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24/30

24話

 何事もなく日は進み、やがて明日には日本に帰る日がやってくる。

 私は変わらずウィルソン家のメイドとしての仕事をこなし、午後からはノエル……いやノエル様に勉強を教えてもらう。夕飯を食べた後は空中庭園でダンスを踊る。

 たったの数か月間の間だったけれど、とても楽しい日々だった。


「今日が最後の公演だな」

「そう、ですね。いわば卒業公演、引退公演と言ったところでしょうか」


 なんて冗談を言いつつも、自分があまり浮かない顔をしているだろうということには気づいていた。

 だめだ、こんなんじゃ。


「では、最後の公演です。どうぞお楽しみください!」


 精一杯の笑顔でお辞儀をする。

 パチパチとノエル……いやノエル様の拍手が響く。

 これだって、いつも通りだった。たった一人の。大切なお客様の、大切な拍手。


「今日は、初めて踊ったものをしますね」

「ああ」


 柔らかくほほ笑むノエル……いやノエル様の顔を見て、胸が締め付けられる。

 やがて踊り終わり、もう一度お辞儀をする。気のせいかもしれないけれど始まりの時よりも力強く拍手をしてくれているような気がする。

 ゆっくり顔を上げる。いつも通りの綺麗な顔が、私の瞳に映る。

 この顔を見られるのも、あとわずか――


「いい卒業公演だった」

「ありがとうございます」

「これは、俺からの感謝の印だ。左手を出せ」

「こ、こうですか?」

「いや、手の甲をこちらに向けろ」

「はい」


 言われるがままに手を差し伸べる。下の方から手をそっと握られ、薬指に何かが嵌る。


「これって……」

「チカコ。俺は」


 左手を握る力が強くなり、さっとノエル……いやノエル様の方へと抱き寄せられた。ふわりと、いい香りが鼻をくすぐる。


「今まで出会った人の誰よりも、お前が好きだ」

「っ……」


 ずっと、伝えないでおこうと思っていた。

 伝えても意味がないと。

 この感情は一方通行なんだと。

 それに、伝えたところで私たちは離れ離れになってしまうのだから。

 なのに、どうして。


「俺が、お前が踊っているところ見たときに言った言葉を覚えているか?」

「え?」

「妖精みたいだった、と」

「あれはノエル様が冗談だと」

「本当は冗談なんかじゃない。本当に、妖精が、俺の目の前に現れたと思ったんだ」

「……」


 いつもたくさんの友達に囲まれて、いつも堂々と自身に満ち溢れた振る舞いをしているノエル……いやノエル様なのに。

 声が、震えていた。


「一目ぼれだったんだろう。そこから一生懸命仕事をするチカコ、楽しそうに踊るチカコを見て、どんどん惹かれていった。突然見知らぬ世界に飛ばされたのに、弱音を見せずに前向きに生きるチカコが、俺は大好きになった」

「ノエル……様……」

「分かってる。明日にはもう、会えないことも。だからこそ! 伝えたかったんだ。どれだけ俺が、チカコを好きであるか。愛しているかを」


 震えているのは、声だけじゃなかった。私の背中に回されている腕も、微かにふるえている。ノエル……いやノエル様が勇気を振り絞って私に思いを伝えてくれているという事が、ひしひしと伝わってきた。

 私は、ただ逃げていただけだ。


「ノエル様……私も、ノエル様が好きです! 大好きです! 初めて好きになった人です。いえ、最初で最後の、好きな人です」


 夜中の間違ったテンションで、家に不法侵入してきた異世界人の私を家に招いてくれた。

 優しく、そして時には厳しく勉強を教えてくれた。

 街を案内してくれた。

 そして何より……私が、アイドルが好きだと言う気持ちを初めて理解してくれた人。


 もう二度と会えないだろうから、思いを封印しようとしていていた少し前の自分が、恥ずかしい。

 言葉に出して、伝えてくれたノエル……いやノエル様はやっぱり、私が好きになったノエル様だ。


「俺は、諦めない。しばらく会えないかもしれないが、いつか必ず再会する方法を見つけ出す」

「はい」

「それまで、チカコは待っていてくれるだろうか」

「待っています……いつまでも、いつまでだって、絶対に」

「……ありがとう」


 背中に回されていた腕の力が、やがて緩まっていく。

 そっとノエル……いやノエル様の顔を見上げると、月明かりに照らされいてより一層輝いて見えた。


「チカコ」


 ゆっくりと顔を近づいてくる。


「ずっと、愛している」


 唇が柔らかく触れたとき、嬉しさが、愛しさで包まれた。

 離れてしまっても、きっと大丈夫。

 ノエル……いやノエル様の言う通り、きっとまた会えるはずだから。


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