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10話~第三者視点~

 それは、町中が雪に覆われたクリスマスの朝だった。

 

「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」


 助産婦の一言を聞いて、屋敷中は歓喜の声に包まれた。メイドも、黒服も抱き合いながら喜んでいる。

 取り上げられた赤ん坊は男の子だった。少々小柄であったが、この世に生を受けたことをみんなに知らせるかのような大きな声で泣いていた。


「リリー。よくやったね」

「フィリップさん……私は、本当に幸せです」

「ああ、僕もだよリリー」


 リリーとフィリップは、生まれてきたばかりの赤ん坊の顔を、じっと見つめる。顔を真っ赤にしてしばらく泣いていたが、やがて泣き止んで、もう一度眠りについた。その顔立ちは、どちらに似ている……というわけではなく、どちらにも似ている様にも見えた。

 赤ん坊は体を綺麗に洗ってもらい、あらかじめ二人が用意していた毛布にくるまれて、ベッドに寝かされた。手も、頭も、足も、とても小さくてお人形のように思えるこの子が、自分たちと同じように息をし、心臓をゆっくりと動かして生きていると思うと、二人はまた涙腺を刺激された。

 ずっと、待ち望んでいた。

 ずっと、会いたかった。

 そして今日、やっと会えた。


「私、この子が無事に生まれてきてくれて本当に良かった。会いたくてたまらなかった」


 リリーは、優しいまなざしを我が子に向ける。目には涙が溜まっており、時折頬を静かに伝っていく。

 外では重厚な鐘の音が鳴り響く。

 それは、クリスマスを祝う鐘にすぎないのだが、リリーとフィリップ、そしてこの屋敷にいるすべての人々にとっては、この男の子の誕生を祝福する鐘であるようにも聞こえた。


「私たち、親になるのね」

「そうとも」

「上手く育てられるかしら?」

「大丈夫だよ、きっと。僕たちの手で、この子をうんと幸せにしてあげよう」

「ええ。大事に、何があっても守ってみせるわ」


 赤ん坊はまだ目を覚まさない。両親がそんな話をしていることも、こんなにたくさんの人々が、自身の誕生を喜んでくれていることも知らない。

 今はただ、柔らかい毛布にくるまってすやすやと眠り続けている。

 そしてこの男の子こそが、ノエル・ウィルソンである。



  *

「やーい、ここまでおいでー!」

「待ってよー、返してよー!」

「ほらほら、取りにこーい!」

「返せー!」


 両親の愛情をたっぷりと受けて育ったノエルは、すくすくと成長した。

 ただ、幼少のノエルは、今じゃ考えられないほどに気弱で、泣き虫で、よくクラスメイトにからかわれていた。

 物を取りあげられるのは日常茶飯事で、それを泣きながら追いかけるのがノエルの日課と言っていいほどだった。


「返してよ!」

「やだね」

「どうしていじわるするの?」

「お前がすぐ泣くからだよ」

「泣いてないよ!」

「うそつき! 泣いてるじゃないか!」

「泣いてないっ!」

「泣いてるっ!」

「泣いてないっ!」

「泣いてるだろー! ノエルのバカ!」

「な、泣いてなんか……う、うう、うわああああん!」


 意地を張って泣いてないと言ってみるものの、結局最後には堪えきれずに、大声で泣いてしまうのも常だった。

 そうなってしまうと、いじめっ子たちもさすがにまずいと思ってノエルから取り上げたものをそっと差し出してくれるのだ。


「どうして僕はいつもいじられちゃうんだろう?」

「いじめっ子になるよりいいじゃない」

「ママ……」


 いじめられて泣いて帰ってくるノエルを、母親であるリリーはいつでも優しく出迎えてくれた。

 ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でる。ノエルは、リリーに触れてもらうといつでも安心することが出来たし、涙もすぐに止まってしまう。


