第八話 シュテルケ
過去話においてスマホで見にくい所があったので順次修正していきます。
俺は今、街道を一人で歩いている。ヴァンデラー平原から車を走らせてきたわけだが、別に無くしたとか故障したわけではない。集落や町の門へ車横付けなんてしたら、自動車という物を見た事ない現地の人間が、警戒するのは目に見えている。そこで、街へ着く一km程手前から歩いているのだ。
平原を出発してから一つ目の集落はすぐ着いてしまった為、歩いて通り過ぎ二つ目の集落へ到着。しかしそこは宿屋なんかなくて、泊まる事が出来なかった。冒険者が依頼を受けてきた場合は、村長の家へ泊めて貰う事が出来るらしいが、俺は依頼どころか、冒険者登録もしていない。已むなく少し森に入って拠点を再設置し、そこで宿泊した。
その後、幾つかの集落を通り過ぎて、シュテルケの町手前迄来ている。
運転している時には何回か、車で馬車とすれ違いそうになったが、警戒スキルのお陰で事前に察知出来た。とはいってもスキルランクが低い為、200m切ってからようやく気付き、慌てて車を収納して何食わぬ顔で馬車と通り過ぎた。見通しの悪いカーブだったから相手に気付かれなかったが、自動車を見せてしまうという危険を回避出来て助かった。
今は三日目の昼過ぎだ。荷物は新しく作った銘の無い鋼鉄製のロングソードを腰に下げ、革製のバックラーを持ち、そして色あせた生地で作ったリュックを背負って速足で歩いている。町人ではないので身を守れるような、それっぽい格好をしたつもりだ。今は兵士並みの力が有る為、装備の重さはそれ程苦にならない。ちなみに平原で回収したパイクは、この国の紋章が刻んであったので見つかるとマズいと判断し、表には出していない。
さっさと町へ入って冒険者登録をしてみたい。異世界に憧れていたのだから当然と言えよう。ここから俺様無双が始まるかと思うと…ニヤけてしまう。
はっ、いかん。よく考えたらまだそんな段階ではない。大体ステータス上では平均的な兵士にも劣る。まずは低ランクの薬草採取からだな、自重しよう。
それから伸ばし伸ばしになっていた、美少女を創造して貰い、仲間にする事も早めに行いたい。正直、平原にいたゾンビの存在が脳裏に焼き付いている為、癒しが欲しいのだ。いやらし(い事)はまた別として。
さて町が見えてきた。思ったより割と空いてるんだな、街の門。馬車数台しか並んでいなかった。しばらく待つと前に並んでいた馬車が町の中に入って行き、俺の番が回って来た。先ずは挨拶からだな。
「こんにちわ。お疲れ様です。」
「うむ、身分証明証はあるか?」
年は二十台半ばくらいの門番である兵士が聞いて来た。…が、身分証明証なんて持っている筈がない。免許証だって日本に置いてきた。まあ、こっちじゃ使えないけど。
「済みません、持っていません。」
「そうか、ではそっちの部屋に入ってもらおう。中で質問をされるから答える様に。」
そう言って門内の壁を指さす。そこにはドアが設置されている。城壁内に兵士の駐留所があるのだろう。『分かりました』と言って、ドアを開けて部屋に入る。中には小さなテーブルがあり、その前に木製の椅子が一つ。その反対には無精髭を生やした騎士らしき人物が椅子に座っていた。
「身分証明証がないのか?」
「はい、そうです。」
騎士の質問に答える。成程、ここで町へ入る為の審査をするのだろう。小説だと冒険者ギルドへ行って証明書を発行して貰えとか言われる事があるのだが、それをやってしまうと警備がザルだと言っている様な物である。あっという間に町のスラムにでも潜り込み、行方が知れなくなってしまう。最低限でも名前や出身地等を聞いたり、人相を書き留めたりしておかないと、スパイが町へ入ろうとした時に拒否が出来ない。
椅子に座る様に促され、座ってから質問が始まった。最初は名前を聞かれたので正直に『ケイジ・クロキ』と名乗り、出身国を聞かれたので『日本』と答えておいた。日本なんて聞いてもこの世界の人間には分からないので、適当に答えてはぐらかそうと思ったのだが、目の前の騎士が放つ視線…というか眼力の様な物を感じ取っていたので正直に答えておいた。多分この人、看破等のスキル、もしくはそれに相当するアイテムを持っている気がする。
「ニホン?聞かない国だな。どこにある国だ?」
