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2話

 私は今、レイジナ王国とかいうよくわからない国に来ている。ありがたいことに日本語が通じているので少し安心しているけど、本当にここがどういう国なのか全く分からない。

 授業は比較的真面目に受けているつもりだけど、記憶をたどってみても、レイジナ王国に関する知識は出てこない。

そっと窓から外の様子をうかがう。


「おい」


 煉瓦造りの家が立ち並ぶ綺麗な街並みだと思う。若干耐震が心配だけど、たぶんそういうのに気を遣う必要のない地盤なんだろう。

 赤茶けたレンガの家もあれば、こげ茶色のレンガの家もある。そしてその中に、ごく稀に混ざっているのは白っぽい石を積んで出来た小さな家だ。

 雰囲気的にヨーロッパあたりかな?


「おいって」


 年代はどうなんだろう。日本と同じなのかな。

 防犯カメラとかあるし同じ時間軸って考えていい気がするけど。

 あ、向こうに馬車が見える。馬可愛い。


「おいチカコ」


 それにしてもこの屋敷広いなー。王国って言うからてっきりここがお城かと思ったくらいだもん。庭に百人近く同時に遊べるプールがあるってどういうこと?

坪単価いくらなんだろう。すぐそばに商店街があるし、街の中心部に入ると思うから立地は最高だと思う。

 そして。


「無視すんなよ、ペチャパイ」

「つめたあああい!!」


 ノエル……いやノエル様は何でいつも水鉄砲を所持しているんだろう。

 おでこのど真ん中を攻撃されているにも関わらず、私はノエル……いやノエル様の狙いの的確さは才能なのかという事と、そもそも何で水鉄砲を所持しているのかを、どうでもいいのに考えてしまうのだ。

 

「ほら次! ティータイムの準備だ」

「……へい」

「へい、じゃない。分かりましただろ?」

「うぅ、分かりました……ノエル様」

「よし」


 言われた通り、ティータイムの準備をしようとキッチンへ向かう。ちらっと振り向くと『いつでも撃てるからな』とでも言うようにノエル……いやノエル様は私を見張っていた。

 いや、これは狙撃のチャンスを伺っているという方が正しい気もする。

 私はそれを見て、これ以上水に濡れるのはごめんだと歩くスピードを速めた。

 床を水浸しにされたら掃除も大変だしね!


 ここの一人息子であるノエル……いやノエル様に水責めされながら、不法侵入について咎められたのがつい三時間前。そしてボルドーさんという屈強な黒服の方に無実を証明してもらったのが二時間半前くらい。

 疑いも晴れて、警察行きも免れてよし一件落着と一瞬安心したけど、そうは問屋が卸さないってやつだった。


「じゃあお前は、自分の力でここに来たんじゃないってことだな?」

「そうです。私はアイドルにもなれないけど、魔法少女なんてもっとなれませんから」


 いや一瞬だけね? テレポートか、ついに私も無我の境地に達したんじゃないかとか痛いことを考えたけども。

 持ってたのは魔法の杖じゃなくてシャーペンだし、口にしていたのは呪文じゃなくてただの勢いに任せたチョコパルフェへの愛だからね。

 誰が見たって、私自身に魔法的要素はちっともない。ゼロ。


「自力では元の世界に戻れないってことだな?」

「って事になりますね」


 もし、私が魔法少女だとしたらこの後すぐに『はい、お邪魔しました。次回は気を付けますね』と謝罪して、杖でもなんでも振りかざして家に帰れるけど、テレポートした原因も何も分からないので、どうすることも出来ない。


「ここに来る直前にしていた行動を再現してみたらどうだ?」

「なるほど。では何か棒的なものありますか?」

「プールに落ちていたこれならあるが」


 あ、それ私のシャーペン。


「では」


 足の鎖を外してもらい(若干足首に跡がついてるし)、ベッドの脇に立ち上がる。

 大勢の人間が見守る中、神経を集中させる。

 頭の中で、あの曲が流れる。


「なっ、何だ!?」

「これは……」

「お嬢さん、そんな荒ぶって……!!」


 完全に、私は自分の世界に、いやチョコパルフェの世界に浸かっていた。

 髪を振り乱し、フリをする私の姿にあっけにとられるギャラリー。若干ドン引きしている黒服もちらほら。

 ノエルは、どっちでもなかったと思う。ただまっすぐに私の顔を見据えていた。


「ハイハイ! オォー……ジャーンプッ!」

 あの時と同じように、右手を天に向かって突き上げる。

 持てる限りの力で床を蹴ってジャンプする。


「イエーイ!」


 何だかこのまま帰れそうな気がする。そう思って目をつぶった。

 体が下に落ちていく。

 そして、普通に床に足がついて終わった。


「あちゃー、やっぱ帰れないや」


 まぁこんな不思議な現象がテンポよく起きるわけないか。ちょっと期待してたんだけどな。目をこすって周りを見ても、私の部屋じゃない。

 私の部屋なら壁一面にアイドルのポスターが貼ってあるし、机にはペンライトがささっている缶があるし、ベッドの横の棚にはCDやDVDが所狭しと詰め込まれてる。

けれど、今目の前にあるのは、金色の額縁に入った女性の絵が一枚飾られた白い壁に、大きい木の机。真っ白な大きなベッドに、トビラ付きの本棚。中にはどう見ても日本語じゃない言語の本が入っている。ほんと何で日本語が通じるのか分からない。

 と、とにかくまぁ、私は奇跡の帰還を果たせなかった。


「今のは、お嬢さんの国の儀式か何か?」

「え? いえ違います。あ、いや儀式と言えば儀式かな?」

「ほう……」


 我に返って、周囲が若干どころか随分引き気味だと実感する。

 さっきまであんなに強そうに見えていた黒服集団が少し怖がってるし。

 そんなに激しかったかな? ライブじゃもっと乗ってる人、いると思うんだけど……この国にはアイドルという文化はないのかもしれない。


「残念ながら帰れないようだな」


 水鉄砲をしまいながらノエルがため息を吐く。


「お前、金はあるか?」

「ないです。このシャーペン一つで来ましたので」

「そうか」


 そう言って、ノエル……いやノエル様は近くにいる黒服に何やら聞いている。

 うんうんと頷くと、再びこっちを向いた。


「ちょうど今、産休で実家に帰っているメイドが一人いてな。そいつが使っていた部屋が空いている。帰る方法が見つかるまで使うといい」


 表情を一切変えずに、ノエル……いやノエル様は言い放った。

メイドさん産休制度あるんだ。福利厚生しっかりしてるんだな。

 それにしても、見ず知らずの私に、何のためらいもなく部屋を提供してくれるだなんて、もしかしていい人なんじゃ……。


「ただし」

「きゃっ!」


 何て思ったのもつかの間、いきなりベッドに押し倒されてしまう。目の前には、真っ白な天井と、端正な顔と、先ほどしまっていたはずの水鉄砲。

 意地悪く微笑みながら、ノエル……いやノエル様は耳元でささやいた。


「お前が、そのメイドの代わりに働くのが条件だ」


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