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9話

「忘れ物はないか?」

「はい、ばっちりです」

「よし行くぞ」

「二人とも、お気をつけて」

「はーい」


 いよいよ待ちに待ったデートの日がやって来た。

 ん? 待ちに待った? いやいや待ちに待っていたのはあくまで街を散策することで、決してデートのことじゃない! と、思う。

 ちなみに、あの日クリフさんの家から帰った後、約束を破った罰として毎夜披露する踊りが、一日一曲だったのが、二曲に変更された。

 そろそろ、レパートリーが尽きるかもしれない。その時が来たら、知っている限りのアイドルのダンスで乗り切るつもりだ。


「その服も似合うな」

「そ、そうですか?」


 今私が着ているのは袖がふわっとしているワンピース、そして白いサンダル。可愛いのだけど、一体どこから調達してきたんだろう。

 もしや、ノエル……いやノエル様、女装の趣味が?

 うーん、ちょっと見てみたい気もする。綺麗な顔してるし、あ、チョコパルフェの衣装とか着てそして――


「ボーっとしてるなよ、チカコ」

「ぶはっ!」


 デートでもやっぱり水鉄砲持参なんですねノエル……いやノエル様。

 まぁいいんだけど。水鉄砲も体の一部みたいなとこあるしね!

 ノエル……いやノエル様に手を引かれて城下町を散策する。休みの日という事もあって、更に人で溢れていた。子どもが美味しそうな棒付きキャンデーをなめていたり、かと思えば老紳士がカフェのテラス席でコーヒーを飲みながらゆったりと本を読んでいたりする。

 思い思いに休日を楽しんでいるみたいだ。


「さてと。チカコ、最初はこっちだ」

「うん、じゃない、はい」


 心なしか足取りが軽やかなノエル……ノエル様に手を引かれて、商店街を通り抜ける。途中で何度もノエル……いやノエル様は街の人たちにあいさつをされ、短い会話のやり取りもしていた。

 改めて、ノエル・ウィルソンの有名ぶりが分かった気がする。みんな親しみを込めてノエル、ノエルと呼びかけている。その度にノエルも手を振ったり、自分から世間話をしていた。

 白いタイルが敷き詰められた道を、コツコツと音を鳴らしながら歩いていく。

 しばらく歩いていると、大きな噴水が見えてきた。


「ここは聖アント公園だ。今日は何もないようだが、定期的に催し物が開催される。フリーマーケットだったり、大道芸だったりな」

「へぇ、広い公園ですね」

「そりゃあ、王国一の公園だからな」


 そのあともいくつかの公園と、博物館、そしていくつかの小さな商店街を案内してもらった。こうして歩いてみて気付いたのだけど、レイジナ王国はとにかく花がたくさん咲いている。道路の両脇はもちろん、施設という施設には必ず庭園が設けられていて、色とりどりの花が育てられていた。

 また、中には日本どころか私たちの世界にはないんじゃないかと思えるような珍しい形の花もあった。


「チカコは花が好きなのか?」

「好きですよ。綺麗だし可愛いから」

「そうか」


 そう、花は好きだ。自分ではなかなか育てないけれど、花屋さんの前を通ると思わず足を止めてどんな花があるか眺めてしまうくらいに。

 だから、ここにある珍しい花にも、当然目が行ってしまう。


「花が好きか。じゃあ、こっちだ」

「え?」


 またまた手を引かれ、向かった先は大きなビニルハウスらしきものがいくつもある施設だった。


「ここ、どこかわかるか?」

「さあ……農家ですか?」

「んー惜しい。植物園だ」


 ん? 惜しいのかな?


「ここにはこの王国に生息するすべての植物がある」

「ほんとですか? わあ、楽しみです!」

「よし。入るぞ」

「はい!」


 レイジナ王国では図書館はもちろん、博物館や植物園、動物園、水族館などの施設は全て国が管理していて、入場料は無料らしい。それは、いろんなことを知り、そして学ぶことで誰でも知的好奇心を満たせるようにという国王様の思いからだそう。

 すごいなレイジナ王国!


