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ケリーと帰らずの森   作者: 蛇炉
3/8

第三話

森の賢者が説教を始めてからしばらくして、ひっくり返っていたベルノームが目を覚ました。

そいつは、のっそりと体を起こすと、ブルブルと身を震わせ、大きく口を開いた。

すると、今まで説教していた賢者の声が途絶えた。

何事かと賢者のほうを見ると、首だけを今起きたベルノームの方へ向け、微笑んでいた。




「おはよう・・・さあ、あなたもこっちに来なさい?」




気絶していたベルノームにそう告げると、そのままチョイチョイと手招きした。


・・・なんだろう

賢者は笑ってるのに、得体のしれない恐怖が・・・・・


俺はゾゾッとした悪寒を感じて身震いした。

目覚めたベルノームも同じなのか、近づくことを嫌がり、ブンブンと顔を左右に振った。

だが、賢者は笑顔を絶やすことなくただ一言「はやく」と告げた。

それだけで、先ほどよりも寒気がひどくなり、俺は無意識に小さく悲鳴を上げていた。

ベルノームも観念したのか、トボトボと賢者の前に行ったのだ。



こ、こえぇ・・・・・

賢者怖ぇよ


それにしても、うーん・・・

ベルノームのやつ、しっかり言葉を理解してるな。


俺はベルノームの動きを観察しつつ、そんなことをポツリと頭の中でつぶやいた。

なぜ、そんなことを考えているのかというと、俺の知っている魔物の知識とまったく一致しないからだ。



魔物とは、本来獰猛で理性のかけらもない生命体である。

動物的本能は持ち合わせているが、知性や協調性、ましてや思考力なんて物は持ち合わせていない。

自らの本能に従い、ただただ暴れまわる。

それが、一般的な魔物のイメージであり、特徴である。


だが、今目の前にいるベルノームはそれに当てはまらない。

先ほど猛烈な勢いで駆けつけてきた二頭は、しっかりと賢者の言葉を理解し、それに反応リアクションしている。

当然だが、普通の魔物は反応するどころか言葉すら通じないだろう。


この森にいるから、と言われてしまえば終わりだが、それにしても・・・だ。

いくらこの森の魔物は知性があるといっても、それは〝普通の魔物に比べて” であってここまで知性のある個体は聞いたこともない。

しかも、魔物の中でもずば抜けて頭の悪いベルノームが・・・・




「分かったら、さっさとケリスさんに謝りなさいッ!!!」


「・・・ん?」




突然名前を呼ばれ、そちらを向くとノソノソとした足取りで二頭のベルノームがこちらに近づいてきていた。

一瞬、びくりと身を震わせてしまったが、二頭の様子から攻撃の意思はないと悟り、警戒を解いた。

二頭は俺の前まで来ると、お互いの顔を見てほぼ同時に前足を折り曲げ、頭を下げた。

何をしているのかと一瞬戸惑ったが、すぐに頭を下げているのだと理解した。


俺はそれを見て、こいつらがはっきりとした意思を持ち、言葉を理解していることを再確認した。


うーん、やっぱり頭良すぎだよなこいつら・・・

もしかすると、賢者の言うことだけ聞くとか、賢者の意思に応えるような行動をするように魔法がかかっているのか・・・・


頭を下げている二頭を見ながら、魔物がなぜここまで利口なのか様々な考察をした。

だが、俺の中で答えは出そうになかった。

魔法の知識があれば、答えに辿り付いたかもしれないが、魔術師でもない俺にはさっぱりだ。

余計なことは考えないほうがいいのかもな

それに、せっかく謝罪してくれているのに、黙っているとこいつらに悪いしな・・・・


俺はそう思い、二頭のベルノームの謝罪の返事を返そうとした。

その瞬間、突然二頭が顔をあげて―――――




【ケ、ケリス殿ッッ!!!拙者たちが悪かったでござるッ!!!】

【わっちらを許して欲しいのじゃッ!!!】








突然、俺の近くから二種類の声が聞こえてきた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?



あれ?、おかしいなぁ・・・・いま、声が聞こえたような?

賢者・・・・・じゃないよな?

周りにも・・・・・人はいない

目の前のこいつら、の訳はない・・・・うん、あり得ない


・・・・・・・・・・・・んん~?



俺はキョロキョロと辺りを見回して、声の主を探した。

だが、それらしい人影は見当たらなかった。


・・・・・気のせいか?

