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7話

 ウィルソン家でメイドをしながら居候をさせてもらってから早一週間。仕事にも徐々に慣れてきたころ。

 あ、料理は未だに出来が良くないけど!


「チカコさん」

「何でしょう? メリルさん」


 ノエル……いやノエル様を見送って遅めの朝食を取り、次の仕事に取り掛かるまでのほんのわずかな休憩をしていた時だった。

 メリルさんが困った顔をして私の部屋に飛び込んできた。


「あなたに、重要な仕事をお任せします」

「じゅ、重要な使命?」


 聞き返すと、メリルさんは深く頷き、手に持っていた荷物を私に差し出した。


「これを、坊ちゃんの学校に届けてほしいのです」

「忘れ物ですか?」

「そうです。私としたことがすっかり坊ちゃんに渡しそびれてしまっていて……」


 はぁっとメリルさんがため息を吐く。それは、自分の失態を恥じているようにも見えた。

 荷物を受け取り、そっと中を見るとどうやら衣服のようだ。


「今日は学校で実験があるそうで、白衣を用意しろと言われていたのです」

「そうだったんですね」

「それを、私としたことが……ああ、恥ずかしい!」

「メ、メリルさん落ち着いて」

「ごめんなさい。久々に失敗したものだから」


 私はもちろん、まだ失敗続きです。


「とにかく、実験は午後一時からだそうですから、その前に届けてくださいますか?」

「分かりました!」

「地図をお渡ししておきます」

「はい」

「まぁ町の中心にありますので迷わないと思いますが……気を付けて行ってらっしゃい」

「はい、行ってまいります」


 メリルさんに見送られ、私は元気にウィルソン家を出発した。

 実は、街に出るのはこれが初めてなので少しわくわくしている。

 どんな街なんだろう?


「えーと、次を右に曲がって……」


 レイジナ王国の街は、ウィルソン家のお屋敷から見たとおりの綺麗な街並みだった。一つ一つの建物が、まるでおとぎ話のように可愛い。そして学校のある方は、城下町の中でも特に栄えているところのようで、人であふれていた。


「いらっしゃーい、取れたてのリンゴだよー」

「美味しい紅茶はいかが?」


 途中で通る商店街では、少し目線を上げると、何のお店なのか一目で分かるように黒い看板が取り付けられている。魚屋さんなら、魚をかたどったものが、紅茶屋さんならポットとティーカップをかたどったものが。


「猫の看板もある。何の店だろう?」


 気になってそっと覗くと、店の奥にいた大きな猫と目が合った。しばらく見つめあったままになっていけれど、やがて猫の方から目を逸らし、ぐぐっと背筋を伸ばして大きな欠伸をしだす。

 同時に、猫で見えなかった張り紙が見えた。


「お手伝い屋さん?」


 不思議な響き、私は思わず声に出して呟いた。


「そ。ここはお手伝い屋さん」

「わあ!」


 後ろからいきなり声を掛けられて。びくっとしてしまった。


「ごめんごめん、驚かせちゃった?」

「いえ、ボーっとしていたのは私ですから」


 振り向くと、店の主人だと思われる男の人が立っていた。人懐っこそうな笑顔をこちらに向けている。推定年齢二十歳くらい? いや、分かんないな。年上なのは確実だとは思うけどノエル……いやノエル様もあの大人っぽさで高校生だったしね!


「猫の手も借りたいほどっていうだろ?」


 え? それって日本の諺じゃないの?


