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3話

「おう、着替えたか」

「……」

 部屋に戻ると、ノエル……いやノエル様が水鉄砲の手入れをしながら待っていた。

「へぇ、結構似合うじゃん」

「まぁ週に三回くらいは着てますね、この類は」

「そうなのか。日本でもあるのか、この服」

「ええ」

 部屋の奥に置かれている全身鏡で自分の姿を確認する。

『今、メイド服の予備がないから代わりにこれを着てくれ。俺のお古だが』

 そういって手渡された服は思った通り丈が長く、袖や裾を折らなければいけない。

 しかも一回や二回ではなく、五回ほど折ってやっとちょうど良い丈になる。

 ほんと、どんだけ手足長いんだ。男だからってのもあるだろけど……うらやましい!

 我ながらうまい具合に着こなしていると思う。この色のものを着るのは初めてだけど。

 まぁ、何回かテレビやアニメで見たことはあったかな。

 見事なまでのあずき色のジャージ。

「じゃあ早速仕事だ」

「はい」

「あと今更だけどな」

「?」

「お前、名前は?」

「あ、名前ね! チカコと言います」

「チカコか。分かった」

 うんうんと頷いてノエル……いやノエル様は部屋の出口へと向かう。遅れないようについていく。

「おーい、メリルいるか?」

 ドアを開けて、誰かを呼んでいる。

 返事はすぐにあった。

「はい、ノエルお坊ちゃま何か?」

「ああ、新しいメイドを雇った」

「はあ」

「しばらく指導を頼む」

「かしこまりました」

「来い、チカコ。この人はメリルと言ってうちの屋敷のメイド長だ」

 メリルさんと呼ばれた女性は、見たところ四十代くらいの少しふっくらした女性だった。

 にこりともせずに真っ直ぐに私を見る目は力強く、迫力がある。お辞儀をすると、メリルさんもお辞儀を返してくれる。

 表情はやっぱり。変わらなかったが。

「じゃあチカコ。今後はメリルに従うようにな」

「は、はい」

「では行きますよチカコさん。やることはたくさんありますからね」

 厳しい口調でメリルさんが言う。私は慌ててついていこうとしたけれど、ノエル……いやノエル様がそれを引き留めた。

「ちょっと待て」

「な、何か」

「これじゃうっとおしいだろ?」

 そう言ってノエル……いやノエル様は私の手を引いて自分のほうに引き寄せた。ベッドに押したされた時もそうだけど、私はクラスの男子とも普段あまり関わらないので、こういうちょっとしたことでドキドキしてしまう。

 もっとも、相手側は何にも思ってないんだろうけど。

「じっとしてろ」

 言う通り、立ち止まる。

 ついつい、息も止めてしまう。

 ノエル……ノエル様はどこからか櫛を取り出して私の髪を梳き、そのまま左手で髪を掬って後ろで一つにまとめるように持っている。

「メリル、ゴムか何かあるか?」

「リボンでしたら……」

「ああ、それでいい。貸してくれ」

「はい、どうぞ」

 メリルさんから白いリボンを受け取り、慣れた手つきで私の髪を結ぶ。

「髪長いな、お前は」

「そ、そうでしょうか」

「腰まで伸ばしてるやつはなかなかいないぞ」

 他愛無い会話をしつつ、前髪とサイドの髪を整えられ、あっという間にポニーテールが完成する。手鏡を渡されて自分で確認してみる。

 こ、このサイドの髪の感じ! 何となくアイドルっぽい!

 前髪もこの横に流した感じもイイネ!