そうだな、気のせいに違いな―――――――




【ど、どうしたでござるか?ケリス殿は、なぜ周囲を見てるでござる?】

【わっちら以外の魔物も周囲にいないのじゃがな?】


「・・・・・・・・んん?」




俺は、ギギギッと音が出そうな動きで首を目の前に二頭に向けた。

二頭は、頭をのっそり持ち上げ、先ほどの俺と同じように周囲を見回していた。

そして、首を横に向けたときにハッキリと分かった。

声が聞こえている時、二頭の口がパクパクと動いており、そこからその声が発せられていることに・・・・・

間違いなく、この二頭のベルノームが “言葉を発している” のだ。






・・・・・・どういうことだ?

誰か、説明してくれ






















============







【申し訳ござらん、どうやら驚かせてしまった様でござるな】

【わっちら、そこまで賢くないのじゃ。気が利かなくて申し訳ないのじゃ】




二頭のベルノームはそう言うと、小さく頭を下げた。


いやいや、賢くないって・・・・・普通の魔物と比べたら十分賢いぞお前ら

しかも、かなり流暢に・・・・

あと、なんだそのしゃべり方は

「~ござる」とか「~のじゃ」とか・・・・

聞いたことないぞ


俺は、二頭があまりに異質なので苦笑いをしつつ、チラリと賢者の方を見た。

すると、賢者はしてやったりと言った顔でニタニタと笑っていた。


うっわ、なんだあの顔、腹立つ・・・・

でも、やっぱり可愛・・・・くない!!!


何考えてるんだ俺は!!

相手は魔人かもしれないんだぞっ!!!

とにかく、この森から一刻も早く抜け出さないと・・・


俺は頭を軽く振って、改めて二頭の方を見た。




「そ、そういえばっ!!!、お前達は俺に言いたいことってなんだ? そのために来たんだろう?」




賢者曰く、ここに誘導した理由がそれなのだ

それさえ済ませれば、後は賢者もこいつらも関わってこないだろう


俺の質問に、二頭のベルノームはハッとして顔を上げた。




【そ、そうでござった!!!拙者達、すっかり忘れていたでござる!!】

【忘れなくてよかったのじゃ。実はわっちら、ケリス殿にお礼を言いたかったのじゃ】


「お礼?」




言葉を繰り返した俺は、首をかしげた。


お礼だって?

こいつらが・・・・俺に?

・・・・・お礼されるような事、したか???


俺は必死にこの二頭にまつわる事を思い出してみたが、俺がやったことと言えばこいつらを正面衝突させた事くらいしかなかった。

だが、二頭のベルノームは俺の前にいて、お礼が言いたいと・・・


誰かと勘違いしてるんじゃ無いか?

俺が言うのも何だが、見た目も顔もありふれたものだし・・・

ここに入ったこと自体始めてだぞ?


そんなことを考えていると、不意にモフッとした感触が両手から伝わってきた。

視線を手に落としてみると、そこには二頭の頭があった。




【拙者達の命を救ってくれて、ありがとうでござる】

【わっちらは、ケリス殿のおかげで、今もこうして生きていられるのじゃ】




そう言って、二頭は頭を俺の手にすりつけてきた。

そして俺は、今言われたことに心当たりが無く、若干混乱していた。


いや、待て待て、これは完全に人違いだろ?

やったことと言えば、こいつらを衝突させて、額の切り傷を応急処置したくらで―――――――

そこで、俺はハッとした。

そうだ、そういえばあまりに出血が多くて傷の手当てをした。

よく見てみると、俺にこすりつけている頭の一カ所に、俺が手当てした後がある。

そうか、これの礼ってわけか・・・・


やっと何にお礼を言われているのか悟り、納得したのと同時に罪悪感を感じた。




「いや、そもそも俺が原因で傷を負ったんだ、お礼を言われるようなことは――――――」


【そんなことは無いでござる!!!! もし、あのまま拙者達が放置されていれば、あの場から動くことも叶わず、こやつと共に命を落としていたでござるよッッ!!!】


【そうなのじゃ!!! ケリス殿がわっちらに救いの手を差し伸べてくれた。故に、今もこうして元気に地を駆け、このように話せているのじゃ!! 

