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創世記

「ダメだ、ボツ。」

 この言葉を聞くのは何度目だろう。もしかしたら、この人は実はロボットでゲームのキャラクターみたいに決まったことしか喋れないようプログラミングされているのではないだろうか。そうだとすると次にくる言葉も決まっている。

『君の作る話にはオリジナリティが感じられないんだよ。どれもこれも、どこかで聞いたようなものばかり、結末がすぐに分かって続きが気にならねーんだよ。』

 そんなことを考えていると、机の向こうのロボットは早口で捲し立てる。

「君の作る話にはオリジナリティが感じられないんだよ。どれもこれも、どこかで聞いたようなものばかり、結末がすぐに分かって続きが気にならねーんだよ。」

 一言一句違わず当たった。やっぱりロボットなのかもしれない。決まったことしか喋れない漫画編集ロボット、ポンコツめ。

「何をニヤついている!」

「す、すみません!」

  しまった、予想通り過ぎてニヤついてしまった。

「毎度毎度、こんなしょーもないネーム持ってくる君の相手をしてあげている俺のことも考えてくれないかね。(おおち)くん」

 こっちが強く出れないと思って好き勝手言いやがって、そこまで、言われると僕だって腹が立つ。

「オリジナリティがないって言いますけど、王道だって大事じゃないですか。仲間を集めて強大な敵を倒す旅に出る。その中で僕のオリジナリティを「だーかーらー、それがつまんねーって言ってんの。そうだよ、王道は面白いから王道って言われて漫画に限らず小説でも映画でも重宝されてるよ。だけどさ、君のは戦う理由とか技とかぜぇーんぶありきたりでつまんねーの。」

「いや、この後のアイディアも「まずさー、この出だしのシーン、赤ん坊の主人公が老夫婦に拾われるってとこ、これ’’桃太郎”のパクリだよね?」

 二度も僕の言葉を遮ぎり、二回もつまんねーって言った上に”桃太郎”のパクリだと?そんな昔話にまで遡られたら全く被る部分のない作品なんてないだろう。いや、そもそも僕の描いた主人公は桃から生まれていない。

「んー、桃太郎じゃなくて”かぐや姫”だった?どっちにしても、今のご時世パクリには厳しいんだから、パクリを誌面に載せるわけにはいけねーの。」

 唖然としている僕を尻目に、ロボットは話を続ける。

「で、次にこの老夫婦が突然襲われて主人公が敵を倒す場面だけどさ、これなんで平凡なはずの子どもがこんな強いの?」

「そこらへんの設定はですね「実は地球を侵略しに来た宇宙人が記憶を失っていたとか?実は父親はかつては味方だった敵の幹部とかだろ?そいで、ピンチになったら覚醒とかそんなパターンだろ?何番煎じだよ」

自分から訊いたくせに 3回も遮りやがった、しかも何も答えていないのによくもまぁここまで言えるもんだ。

「何黙ってんの?違うなら説明してよ。」

 言い返すことができないのは、怒りのあまりに言葉を失っているのでもロボットの態度に呆れているのでもなく、自分が考えていた設定とロボットが言った設定が当たらずとも遠からずだったからだ。目の前のポンコツに腸が煮えくり返るが、その怒りは自分の才能の無さにも向けられている。いや、編集さんはポンコツじゃない、ポンコツなのは僕の方だ......。

「あのさ言いたかないんだけど、凡くん君さ話作る才能ないよ、絵の方は上達してきたけど、ズバ抜けて上手いわけでもないし、個性もさほどなく至って平凡だから原作も紹介してあげられないし、そろそろ将来のこと考えな、まだ28歳なんだから。」


「ーー考えさせて下さい。」

 やっと出た言葉はそれだけだった。逃げるように出版社を後にした。うすうす自分でも感じていた、いやはっきり分かっていた僕に漫画の才能はない、編集さんはベテランだし僕が見切りを付けることができるように、あんな態度をとっているんだろう。もう本当に諦めようか。

「あーーもうなんてネガティブなんだ!編集さんだって僕を鼓舞するために敢えて憎まれ口を叩いているのかもしれないじゃないか!」

ーーしまった……街のど真ん中で叫んでしまった。周りからの視線が痛い。僕はまた逃げるようにその場を足早に去った。


「あと一回あと一つだけ描こう。どうせ諦めるなら、あと一回チャレンジしたっていいじゃないか。」

 アパートの部屋に着き、ベッドに倒れこみながら自分に言い聞かせるように呟いた。今日はもう寝よう、明日から描き始めようーー。

「ダメだ!今、やるんだ!明日やろうは馬鹿野郎だ!」

 危なかった、楽な方に流れるのは簡単だ。悔しい想いを最後の決意を失う前に描くんだ。どこかで聞いた言葉を小さく口にしながら起き上がり、机に向かう。自分の中の熱い想いが冷める前に描き遂げようと三日三晩ほとんど飲まず食わずの徹夜で描き続けたところで意識が途絶えた。


