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13話

「おーい、チカコちゃんコピーお願いね!」

「はあい、ただいまー!」

「チカコ、このメールの件どうなった?」

「今見積もり段階です」


 こちらへ来て早三週間。

 服のパターンもメイド服、ジャージ、そして寝るときだけは自分が着ていたパジャマと三パターンに加え、ノエル……いやノエル様のお母様が生前着ていたワンピースが増えた。そう、三パターンから四パターンに進化したのだ。

 しかもこのワンピース、めちゃくちゃ可愛い。丈もぴったりだという事は、ノエル……いやノエル様のお母様はレイジナ王国の人間にしては少々小柄だったみたいだ。


「いやあ、二人が手伝ってくれて助かるよ」

「これくらいお安いご用です」

「親父、また依頼が来たぞ。商店街にある家具屋がエステナ国から家具を輸入するらしい」

「よし、じゃあ通関の準備するか」

「分かった」

「チカコちゃん、船がいつごろ着くが調べてくれるかい?」

「分かりました」


 そして、私はただの異世界人メイドではなくなった。


『頼む! 少しの間だけ仕事を手伝ってくれないか?』

『……』

『……』

 

 ノエル……いやノエル様の父・フィリップ様に頼まれてしばらくの間、事務員として仕事を手伝うことになったのだ。平日は学校やメイドとしての仕事があるので午後から、そして土日は午前九時から午後四時まで。

 ウィルソン商会は先々代から続く貿易会社で、現地からの商品集荷から輸出入に必要な書類の作成、出港時の通関、国内配達、そして海上保険の紹介まで輸出入に関わる全ての事業を請け負っている。

 貿易業なんて、英語も満足に話せない高校生の私に務まるのかという心配はあったけれど……。


「はい、ウィルソン商会です」

「あー、こちらはエステナ国のブルーですが」

「ブルー様、いつもお世話になっております」

「こちらこそお世話になっております」


 どうやら、自動翻訳の魔法はレイジナ王国以外の人にも通用するようで何とか仕事はこなせている。この能力、日本に帰ってからも使えないかな! そしたら海外旅行とか怖がらずに行けそうだし、英語の授業もばっちりなのに!


「チカコ、昼飯に行こう。親父、休憩もらうぞ」

「ああ、いってらっしゃい」

「行くぞ」

「はい」

 

 電話が落ち着いたところで、私たちは昼休みに出た。

 貿易会社らしく、社屋は海沿いにある。この先にはさらに私の知らない首国が広がっていると思うと、少しわくわくする。手伝いをしてからいろんな国の名前を耳にするけれど、みんな一体どんな国なんだろう。日本に似ている国なんてのも、あったりするのかな。


「ここでいいか?」

「もちろんです」


 海の青に映えるような真っ白な小さい飲食店に入る。外にはテラス席もあり、同じように昼休みを過ごす人たちが談笑していた。


「いらっしゃいませー……ノ、ノエルさん!?」

「ん?」


 店に入るなり、ウエイトレスがノエル……いやノエル様の顔を見て驚いた顔をしている。心なしか顔も赤い。

 いやーでもほんと、どこに行っても有名人というか必ず一人には声を掛けられるんだよね。それでちゃんと受け答えしているのもすごいし。

 でも、今日は違った。


「どこかで会ったことあったっけ?」

「え!?」


 え!? はウエイトレスさんではなくて、私の声。今まで一度も、声を掛けてきた人にそんなことを言っているノエル……いやノエル様を見たことがなかったから驚いたのだ。

 ノエル……いやノエル様も、人のことを忘れちゃう時があるんだな。

 ウエイトレスさんは顔を真っ赤にしたまま何やらもじもじしていた。覚えてくれてなかったがショックだったのかな。ちらちらとノエル……いやノエル様の顔を見ている。


「分からないのも、無理ないですよね。小学生の頃に同じクラスだったクララです」

「クララ……え、お前もしかしてクララ・マクレーンか?」


 ウエイトレスは無言でうなずいた。

 どうやらノエル……いやノエル様の小学校時代の同級生らしい。

 窓から入って来る日の光を受けてキラキラ輝く亜麻色の髪が印象的なその人は、私たちを席に案内した後、素早くおしぼりとお水を持ってきてくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「しかし、変わったなクララ。昔はもっとこう地味で……」

