25話
「チカコさん、あちらに帰っても元気でね」
「はい。メリルさん、お世話になりました」
帰る当日。レイジナ王国に着た時のパジャマ姿で私は空中庭園に立っていた。
メリルさんと握手を交わし、黒服の方々とも握手を交わす。
もちろん、見送りに来てくれたノエル……いやノエル様の学校のお友達とも。
握手をしながらついつい頭を下げる私を横目に見ていたノエル……いやノエル様が笑う。
「握手しながら頭を下げるのは癖か? 文化か?」
「半々と言ったところです」
「なんだそりゃ」
そう言って、ノエル……いやノエル様はまた笑う。
自分のことなのに、私も何だかおかしくなって笑ってしまった。
「ノエル様、クララ様が到着されました」
「ご苦労。通してくれ」
「はっ」
黒服の人に促されてクララさんが空中庭園に姿を現す。
真っ黒なマントに身を包み、胸ポケットからはおそらく魔法の杖だと思われるものが覗いている。
その姿は、まさに魔法使いそのものだった。
「準備はいいですか」
「はい」
しっかりと目を合わせ、私はうなずいた。
胸の手を当て、緊張感を抑えようとするも、なかなかうまくいかない。
「絶対に迎えに行くからな」
「……はい。お待ちしています」
昨日はたくさん泣いた。
今日は、笑顔でさよならをしようと決めていた。
だから、その時は気付かなかった。
「では……チカコさん。これは安全に送るためのおまじないです」
そう言ってクララさんは私の右手をチョンと杖でタッチする。
「みなさま、念のため後ろに下がってください」
「元気でね、チカコ!」
「あなたに教えてもらったダンス、忘れないわよ!」
「はい! 私も、みなさんのこと忘れません!!」
体が光包まれる。精一杯私はみんなに手を振り、そして最後にもう一度ノエル……いやノエル様の方を見た。
「……」
言葉はなかったけれど、その表情は今まで見たどんな表情よりも優しく見える。
「さよーならー!」
「また会えるわよね?」
「会えます! 会いにきます!」
「絶対よ! 約束よ!」
「はい!!」
足が地面を離れ、体が宙に舞う。
そのままゆっくりと上昇していく。
初めてここに来たときに見た上空からの景色が足元に広がった。
あの時は確か夜で、明かりがとても綺麗だったな。
朝に見る景色は、また寄るとは違う魅力があった。
ミニチュアの様な、おとぎ話に出てきそうな家々がひしめき合うようにして建っているレイジナ王国。
ノエル……いやノエル様たちが通う高校を有するお城のてっぺんでは、今日も元気にレイジナ王国の国旗がはためいていた。
さよなら、みんな。
絶対に、また会いに来るから。
その時はもっとたくさんのダンスを、歌を持ってくるから。
やがて雲を突き抜け、少し冷たい風が頬を撫でると、私はすっ心地よい眠気を覚えて目を閉じた。
*
「ちょっとDVD見ちゃおうかなー」
それは夜中に自分の中に起きたちょっとした誘惑だった。
私はあまり集中力がないようで、勉強もすぐに飽きてしまう。
「さーてどれを……」
ラックを物色していると、なぜか激しい罪悪感に襲われた。
そして誰かが、私に向かって「もう少しなんだから頑張れ」と言うのがはっきり聞こえたのだ。
「もしかして……幽霊!? こわいこわいどうしよう! あと二問だしさっさと片付けてDVDは明日にしよう」
もちろん、この部屋には私以外誰もいない。声は若い男の子の声だったように思う。
一人っ子だし、うちの家に若い男の子なんていないはずなのに。
考えれば考えるほど怖くなり、私は猛スピードで問題を解いて布団に駆け込んだ。
その奇妙な声を、私はしばらくの間たびたび聞くようになる。
どこかで聞いたことがあるように感じるのに、その時の私は全く思い出せなかった。