 ズキン、頭痛に目が覚めると僕は病院のベッドの上にいた。腕には点滴の管が繋がっている。僕が周りをキョロキョロと見渡していると病室のドアが開き、看護師さんが入って来た。

「目が覚めましたか?凡さん。」

「はい、僕はどうしてここに?」

 まだ冴えない頭で何とか状況を整理しようと看護師さんに質問した。

「疲労と栄養失調で倒れたんですよ、倒れたときに頭も打っていますから安静にしていて下さい。」

 頭痛の原因はどうやらタンコブのようだ。もっと詳しく看護師さんに聞いたところによると僕が部屋で倒れたときの音に驚いた隣人が大家さんに話しをして、様子を見にきた大家さんが救急車を呼んでくれたということだ。幸い、頭の怪我も大事には至らず、すぐに退院することができた。怪我は大したことなかったが高校を出て夢を追うために7年間必死に貯めた金を使ってしまったのが痛い、まだまだあるが少しも無駄には使えない。病院からの帰り道、近所のケーキ屋に寄り大家さんとお隣さんへの御礼のケーキを買った。無駄には使えないとはいっても一般的な社会常識ぐらい持ち合わせているので、救急車を呼んでもらった礼ぐらいはしないといけない。


 アパートに着き呼鈴を鳴らすとすぐに大家さんが出てきた。

「ご心配をお掛けして、すみません。大事には至らず退院できました。」

「凡さん、気を付けてよね。部屋で死なれたりしたらアパートの評判悪くなるんだから。」

 退院したての住人に何とも手厳しい言葉だ。いや、まぁ仕方ない。

「すみません。あっこれ良かったら食べて下さい。」

「あら、良かったのに。ホントにもう。ウフフ。お大事にね。」

 ケーキの箱を渡すと態度が180度変わった。人はここまで露骨に態度を変えられるものなのか。

「ケーキ渡すなら、お隣の西田さんもさっき帰って来たみたいよ。」

 もう一つ箱があるのを目敏く見つけていたようで、部屋に行こうとする僕に教えてくれた。近所付き合いなんて皆無だったので知らなかったがお隣さんは西田というのか。大家さんに御礼を言い、自分の部屋に行く前に西田さんを尋ねた。

「はい、どちらさまですか?」

  呼鈴を鳴らすとインターホンから、綺麗な声が聞こえてきた。名前も知らなかったが女性ということも知らなかった、というか僕が引越してきたときに挨拶をしたのは大学生ぐらいの男だったと思うがいつの間に変わっていたのだろう。

「こんにちは、隣の凡です。先日はどうもありがとうございました。」

 僕が自己紹介をすると、カチャリと錠が回る音がしてドアが開いた。

「こんにちは。はじめまして西田です。退院されたんですね。」

 部屋から出てきたのは、20代前半ぐらいの女の子だった。しかも、結構かわいい。

「は、はい、ご心配をお掛けしました。大事には至らず退院することができました。あっあの、これ良かったら食べて下さい。」

 思いがけず、可愛い女の子が出てきたため早口になってしまった。

「いえそんな悪いですから。」

 手を大袈裟に振りながら、遠慮している。さっきの大家さんと大違いだ、この子も後20年もしたら大家さんのようになるのかな。それとも、よく知らない男から食べ物を渡されるのは警戒しているのかもしれない。

「どうせ持って帰っても、食べ切れないんでどうぞどうぞ。」

 さっさとケーキを渡して漫画の続きを描きたいのと久しぶりに若い女性と話すことにドギマギするのとで、半ば強引に渡して部屋に帰ろうとした。

「それなら、一緒に食べませんか?」

 なんとお茶のお誘い受けてしまった。初対面の相手に誘われひょっとして美人局やネズミ講じゃないかと今度は僕が警戒したが、誘われるがままに部屋に上がった。男というのは下心には勝てないものだ。


「おじゃまします。」

 恐る恐る入ったものの、ヤクザの男が待ち構えていることもなく、女の子らしく小物などが整理された部屋が出迎えてくれた。いや、女の子の部屋なんてほとんど入ったことないので、僕の勝手なイメージに過ぎないけれど。