「さ、夕飯にしましょ」

「うん!」


 手を繋いでダイニングに向かう。背の高い椅子によじ登って座ると、メイドに混じってキッチンでお皿に盛り付けをしているリリーの後姿が見える。

 ノエルは、そんな母親の後姿を眺めるも大好きだった。


「ただいまー」

「お帰りパパ!」

「お帰りなさい、あなた」

「今日はカレーか。ちょうど食べたいと思っていたんだ」


 フィリップが帰ってくると、ウィルソン家はいっそう賑やかになる。ここではメイドも、黒服も、出来る限り一緒に食事をすることが決まりだった。

 今日はこんなことがあったよ、あんなことがあったよ、と一生懸命話すノエルを、微笑ましそうに眺める大人たち。

 それが、ウィルソン家の日常だった。


  *

「見てノエル!」

「なあにママ」

「ママね、今度聖アント公園のダンスショーに出るのよ」

「すごい! ママ、踊るの?」

「そうよ。たくさんの人の前で踊るのよ」

「僕も踊る!」

「ノエルは大きくなってからね」

「えーやだー!」


 ノエルが八歳になった時。リリーはレイジナ王国をあげて開催されるダンスショーに、ダンサーとして出演することが決まった。

 そう、リリーは決して有名ではなかったけれど、ダンサーだった。

 ちょくちょく小さなイベントごとに出て活動はしていたのだが、こんな大きなイベントに出演することは初めてだった。

 これが成功すれば、リリーのダンサーとしての道が開けることは約束されたも同然であった。


「ママ、頑張るからね!」

「うん!」


 それから毎日のように、リリーはダンスの練習に明け暮れた。

 ノエルも、毎日手を叩きながら母親が踊るダンスを見ていた、時折立ち上がって、見よう見まねで踊って見ることもあった。

 そんな時、決まってリリーはノエルに『上手だよ』と言って、頭を撫でた。ノエルは褒められたのが嬉しくなって、更に踊りを真似するようになった。

 学校から帰ってきたら、リリーのけいこ場に直行し、ニコニコしながらダンスを見る、そして一緒に踊る。

 ノエルにとって、これほど楽しいと思えることはなかった。


「明日、本番だね」

「そうだね」

「ママ、緊張してる?」

「ちょっぴりね。でも大丈夫よ、ノエルが見てくれているんだもの」

「僕、いっぱい応援するし、いっぱい一緒に踊るよ!」

「ありがとう。明日、楽しもうね」

「うん!」


 当日。

 衣装に着替え、スタンバイしているリリーは、緊張を和らげようと何度も深呼吸をした。フリを間違ったらどうしよう? 曲が途中で止まってしまったら?

 そんな、不安に落ちつぶされそうになりつつ、絶対大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 ちらっと、袖口から、リリーはノエルとフィリップの姿を探した。

 二人は観客席のど真ん中を陣取って、今か今かとリリーの出番を待ち構えていた。時折、二人は顔を見合わせて楽しそうに笑っている。何を話しているかは分からないけれど、それを見てリリーは何だか心が温まるのを感じた。


「みなさま長らくお待たせいたしました。

 それでは、レイジナ王国主催、ダンスショーを開催いたします!」

 観客が一斉に立ち上がって拍手をする。

 もちろん、ノエルとフィリップも立ち上がった。

 ノエルが小さな手を――けれども生まれたばかりの頃よりもずいぶん大きくなった手を一生懸命叩いているのを見て、リリーは、我が子の成長の早さをしみじみと感じた。


「早速登場してもらいましょう! リリー!」


 ますます歓声が大きくなる。


「ママー!! 頑張ってー!」

「リリー!」


 たくさんの歓声の中であっても、リリーの耳にはしっかりとノエルの、そしてフィリップの声援が届く。

 今までとは比べ物にならないほどの大きな舞台に立ったリリーは、目を閉じて静かに曲が始まるのを待った。


 その日は、ウィルソン家にとって、最高の一日になるはずだった


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