。
そして、そのまま俺たちには目もくれず、横を通り過ぎて、一目散に後ろの茂みへと姿を消していった。
何だと思って視線を土煙に戻すと、煙の中に黒い影が見えた。
少し目をこらすと、それが何か理解し、一瞬で血の気が引くのが分かった。
おれは、慌ててシロに向き直り、叫んだ。
「シロッ、今すぐハクを追え!!!!全速力だッッ!!!!急げッッ!!!」
【ぬっ??、何をそんなに慌て―――――へっ??】
俺に疑問を呈していたシロは、不振に思って目の前の土煙へ視線を向けた。
すると、そこには――――――
――――目が血走らせ、巨大な木を抱えたベグアが立っていた
一瞬の硬直の後、シロは身体を反転させ、かけだした。
【―――――ヴォオオオオオオォォォォオオォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!】
【ひ、ひぃいーーーーーーッ!!!!!!】
「に、逃げろぉーーーーー!!!!!」
悲鳴を上げながら、シロと俺は必死に逃げた
その後を、凄まじい速度でベグアは追いかけてきた。
その勢いと、先ほどのノンビリとした雰囲気とは真逆の姿に、俺は命の危険を感じた。
俺は、いつの間にか自らの足で走るのはやめ、シロの背中へと飛び乗っていた。
そして、あらん限りの妨害工作を後方に仕掛けた。
倒木トラップ、切断トラップ、転倒トラップ、落とし穴、挙げ句の果てには直接ナイフまで投げつけた。
だが、そのすべてが、ことごとくはじかれ、意味をなさなかった。
むしろ、何かするたびにベグアの機嫌を悪くするように、速度や勢いが増してしまった。
【け、ケリス殿!!!全く効いてないのじゃ!!
それどころか、余計に危険になってるのじゃ!!!!】
「分かってる!!!!
とにかく、あいつから逃げることと、敵を見つけることに専念するぞ!!!」
【わ、わかったのじゃ!!
逃げるのは任せるのじゃ!!!!】
シロの頼もしい返事に、俺は意識を後方から、攻撃を仕掛けてきた方角へと向けた。
ここまでがむしゃらに走ってきたが、未だに樹木による雨はやんでいない。
逃げながらにもかかわらず、正確に樹が降ってくるのだ。
どうやって居るのか知らないが、これは既に通常の投擲による攻撃ではない事は理解している。
何らかの技能、おそらく“魔法”のようなものを付与されているのだろう。
その証拠に、わずかではなるが、降ってきている樹にわずかな魔の痕跡がある。
降ってくる樹に集中すれば、一瞬ではあるがまるで魔が俺の元まで軌跡のように伸びており、それをたどって樹が降ってきているようだ。
(この魔の痕跡をたどれば、敵の元までいけそうだな・・・・)
俺は、意識を集中させ、魔の軌跡を必死にたどってみた。
幸いにも、樹はかなりの高頻度で飛んでくるため、かなり特定がしやすい。
おそらく向こうも、すぐに居場所がばれることは分かっているだろう
だが、動いている様子がないところを見ると、直接来られても迎撃できると思っているようだ。
(・・・・・チャンスだな)
俺は今の状況を理解し、思わずほくそ笑んでしまった。
なぜなら、相手はこちらを格下だと思って、かなり油断しているということがはっきりと分かったためである。
どんな生き物でも、油断というのは多大な隙なのである。
うまくいけば、一瞬で勝敗を決してしまえるほどに・・・・・
【け、ケリス殿??
