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第三話 最初の街と、残酷な経済

「あの薄情者め」


ジャックはブツクサ言いながら、町に向かって歩いていた。


たった一人で。


死に戻りしてすぐに、カムイからフレンド通信が届いたのだ。


『おれ先に町に行くわ』


そう、カムイは死に戻りしたジャックを置いて先に町に向かってしまったのだ。


恨み言は尽きないが、フレンド通信では無視されるだけだろう。

カムイに直接文句を付ける為に、ジャックも急いで町に向かうことにした。

あの後、グレイウルフやレイモンがどうなったのかも聞きたい。


幸いにして、経験値稼ぎにワイルドラットを狩っているプレイヤーが何人か居り、ジャックはモンスターに襲われずに済んだ。


「それにしても良くできているな」


仮想現実の世界を見回しながら、ジャックは思わず呟いていた。

どこまでも青く、雲が緩やかに流れる空。草が風に揺れる草原。遠くに見える緑が生い茂った森。遙か彼方に霞みがかって見える山。

現実世界とほとんど見分けがつかなかった。


無論、よく見れば粗はいくらでも見つかる。

空に浮かぶ雲はよく見れば綿菓子のような塊になっていて、現実の雲のように薄く広がったりはしない。

草はほとんどホログラムのようなもので、草の生い茂った地面と剥き出しの地面は多少歩いた感触が違うようだが、足で踏んでも草は全く潰れない。

これだけ自然に囲まれていれば、草や地面の臭いが混じった複雑な自然の臭いがするものだが、まるで芳香剤のような一律の臭いしかしない。


だが、最新のVRゲームには劣るものの、ジャックのVRゲーム機が時代遅れの旧式であることを考えれば、MMOでこれだけの仮想現実を構築できたのは衝撃的だった。


「そういえば、独自開発の特殊なデータ圧縮技術の成果とか言ってたっけ」


カムイから聞いた話を思い出す。

そもそも、カムイのバイト先の先輩がこのゲームに興味を持ったのはこのデータ圧縮技術がきっかけだったらしい。


データ圧縮技術により大量のデータをやり取りできるようにし、本来VRゲーム機がやらなければならないデータ処理の一部をサーバーが肩代わりすることで、低スペックのVRゲーム機でも遊べるようにしたのだ。

これまでのMMOに比べサーバー側の負担が大きくなるという問題があるため、この方式が主流になることはないだろうが、この技術自体は様々な応用ができるとして注目を集めているらしい。


ジャックとしては、できることなら主流になって欲しい。

まあ、最新のVRゲーム機を手に入れる機会があれば、また意見を翻すかもしれないが。


「そうだ」


何気なく周りを見回していたジャックはふとあることに気がついた。

鍛冶をするにはその素材が必要だ。こんな所に鍛冶に使う鉱石が転がっているとは思わないが、装備を作るには鉱石以外の素材も必要だった筈だ。

何か使える素材が拾えるかもしれない。


その結果、町に着くまでにいくつかのアイテム拾えた。


木の枝  × 4

木の蔓  × 1

動物の骨 × 2

紫の花  × 1


途中で明らかに変わった形をした草を見つけたのだが、ホログラムのように触れることができなかった。

もしかしたら、あれは薬草の類で、治療師しか採取できないのかもしれない。




「やっと着いたか」


ジャックは町の門を見上げ、ようやく辿り着けたことを喜んだ。

実際問題、町に着くまでに二度も死に戻りしたのは彼くらいのものだろう。


町に入ってすぐの広場には大きな案内板が立っており、結構な数のプレイヤー達が案内板を覗いている。

なんとかプレイヤーの合間をぬって案内板まで辿り着くと、この町の地図にギルドや教会、役所の場所だけが載っていた。

その代わりに、案内板の隅の方に画鋲のようなもので店の宣伝が張り付けられていた。


とりあえず一番近くにあった宣伝をみてみる。


『薬草高価買い取り。中央広場で出張買い取り。

              エミルの道具屋』


薬草の採取はできないので別の宣伝をみる。


『非常食、在庫あります。冒険者ギルドの傍。

              モンパの食料品店』


「このゲームって空腹とかあったっけ?」


ジャックの呟きに応える者はいない。


周りのプレイヤーの様子を見てみると、案内板で自分の目的地を確認すると、足早に歩いていく。

おそらく、ギルドの目指しているのだろう。こうして案内板を眺めているよりも、ギルドで詳しい話を聞いた方が良いのは一目瞭然だ。


だが・・・


「鍛冶屋ってどこに行けばいいんだ?」


見たところ、鍛冶ギルドとか職人ギルドなどというものは存在しないようだった。

しばらく考えたあと、中央広場に行ってみようと決めた。

案内板の宣伝から中央広場には露店があるのだろう。そこでNPCから話を聞くのが良いと思ったからだ。

中央広場はおそらく地図にあった中央付近の広い場所のことだろう。


中央広場に向かいながら、町の様子を観察する。

ジャックには建築様式などよく分からないが、煉瓦造りのいかにも中世といった建物が並んでいる。中世というより、誰もが思い浮かべるファンタジー世界と言った方が正かもしれない。


