第一話 物書きの苦難
初投稿です。宜しくお願いします。
5/2 改稿を繰り返した結果、文字数が倍以上になりました。
厳しい寒さも過ぎ去り、暖かな日差しが窓から差し込んで来る日曜の午後。
俺、――黒木 啓司――は、アパートの自室でこたつの上に置かれた安物のノートパソコンとにらめっこをしていた。
高校卒業後、地元より少し離れた町にある工場へ就職。実家から30km程だから毎朝車で通勤した場合、少し苦痛に感じる程度の距離だ。親に保証人になって貰い、家賃月五万五千円のアパートを借り、そこで一人暮らしを続けながら、自動車の部品を製造する毎日を続けていた。
この工場は中規模の会社でそれ程ブラックでも無いのだが、長年思い切った経営方針の変更や教育、設備投資等を行なって来なかった為、慢性的に加工不良品が発生し、客先へのクレームが頻繁に出ていた。
社員の意識が変わらない為、自分の事ばかり考え不平不満を口にする奴らばっかり。それでいて、会社や上司が悪いとばかり口にする連中に辟易する。本当に悪いのは変わらない自分達だと、何故気づかないのか。いっつもミーティングで指摘したり、ヒントを出してくれているのにも関わらず。
自分のやり方に固執し、不良を出して注意されれば逆切れして謝らない。休憩時間には上司の陰口を叩いて、俺にも『腹立つよな?』と、同意を求めてくる。こっちはそんな事思って無いっつーの。お前等が自分の非を認めてないのが原因だって。何故気付かないんだよ、そんな事。
言いたい事は山ほど有った。でも先輩にそんな事言うと、自分本位な考えでこっちを論破して来ようとする。お陰で自分の作業時間が圧迫されて仕事が進まない。結局自分は黙って頷いていた方が、余計な事を言われないから作業も進むし、ストレスも溜まらない。 会社の先輩や同僚は相手にせず、休憩が終わったら黙々と自分の作業に集中する。そうするのが一番だった。
ただ、先輩がミスった分をカバーさせられたりする為、結局自分の仕事が減る事は無かった。納期の遅れを取り戻すために余計な残業、休日出勤が発生し、月の残業は多い時で80時間にも上った。月45時間制限?知らんがな。
残業80時間というとブラック企業よりは断然少ないと思うが、会社では古い機械を使かっている為、自動で製品を加工してくれない。機械への製品取り付け、取り外しや、計測は全部手作業だ。重い製品を持って、ラインの中を早歩きで常にグルグル回ってなければいけない。体力が無ければとてもノルマがこなせない仕事なのだ。
高校生時代に部活で鍛えた俺でも最初はかなりきつく、仕事が終わった後は座り込んで動けなかった。しかも二~三時間毎の休憩時間は五分だ。疲れなんて取れるわけがない。
そんな生活を毎日続け、俺の体は慢性的に疲れる様になってしまった。たまの休日でもやる気が出なく、ゴロゴロして過ごす。そして翌日にはまた会社へ出勤し残業する。休日も出勤だ。当然の如く夜勤もあるので、昼間の日差しで中途半端に起きてしまい、余計に疲れが取れない。俺は就職してから五年間、負のスパイラル的な日々を送っていた。
そんなある休日、スマホで色々検索して記事を読んでいた時に見つけた、無料で使える小説投稿サイト。投稿された作品を少しだけ読んでみるつもりだったのだが、小説の主人公達が起こす行動が、自分がこうしたい、こうなりたいといった願望と重なり、おもいっきりハマってしまった。今では毎日投稿された作品を、常に何話か読む様になった。
そうやって様々な作品に触れるにつれ、次第に自分も作品を投稿したいと思う様になっていった。
投稿したいと思ったのは、やはり流行りの異世界転移物、または転生物だ。文化のあまり発展してない世界で、自分の願望を主人公に託し叶えさせる。それが書き手にとって、どれ程痛快であるか、ラノベを読んでいる読者ならきっと想像出来るだろう。
そういった要因があるからこそ、人気があり読み手も多い。評価も貰えればモチベーションを保てて作品を続けられる。そこで読み手に受けそうなストーリーを考え、作品内で登場させる為のファンタジー世界設定や近代武器を調べてスマホに保存し、会社の休憩中でも閲覧出来る様にした。