「うわあ、い、言わないでええ!」


 ノエル……いやノエル様の声を遮るように、クララさんはさらに顔を真っ赤にして叫んだ。今地味とか失礼なこと言おうとしなかった? 気のせい? 周囲のお客さんが何事かと思ってこちらを見ているのに気付き、クララさんはぺこぺこと頭を下げた。

 注文を告げると、クララさんはホールに向かって歩き出した。

 店内も外観同様、白を基調とした落ち着いた作りになっている。木に白いペンキを塗った机と椅子が規則正しく並べられ、隅には雑誌が置かれている。おそらく一人で訪れた人が料理を待っている間、退屈しないようにという工夫なのだろう。

 やがて、おいしそうな湯気を立てて、料理が運ばれてくる。


「オムライスとハンバーグ、お待たせいたしました」

「ありがとう」

「あ、あの」

「なんだ?」

「こ、この女の子は一体……」


 ちらっと、クララさんが私を見てきたので、姿勢を正す。


「ああ、うちで雇っているメイドだ」

「そうだったんですか。同じ年くらいなのに見かけたことないなと思ったから」

「こいつは異世界の、日本というところからきたんだ」

「異世界? 日本?」


 きょとんという顔をしているクララさん。当然の反応だと思う。むしろ何言ってるのこの人って感じだよね。


「何の弾みでかは知らんが、レイジナ王国に来たんだ。帰る方法が見つかるまでの間、メイドとしてうちに置くことにした」

「そう、だったんだ」


 あれ? クララさんなぜか安心したっていう顔している気がする。

 その表情に、私はなぜかモヤモヤを隠せずにいた。



 *

「クララは中学で違う学校になったんだ」


 美味しい昼ご飯を食べ終え、クララさんにまた来ると約束してから店を出た。高校卒業まではここでアルバイトする予定らしい。

会社に戻る道で、ノエル……いやノエル様がクララさんについて少し話してくれた。


「街の外れにノキス学園という学校があってな。サニア学院と同じくらい難関校らしい。そこにクララは中等部から所属していると聞いている」

「すごいですね」

「いやあ、まさかあんなところで再会するとはなー」


 ノエル……いやノエル様が何だか嬉しそうなので、私も自然と顔がゆるむ。

 最近、ノエル……いやノエル様の感情に私も引っ張られている。

 でも、ふとあの時のクララさんを思い出してぴたっと足が止まってしまった。


「どうした?」

「え? いや、なんでも。午後からどうやって仕事を進めようかなって」

「午後は、午前中に来た依頼の処理だな」

「そうですね」


 違う。止まってしまった理由はそれじゃない。

 でも、誤魔化してしまった。自分の気持ちが、自分で分からないのに、上手く説明することなんてできない。


「おっかえりぃー!」

「ただいま」

「ただいま戻りました」


 帰ってくると、フィリップ様の机は、来た時よりも書類が山積みなっていた。この一時間でこの書類の増加。改めてフィリップ様の仕事の大変さ、そして普段はそれらをたった一人で処理している仕事力の高さに、尊敬の念を感じずにはいられない。

 ノエル……いやノエル様の頭の回転の速さは、どうやら父親譲りらしい。

 母親の優しさと、父親の頭の良さ。両方のいいところを余すことなく受け継いでいるノエル……いやノエル様はつくづくすごい人なんだな。


「そう言えば……ノエル、今年の水鉄砲大会はいつなんだい?」

「来週の日曜日だよ」

「そうか。じゃあその日は休みにしないとね」

「いいのか?」

「もちろんだ。恒例行事だし、それに……平和のためだから」


 来たばかりの頃に、メリルさんが言っていたことを思い出す。水鉄砲は平和のためという言葉を。

 そして今日、フィリップ様も同じことを言った。ノエル……いやノエル様も何の疑問も持たずその言葉にうなずいている。

 水鉄砲が平和のためって――。

 それを知るのは、水鉄砲大会当日のことだった。


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