そして、ついにジャックは遭遇した。


露店なのだろう、道端に置かれたいくつかの果物が積まれた籠の横に、白いフードを被った老婆が座り込んでいた。

このゲームにはプレイヤーもNPCも名前が出てこないのだが、おそらく彼女はNPCだ。

ゲームが始まったばかりなのに露店を開いている年寄りのプレイヤーという可能性もゼロではないが、まあ、居ないだろう、そんな人間。


「こんにちは」


「おや、こんにちは坊や。何か買って行くかい?」


声をかけたジャックに、老婆はしわくちゃの顔ににっこりと笑みを浮かべて応えた。


「すみません。少々お聞きしたいことがあるんですが」


「この町のことなら、門の前の広場に案内板があるよ」


「職人のギルドを探しているんですが」


「ギルドの場所なら、案内板に載っているよ」


「いえ、職人です」


「職人なら、町の南西の方に沢山居るよ」


ジャックは老婆から情報を集める。


微妙に二人の会話は噛み合っていないが、それは仕方のないことだった。

この老婆はAI、いわゆる人工知能ではなく、人工無脳で会話しているからだ。

人工無脳とは、プレイヤーの言葉の中から特定のキーワードを拾い上げて、そのキーワードに対応した台詞を返す、疑似会話の方式だ。

今の会話で言えば、『職人のギルドを探しているんですが』というジャックの言葉から、『職人』『ギルド』『探している』という三つのキーワードを拾い上げ、職人のギルドが存在していなかったから、『探している』というキーワードをまず拾い上げ、次に一番近い『ギルド』というキーワードと組み合わせて、『ギルドの場所なら、案内板に載っているよ』という返事に繋がったのだ。


ちなみに、このゲームのNPCは人工無脳で会話するが、人工知能、いわゆるAIを搭載していない訳ではない。

最初に挨拶したとき、老婆がジャックのことを『坊や』と呼んでいたのは、ジャックの性別と年齢を認識していたからだ。

人間と会話するときだけ、人工無脳で会話するように設計されているのだ。

何故このような仕様になっているのかと言えば、人間と会話できるAIを用意することが困難だからだ。

人間と会話できるAI自体は技術的に可能だ。

だが、このゲームの中には大勢のNPCが存在する。それら全てに人間と会話できるほどのAIを搭載しようとすると、サーバーの処理能力を圧迫してしまうのだ。


まあ、最新のMMOだと、最先端のサーバーを用意し全てのNPCに会話可能なAIを搭載しているゲームもあるのだが、マイナーなこの"可能性の檻"にそれを求めるのは酷だろう。

それに、VRゲーム機の処理の一部を肩代わりしていることもあって、元々サーバーの処理能力が圧迫されている。


老婆に礼を言って別れたジャックは、当初の目的を変更して、職人が大勢居るという町の南西に向かうことにした。


ちなみに、カムイと合流するという本当の当初の目的は完全に忘れていた。




「いらっしゃいませ」


町の南西に向かったジャックは最初途方に暮れた。

職人の工房らしきものはいくつか見つかったのだが、どこも扉が閉まっている。

加えて人気も全くない。おそらく、職人はみんな自分の工房に閉じこもっているのだろう。


しばらく歩き回っていたジャックは、職人向けの道具屋を見つけた。

鍛冶をするためには色々な道具が必要を買う必要がある。

これ幸いと、ジャックはこの店をのぞくことにした。


そこで、途方もない絶望に突き当たるとも知らずに。


「すみません。鍛冶屋用の道具ってありますか?」


「はい。こちらです」


店員のNPCのおばさんが、カウンターの上に値札のついた鍛冶道具を並べる。


初心者向けスミスハンマー  3000G

初心者向け精鉱キット     500G

初心者向け研磨キット     300G

携帯炉          10000G

携帯金床         15000G

木炭              10G

石炭              35G


並べられた商品のうち、携帯炉と携帯金床は本当に持ち運ぶものではなく、自分の持ち家に設置できるものらしい。

持ち家は課金なので手に入れる予定は全くない。

メーカーの開催する特別なイベントで手に入れられることもあるらしいが、期待するべきものではないだろう。

炉と金床は借りられる場所がある筈なので、毎回料金を支払う必要があるものの、当分はそれで良いだろう。


ただ、炉と金床を借りてもそれ以外の道具は自分で用意する必要があるの。

特に初心者向け精鉱キットは必須といって良いだろう。

初心者向け製鋼キットの値段は500G。初期の所持金は1000Gだから十分に買える。


そう思い、メニューノートを開いたジャックは目を見開いた。


所持金 250G


「え?」


何度も見直すが、250Gのままである。


何度目をこすってみても、250Gのままである。


とりあえず踊ってみても、250Gのままである。


「なんじゃこりゃぁ・・・ああああ!!」


叫びかけたジャックは唐突に気が付いた。


ジャックは町に着くまでに二度死に戻りしている。

そして、このゲームのデスペナルティは一定時間のステータス減少と・・・




所持金半減。




「ど、道具が・・・買えない・・・」




ジャックは力尽きた。


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