それに、この傷はわっちらが仕掛けた戦で負ったのじゃ、自業自得なのじゃ】




二頭そろってそう言いながら、鼻息荒くさせて顔を俺に寄せてきた。

興奮しているのか、声とは別にフゴフゴと言った音が混じっていた。

そのせいで、さっきから俺の身体を押し潰さんばかりの勢いで、両サイドから俺に圧を掛けてきていた。



(おいおい、勘弁してくれよ・・・・)



俺は必死に二頭の頭(傷はさけて)を押さえつけ、必死に押し返したが対した抵抗にはなっていなかった。

いやいや、不味いって

魔物二頭に両サイドから押し潰されたら・・・


うぇっ、何か・・・・出てくる




「“ハク” も “シロ” もそこまで!!! あんまり興奮しすぎると、ケリスくんが怪我じゃ済まない状態になるからね」


【そ、それはマズイでござる!!!】

【すまぬのじゃ!!わっちらとしたことがっ!!!】




賢者の一言で、二頭は俺から慌てて離れていった。


た、助かった・・・

危うく、出たらマズイ物が出るところだった。


両手を膝について、肩で息をしつつそんなことを考えた。

知能が高いのは分かったが、本人達も言って居たようにそこまで賢くはないのかもしれない。


だが、魔物のカテゴリーで見れば、とんでもなく頭が良い。

人の言葉を理解し、自らの意思を述べ、仲間と連携をしっかりとれる・・・・


おそらくだが、この森の賢者とかいうやつが影響を与えたんじゃないだろうか?

魔術師が使う魔法の中で、様々な能力向上させる魔法を見たことがある。

賢者は、その類の魔法をこの森の魔物たちにかけているに違いない。

目的は・・・・そうだなぁ、この泉と森を守るってところか?

まあ、こんなきれいな場所はそうそうないからな

欲に目がくらんだ奴らが、とんでもないことをしそうだな。


まあ、そんなことはどうでもいいか・・・

それより、もう用事は済んだ

あとは、どうやって森を抜けるか・・・・・・




「大丈夫ですか、ケリルさん。 何やら顔色が優れないようですが・・・」




気が付くと、目の前に森の賢者が心配そうに俺の顔を覗き込んできていた。

小さく傾げられた顔を、美しい髪がサラサラと流れ、頬に掛かるそれを指ですいて耳にかけた。

その一連の動作を見ただけで、俺はまるで殴られたような衝撃を受けた。


な、なんだ今のは!?

まさか、魔法による攻撃か!?


俺は、慌てて「大丈夫」とだけ言うと素早く賢者から数歩ほど距離をとった。

賢者と二頭のベルノームは、不思議そうに俺を見てお互いに顔を見合わせていた。


どうしたんだ俺は、らしくないぞ

さっきから、賢者の顔が見れない

それどころか、さっきからなんだか胸が熱く・・・・ハッ!!

ま、まさかッ!?


俺は慌てて胸ポケットから “魔力方位指針コンパス”を取り出してみた。

すると、森の中では使い物にならなかったコンパスは、本来の能力を発揮し、しっかりと一つの方向を指し示していた。

それは、広場のちょうど中心にある泉を真っ直ぐ指し示していたのだ。


なるほど・・・・・そういうことか

何となく、ここがどこか想像が付いた

だが、もしこれが本当だったら参ったな・・・

俺だけの力じゃ、帰る手段が無い


俺はコンパスをしまい、ふぅとため息を吐いていた。

すると賢者が、何かに気がついたのかピクリと眉を痙攣させた。




「・・・・どうやら、気がついてしまったようですね。 あなたの様な方は初めてです・・・魔法の心得があるのかしら?」


「いいえ・・・・職業柄、状況判断に少々自信がありまして、ただ推測したに過ぎませんよ?

