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6話

 ノエル……いやノエル様が帰ってきた後、早速私は勉強に取りかかった。

「言っとくが容赦しないからな」

 最初にそう言われて寿命が縮むかもしれないと思ったけれど、いざ始まって見るとそんなに大変だとは感じなかった。

 ただし。


「残念、間違いだ」

「ご、ごめんなさああああい!」


 問題を間違えるごとにやっぱり水鉄砲で攻撃される。まぁ何となく想像がついていたけどね! しかも教科書や紙を濡らさないように攻撃してくるなんて、やっぱり射撃か何かの才能があると思う。

 勉強中のノエル……いやノエル様は、メガネをかけている。黒縁のいかにも真面目です! というようなものだけど、それがまたよく似合っている。やっぱりカッコいい人や美人は何をしても何を身に着けても様になるんだな。うらやましい。


「日本とどこまで勉強の範囲が同じか分からないが、この教科書で言うとどこら辺まで進んでいるんだ?」

「そうですねとりあず数学は微分積分の応用、そして生物は……」


 渡された教科書をペラペラめくりながら、自分が学校で習った範囲を探し出す。ここでもやっぱり、最初は読めないレイジナ王国の母国語で描かれた文章が、たちまち日本語に変化する現象が起きた。


「なるほど。俺たちより少し遅いくらいか?」

「ノエル様たちはいまどこら辺まで進んでいるのですか?」

「俺たちは、ここまでだな」


 ノエル……いやノエル様が開けたページは、ほぼ終わりに近かった。

 何、もしかして進学校なの?


「坊ちゃんの通うサニア学院高等学校は、レイジナ王国で最も歴史のある学校なのですよ」

「あ、メリルさん!」

「お茶をお持ちいたしました。少し休憩なされては?」

「ありがとうメリル。ありがたく頂くよ」

「ええ。では」


 メリルさんが、紅茶とお菓子を運んできてくれた。甘酸っぱい香りが漂ってくる。

 今日はストロベリーティーみたい。おいしそう!


「いただきます!」


 そっとカップに口を付ける。口に入れた瞬間、先に酸っぱさがきて、徐々に甘さも増していく。一緒に運ばれてきたクッキーとも相性も抜群だ。

 しばらく夢中で食べていると、ふと目線が気になった。


「な、何か?」

「いや、美味しそうに食べているなと思って」

「だって美味しいんですもん」

「メリルはお菓子作りの天才だからな」

「やっぱりそうでしたか」


 いろんな形のクッキーがあって、微妙に味が違う。少し塩のきいたものもあれば、反対に砂糖がたっぷりまぶされているものもある。ジャムがかかったものもあるし、ココアパウダーがかかったものもある。

 こんなにおいしいお菓子を毎日食べられるなんて、ウィルソン家は幸せだな。


「ごちそうさまでした!」

「……」

「ん? ノエル様どうかされましたか?」


 さっき食べるときもだけど、ノエル……いやノエル様はなんだか不思議そうな顔をして私を見ている。


「その、イタダキマスとか、ゴチソウサマというは何なんだ?」


 どうやら、この言葉は聞き取れるものの、レイジナ王国にはないらしい。

 そう言えば聞いたことがある。『いただきます』や『ごちそうさま』というのは、日本特有のものだと。


「また何かの儀式か?」

「いや、儀式ではないです。日本では食べ物を食べるときは『いただきます』、食べ終わったら『ごちそうさま』というのがマナーというか、習慣というか」

「ほう。それは誰に対して言っているんだ? 今ならメリルか?」

「もちろん作ってくださったメリルさんへの感謝の言葉でもあります」

「なるほど! 日本というは色んな言語があるんだな。……それにしても、チカコはなんでレイジナ王国の言葉を話せるんだ?」

「え?」

 

 いやいやまさか。え? ここまできて?


「あ、あの私は逆になぜノエル様が日本語を話せるんだろうと思っていたのですが」

「え? 俺はずっと母国語で話しているぞ?」

「……」


 しばし沈黙。

 どうやらお互いがお互い母国語で話していて、聞き取るときに何か見えざる力によって翻訳されているらしい。見えざる力……ああ、だからノエル……いやノエル様の作った水鉄砲大会の企画書や、今勉強している許可書の言語も変化するのね。


「魔法……だな」

「魔法、ですね」

「じゃあチカコがここへ来たのも、ひょっとすると魔法かもな」


 その可能性が今のところ一番高い。

 でも誰が? 何のために?


「実はチカコ、魔法使いなんじゃないのか?」

「私が!? いやいやまさか!」


 ありえない。ただのアイドルオタクです。それに、魔法使いなら今頃チョコパルフェのライブチケットを魔法で当てて、受験だって余裕で……ってだめだめ! そんな私利私欲に使ったらきっと罰が当たっちゃう。

 ま、使える事なんてないんだけど。


「それにしても、そのイタダキマス、ゴチソウサマはいい言葉だな。俺も使ってみよう」

「ぜひ!」

 

 別に日本語の講師をやるわけじゃないけれど、母国語が褒められると少しうれしい。日本語って難しいってイメージが強いけれど、綺麗な言葉、素敵な言葉がたくさんあるんだもの。


「じゃ、続きやるか」

「はい! よろしくお願いします!」


 みっちりと勉強をし、おやつもほどよく消化されたところで今日の勉強会はお開きになった。夕食までの間に洗濯物を取り込み、各部屋に配って回る。

 そして夕食後、私はノエル……ノエル様に呼び出された。

 あ、ちなみに夕食時、早速『いただきます』『ごちそうさま』が使われて、ウィルソン家のお約束に組み込まれた。

 お約束があるの、初めて知ったけどね!


