5話
次の日、私は起きてすぐに自分の顔を手で覆ってしまった。
「アイドルは、強くて、かわいくて、あ、男の子もいるんですけどその人たちはかっこよくて、歌って踊ってみんなに元気を与えてくれて。あ、あとですね、最近は色んなタイプのアイドルがいるんですよ! 王道じゃ目立たないからバラエティ番組にたくさん出てトークや面白いことをして人気を獲得するアイドルもいますし、もちろんハイレベルな歌と踊りが売りのアイドルもいます。演技力に秀でているアイドルもいて、そういう子たちはドラマや映画で主演を張ることもあります。まぁ、演技があまり上手くなくても人気だけで主演を張ったりする人も正直いるんですが、そういう子たちが一生懸命頑張っているのを見るのも私のようなアイドル大好き人間からすれば楽しいです。実力重視の視聴者ももちろんいますし、アイドルを毛嫌いする人もいて、よく悪口を言われたり、書かれたりもするんですけど、そういうのを跳ね返して努力している姿を見るのもアイドルを応援する醍醐味です。
正直、確かに売れていて、天狗になっているアイドルもいますがやはり神様は見ているのかそういう子は必ずどこかでつまずきますね。
あ、でも私が応援しているチョコパルフェはそんなこと全然ないです! みんな可愛くて、いつも一生懸命で。歌や踊りがずば抜けて上手いわけじゃないけど、デビューしたての頃から比べるとダンスも合うようになってきたし、歌も少しずつですが上手くなってきました。
特に私の推しメンであるユイちゃんは……あ、推しメンって言うのは一番好きなメンバーのことで、とにかくユイちゃんは背が小さいけどそんなことを感じさせないほどのダイナミックなパフォーマンスと存在感でそれで」
そう。私の悪い癖が出てしまった。
アイドルのことになるとついつい熱がこもってしまって、しゃべりすぎてしまう。
本当によくノエル……ノエル様最後まで付き合ってくれたなぁ。しかも嫌な顔一つもしないで。
しかもしかも。
「すごいんだな。俺もそのチョコパルフェとやらが見てみたくなった」
「本当に見せてあげたいです!」
「チカコたちの世界に行く方法をぜひ探してみたいものだな」
「あ……」
まただ。帰れなかったらという不安な気持ちを思い出してしまった。
一瞬しょげてしまったのを、ノエル……ノエル様は見逃さなかった。
「何を不安がってるんだよ」
「きゃっ」
鼻の頭めがけて水鉄砲の水が飛んでくる。
「ここに飛ばされてきたなら、当然戻る方法だってどこかにあるはずだ」
「で、でも見つからなかったら……」
「安心しろ。時間はかかるかもしれないが絶対見つかる。俺も一緒に探してやるよ」
「ノエル様……」
自分で水をかけてきておいて、なぜかノエル……いやノエル様は袖で私の鼻を拭いてくれた。
「あ、ありがとう……ございます」
「ああ」
昨日ここへ不時着した時は、足を縛られているわ、水鉄砲で容赦なくぶっ放してくるわでノエル……ノエル様が怖いと思っていた。背もでかいし。
でも、この一日だけでその印象は変化した。
確かに、水鉄砲をぶっ放しているのは変わらないけど、面倒見が良くて、なんだかんだで優しい。
「まぁ、元の世界に戻る方法を見つけたら、俺もついていってアイドルを見に行こうかな」
「え?!」
「だって、気になるだろ? チカコをそんなに夢中にさせるものって。しかもチカコだけじゃなくて大勢いるんだろ? 夢中な人が」
「は、はい! たくさんいます! この前は収容人数五万人の会場を埋め尽くしてライブを成功させました!」
「へえ、そいつはすげえな」
そう、本当にすごかった。私は外れちゃって行けなかったけれどDVDで映像を見るだけでも十分に盛り上がりが伝わってくるくらいに。
自分たちを好きだと思ってくれているたくさんのファンに囲まれて、その中で歌って踊るってどんな気分なんだろう。
きっと、最高に楽しくて気持ちいいに違いない。
「じゃあ、その日までチカコが代わりに披露してくれよ」
「へっ?!」
「さっきだって上手に踊ってたしな」
「そ、そんなあれは見様見真似で……」
またからかわれているのね、きっと。
「いいんだよ。楽しそうだから、こっちも見てて楽しいしな」
「ノエル様……」
なぜか一瞬だけ。
ノエル……いやノエル様の顔が曇ったように見えた。