な、なぜか分からないのじゃが・・・・・今、とても恐ろしい事を考えてる気がするのじゃ】
「俺に気が向けられる余裕があるなら、ちょっと俺の指示通り逃げてくれないか?」
【うむぅ?、可能なのじゃが・・・・・・一体何を??】
「フフフッ・・・・・ちょっと、ご対面して貰うと思ってな」
そう言って、俺は後ろを振り返った。
そこには、当然ベグアが居る。
彼は、いつの間にか四足歩行でかけており、進行方向にある木々を次々になぎ倒し、たまに前足の一降りでなぎ倒し、頭突きでへし折りながら速度を変えずに追い掛けてきていた。
・・・・・とんでもないな
あれで、全くダメージを受けている様子もない
これは、本格的に作戦を実行に移した方が良い。
俺は、先ほど思いついた作戦が、思いの外、的確で最適解であると認識し、実行に移すために工作することにした。
丁度良いところに、前方に白い影が見え始めた。
間違いなく、ハクである。
「シロっ!!!ハクに追いつけるか!」
【朝飯前なのじゃッ!!!】
フゴッと鳴いたシロは、先ほどまでとは打って変わって、猛スピードで直進を始め、最小限の動きだけで木々を避けてかけ始めた。
どうやら、先ほどまでの走りは、ベグアの消耗を狙った逃げ方をしていたようだ。
瞬く間にシロは、前方のハクの近くまで来ると、俺は声を張り上げた。
「ハクッ!!今から俺の言うとおりに逃げろ!!!!出来るか!?」
【ぬっ!?、ケリス殿!!!!
拙者に出来る範囲であれば、可能でござるよ!!!】
「よしっ!!
ハク、シロ!!!俺の指示通りに走れ!!!!
俺が合図したら、人化して、近場の樹に駆け上れ!!!良いな!!!」
【承知っ!!】
【うぬッ!!】
了解の返事を聞いた俺は、素早く二匹に指示を飛ばした。
ハクを常にベグアの付近を走らせ、暴れ回っているベグアの注意と、敵の攻撃をベグア付近に集中
シロと俺が、ハクへの攻撃を邪魔し、誘導するようにベグアとハクの前方をゆらゆらと走る。
時折、ハクと俺で攻撃を加え、ベグアの注意を分散させつつ確実に付いてこさせた。
そして、しばらく併走して居て、俺は目的のポイントまできたのを確認した。
俺は、ハクを呼び寄せ、二匹でベグアの視界をふさぐような位置に付かせた。
そのまま併走し、そして絶好のタイミングと場所まで来た。
「ハク、シロ、今だッ!!!」
【承知、とうっ!!】
【わかったのじゃっ!!、せいっ!!!】
俺の合図とともに、俺たちは最も手近にあった木々に飛びついた。
突然、目の前に居たはずの俺たちが消え、視界が良好になった事で、ベグアは驚いたことだろう
だが、もっと驚いたのは、目的のポイントに居るそいつだろう。
そいつは―――――――さっきまで俺たちに攻撃を加えていた敵である。
【グォォオオオオオオォォォォォオオオーーーーーーー!!!】
【ガウゴォッ!?】
ベグアにとっては、目の前に突然現れた新たな敵
それに対して、自らへの防衛と進行への障害を排除する意味合いで、勢いをそのままに頭突きを繰り出していた。
敵にとっては突然の脅威の出現、さらに樹木を投げようと無防備だった自分への身体に、なすすべもなく攻撃を受けた事への驚きと苦痛
それら異なる感情からなる叫び声と轟音が、俺たちの数メートル先で起こったのだ。
攻撃を加えた方は、敵の予想外の強度、さらには自らを止められたせいで、先ほどまで加わっていた勢いが自らに牙をむき、ダメージを与えたことに驚きとともに激しい衝撃を与えたことだろう。
一方、攻撃を受けた方は、吹き飛びはしなかったものの、その勢い任せで威力の高い攻撃を喰らったこと
加えて、無防備であった自らの身体への強烈な一撃に、驚愕と困惑
そして、そんな感情をかき消す程の衝撃を受け、抱えていた樹をその場に取りこぼし、瞬く間に意識を手放していた。
【べ、べあぁ~~~~、あ、頭が痛いでごわすぅ~~・・・・・】
【・・・・・】
【・・・・ケリス殿、これは?】
【どういうことなのじゃ?】
「どうもこうも・・・・見ての通りだろ?
こっちのやつが、件のベグアって事だ」
樹の上から衝突現場を見下ろしながら、俺は―――――――
―――――倒れ伏した二匹のベグアの内、気絶している方のベグアを指さして、そういった。
熊って怖いよねー(^ω^;)
ねー(;^ω^)