「だから、猫の看板」

「なるほど……」


 思わず納得してしまった。お兄さんは何が嬉しいのかにこにこ笑っている。


「お嬢さん、見かけない顔だね。どこのメイドさんなの?」

「えっと、私はノエル様のところで……」

「ああ、ウィルソン家のメイドか。はて、こんな子いたかな?」

「お、一昨日働き始めたばかりなんです」


 テレポート云々のくだりは黙っておこう。信じてもらえないだろうし、変な奴を思われちゃう。私だけならまだしもウィルソン家の名誉にも関わりそうだし。


「そうだったんだね。私はクリフ。ここの店主をしているよ」

「チカコと言います。初めまして」


 お辞儀をすると、クリフさんもニコニコしたままお辞儀を返してくれた。


「ここは、どんなお手伝いをしてくれるんですか?」

「そうだね……何でもやっているよ。買い物代行から、ペットの捜索まで」

「すごい! 色んなお手伝いしてくれるんですね!」

「もちろん――時にチカコちゃんは、どこかへ行く途中だったの?」

「はっ! しまった!」


 すっかり話し込んでしまった。ちらっと店の中にある時計に目をやると、もう十一時半を過ぎている。


「ああ、どうしよう。すぐにサニア学院に行かなきゃ」

「ノエルに忘れ物届けに行くの?」

「はい、この白衣を」

「じゃあこの裏路地をまっすぐ行くと良い。近道だから」


 そう言って、クリフさんは店の横にある狭い路地を指さした。

 どうやらこの街の抜け道や近道を網羅しているらしい。


「ありがとうございます! 行ってきます!」

「はーい。ノエルにもよろしくねー」

「はい!」


 お礼をして、早足で路地を通り抜けると、クリフさんの言う通りすぐ目の前に校舎が見えてきた。

 ……ん? 校舎なの? どう見てもお城にしか……。

 でも校門にはちゃんと『サニア学院高等学校』と書いているし……。

 入る勇気がなくて立ちすくんでいると、門衛さんに声を掛けれた。


「君、どうかしたかね?」

「すいませんあの……ノエル様にこれを……」

「ノエル? ああ、ノエル・ウィルソンか」


 さっきのクリフさんも、門衛さんもノエルと聞くだけでどこのノエルなのか分かってしまうらしい。すごいね! ノエル……いやノエル様有名人だね!


「ノエルのクラスは南棟の二階だよ」

「ありがとうございます」


 ――校門を抜けると、そこはテーマパーク……のような学校でした。

 いやほんと、早めにメイド服届いてよかった。

 あずき色ジャージでここ来たら百パーセントおかしな人だった。

 


  *

 メリルさんが言っていたように、サニア学院は歴史を感じさせる学校だった。

 だってここ……お城の中じゃん!!

 お城の中に学校があるなんて聞いたことないよ!

 どうやら今は使われていないお城の建物を改装して、校舎として使っているらしい。

 建物のてっぺんにはレイジナ王国の国旗らしきものが立っており、風に揺られていた。


「お、チカコが持ってきてくれたのか」

「……」


 教えられた教室に来て、ドアからそっとノエル……いやノエル様の姿を探していると、あっちから話しかけてくれた。

 どうやらちょうどお昼休憩に入ったところらしい。良かった、間に合った。


「どうぞ」

「サンキュ。一人で来たのか?」


 中を確認しながらノエル……ノエル様が聞いてきた。


「はい。メリルさんに地図をもらってきました。途中でお手伝い屋さんに近道を聞いて」

「お手伝い屋? もしかしてクリフか?」

「そうですそうです」


 やっはり知り合いなんだ。

 けれど、ノエル……ノエル様の表情は段々曇って行ってしまう。


「あー、会っちまったか、あいつに」

「え?」

「チカコ」


 がしっと私の肩に手を置いて、じっと目を見られる。

 てか近いよ! 顔、近い!


「悪いことは言わない。あいつに関わるのはやめとけ」

「どうしてですか? 優しい方でしたよ?」

「まぁ、うん、優しい事には優しいんだが……」


 どう説明しようとかと悩んでいる様子のノエル……いやノエル様。


「とにかく、近づくな。いいか? これは命令だ」

「ええー」

「ええじゃない、分かったな?」

「は、はい」


 悩んで結局答えが出なかったようで、最終的には水鉄砲で両頬を挟んでの半ば脅迫めいたもので言いくるめられてしまった。

 学校にも水鉄砲持ってきてるの? しかも今日は二丁持ってきてるのね。


「まあとにかくありがとう。戻っていいぞ」

「はい。では帰りますね」


「ああ、気を付けろよ」


 ポンポンと、頭を撫でられる。普段からスキンシップが多いノエル……いやノエル様からしたらきっと何ともない行為なんだろうけど、なぜか私は鼓動が早くなるのを感じた。

 何でだろう。一瞬、まともに顔が見れなかった。


「くれぐれも、クリフに会わないようにな」


 あ、念を押された。

 どうしてダメなのか分からないまま、私はサニア学院高等学校を後にした。

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