 例えばそう、そこの泉から “帰らずの森 内部” に出られること・・・とかですかね?」




俺がそう言って泉を指さすと、ベルノームたちがビクリッと身を震わせた。


どうやら、当たっていたようだ。

賢者も、少し目を細めてニッコリと笑っていた。




【な、なんと。ケリス殿は魔術師でござったのか?】

【じゃが、“魔” をケリス殿から感じないのじゃ・・・・・一体どういうことなのじゃ?】


「簡単な話です。ケリスさんは、僅かな手がかりで仕組みを見破った・・・・それだけです。」




賢者の言葉に、ベルノーム達は信じられないとフゴフゴ言いながら俺の方を見た。


まあ、驚くよな普通・・・・

魔法の知識なしの俺が、魔法による仕掛けを見破ったら・・・

まあ、このコンパスがあったから気がついたんだけどな


魔術師の友人から貰った、少々特殊なコンパス・・・・・・・だからな


俺はポケットの上からコンパスに手をかざし、そっとその友人に感謝した。

さて、ここから帰る方法は分かったが、肝心な事が分からんな。



この森、どうやって抜けようか・・・



俺は、ボリボリと後頭部を掻きながら考えてみたが、やはり良い案は浮かんでこなかった。

本当にどうするかな・・・・




「・・・・・どうやら本当に、ただ森から出たいだけのようですね」


「えっ?、ああ、はい、その通りですが・・・・」


「そうですか・・・・・分かりました。これも何かの縁です、私が森の出口まで案内します。」


「ほ、本当かっっ!!!」





思わず素に戻ってしまったが、賢者は気にする様子も無くコクリッと頷くと、俺に背を向けた。

そして、ゆっくりとした動きで泉に向かって歩き始めた。

何をするのかと思ったら、突然賢者は両手を広げた。

そして―――――




「せいっ!!!」




かけ声と共に手をグッと握りしめ、そのまま手を泉に向かって伸ばした。

すると、泉の中心辺りから、水面に波紋が数本走って揺れた。

次の瞬間、中心辺りから大きな水柱が出現し、すぐに姿を消した。




「い、いきなり何を・・・・」


「ふぅ、今度は良い反応してくれたね。ほら、これで泉に入れば外に出られ・・・・・出られます」




賢者は、とってつけたように敬語に戻った。

額の汗をぬぐうような動作をして、元の口調に戻っていたのに、もう遅いのでは無いだろうかと思ったのは言う必要も無いだろう。


ま、まあかなり驚いたが、結果オーライだ。

あの泉の中心に出現した扉をくぐれば、森の外に出られるのだ。

これ以上余計な事を言う必要もない。


そう思い、俺は賢者にお礼を言うと、さっさと泉に向かって掛けだした。





【待って欲しいでござるッ!!!】

 



その声と共に、目の前に突然でかくて白いのが割り込んできた。

その正体は、一体のベルノームだった。


何のつもりだ?

待って欲しいって・・・・お前、もう俺に用は無いだろう

一体なんでこんな事を・・・


目の前のベルノームを見下ろし、様子を見ていると、そいつは首だけを賢者の方へ向けた




【賢者様、折り入って頼みがあるでござる】


「・・・・何ですか?」


【実は拙者、ケリル殿に恩返しがしたいでござる!!! お礼だけすればいいと考えてござったが、どうにも気が収まらないでござる!!!! 拙者もお供させて欲しいでござるっ!!!】

【わ、わっちも!!! わっちもケリル殿に恩返しがしたいのじゃ!! 賢者様、お願いなのじゃ!!】




そう言って、二頭は賢者に向かって頭を下げた。


い、いやいやいやいや・・・無理だろ?

俺についてくるって、いくら何でも無茶すぎるだろ?


お前ら自覚無いかもしれないが、そうとうでかくて珍しい個体だからな?

一般人や冒険者すらも驚きでひっくり返るぞ?

それが二頭も・・・・・不可能だろ


どう考えても、恩返しどころか俺に迷惑しか降りかかってこない・・・・だから、な?

賢者さん、お願いだから駄目って言ってくれ。

こいつらの気持ちだけで、俺はもう腹いっぱいだから!!!

頼む、いや本当に頼みます、お願いしま――――――




「別にいいよ」

「ぅおいっ!!!!!」




思わずでかい声でツッコミを入れてしまった。


いやいやいや、いい訳あるかッ!!!

恩返しで魔物が付いてくるってふざけてるのか?!

これから街に行くって言って・・・・ないかもしれないが迷惑なのにはかわr――――




【や、やったでござるっ!!!拙者たち、必ずやケリス殿のお役に立って見せるでござるよっ!!!】

【うぬっ!!!、わっちらは人間社会に疎い故、多大な迷惑をかけるかもしれぬが、なにとぞよろしくお頼み申すのじゃ!!!】




賢者から許しを得たことで、二頭のベルノームは大変嬉しそうだった。

フゴフゴ言いながら俺になんか言ってるけど、目の前で巨体を揺らし、激しく鳴き声を上げる魔物が二頭目の前にいたら、頭に何も入ってこなかった。


じょ、冗談じゃねぇ

こんなとんでもない魔物ども連れて行けるか!!!!