「何でしょう?」

「何でしょう? じゃねえよ。昨日約束しただろ?」

「約束?」


 はて? なんのことやら?


「踊ってくれるんだろ?」

「は!?」


 え、うそ。本気だったの!?


「ほら、行くぞ庭園へ」

「え、ちょ、ちょっと!」


 手を引かれ、昨日踊り狂っていた空中庭園へ再び来てしまった。

 今日も月がきれいだ。


「さ、今日は何を踊ってくれるんだ?」

「そんな急に言われても……」


 なぜ。なぜノエル……いやノエル様そんなに楽しそうなの? そんなキラキラした目で見られても。いや、でも私も多分チョコパルフェを見るときは今のノエル……いやノエル様と同じような目をしているんだろうな。

 いずれにせよ、恐るべしチョコパルフェ。私の熱のこもった布教活動で異世界でも人気を獲得できそうだ。


「じゃ、じゃあ今日は……」


 月明かりの下、私は昨日と同じように踊る。

 大好きなチョコパルフェを。

 赴くままに。たった一人、ノエル……いやノエル様というお客様の前で。

 それは、不思議な感覚だった。

 悲しい事なんて吹っ飛ぶような、心がわくわくするような。

 踊ることも、歌うことももちろん大好きだから、楽しいと思うけれど。

 違う。それだけじゃない。きっと、ノエル……いやノエル様がいてくれるから。楽しいと思う気持ちを、共有してくれる人がいてくれるから。


「すごいなチカコは。色々踊りを知っているんだな」

「全部チョコパルフェのものなんですけどね」

「どうしてチカコはそのアイドルとやらにならないんだ?」

「無理ですよ。だって」

 

 これまで何度も受けた。書類選考に通ったことは二回ほどある。まぁそのあとの面接で撃沈するんだけど。

 とにかく、私はアイドルにはなれない。ずば抜けた美貌も、ダンスのセンスも、歌唱力もない。ついでに愛想もそんなに良くない気がする。


「そうか。アイドルって色々難しいんだな」

「そうですよ。簡単には行きません」


 ビシっと指をさす。あ、失礼だなこれ。やめよう。

 そそくさと指を下ろす。幸い、ノエル……いやノエル様は特に気にしてななかったようでちょっと安心した。


「まぁ今のところ、チカコは俺専属のアイドルだしな」

「ほわっ!?」


 アイドルに専属とかいう制度あったっけ。


「今日も楽しかったよ。明日もよろしくな」

「あ、明日もですか」

「そりゃそうだろ? 毎日公演してもらうぞ」

「ど、どうして」

「どうしてってそりゃあお前」


 ノエル……いやノエル様が空に向かって水鉄砲を撃つ。

 綺麗な弧を描いて水が出る。その水を通してみる月はかすかに揺れているように見えた。


「心の底から、楽しいと思えるからだ」


 月明かりに照らされたノエル……いや、ノエル様の顔は美しいという表現よりも、麗しいという表現の方がしっくりくる。

 その顔に、心を奪われずにはいられない。


「わ、私も楽しいです!」

「そうか、良かった」

「あしたはまた違う曲を披露しますので!」

「楽しみにしてるぞ」

「はい!」


 もっとノエル……いやノエル様と同じ気持ちを共有したい。

 そう思いながら、その日はなんだか幸せな気持ちで眠りについた。



  *

 翌朝。

 窓から差し込む光に顔を照らされ、あまりのまぶしさに目が覚めた。


「ん……」


 起き上がろうと思い、手をぐっと伸ばすと、クシャっと何かが当たる音がした。


「何だろう?」


 眠い目をこすって体を回転させ、枕元に目をやるとピンクのリボンがついた透明の袋が置かれていた。手を伸ばして自分のほうへたぐりよせ、物を確認する。


「こ、これは!」


 それが何であるか気づいてすぐ私は、リボンをほどき、中身を取り出した。


「ノ、ノエル様!」

「おはようチカコ」

「あ、あのこれ!」

「お、早速着てみたか」

「はい! ありがとうございます」


 枕元にあったもの――それは、新しいメイド服だった。いったいどうやって、いつの間に採寸したのかと疑うほどに、ぴったりのサイズ。

 あと、いつの間に枕元に置かれたんだろう。

 一度は着てみたいと思っていたけど、まさか本当に着られる日が来るなんて夢みたい。


「に、似合いますか?」

「あ、ああ。なかなか似合うな」


 そう言ってもらって、心が跳ね上がりそうになる。

 

「あ、でも」

「はい?」

「昨日まで着ていたジャージも似合っていたような……」


――ですよねっ!!


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