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4話

「で、今度の水鉄砲大会だが」

 私の目の前にはまぶしいほどの美男美女たちが座っている。

 あれか、類は友を呼ぶってやつなのか。

 真剣な顔をしてノエル……いやノエル様が作ったという資料に目を通している。

 しかし、内容は研究の発表なんかではない。

 ウィルソン家を使って開催される、水鉄砲大会の打合せである。

「まずはアイリーンとジョンでフィールドマップを作成してもらう」

「イエッサ!」

「そしてフェルツとセイラは城下町の子どもたちに案内を出してくれ」

「オッケー」

 順調に進んでいく会議を、何の前情報もないままただ聞いているだけの私。

 資料を見ると、最初はアルファベット表記だったものが、一瞬で日本語にすり替わってしまい、声が出そうになった。

 こんなこと、起こりうるの?

 とにかく、日本語に見えるようになった資料には『第三回 ウィルソン水鉄砲大会』と表記されていた。

 ああ、もう過去二回実施されるのね。どうりでみんな普通に会話していると思った。

 というより、私本当にここにいていいのかな? 邪魔じゃないかな。

「……で、チカコは当日子どもにお菓子を配ってくれ」

「へ?」

「へ? じゃねえよ。聞いてたか」

「ご、ごめん。じゃないすいません聞いてなか……ぶはっ!」

「あはは! ノエルったら容赦ないねえ」

 確かにちょっとボーっとしてたけど! ここへ来てからもう何回水鉄砲攻撃受けているんだろう。ちょっと両手の指じゃ収まりきらなくなったかもしれない。

「なんかチカコ相手だとついついからかいたくなるんだよなー」

 え、何これもう完全におもちゃにされてる?

 お茶を持ってきてくれたメリルさんにタオルを借りて顔を拭く。

「というわけで、開催は一か月後と少しあるけど、みんな余裕をもって準備に取り掛かってくれ」

「了解!」

「じゃあ改めておやつにしよう」

 ノエル……いやノエル様の声で会議が始まり、そして会議が終わる。

「ねえ、チカコはどこからきたの?」

「趣味は?」

「いつも何して過ごしているの?」

「教えてよ、向こうの世界のこと」

「え、え? え?」

 何となく予想はしていた。

 あずき色ジャージで、顔のつくりも見た目も全然違って、しかもいきなりここにシャーペン一つだけ持って、空から降ってくるように現れた人間がいるなら当然、興味を持つよね。

「あ、あの私は……そうだねアイドルが好きです!」

「アイドル? 偶像ってこと?」

 え? アイドルってそっちで解釈する?

「いえ、偶像じゃなくて……なんていうか」

 うーん、アイドルを説明するのは難しい。歌って踊る人たちだとちょっと物足りない気がするし、かといって元気をくれる存在というとなんだか怪しい。

「チカコ、あれやってやれば?」

「あれ?」

「さっき俺たちに見せてくれたじゃん」

「あーあ! フリね!」

「そう、それ」

 銃をいじりながらノエル……いやノエル様が提案する。

 いいね! それが一番早い!

 ……ってちがーう!

「あ、あれはちょっと……恥ずかしいというか……」

「は? 恥ずかしい?」

 そうだよ、だってさっきみんなドン引きしてたじゃん!

 黒服の人、何人か怯えてたし!

「なになに? 隠されると余計気になるよー」

「やってみせてよチカコ!」

「チカコ!」

 ノリが良いというかなんというか……一斉にチカココールが響く。

 何これアイドルになった気分!

「しょ、しょうがないなぁ」

 わざともったいぶって言いながら席を立つ。チカココールが一層大きくなる。

「じゃあご覧ください!」

「いよ!」

「待ってました!」

 ついつい乗せられて、また私はジャージに忍ばせていたシャーペンを取り出して、チョコパルフェの歌を歌いだした。

「で、ここでジャンプします!」

「ほう!」

「私もやるわ!」

 さっきの黒服の人たちとは全く違う反応が返ってきて少し驚く。

 みんな、本当にノリが良すぎる。

 もしかして紅茶にお酒が混ざっていたかな? いや、淹れたの私だし、だから大丈夫のはずなんだけど。

「じゃあもう一回!」

「いいわよ!」

 何度か繰り返しているうちに、みんなすっかりチョコパルフェのフリを覚えたようだ。

 うん、これでみんなライブ行っても大丈夫だね!

 大いに盛り上がる中、ノエル……ノエル様だけは座ったままだった。

「ノエルもやりましょうよ」

 アイリーンさんが声をかけるも、

「いや、俺は見てるだけでいいよ。見てるのも楽しいし」

「そう?」

 頬杖をついて、私たちが騒いでいるのをじっと見ている。

 てっきり呆れているのかと思いきやわずかに口元が緩んでいた。

 楽しい、って思ってるのかな?