「ええっと、説明し辛いのですが…、ここよりもかなり遠くの所にある島国です。」
「ふぅむ…。」
騎士はあまり納得していないようだったが、話を進めた。
「今回はどこからやってきたのだ?」
「東の…、平原の方から来ました。」
「平原か…。」
騎士は何やら少し考えているようだった。一応、嘘は言ってない。ただ、東から平原を超えてきたのか?と聞かれるとちょっと困る。東の町の名前は知っているが、街並みまでは分からないからだ。平原のど真ん中から来たなんて答えられない。
今の受け答えなら、騎士は東の名もない集落から来たか、異国のスパイのどちらかと判断するだろう。スパイかどうかは今後の質問で回避すれば良い。何が起こるか分からないので、間違っても異世界から来たとバレない様にしたい。拷問された後、囲われて神様の力を使わされたり、異世界の知識を吐き出させられるのは真っ平ご免だ。
「お前の目的は何だ?」
「えーっと、この町で冒険者登録が出来るならば、登録がしたいと思っています。この町に登録出来るギルドはありますか?」
「ああ、有る。」
騎士は簡潔に答えた。詳しく教えてくれないって事は、まだ審査中ってことなんだろう。お前がスパイだったら説明するの面倒臭いから後回しにするぞって事だな。
「じゃあ、最後の質問だ。お前は今後このシュテルケやアッヘンバッハ領で、スパイ活動や、窃盗、殺人等をするつもりがあるか?」
――本題だな。騎士はこれを最初から聞きたかったのだろう。だが自分は今のところ、そんなつもりは一切ない。ケチをつけられた場合はその限りではないが。
「いえ、そんな事をするつもりはありません。自分が悪くないのに襲われたりした場合、自衛はしますけど。」
「ふむ…、嘘は言って無い様だな…。だが貴族には逆らうなよ?無礼を働いたら即処刑だからな?」
「はい、気を付けます。」
騎士から注意を受けたが。貴族がいちゃもんつけてきたら、基本平民である自分は即処刑ではなかろうか。まあ、何かあったら速攻逃げるつもりでいる。
「問題は無さそうだな、少し怪しいが。説明するからきちんと覚えておけよ?仮の身分証明証を発行するには銀貨一枚が必要だ。効力は明日日が暮れる迄。それまでに身分証明証を発行…、お前の場合は冒険者証だな。それと一緒に仮の身分証明証をここへ持ってこい。そうすれば半額の大銅貨5枚を返してやる。」
成程、明日までにその二つを持ってくればいいのか。でも大銅貨って?聞いてみて以下の事が分かった。
この国の貨幣単位はクロム、そして1クロムが銅貨1枚だ。この一枚で100円位の物が買えると思った方が良い。
貨幣の価値は、
1銅貨 1クロム
1大銅貨 10クロム
1銀貨 100クロム
1大銀貨 1,000クロム
1金貨 10,000クロム
――といった感じだ。なんか他にも貨幣が有るみたいだけど、取りあえずはこんなものだと説明を受けた。コインの大きさだが、通常の銅貨や銀貨は結構小さい。直径15mm、厚み1.5mmくらい。こんなに小さいと玩具みたいだ。まあ、冒険者が持ち歩くには便利かもしれない。それに対して大銅貨等は、単純に銅貨の十倍の体積ではない。金属の配合比率が違うのかもしれない。鑑定スキルで確認しようとしたが、スキルランクが低いのかそこまで情報は出されなかった。
因みに騎士には、『貨幣の価値も知らなかったのか』と呆れられた。
銀貨一枚を渡すと、騎士はカードの様な物に署名し、渡してきた。
「これが仮の身分証明証だ、無くさない様に。悪用されたらそれは自分の責任になるからな。無実の罪で牢獄に入る事になるから気を付けろ。」
むむ、無くすとしょっ引かれる可能性があるのか、それは気を付けなければいけない。冒険者登録したら仮の身分証明証はさっさと返却しよう。
「他に質問は?」
「冒険者ギルドの場所を教えて欲しいのですが。」
「…ああ、そうだったな。」
騎士は簡単だが場所を教えてくれた。目の前の通りを真っ直ぐ行くと町中央の噴水がある。そこを左に曲がると南の大通りに出るので、真っ直ぐ進むと左側にある大きな建物が冒険者ギルドだということだ。
他には質問は無かったので早速向かう事にした。
「ではありがとうございました。」
「ああ。」
騎士のそっけない返事を貰い、シュテルケ東門をあとにした。