「すっきりしただろ?」

「はい、ありがとうございます!」

「しゃがんだりするから、そのままだと床に着くしな」

「手先器用なんですね」

「これくらい普通だろ?」

「坊ちゃんは少々面倒見が良すぎますよ」

「そうか?」

 メリルさんがやれやれという感じでため息を吐いた。

「今度こそ行きますよ」

「はい、よろしくおねがいします」


   *

「そしてここが応接です」

「ひ、広い!」

 仕事を教えてもらう前に、メリルさんに屋敷の案内をしてもらっている。

 広いうえに部屋が多いので来たばかりのメイドや執事はよく迷子になるらしい。

「まぁ一度で覚えられるは思っていませんが、ウィルソン家で働くのなら早く覚えるように」

「はい」

 あ、苗字ウィルソンさんだったんだ。

 四階建てのウィルソン家の屋敷は思った以上に広かった。

 数えきれないほどのベッドルームに、シアタールーム、ダンスルーム、フィットネスルーム、ジャグジー。色々な目的の部屋がたくさんある。

 途中、何人ものメイドさんと、黒服の人とすれ違った。そのたびにあずき色ジャージに身を包んでいる私は、まるで異世界人でも見るような目を向けられる。

 まぁ実際に異世界人なんだけど。

 四階まで上がり、しばらく歩いていると突き当りの部屋の前に来た。

 厳重に閂がかけられている。

「ここは一番重要な部屋です。ここには大切な……」

「え!? 宝物ですか!?」

「ええ」

 メリルさんは軽く返事をしながら閂を外す。

 そんな簡単に宝部屋開けちゃっていいの?

「ここには昔からずっと集められてきた……」

 重そうな扉がゆっくりと開かれる。

 宝物との出会いを、私は息をのんで待ち構える。

 ギィっと鈍い音がして扉が完全に開かれた。

 そこには、確かに宝物があった。

「メリルさん」

「どうしましたか?」

「ここ、宝部屋なんですよね?」

「ええ、そうですよ」

 さっきからそう言っているじゃないのという口調でメリルさんが答える。

 目の前に広がる宝の山――それは、ノエル……いやノエル様の水鉄砲コレクションだった。

 どんだけ水鉄砲愛してるんだ!!