「そこ、段差あるから気を付けろよ」

「は、はい」


 植物園の受付の人に挨拶をして、最初のビニルハウスに足を踏み入れる。そこでは桜やサンポポなど、日本で言えば春によく見られる植物が育てられていた。


「ここは、季節ごとにビニルハウスを分けて展示されているんだ」

「なるほど」

「俺も小さい時は家族で来ていたな」

「……」


 家族、という言葉を聞いて私は少しドキッとする。

 トリップしてきてもう一週間以上たつのに、私は未だにノエル……いやノエル様のご両親やご兄弟に会ったことがない。メイドや黒服の人たちはたくさんいるけれど、ウィルソン家の人はまだノエル……いやノエル様しか接したことがない。

 メイドさんや黒服の人たちは何も言わないし私も私で、きっとこんな大きなお屋敷に住んでいるのだから忙しい仕事をしているのだとばかり思っていた。

 けど、今のノエル……いやノエル様は一瞬、寂しそうにも見えた。


「お、これ見てみろ。ぺんぺん草だってさ! 名前おもしろすぎるだろ!」


 ――前言撤回。寂しそうなのはどうやら私の考えすぎだったみたい。

 その後は夏のビニルハウス、秋のビニルハウスと順番にめぐり、最後の冬のビニルハウスにきた。


「冬って……お花咲くんですか?」

「まぁ入って見ればわかるよ」


 にやりと笑ってノエル……いやノエル様は私を引っ張っていく。

 一体どんな花があるのだろうと、少しわくわくしながら中へ入ると、そこには幻想的な景色が広がっていた。



  *

「わぁ……」

「すごいだろ?」


 得意げな顔でノエル……ノエル様は言う。

 でも確かに、これは得意げにもなってしまう。

 そこには、パステルカラーの、ハートの形をした花が咲き乱れていた。

 まるで、雪に薄く絵具を溶かしたように。


「これはスノーキスと言ってな、レイジナ王国で唯一、冬に咲く花だ」

「すごいですね」

「冬は雪に覆われてるんだが、そこに埋もれるようにしてこいつは咲いている」


 真っ白なキャンパスに、絵の具をそっと落としたように咲くスノーキスの情景が、ありありと浮かんできそうだ。雪をかぶったレンガ造りの家、煙突、そしてこのスノーキス。

 実際にその光景を見てみたいと心から思った。


「気に入ったか?」

「はい!」

「それは良かった」


 ノエル……いやノエル様はうっとりしている私を見てふわりと笑う。さっき見せた寂しい表情はやっぱり幻だったんだ。

 思う存分綺麗な可愛い花を堪能してすべてのビニルハウスを見終えた私たちは、そのままお土産屋さんへと向かった。


「あ、スノーキス!……の、ピアス」


 どんなものがあるのかなくらいの気持ちで商品棚を見ていると、それは突然私の視界に入り、私の足を止めた。

 先ほど見たスノーキスをモチーフにしたピアスが、キラリと光っている。


「お前、ピアス空いてるのか?」

「はい、中学生の時に」

「ほんとだ、空いているな」


 ここに来るときは、勉強を終えたらすぐ寝てしまおうと思っていたから、いつもつけているピアスは外していた。今私の耳にあるのは小さなピアスホールだけで、何も身に着けていない。


「買ってやる」

「え?」

「そのピアスが気に入ったんだろ? 買ってやるよ」

「でも、悪いですよ……」


 ただでさえ家に住まわせてもらっているのに。


「いいんだよ、甘えとけ。な?」

「あ、ありがとございます」


 何でだろう。とても嬉しいことを、優しいことをノエル……いやノエル様は言ってくれるのに、その右側に見える水鉄砲のせいで素直に思えない。

 いや嬉しいのは本当だけども!


「ありがとうございましたー」


 店を出ると、ノエル……いや、ノエル様は早速袋を開けて、ピアスを私に渡してきた。


「つけてみろよ」

「は、はい」


 ピアスを受け取り、恐る恐るピアスをつける。


「ど、どうですか?」

「うん。可愛いぞ」


 ――可愛いぞ。その言葉が私の頭の中で何度もループする。私みたいな一端のアイドルオタクが、推しメンに対して可愛いと言ってるのは何も感じないだろうけど、この至近距離で! こんな美形の人に! 可愛いなんて言われたらドキドキしちゃうよ。

 まぁ、きっと私が可愛いんじゃなくてピアスのことなんだけどね。悲しい現実!