俺は断りを入れようと、賢者の方を見ると、いつの間にか俺のすぐ目の前に賢者の美しい顔があった。

思わず体を後ろにのけぞってしまったが、バッと両手をつかまれそのまま引き戻されるように手をひかれた。




「ケリスさん。私はあなたを信じて、この子たちを預けます。この子たちを通して私と話すことも出来るので、何かありましたら気軽に話してくれると嬉しいです。・・・・・・それから――――――」




そこで一度言葉を切った賢者は、なぜか顔をそらしてしまった。

そして、しばらくそのまま沈黙していると、再び顔をこちらに向けた。




「・・・また、ここへ戻ってきてほしいです」




そういって、はにかんだ笑顔を浮かべた。

それを見た瞬間、俺は頭の中がさながら花火のように パァンッ!!と弾けたような気がした。


そ、そそそ

その顔は・・・・・反則だろ


頭の中が真っ白になり、そのあと俺は、頷く以外の反応を返すことができなかった。

結局、二頭を連れて森の外へ出ることになってしまった。


こうして、今回の依頼にとんでもない仲間が二頭加わったのだった。


・・・

・・・・

・・・・・はぁ


















===========






あれから、賢者に別れを告げて泉に入ると、視界が真っ白になり目が慣れる頃にはそこはもう森の外だった。

俺は胸ポケットからコンパスを取り出し、方角を確認して見る。

すると、コンパスの針は正しい方向を指し示していた。

太陽の位置から考えても、それほど時間は経っていない。


はぁ、よかった

俺は、無事に森から帰ってこられたんだな


俺は、難攻不落のダンジョン“帰らずの森” から生きて出られた事実に、何とも言えない達成感を感じていた。

まあ、探索や調査をした訳でも無いので、たいしたことをしていないようにも思えるが、俺たちの界隈ではこの森から生きて出られたこと自体が既にすごいのだ。

ギルドの奴らへの良い土産話になる。




【おお~!!これが森の外でござるか!! 空が大きいでござる!!!】

【ちと眩しいが、綺麗なのじゃ!! むむ?、あれは一体なんなのじゃ?】




遠い空を眺めて現実逃避していたが、両脇から騒がしい声が聞こえ、俺は現実に引き戻された。


はぁ・・・そうだよなぁ

お前らが居たんだったよなぁ・・・・


俺はげんなりとしながら、俺を挟み込むようにして立っている二頭の真っ白な魔物を見た。

二頭は、初めて森の外に出るのか

「~ござる」の方は、嬉しそうに空を見上げており

「~のじゃ」の方は、忙しなく頭を動かし、キョロキョロと辺りを見渡している。

二頭とも興奮しているのか、フゴフゴと鼻息が荒い。

俺はその場にしゃがみ込んで、コンパスを片手に地図を確認していたのだが、さっきから「のじゃ」の鼻息のせいで地図が吹き飛ばされそうになっており、押さえてもバサバサはためくのでまともに見れたものでは無かった。

しかも―――――――




【ケリス殿ケリス殿ッ!!、あの雲を見るでござるよ!! どことなく拙者に似てござらんか?】

【ケリス殿ッ!!!!、一体あれは何なのじゃ?、教えて欲しいのじゃッ!!!】




俺に話しかけながら、さっきから鼻の先を押しつけてくるのだ。



(こいつら・・・・遠足に来た子供かよ)



