Scene3
「うん、特に目立った外傷はなし、脳内での出血もこれを見る限りではなさそうだね」
「そうか、ならよかった。」
あの後俺は気を失ったあの娘を担ぎ上げて知り合いの医者の如月晟の所に担ぎ込んだ。ねぐらで死なれてはたまったものではないと思って運んだのだが、
「しかしまさか君にこんな趣味があったなんてねぇ。堅物のようなふりをして実はロリ○ンかい?」
「ンなわけないだろうが」
当然のように誤解を受けた。まあいきなり全裸の少女抱えてきたらこういう反応になるだろうが。
「そんなこといって。だーいじょうぶだいじょうぶ、僕はそういう趣味に偏見は無いよ?」
「あほなこと言ってないでなんか着るもん用立ててやってくれ。」
はいはいなどと言って如月が服を取りに行こうとしたところでガキが目を覚ました。
「んっ、んぅ」
「起きたか」
「みたいだねぇ。きみ、意識ははっきりしてるかい?どこか痛いところとかあるかな」
「んぅ? えっと、 誰?」
「そいつは医者でここは病院だ」
まあ藪だがな、と付け足しながら困惑しているガキに説明する。
「お前はいきなり頭抱えて苦しみだしたんだが、覚えてるか」
「えっあっはい。えっと結局あなたは誰?」
ああそういえば、
「なんだ君もまだ名乗ってないのかい?」
とってきた服を渡しながら如月が、こんなとこまで連れてきたのに?とあきれを含んだ視線を向けてくる。
「仕方がないだろう。自己紹介なんぞする前にぶっ倒れたんだ。あそこで死なれちゃ面倒極まりないしな」
実際あそこで死なれていたら死体の処理は李氏を頼ることになっただろう。そんなことになったら何度タダ働きさせられるかわかったものではない。そんなことはまっぴらごめんだ。
「そんなことよりとりあえずこいつのことだろう」
「まぁ、そうだね。えっと御嬢さんでいいかな?私は如月晟。医者だ。」
「藪医者?」
ピキッ、という音でもなりそうな勢いで如月が固まる。俺は俺で笑いをこらえるので手いっぱいだ。しかしこいつ初対面の相手にとんでもないこと言いやがった。
「はっはっは。いやこれでもきちんと免許は持ってるよ?さて、君は頭が痛いといって倒れたそうだけどまだ痛みはあるかい?吐き気があったりするかな?」
ガキは予想よりしっかりした様子で如月の質問にはっきりと首を横に振り
「貴方たちが助けてくれたの?」
と聞いてきた。
「まぁ、そうだな」
「そうだねぇ、彼が連れてきて僕が診ていたってところかな」
「そう。ありがとうございます」
途端に居住まいをただしきちんと礼を言うその姿に俺もやつも少々面食らう。
「まあ気にするな。俺には俺の理由があってお前を助けた。こいつは金をもらって仕事としてお前を診た。特にお前が気に病むようなことはない」
まだ少々納得していないようだが構わず話を進める。
「それより今度こそ聞かせてもらおうか。お前は誰で、どうやってあそこに来た。いやそもそもなぜあんなところに来た?」
あの時も思ったことだがこんな年齢のガキ、しかも全裸の少女があんなところまで来れるはずがない。もしも何かの間違いであそこに踏み込んだのだとしても、あんな身綺麗な状態ではいられないはずだ。つまりこいつは俺に敵対の意思を持っていたか、何かよっぽどの厄介ごとに巻き込まれていたということになる。後者ならともかく、いや後者でもお断りだが、前者なら即座に相応の行動をとらなければ、などと思っていたのだが
「わからない」
などという答えが返ってくるとはまったくもって思っていなかった。一瞬あまりに程度の低い嘘でもついたかと思ったが、どうにも嘘をついている雰囲気でもない。
「はぁ?」
「だから覚えてないしわからない。私が誰で、なぜあそこにいたのかも」
「おい、脳に障害はなかったんだな?」
「うんなかったよ。だからたぶん心因性じゃないかな?ある程度たてば思い出すかもしれないねぇ」
「逆にいつまでも思い出さないこともあり得ると」