「さてと、そろそろお昼にするか」

「そうですね。お腹もいい具合に減ってきました」

「今日はメリル特製サンドイッチだからな。たくさん食べろ」

「……はい!」


 私たちは再び聖アント公園に戻り、ベンチに座ってバスケットを開けた。

 ハムサンド、タマゴサンド、カツサンド……おいしそうなサンドイッチがたくさん詰め込まれている。右サイドには、デザートにどうぞとゼリーも入れてくれていた。


「いっただきまーす」

「いただきます」


 ノエル……いやノエル様もすっかり「いただきます」と「ごちそうさま」を言う事に慣れたようで、今ではいの一番にその言葉を口にするようになっていた。


「やっぱり上手いなメリルのサンドイッチ」

「ほんと美味しいです」

「お前も、料理頑張れよ」

「は、はい」


 痛いところをついてくる。ほんと、いつになったら上達するの私。まぁメリルさん曰く、長さに例えると毎日0.001ミリずつくらいは上手くなっているらしいけど、それだと道のりは遠そうだなぁ。

 お茶を淹れて差し出すと、サンキュ、と言って受け取ってくれた。

 見た目は大人っぽいけれど、美味しい美味しいと言いながら夢中でサンドイッチを頬張るノエル……いやノエル様を見ていると、ああ、うちのクラスの男子と変わらないなぁと思う。


「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 手を合わせてそういうと、ノエル……いやノエル様はすぐさま立ち上がった。また私の手を引いて歩き出す。

 クラスの男子と手をつなげとか言われると、それがたとえ運動会のダンスのためであっても何だか気まずいのに、今こうしてノエル……いやノエル様だと自然に手を繋いでいることに、少し私は困惑している。

 手を繋げているのはもちろんノエル……いやノエル様の方から繋いでくれるのもあるけれど、私は私で、その手のぬくもりに安心感を覚えて、できれば離したくとさえ思ってしまう。



  *

 午後。

 私たちは再び商店街へと戻ってきた。途中、クリフさんの店の前を通ったけれど、どうやら外出中で、店の中には毛布に顔をうずめているシュシュしかいなかった。

 ノエル……いやノエル様はそれを見て「よし。いないな」なんて言っていたけれど。

 商店街をぐるっと一周し、そのあとは改めてサニア学院とお城も案内してもらった。

 お城も、動物園や博物館と同様、見学自由らしい。なんてサービス精神旺盛な王族なんだろう。

 あ、残念ながら王族の方々は大事な仕事をしている最中らしく、お目にかかることは出来なかった。


「ふう。これでこの近辺は全部回ったな」

「ありがとうございました、ノエル様」

「いいんだ。チカコはいつも頑張ってるから」


 そう言ってもらえて嬉しいです言おうとしたのに、すぐに言葉が出てこなかった。

 どうしてなのか、自分でもわからない。


「最後に寄りたい店はあるか?」

「あ、でしたら商店街の」

「クリフの店以外でな」

「いや、クリフさんの店ではなくて……紅茶屋さんに」

「ああ、あそこか。よし行こう」


 夕方ごろになると、もはや手を繋ぐことも自然になってきた。

 途中、ノエル……いやノエル様の友達とすれ違った時に「あれ? デート?」と言われて顔が赤くなりそうだったけれど、ノエル……いやノエル様が「そうだ、デートだ」と堂々と答えたのを見て、驚きのあまり顔の火照りも覚めてしまった。

 そんな堂々とデートだ! とか宣言して大丈夫なのかな? ノエル……ノエル様カッコいいし、水鉄砲ぶっ放さなければ優しいし、相当モテるはず。

 ……は! このままでは私、多くの女性を敵に回してしまうのでは!? 

 アイドル並みに可愛いならまだしも、ジャージが似合う女子高生がノエル……いやノエル様とデートだなんて。これドラマじゃ絶対に校舎の裏に来いって呼び出されるパターンじゃない!?