「てことで明日も忙しいんだから早く寝ろよ」
「あ、はい!」
「おやすみチカコ」
「おやすみなさい」
*
とまぁ、こんな感じで昨日は眠りについたのだけど。
「ノエル本気なのかなぁ……」
起きて早々ため息をつくのは憚られるが、もし本気でノエル……いやノエル様が披露してくれと言ってるのだとしたら、雇われている身で、家に住まわせてもらっている身でノーとは言えない。
素人感丸出しの踊りを披露しろって言うのか。何が目的で? やっぱりからかわれているのかな? いやいやでも、チョコパルフェを見てみたいと言ってくれたのは嘘じゃない。と、思いたい。
「おはようチカコさん。今日もがんばりましょう」
「おはようございますメリルさん。よろしくお願いします」
「まずは坊ちゃんの朝ごはんを運んでください」
「分かりました」
お盆に載っているのはフレッシュなサラダとスクランブルエッグ、トースト二切れに砂糖もミルクもついていないコーヒー。
なるほど、レイジナ王国は洋食タイプか。
お盆を片手に載せ、もう片方の手で軽くノックする。
「いいぞ」
「失礼します」
ドアを開けると、学校の制服らしきに身を包み、頬杖を突きながら朝食を待っていたであろうノエル……いやノエル様の姿があった。
紺色のブレザーに、同じく紺色のズボン。ブレザーのポケットには星形の校章らしきものが光っている。
……ん? 制服?
「どうした? 早く来いよ」
「ノエル様」
「どうしたんだ?」
「つかぬ事をお聞きしますが……」
おさらいだが、ノエル……いやノエル様は身長が多分百八十センチを超えている。おまけに水鉄砲大会という街の子供を招待するイベントを企画・開催するほどだ。
そして私が着ているこのあずきジャージは、ノエル……いやノエル様のおさがり。
「ノエル様って……大学生じゃないんですか?」
この国の教育制度が分からないが、同じだと思って聞いてみる。
「は? 俺が?」
「はい」
目を見開き、ノエル……ノエル様が一瞬ぽかんとした顔をした。
「俺はまだ十八歳だぞ?」
その言葉に、次は私が目を見開く番だった。
「なんだその顔は? いくつだと思ったんだ?」
「て、てっきりもう大学二年生、いや三年生くらいかと」
「まさか。冗談だろ?」
いや冗談じゃない。だって、水鉄砲所持のことを除けば、堂々としていて行動力もあって見た目だって大人っぽいんだもの。
「逆にお前は何歳なんだ?」
「わ、私も十八です」
「は!? ウソだろ!?」
そう叫ぶと、ノエル……いやノエル様は片手で顔を覆って考え込んでしまった。
「俺はチカコはまだ、十四、五歳かと思ってた」
「そんなに若く見えますか?」
「ああ」
はっきりとそう答えられると清々しい。
「てことはチカコも受験じゃないのか?」
「そうです」
「こんなところに来てしまって大丈夫か?」
「やばいかもしれません」
「うーむ」
まずい、登校前だというのに何か考え込ませてしまった。
「よし、こうしよう」
「?」
「自分で言うのもなんだが、俺は学校じゃ成績優秀の方だ」
「はあ」
「独学ではあるが、教科書の内容も一通り予習して終わらせている」
「すごいですね」
見習わなきゃ。
「だから、俺が学校から帰ってきたら毎日二時間ずつほど勉強を教えよう」
「え!?」
「嫌か?」
嫌なわけじゃない。むしろありがたい話だと思う。
でも、教えてもらうってことはノエル……いやノエル様自身の勉強時間を削ってしまうことになる。迷惑じゃないかな。
「心配するな。人に教えることで俺自身も復習になるしな」
「じゃ、じゃあお願いします」
「ああ」
お互いに顔を見合わせる。なぜか二人とも笑ってしまった。
この後、ノエル……ノエル様は少し急ぎ目に朝食を食べ、コートを羽織り玄関へと向かった。
私もお盆を下げた後、メリルさんについて玄関へと向かう。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
メイドさんと、黒服の人の声がぴったりとそろう。
こうしてノエル……ノエル様を見送った後、みんなまた持ち場に戻った。私はまた昨日と同じように掃除に取り掛かった。
ノエル……いやノエル様が帰ってきたら勉強が待っている。復習になるからとは言ってくれたけど、貴重な時間を割いてくれることに変わりはない。
一生懸命、頑張ろう。