正直、かなり鬱陶しい。

子供も居なければ彼女も居ない俺にとって、とても耐えられない状態だった。


・・・・・くそう、彼女が欲しい

い、いや待て落ち着け俺

今重要なのは、現在地から“セオール”までの正確な位置と到着までの時間を確認することだ。


俺はコンパスを一度地図の上に置き、ベルノーム達の鼻をグイッと押し返した。

そして、深呼吸を一つして集中すると、俺は周りを少し見渡した。

見たところ、これと言った遮蔽物は無い草原のようで、草花の背も俺のくるぶし程度の高さしか無い小さなものばかりだ。

チラホラと茶色い地面が見え、かなり遠くの方ではあるが、人が通るような道も見えた。


【の、のう・・・・ケリス殿?】


道には人影は無く、かといって魔物の姿も見えないので、どうやらこの辺りは安全なようだ。

だが、油断は出来ない。

こういう人通りの少ないエリアでは、盗賊のような輩が近くに居る可能性もある。


【ケリス殿、ケリス殿・・・・見るでござるよ】


遮蔽物が無いから、俺たちを見つけられる可能性もある。

この辺りを縄張りにしている奴らなら、隠れるすべを持っているかもしれない。

だが、俺の能力を使えばそう発見は容易に出来るはずだ

位置的にも、このまま森を背に真っ直ぐ進めば三日もあれば辿り着――――――




【な、なんでござるかあれは!!! 森では見たことないでござるよッ!!!】

【ケリス殿!!!! あれは何なのじゃ?! とんでもない速さなのじゃ!!!】


「だぁーーーーー!!!!、さっきからうるせぇな!!!! 一体何がどうしたって――――――」




さっきから騒ぎ立てている二頭にしびれを切らし、俺は顔を上げた。

すると、先ほど見えた道のちょうど右端辺り、そこに土埃を盛大に巻き上げながら、ものすごい速度で何かが移動していたのだ。

俺は、すぐに意識を広げ、その何かを感知してみると、それは一台の馬車だった。

しかも、馬車のすぐ後ろ

遠すぎてボンヤリとしか分からないが、複数の動体反応が馬車に攻撃を仕掛けていたのだ。



後ろの奴らの動き・・・・まさか “ 一角狼ホーンウルフ ” か!?



俺は後ろの奴らが魔物だと辺りを付けると、素早くコンパスと地図を仕舞い、頭のデータベースから一角狼の情報を引っ張り出してきた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

一角狼;ホーンウルフ

種族;狼

ランク;E~C


=個体データ=

見た目は馬に類似しているが、狼のような鋭い牙と長い鼻が特徴的であり、蹄は三つ叉に別れとても馬のひずめよりも鋭くなっている。

魔物の中でもかなり賢く、集団で行動することが多い。

額には大きな一本の角が生えており、そこから同族に信号の様なものを送受信して連続攻撃を仕掛けてくる。

確認されている魔物の中でも、タイミングを合わせるという行動をとる魔物はこの種族のみである。


彼らの毛皮は、通気性・保温性が共に高いという不思議な性質があるため、様々な衣類や装飾品に加工されていることが―――――――――

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


俺は、頭の中に入っているデータ情報をどんどん思い出していった。

しばらく思い出しているうちに、目当ての情報に辿り着いた俺は内容を素早く口に出した。




「―――――“一角狼”の主な撃退方法としては“群れの約七割り以上を撃退する” か 

 “においの強烈なものをまき散らす” ことが最も効果的であるッッ!!!!!!」




俺が突然叫んだことで、俺の両脇で慌てていたベルノーム達がビクリッと震えたが、すぐに俺の言いたいことを理解したのか、キリッとした顔つきになった。


なるほど、話が早い


俺はベルトバックから数種類の薬草を取り出すと、短剣を抜き放ち再び叫んだ。




「蹴散らすぞッッ!!!!!サポートは俺がするッッ!!!!」


【承知ッッ!!!】

【うぬッッ!!!】




俺のかけ声と共に二頭は駆けだした。

それは、そのうちに一頭の背に素早くまたがり、前方に見える馬車の元へ向かっていった。

二頭の速度は凄まじく、みるみる馬車との距離は縮まっていき、やがて肉眼でもハッキリと姿が捉えられる距離まで近づいた。

俺は乗っているベルノーム(おそらく「ござる」のほう)に指示を出し、馬車の隣に着いて貰うと軽い身のこなしで背中から飛び、馬車の上に着地した。


そして、俺たちはそれぞれの役割を全うするために動き出したのだ。


それから俺たちは戦闘に入った訳だが、割と早く終了を迎えることになった。














**********






依頼を受けて来てくださると、冒険者ギルドの方から連絡があって早一週間

本来ならば聞いていた町からここまで一日でつくはずなのに、その冒険者の方はどういう訳かなかなか来てくださらなかった。


道中、何かトラブルにでも見舞われてしまったのだろうか?

だが、皆の体力もとうに限界を超えていた。

これ以上は待てない。私が、町長である私が何とかせねば!!!