 私は、急に焦り始めてしまった。


「へぇ、この子前に会ったメイドでしょ? 確かチカコちゃん」

「よく覚えているな」

「そりゃあんな楽しいダンスを教えてくれたんだもの! 覚えてるに決まってるわよ」

「すごいな。チカコもそのうち有名人になるんじゃないのか?」

「かもね。あ、チカコちゃんまたダンス教えてね!」

「……はっ! あ、はい! ぜひ踊りましょう!」


 一瞬、頭が真っ白になりかけたけれど、思っていたことは起きなかった。

 むしろすごい笑顔で歓迎されてしまた。

 やっはりアイドルパワー、恐るべし。

 というかうん、ノエル……いやノエル様の友達ってそう言えば美男美女ばっかりだったよね。そうか、ここじゃノエル……いやノエル様レベルが標準ってことか。

 いやいやレベル高いよ!


「あ、ありました」

「おう、見つかったか」


 紅茶屋で私が探していたもの――それは、ローズヒップだった。結構特徴のある味だから好き嫌いが分かれると思うけれど、私はこの酸っぱさが好きでよく飲んでいる。

 紅茶を購入し、私たちは屋敷に戻ろうと歩き出す。


「ノエル様、今日は本当にありがとうございました」

「いいんだよ。クリフの野郎に道案内はさせたくないからな」

「そんなにクリフさんを警戒してるんですか?」

「ああ。あいつは女たらしだから」


 水鉄砲のトリガーに人差し指を突っ込んでぐるぐると回す。

 言い方こそ憎々しいけれど、その表情を見ると本当にクリフさんのことを嫌っているわけじゃないという事は十分に分かった。


「あ、あとピンもありがとうございます。大事にします」

「おう、大事にしてくれ。俺があげたんだからな」

「はい」


 くるっと振り向くと、夕焼けがちょうどお城の向こうに沈んでいくところだった。

 それが何だか物寂しくて、急に私たちは無言になってしまった。

 気まずい雰囲気が流れる。さっきまであんなにはしゃいでいたのに。

 手を繋いだままなのに無言で歩いてるなんてはたから見るとちょっと怖いと思う。


「そ、そう言えばこの服も……ありがとうございます。素敵な服ですね!」

「……」


 どうしようノエル……いやノエル様何も反応してくれない。

 何か怒らせること言っちゃったかな。

 結局無言のまま、私たちは屋敷まで戻ってきた。


「お帰りなさい」

「ただいま戻りました」

「ただいま、メリル」

「あら、どちらへ?」

「ちょっと中庭に」


 ノエル……いやノエル様はそう言ってどんどんと屋敷の奥の方へ進んでいく。

 なぜか、私の手はほどかないままで。


「ここ……」

「チカコは初めて見るだろ?」


 中庭があるのは知っていたけれど、中がどうなっているのかを見たのは、これが初めてだった。というのも、この中庭、周りに高い塀が築き上げられていて、例え屋敷の最上階に上がって見ようとしても、見えないようになっているのだ。

 もちろん、屋敷のどの窓から覗こうとも見えない。

 そんな秘密めいた中庭にいると思うと、なんだか不思議な感覚だった。


「ここは俺が育てている植物があってな」


 そう言って、ノエル……ノエル様は近くにあった花をそっと撫でる。微かに揺れるのを確認すると、また歩き始めた。

 植物園に負けないくらいにたくさんの花が咲いている。その花たちに囲まれるようにして道を歩くと、やがて小さな丸いスペースに出た。

 その中央にあったのは、真っ白な十字架と、その十字架にかけられた濃いピンクの花で作った花輪だった。


「チカコが今着ている服は、生前、俺の母が着ていたものだ」

「えっ? お母様の?」


 驚きのあまり、つい声が大きくなってしまう。

 生前という事は……ノエルの……いやノエル様のお母様は今は故人という事になる。

 じゃあこの目の前の十字架は? そしてこの思い出の服を、私が着てしまっていいの?

 十字架にかかっている花輪をゆっくりと外して、ノエル……いやノエル様はゆっくりと、口を開いた。


「これから少し、俺の昔話に付き合ってくれるか?」


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