「お茶入れてきますね。散らかっていて恥ずかしいので、あんまり見ないで下さいね。」

 ついついジロジロ見渡しているのに気付かれた、申し訳ない。しかし、この部屋のどこが散らかっているというのだろうか。しばらくすると、お盆に二つカップを載せ西田さんが戻ってきた。

「あっどうも、すみません。」

 ケーキもちょうど二つあり、小さなテーブルを囲み西田さんとのささやかなお茶会が始まった。

「そういえば、こちらにはいつから住んでるんですか?」

「つい、三日前に引越してきたんです。やっと荷物が片付いてご挨拶に行ったら、ゴツンって凄い音がしたんでビックリしたんですよ。」

 なるほど、いくら僕が近所付き合いをしていなかったといっても、隣人が入れ替わったら気付くと思ったが、あの三日間に引越して来たのなら気付けないな。

「どちらからですか?」

「広島から来ました。これから、よろしゅうお願いするんじゃけぇの。」

 か、可愛過ぎる。女の子の広島弁がこんなに可愛いとは、西田さんの笑顔も可愛いくて眩しい。

「さっきのは広島弁でよろしくお願いしますって意味です。」

  西田さんが可愛い過ぎるあまり僕は惚けてしまっていたようで、西田さんは言葉が通じなかったと思ったのか説明してくれた。

「あっいえ、すみません。遠くから大変ですね。何をしに上京されたんですか?」

 女の子と喋ることに不慣れなせいか、いちいち’’あっ”をつけてしまう。それに質問攻めにしてしまっていることに言ってしまってから気付いた。

「近くの大学院に通ってるんです。他のアパートに住んでいたんですけど、老朽化で取り壊しになっちゃって引越して来ました。」

「そうなんですか、えっと「あの凡さんは漫画家さん何ですか?」

またしても質問しようとした僕の言葉を遮りながら、今度は西田さんが質問してきた。初対面の年下の女の子にまで遮られるとは、僕は言葉を遮りやすいのかもしれない。

「えっいや、その何ていうかまだ全然なんですけどね。あれ?でもなんで知っているんですか?」

「すみません、大家さんと一緒に部屋に入った時に少し見えました。私、漫画って読んだことなくて良かったら読ませてもらっていいですか?」

西田さんは目をキラキラさせて、僕を見ている。初対面の隣人を部屋に上げるのて変だなと思っていたが漫画に興味があったのか。しかし、今手元にあるのは描きかけのものと三日前に編集さんにけちょんけちょんに言われたやつしかない。断ろうと思ったが、ふと第三者の意見が聞けるチャンスだということに気付いた。漫画家になろうとしているのに漫画を読んでもらうことを恥ずかしがってどうする。

「部屋から取ってくるので、ちょっちょっと待っていて下さい。」

 またしても、変な日本語を喋りながら久しぶりの自分の部屋に戻った。三日ぶりの部屋は西田さんの部屋と違って何処もかしこも資料集やらゴミやら洗濯物やらでとっ散らかっている。こんなとこにいると、いつまた倒れてもおかしくない気がする。待たせると悪いので、散らかり放題の部屋を尻目に”桃太郎”のパクリだと言われた原稿を手にし西田さんの部屋に戻った。

「お待たせしました、あの本当に大したことないんで、あんまり期待しないで下さいね。」

 我ながら情けない程に予防線を張りながら原稿を渡した。自分が作ったものを自分で大したことないと言うなんてダメだとは思うがけちょんけちょんに言われた後なので堂々とはできない。西田さんは、熱心に僕の漫画を読んでいる。自分の漫画を目の前で読んでもらうのは、やっぱり恥ずかしいしドキドキする。読んでいる西田さんがどんな顔しているのか気になって見てしまうがリアクションよりも可愛いことに気を取られてしまう。漫画に夢中なのでジッと見ていることができる。これだけでも、漫画を読ませて良かったかもしれない。変態じみたことというか変態そのものの思考をしていると、西田さんが顔を上げた。読む前より、心なしか表情がくらい気がする。

「ど、どうでした?」

「ありがとうございました。面白かったですよ。」

 明らかに、さっきまでとは違う作り笑顔だ。期待を裏切ったことが伝わってくる。

「お世辞はいいですよ。実はこれ出版社に持って行ったんですけど、担当の編集さんにボロクソに言われた挙句パクリとまで言われたんです。」

 そろそろ自分が情けなくなる、予防線の次は、ムカつくとさえ思った編集さんを盾に誤魔化そうとしている。

「はい、私もパクリだと思いました。」

 耳を疑った、さっきまでニコやかにお喋りをしていた西田さんが急に冷静なトーンでパクリだと言うのだから。

「へっ?えっと、あー”桃太郎”ですか?」

「いいえ、これは聖書のパクリです。」

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