そういう思い、私は町で一番早い馬で馬車を出し、直接迎えに行くことにしたのだ。



それがいけなかった



町を出てしばらく、私は馬を懸命に叩き先を急がせていたのだが、その時有ることを失念していることに気がついた。




急いで出てきたため “魔物除けの薬草” を使い忘れていたのだ。




本来であれば、“魔物除けの薬草”と呼ばれる魔物が嫌う薬草を馬車や馬、そして御者に持たせたり積むことで魔物の襲撃を避けるのだ。


この辺りでは、“一角狼”の群れが出ることが多い。

なので、町の外に出る場合、この薬草は常に持ち歩いているのが常識。

だが、焦っていたのもあり、私は何も持たず身一つで馬車に乗り込んでしまったのだ。



それが、最悪の事態を招いてしまった。



私が馬車を走らせ、草原に出た瞬間、後方から数十匹の “一角狼” が姿を現したのだ。

一体何処から、なんて悠長な事は考えていられなかった。


ただ、ひたすら馬の尻に鞭をたたきつけた。

風の様に私の後を追ってくる奴らは、ヌラヌラとしたよだれを垂らし、血走った目をギラギラと輝かせながら徐々に馬車との距離を詰めてきていた。

私は、濃厚な死の群れを振り切るように、力の限り鞭を振るった。


私にもう、辺りを見ている余裕は無い

件の冒険者を探している余裕も無い。

一心不乱に鞭を振るい、頭の中は恐怖と焦りだけが支配していた。


そして、最悪というのは続いてしまうのだろう。

何度も鞭を振っていた手から、ふとした拍子に鞭がすっぽ抜けてしまったのだ。

手元を離れた鞭は、無残に私の足下へこぼれ落ち、馬車の激しい揺れによって、地面に投げ出されてしまった。



私は小さく声を漏らしていた。

鞭が落ちていった方へ腕を伸ばし、視界の外へ放り出された鞭を唖然と見つめた。


それと同時に、私の視界の端にチラチラと数本の角が映り込み始めた。

そしてとうとう、一角狼たちが私の前に回り込み、無理矢理馬車を止められてしまった。



私はこのとき既に、何かを悟ったかのように心が静かだった。

ボウッと、正面を見すえたまま固まっていると、いくつかのぼんやりとした塊が視界を埋め尽くした。

すべてのものが、ゆっくりと動いているような錯覚に陥っていた。

そして、何か激しい音が鳴ったのを最後に私はゆっくりと目を閉じたのだ。

だから、私はその瞬間を見逃していた。





私の探していた、冒険者様が現れる瞬間を





突然、止まったはずの馬車が激しく縦に揺れ、私は慌てて馬車の上を確認した。

そこには、一人の男が立っていた。

年齢は、20~30の間

ベルトバックや手や腰にナイフを複数持っており、かなり軽装なのでレンジャーなのだろう

そのレンジャーらしき冒険者は、なにやら指示を飛ばすと信じられない事が起こった。


馬車の周りに、二頭の巨大な白い魔物が出現したのだ。

私は突然現れたそれらに驚き、思わず声を上げてしまった。

すると、再び馬車の上から指示が聞こえてきた。

私には、辺りがうるさすぎて何を言っているのか理解できなかったが、魔物達には聞こえたのかコクリと頷いたように見えた。

私が混乱している間に、二頭は素早く馬車から離れると、次々と一角狼たちをなぎ倒し始めたのだ。

狼たちは、二頭の魔物に手も足もでず吹き飛ばされていった。

それらの合間を縫って、馬車に攻撃を仕掛けようとした狼も居た。

だが、馬車の上で陣取っているレンジャーが、素早く薬草を鼻に押しつけると、狼は悲鳴じみた鳴き声を上げる。

その隙を見逃す事無く、ナイフで急所を切りつけ仕留める。


驚いたことに、この冒険者は適度に相手を牽制しつつ、魔物に指示を飛ばして確実に狼たちを攻撃させているのだ。





この後もしばらく、狼と冒険者様達の攻防は続いていたが、私の心に不安や恐怖は無かった。



さっきまで私は、濃厚な死の群れを間近に感じ、逃れられないとあきらめていた。

無事に・・・・いや、生きて町に帰ることは出来ないと

ふがいない町長ですまないと、そう心の中で思っていた。


だが、偶然駆けつけてくれた一人と二頭のおかげで

私達の町を助けてくれると言ってくれた、冒険者様が・・・

頼もしい二頭の魔物を引き連れて・・・・・・・・








この日、“セオール”の町近隣にを騒がせていた“一角狼”の群れの一つ

最も被害を上げ、恐れられていた群れの一つが


依頼を受け、この町を訪れた冒険者と

謎の白い魔物二頭によって



僅か数分程で “壊滅” させられたのであった。

















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