まあねぇ、などと言って頷いている役立たず(カス)は放っておくとして、これはまた厄介なことになった。どうみても厄介ごとのタネといった風体の少女が転がり込んできて、しかもどういう事情でここにいるのかはおろか名前すらわからない。しかもいつ思い出すかもわからないし最悪思い出さない可能性すらある。何よりまずいのはこのままだとこの少女の面倒を見させられる可能性が極めて高い。よし、とっとと逃げ――
「どこにいくんだい?」
られなかった。
「いや無事だったみたいだし金も払ったからもう帰ろうかなーと」
「そうか。うん、彼女も特に大きな異常はないからもう帰って大丈夫だしね。きちんと連れて帰るんだよ。」
「いやなんで俺が――」
「君が置いて行ったら確実に私のもとに厄介事が来るじゃないか。」
「連れてったら俺が巻き込まれるじゃねえか!」
「拾い主なんだからそれぐらい当然だろう?これが拾ったのがガチムチの男だったなんて言ったらさすがに同情するけれど、美少女だろう?まだよかったじゃないか。」
「フザケンナ。あんなガキに女を感じろと?俺にロリ趣味はねぇ。大体ガキの世話なんて俺ができるわけねえだろう。金は払ってやるからお前がやれ。」
「いや私にも無理だよ。もしこのまま置いて行ったら私は君から押し付けられたって言って李さんに預けるよ?」
「んなっ」
それは最悪だ。あの人に預けたらどうせきちんと世話などしないくせに貸だなどと言って俺をタダ働きさせようとするに決まっている。
「で、どうするんだい?連れて帰る?それとも置いていく?」
しかし連れて帰ろうものならほぼ確実にかなりの厄介ごとに見舞われるだろう。さてどうしたものかなどと悩んでいたら、さっきまで診療台の上に座っていたガキがこっちに歩いてきた。
「もう歩いて大丈夫なのかい?」
という如月の問いに頷いて返すとこっちを向いて一言。
「わたしすてられるの?」
「うぐっ」
とんでもない爆弾を投げ込んできやがった。後ろで噴き出すのをこらえていたクソ医者が笑いをかみ殺して聞いてくる。
「どうするんだい?まさか彼女を捨てていく気かい?」
などとガキにも聞こえるように言いやがる。
「あぁクソ、わかったよ。とりあえずこのガキは俺が連れて帰る。それでいいだろう。」
「あぁよかった安心したよ。これで私もいたいけな少女の人生を捻じ曲げずに済む。」
「いけしゃあしゃあと……」
「まあ君に預けるのも大差ない気もするけれど。」
「ミンチにしてやろうか藪医者」
クツクツ笑っているクソをジトッと睨んでいるとガキがトコトコと近づいてきた。
「どうした。とりあえず今はお前を捨てたりする気はねぇぞ?」
それを聞いたガキはコクリと頷き
「ありがとう」
などと言ってきた。
「礼はいい。それよりも何らかの形でお前が役に立つことを祈るばかりだ。」
少々驚きながらも、そう返したら如月が何やら笑いをこらえている。本当に挽肉にしたろかアイツ。
「さて、帰るぞ。邪魔したな如月。」
「はいはい、きちんと面倒見るんだよ~」
そして何やらさらさらと書いたかと思うと、ガキのほうに近寄り、
「もしアイツがきちんと世話しなかったり、変なことしてきたらここに連絡するんだよ?」
などと言ってそれを渡していた。しかもガキのほうもしっかり頷いてもらってやがる。
「……本当に挽肉になるか?」
「おお怖い怖い。」
などと言いながら俺のほうに寄って来てガキに聞こえないように話しかけてきた。
「でも本当に気を付けてね。たぶん結構面倒なことになると思うから。」
「……何か心当たりがあるのか」
「いや。いつもの“勘”だよ。」
「肝に銘じておこう。」
話も終わったので待っていたガキに
「帰るぞ。」
と声をかけ、ついてくるのを確認して部屋を出ようとしたら、
「はいはい気を付けてね~。襲ったらだめだよ?」
などとカスがほざきやがった。
「テメェ!」
あははと笑っている如月に向かって怒鳴ると、上着の裾を引かれる。振り返るとガキが心持おびえた様子で、
「わたしおそわれるんですか?」
などと聞いてきやがった。
「んなわけねぇだろう」
と返しながら、クソ医者が大笑いしているのを聞いて心の底から思う。
「厄日だ……」