  *

 チョコパルフェのお陰ですっかり打ち解け、笑顔で別れた後。

 再びメリルさん監視の下でメイドの仕事に精を出す。

 お風呂を沸かし、夕飯の準備をしてお皿を並べる。

「味はいかがですか?」

 メリルさんにビシビシと指導を受けながら作ったのはシチューだった。

 ここにきて私は一つ後悔していることがある。

「まぁ、悪くはないが……ちょっとジャガイモが固いな」

「ご、ごめ……申し訳ありません!」

 そう。私は料理があまりうまくない。小学生のころから調理実習は何度かしているはずなのだが、センスがないのか何なのか一向に上手くならないのだ。

 今日だって自分で作ったとはいえ、半分くらいはメリルさんがしてくれている。

「こうじゃありません。こうです!」

「あぁ、ほら焦げてしまいますよ!」

 私のミスをフォローしてくれるメリルさん。

 朝、メリルさんはノエル……いやノエル様に面倒見が良すぎますよと言っていたけど、メリルさんも相当面倒見がいい。

「で、出来ましたね……」

「はい、ありがとうございます……」

 ゼーハー言いながら料理をしたことなんて、きっとメリルさんはないだろう。

 それでも私を見放さずに最後まで付き合ってくれたんだから。

「ごちそうさま」

「はい。ではおさげしますね」

「ああ。……この後は自由にしていいぞ。散歩してもいいし、風に当たってきてもいい」

「ありがとうございます」

 お皿を持ち、一礼して部屋を出る。

 キッチンで食器を片付けて私はふうとため息を吐いた。

「さて、と」

 実は、自由時間が出来たら行ってみようと思っていた場所があったのだ。

 薄暗い階段を上り、そのまままっすぐ進むと、とたんに開けた場所に出る。

 空中庭園。それが私の目的の場所だった。

「いやー、やっぱりいい眺めだなぁ」

 手すりにもたれながら、目の前の景色を眺める。空に浮かんでいた時に見た風景が、ここからも広がっていた。街灯の色は少し違うけれど。

「空って広いんだな」

 そう呟くと、頬に一筋の涙が流れるのを感じた。

 この一日、平気な顔をしていたけれどやっぱり、家が恋しい。

 お父さん、お母さんどうしてるかな? 今頃慌てているかな?

 一生、戻れなかったらどうしよう。

 一度悪い方向に考えると、さらに悪く考えるという悪循環に陥る。

「こ、こんなときこそ!」

 私は手すりを離れ、庭園のセンターに立った。目をつむり大きく息を吸う。

「よし」

 かっと目を開き、手をゆっくり上に持っていく。

 さっきまで私は、チョコパルフェのフリをやっていた。でもそれはあくまでファンがやるフリ。

 でも誰もいないここでやるのは、チョコパルフェたちがしているダンス。

 もちろん、ダンスの経験何てものはない。

 何度もDVDを見て、録画した番組を見て、ただただ見よう見まねで覚えたダンス。

 ダンス経験者からすれば基礎すらなってないって笑ってしまうと思う。

「月の下 揺れる花は大切なお客様」

 もう十八にもなってと笑われるかもしれない。

 受験生なんだから現実を見ろと怒られるかもしれない。

 それでも。

「踊って笑えば もっとキラめく」

 私は――アイドルになってみたかった。

 輝くステージに、自分も立ってみたかった。

 強い風が吹いて、髪が揺れる。

 背伸びして、手を振ってくるりと回転する。

「あ、しまった」

 回転した勢いで、リボンがほどけてしまった。

「あちゃー、折角結んでもらったのに」

 ダンスを中断してリボンを拾おうとすると、誰かの手が視界に入った。

「はい」

「あ、ありがとうござい……うわあああああ!」

「うるさいぞチカコ」

 水鉄砲で頬をぐりぐりされる。

 しまった。完全に油断していた。

 だって他のメイドさんたちはおやすみなさいって言ってたし、黒服の人だって今日は今から会議だって言ってたし、それに。

 ノエル……いやノエル様だって『勉強するかー』って言ってたのに。

「い、い、いつからそこにいたんですか」

「え? チカコがこうして手を上に……」

「うわああああああああ」

 なんということでしょう。

 それもうほとんど最初からじゃん! 

 あ、でも泣いているところは見られてないのか。良かった。

「そんな慌てる事か?」

「そりゃそうですよ!」

 もうダメだ。終わった。アイドルが何かわらなくても、一人でこんなノリノリで歌って踊ってる奴はどの世界でも痛い女認定されてしまう。

 そう思って口から魂が抜けそうになっていたら、ノエル……いやノエル様は思ってもみないことを口にしてた。

「いいと思うぞ。月明かりに当たって、妖精が踊ってるように見えた」

 普通に聞いたら、背中がかゆくなるようなことを、ノエル……いやノエル様は言ってのけたのだ。

「楽しそうで、見てるこっちも幸せになれそうだな」

 そう言って笑う顔は、水鉄砲で私を攻撃するときのような意地悪な顔じゃなくて、優しい顔をしていた。

「ほ、褒めても何も出ませんよ!」

「何照れてんだ」

「照れてません!」

 うそです。照れてます。だってそんな、誰だって照れるよ妖精みたいだとか言われたことないもん。

「冗談で言ったのに?」

「からかわないでください!」

 なーんだ、やっぱり冗談か。

 ベンチに二人して腰を下ろす。今日は雲一つなく、月がきれいに見える。

「その、チカコが好きなアイドルっていうやつはもっと詳しく言うとどういうものなんだ?」

「それは……」

 月明かりに照らされた空中庭園で、私はたくさんノエル……ノエル様にアイドルについて語った。うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれるのが嬉しい。

 驚いた顔をしたり、よくわからないという顔をしたりとノエル……いやノエル様の顔はくるくると変わる。

 私は私で、さっきまで帰れなくて寂しいと泣いていたのがウソみたいに、笑顔になっていくのが自分でもわかった。

 突然来た異世界だけど、それがここで本当に良かったと思う。

 ノエル……ノエル様は確かに意地悪なところがあるし、言葉遣いだってそんなによくはない。

 けれど、突然やって来た私を出迎えてくれて、今こうして私の話を一生懸命、馬鹿にすることもなく聞いてくれる。

 もし、帰れるのがしばらく遠くなっても、私は大丈夫。

 きっと、戻れる日まで、きっとやっていける。

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