「ここは週に一度だけ、坊ちゃん監視の下で全員で掃除します」

「そ、そうなんですね」

「今は案内のために開きましたが、基本は坊ちゃん以外、立ち入り禁止です」

「分かりました」

 うん、何となくそういう感じなんだろうと思ってはいた。

「中にはまだ本物の銃のままのものもありますので」

「ほ、本物?」

「坊ちゃんが所持している水鉄砲は、全て元は本物の銃です、それを水鉄砲に改造しているのです」

「なんでそんな」

「さあ? 平和のためだと言っていましたが、私も詳しくは存じておりません。深くも聞いたことはございません」

 水鉄砲ルームの扉を閉める。

 平和のためって……確かに水鉄砲は冷たいけど、人は殺せないし……よく分からない。

 それにしても水鉄砲はいったいいくつあるんだろう。さっき正面から見えるだけでも百個近くあったような気がする。

 再び案内が再開され、すべての部屋を見回った後、改めて部屋の掃除を言い渡された。

「では、チカコさんは二階の応接間をお願いします」

「はい」

「言っておきますが、少しでも不審な動きをしたら私が許しませんよ」

 ああ、やっぱり。

 どうやらメリルさんは私の存在を怪しんでいるみたいだ。

 まぁそりゃそうだよね。いきなり見ず知らずの女の子がプールに現れたと思ったらメイドとして住み着くんだもん。私だって逆の立場だったら怪しむよ。

「わ、わかりました!」

 メリルさんの信頼を勝ち取る気合も込めて、私は元気よく返事をした。

 大丈夫、掃除くらいやりきってみせる。


   *

 広すぎる部屋の掃除をくまなく掃除をし、廊下に出てボーっとしていたのが五分前。

 そしてノエル……いやノエル様に促された今、私はウィルソン家のキッチンにいる。

「これはマカロンかな?」

 キッチンは甘い匂いに包まれており、テーブルには色とりどりのお菓子が置かれている。ケーキやクッキーなど見覚えのあるものもあれば、初めて見るようなお菓子もあった。

「これはなんだろう?」

 チョコレートをキャンディーでコーティングしたような丸いお菓子がお皿にある。

「おい、つまみ食いするなよ」

「きゃあ!」

 完全にお菓子に気を取られており、ついてきていたノエル……ノエル様の気配に気づかなかった。

 思わず大きな声が出てしまう。危うくお菓子を落とすところだった。

「しませんよ、そんなこと!」

 食い意地はそこまで張ってないはず。

「ならいいが」

「用意しますので少しお待ちください」

「はいはい」

 背中を押して部屋の外に追い出す。ちらっと見ると水鉄砲のトリガー部分に人差し指を差し込んで、くるくる回して遊んでいた。

 あれが水鉄砲だって知らなかったらきっと「危ないからやめて!」と夢中で止めに行くところだと思う。

「さて、と」

 改めてテーブルに目を向ける。

 お菓子はすでに盛り付けが済んでいるので大丈夫。

 問題は……

「紅茶ね……」

 普段から紅茶を飲むけれど、いつも私はティーバッグを使っている。

 だから、こうして茶葉タイプだとどうしていいのやら。というより加減がよくわからない。

「あら、あなた紅茶の入れ方知らないの?」

「きゃあ!」

 急に姿を現したメリルさんに、私はさっきのノエル……いやノエル様の時と同様、大きな声を出してしまった。

「まあ、はしたないですよ」

「す、すいません」

 この二人、神出鬼没なんだな。注意しよう。

「いいですか。よく見て覚えるのですよ」

 そう言ってメリルさんは、やかんに水を入れる。

「いつでも新鮮な水を使います」

 水を入れ終えて火をかける。やがてコポコポと小さい泡が出てくる。

「その間にカップを温めるのです」

 そう言ってあらかじめ沸かしていたお湯をカップに入れ、そのまま捨てる。

 いつもカップにティーバッグを放り込んで、ウォーターサーバーでお湯を注ぐだけの私からすれば、この時点でもう手間をかけているなぁと思ってしまう。

「ティースプーンで茶葉を取り出して……そうですね、これくらいかしらね」

「そんなにいれるんですか?」

「ええ。みなさん濃い方がお好きみたいで」

 ティーカップに山盛り乗っている茶葉を見て、少し驚いた。

 計量スプーンみたいに摺り切りで何杯ってわけじゃないんだ。

「あとはこうして蒸らして出来上がりです」

 そう言って、メリルさんは茶こしを使ってカップに注いでいく。

「試しに飲んでみてください」

「あ、はい。ではいただきます」

 カップを顔に近づけると、湯気と共にいい香りが漂っている。

 香りからして私が普段飲んでいるお手軽紅茶とは違う気がする。

 そっとカップに口をつけ、一口。

「お、美味しい!」

 正直、見た目はほとんど同じ紅茶だと思う。

 けれど、香りが、味が、まるで違うのだ。

「す、すごい!」

「紅茶はひと手間かけるだけで違ってきますから」

「そうなんですね! 私いつもティーバッグだから」

「ティーバッグであっても、そのまますぐ飲まず蒸らせば変わりますよ」

「なるほど! メリルさんありがとうございます!」

 心からすごいと思ってお礼を言ったつもりが、メリルさんはあっけにとられたような顔をしていた。

「メリルさん?」

「ま、まあこれくらい常識ですから知っておいてもらないと。ウィルソン家のメイドは務まりませんからね」

「はい!」

 メリルさん指導の元、私も紅茶を入れてみる。

 途中何度も「違います!」「多すぎです!」「次は少なすぎます!」と叱咤を受けながらもなんとか全員分の紅茶をいれ終えた。

「ではこれをホールまで運んでください」

「分かりました!」

 トレーに紅茶をいくつか載せる。少しの振動で水面が揺れて、そのたびにキラキラと光っているように見える。


  *

「お待たせいたしました」

 ホールに行くと、すでにもう人が集まっていた。

 メリルさんによると、今日の集まりはノエル……いやノエル様の学校の友人たちらしい。

「あれ? ノエルの家、こんなメイドさんいたっけ?」

「初めて見るね。しかもその服……ノエルの中学の時の体操着じゃない?」

 あ、やっぱり。ジャージは学校の体操着なのね。よく見るとゼッケンをつけてたような跡あったしね。

「昨日の夜空から降ってきてな。だから拾った」

「は? 空から?」

「ああ。びっくりしたよほんと」

 友人たちは、一層好奇の目で私を見る。

 やめて、ほんと恥ずかしいから。

 紅茶を配り終え、軽く一礼する。

「では失礼します」

 出ていこうとすると、手を掴まれた。

 ノエル……いやノエル様よく人の手掴むなぁ。スキンシップの多い文化なのかな。

「お前も参加しろ」

「え? でも仕事が……」

「メリル、しばらくチカコを借りるぞ」

「構いません。仕事に支障がございませんので」

 あ、さりげなく戦力外通告受けた。

「てことでそこ座れ」

「紅茶運んできますから坊ちゃんの言う通り座っててください」

 そう言われて、私は素直に椅子に座った。

「さて、チカコ」

「は、はい」

「色々聞かせてもらおうか、お前が元いた世界のことを」

 まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものような笑みを浮かべたノエル……いやノエル様の一言で、長い長いティーパーティーが始まった


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