そうやってストーリーを何時でも考えられる様にし、ネタを頭の中に幾つもストックし、連載を始めたのだが――、自分が書きたいと思っている物を、上手く文章に落とし込む事が出来ないでいた。
これには幾つか原因があった。まず日頃の仕事が忙しい事による慢性疲労。これのせいで常に頭が上手く働かない。これで良いと思った内容が、後日見直してみるとツッコミどころ満載だったりする。しかも少し作業すると眠くなってしまう。これでは作業が全く進まない。
次に作品内で登場する物に対する経験不足。持った事がない異世界の装備や、建築物の見た目や質感。更には現代世界における、銃火器や航空機等の扱い方。専門知識が有れば良いのだが、少し調べた程度では文章にしても薄っぺらくなってしまい、書き手としてどうにも納得出来ない。
当然ではあるのだが、それ等を見た事も扱った経験もなく、更には今まで碌に文章を書いて来なかった様な人間が、いきなり納得出来る小説を書き上げる事など出来る筈がない。
そんな中途半端に完璧主義である俺は、疲れた頭で気になった文章を見直して書き直したり、前後に文章を書き足したりするが、思い付きで修正するので前後で整合性の合わない文章が隣合わせになり、違和感が酷く出る。それを消して、また考えては消し…。そんな事を何度も繰り返していた為、一向に作業が進まない。文章入力ソフトには前後に繋がりのない文章が書かれ、グチャグチャになっていた。
「はぁ…、上手くいかねぇなあ……。」
正直、こんなに上手くいかないものだとは思っていなかった。作品の中で使えるネタは山ほど持っている。空いた時間を上手く使って調べていたので、今も使ってないネタが、スマホのメモ帳に千以上書き込んで保存してあるくらいだ。
読み手の関心を引きそうな事、例えば調味料の製法、料理の仕方、金属の製法、装備の種類等々――、それらを使っていけば毎日小説を更新出来、すぐに人気が出るものだと思っていた。
――だが、現実は甘くなかった。やっとの事で何話か投稿したが、ある日更新が止まってしまった。
構想はしっかり作り込んだつもりだった。だが最初から読んでみると、チートで押し通し過ぎて、話が進むにつれて段々詰まらなくなっていくようになっていた。それに個性の無いヒロインを量産し過ぎた上に、皆が主人公を好きになり、今読んでみると非常に味気なく感じた。
更にはキャラクター同士の会話が続き、誰が喋っているか分からない部分も沢山あった。特にヒロインが複数で会話をしている時は、喋り方に区別を付けていないせいで書いた本人でさえも喋っているキャラクターを特定出来なかったという有様だ。
正直、この作品は駄目だと思う様になってしまった。おそらく、このまま続けても人気は出ないだろう。そう思うと、『自分はなんて才能の無い奴だ』と、思う様になった。
それに対し、『何故、他の人は人気が出ているのか』と、妬む様になっていた。生まれ持った才能が違うのか、はたまた人気がある様に見せかける細工をしているのではないか――と勘繰る様になった。最近では自分が良い作品をあげられないのは他人のせいだとまで思う時さえあった。
だらだらと作業を続けていたが、頭も働かず作業も行き詰まり、日差しのせいで室温が上がったのか眠くなってきた。仕方ない、昼寝して頭をリセットさせよう。そのまま後ろに寝転び、座布団を枕にして目を瞑った。
今書いている作品はもう、駄目なのだろう。ファイルを一から書き直した方が良いのか、それとも今書いているのは消して、題材自体を変更して全く別の話を書いた方が良いのだろうか。
――いや、今考えるのは止めよう。起きればきっと頭がスッキリして良いアイデアが浮かんでくるだろう。その時考えれば良い。だから今は寝よう。起きるのは夕方になるだろうが、その方が良い。そうしよう。
――そして俺は考えるのを止めて、意識を手放した――