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11話~第三者視点~

少々残酷なシーンがございます。

ご注意ください。



 曲が始まり、リリーのダンスが始まった。

 練習の時よりも堂々と、そして楽しそうに踊る母親の姿を見て、ノエルも父親であるフィリップの膝から飛び降りて一緒になって踊りだす。ワンテンポ、ツーテンポ遅れて踊っているのだが、それもまた愛らしい。


「まぁまぁ可愛いダンサーさんねぇ」


 隣にいた女性が、ノエルを見て微笑ましそうに笑った。


「あの人、僕のママなんだよ!」

「そうだったの? 素敵なママね」

「うん! 僕、ママのこと大好き!」


 曲はどんどん進み、観客のボルテージも一気に上がっていく。

 その時だった。


 ドンッ!


「え?」


 突如、後方で何かが爆発するような音が聞こえ、みな一斉に振り返る。公園の入り口付近から灰色の煙が上がっているのが見えた。

 リリーもあっけにとられてしまい、ぴたっと動きが止まる。それに合わせて音楽も停止する。


「なんだ?」

「事故か?」


 ざわつく観客。何かの演出かと一瞬思われたが、会場のスタッフやダンサーであるリリーたちも同じように不安そうな顔をしているのを見ると、どうやら演出ではなさそうだ。


「パパ、どうしたのかな?」

「なんだろうね?」


 ノエルとフィリップがそんな会話をしていると、やがて煙の中に人影が見えた。


「あ、あれは!」

「逃げろおー!」

「きゃあああああ!!」


 だんだん煙が消えていき、人影がはっきりと姿を現した。

 迷彩柄のタンクトップに、黒いハーフパンツ、顔は三角巾で口元を隠しており、鋭い眼だけが出ている。鍛え抜かれた筋肉質の両腕一面に、何の紋章かさっぱり分からないが無数のタトゥーが刻まれている。

 さらに煙が消えていくと、同じ格好をした奴らが何人も立っているのが分かった。

 それは、当時レイジナ王国のみならず、こちらの世界で死神と恐れられていた、大規模な犯罪組織のやつらだった。

 信念をもって人を殺したり、金品を奪うような連中ではない。それがこの集団の性質の悪さを物語っている。

 彼らが罪を犯す理由はただ一つ。己の快楽のためだけであった。


「逃げるぞ、ノエル!」

「え!?」


 フィリップに抱き上げられ、パニック状態の人波に乗るように非難をする。

 父親の腕の中で、ノエルは舞台のほうを見た。

 そこには、恐怖のあまりへたりこんで動けなくなってしまったリリーの姿があった。


「あ、ああ……」

「リリーさん! 早く逃げましょう!」


 スタッフが声をかけるも、リリーは声を出すことも出来ない状態だった。


「パパ! ママが……ママが……」

「どうした? ……っ!? 何やってるんだ、リリー!」


 フィリップは立ち止まり、ノエルを下ろすと、今度は人波に逆らっていく。舞台にいるリリーを助けるために。


「パパぁ!」

「ノエル! お前は早く逃げるんだ!」

「やだよ……待ってぇ!」

「早く! ……くっ、ちっともリリーのほうに近づけないっ!」


 逃げ惑う人々の勢いが激しく、舞台に近づくことが出来ない。


「リリー! リリー!」

「フィリップ……たすけ……て」

「今行くぞ!」


 下ろされた小さなノエルもまた、人波にもまれていた。尻餅をつき、転んでしまう。


「邪魔だよ! どけよこのガキ!」

「いたいっ!」

「早く逃げろ!」


 どんなに怒鳴られても、そしてそれが怖くて泣いてしまっても、ノエルはその場を動かなかった。

 だって、大好きなパパとママは、あそこにいるのだから。


「パパ―! ママ―!」


 ノエルは必死で泣き叫んだ。そして人々の隙間から、例の集団がこちらに近づいてくるのが見えた。

 何の感情も、読み取れない恐ろしい集団は、一定の距離まで近づくと銃を構え、一斉に打ち始めた。


「ぎゃ!」

「うわ!」

「ああああああ」


 容赦なく打ち放たれる銃弾に、人々はバタバタと倒れていく。

 やがて人波に向かって打つのが飽きたのか、今度は舞台のほうへ銃を向ける。


「リリー!」

「ママ!」


 母親を守りたい。

 いつも優しくて、大好きな母親を。

 次は一緒に踊ろうって、約束したんだ――


「ノエルー!!」


 フィリップの叫び声が公園に響き渡る。

 小さな体で、人々の隙間を潜り抜け、ノエルは一気に舞台のほうに駆け寄った。

 舞台に手をつき、いつも家の椅子によじ登るようにして、舞台に上がっていく。


「ママ! ママ!」

「ノエル! 危ない!!」


 ドンッ!


 フィリップがそう叫んだ直後、大きな銃声が一発、聞こえた。


「ノエル! リリー!」


 フィリップは目を見開き、ありったけ声を上げる。

 その目に映ったのは、血を流した愛するリリーの姿だった。


「ママ……?」

「ノエル……だい、じょうぶ?」


 苦しそうな表情を浮かべるリリーを見て、ノエルは自分が今、どういう状況であるかを悟った。

 ママを助けるために走って、ママを助けるために舞台によじ登った。

 動けないママの手を取って走って逃げるつもりだった。

 なのに。


「ママ! どうして!?」

「誓ったのよ……ノエルが……ノエルが、生まれてきた時に……どんなことがあっても、ママが、あなたを、守る……って……」

「ママ! しっかりして! ママ!」


 それは恐怖で動けなかったはずのリリーが、愛するノエルを守るために振り絞った最後の力だった。ノエルを抱きしめるようにして、リリーはノエルを銃弾から、体を張って守ったのだ。


「やだ…やだよ、ママ! お願い死なないで!」

「ママね、ノエルのことが本当に大好きよ」

「ママ! ママ!」

「甘えん坊で、泣き虫で……でも、ノエルは、優しくて自慢の息子よ」

「ママ……もうお話ししちゃだめだよ。苦しいんでしょ? 今お医者さんを呼んできてあげるから!」


 ノエルはリリーの腕を振りほどいて走ろうとしたが、思った以上に抱きしめる力が強かった。


「ごめんね、ノエル。最後までダンス……見せてあげられなかったね」

「いいんだよ! また一緒に踊るんだもん!」

「ノエル……本当に、大好きよ。生まれてきてくれて……私の、子どもでいてくれて……ありがとう」

「僕もママが好き、世界で一番大好きだよ! だからねえ、置いていかないで……ねぇ、うそだ、うそだよ……ねぇ、ママ、目を開けて……やだ、やだよぉっ……!!!」

 

 ノエルの思いも虚しく、リリーは静かに目を閉じた。血を流し、苦しいはずなのに、その表情は何とも穏やかであった。

 まるで、ノエルを守れて安心したかのように。

 ノエルに大好きだと言ってもらえて、心からうれしいと思ってるように。


「その日から俺は、決心したんだ。守られるばかりじゃだめだ、強くなろうと。

 けど、あの事件は幼少期の俺にはとんでもないトラウマを植え付けてくれたんだ」


 当時を思い出して、ノエルは悲しそうな、でもどこか怒っていなそうな表情をしていた。


「俺は、あの日からダンスというものが大嫌いになったんだ」

「え……」


 そのノエルの言葉が、チカコの胸に深く突き刺さった。


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