第二話 職業と、理不尽なリア充
最初の内は設定の説明が多いです。
「うわぁ、ないわ。チュートリアルで死に戻りとか初めて見たわ」
「うるせぇ! 見捨てやがって、この薄情者! 痛い! 全身がイタヒィィィ!!」
村の広場の片隅の復活ポイントで全身をかじられた痛みに転げ回っていたジャックに、戻ってきたカムイが呆れた顔で声をかける。
「言いがかりだな。見捨ててなんかいないぞ。ちゃんと仇はとってきた。お前が狙われている内にかなり数が減らせたからな」
「人を囮にするな」
「ほらほら、トレードするぞ。ドロップを半分渡すからな」
カムイの言葉に渋々ジャックは懐からメニューノートをとり出した。
メニューノートとはシステム手帳のようなデザインをしており、メニューはこのノートを使って操作する。
このノートは普段は体のどこかに張り付いており間違って落とす危険はなく、何かの理由で手放してしまっても1分経過すると自動的に手元に戻ってくるようになっている。
他のVRMMORPGの場合、音声やスワイプ動作又は思考で空中に半透明なメニューが浮かぶのだが、可能性の檻では誤動作を避けるためにこのメニューノートを使う。
メニューノートを開いてトレードをタッチすると、右側に所有しているアイテムの一覧が、左側にトレードするアイテムの一覧が表示される。
本来ならトレードするアイテムをドラッグするのだが、今回はジャックの方から渡すアイテムはないので、そのまま確認ボタンにタッチする。
「ほら、トレードするぞ」
カムイの言葉に応えて、自分のメニューノートとカムイのメニューノートを触れさせる。
そして、システム音が鳴ったことを確認すると、右画面に載っていた所有アイテムの一覧がカムイから渡されたアイテムの一覧に更新されていた。
ネズミの肉 × 5
ネズミの皮 × 2
ジャックはそれを確認した後、実行ボタンをタッチした。
しばらくすると、カムイも実行ボタンを押したのだろう、『トレードが成功しました』という表示が現れる。
これでトレードは完了だった。
他のゲームでは手渡ししただけでトレードできたりもするのだが、所有権の管理などの簡略化のためメニューを使ったトレードが採用されている。
「良し。じゃあ、行くか。ぼっとしてるとまたモンスターがポップするからな」
カムイの視線を追って振り返ると、守人達はもう出発したようだが、また新しいプレイヤー達が現れて周りを見回している。確かに急がないとまたモンスターがポップするだろう。
「そういえば、この村にNPCは居ないんだな」
村の出口に差し掛かったところで、ふと気付いてカムイに訊ねる。
村の中心に町への案内の立て札があっただけで、この村にはNPCの姿を見かけなかったからだ。
「ん? ああ、そうか。VRMMOは初めてだったな。VRMMOだとNPCが複数のプレイヤーに同時に対応することができないからな。こういうスタート地点や町の入り口付近にはNPCを置かずに、プレイヤーがばらける町の奥の方に配置するんだよ」
「へぇ、そうなんだ」
「あ、そうだ。聞くの忘れてたな。クラスは何にしたんだ? おれはメインクラスに戦士、サブクラスに弓使いだ」
話している内に村の外に出たためにジャックが武器を用意していると、カムイが不意に訊ねた。
「ああ、僕はメインクラスが鍛冶屋、サブクラスが盗賊だよ」
クラスとはいわゆるジョブとか職業とか言われるものだ。
このゲームではメインとサブの二つをとることができる。選択できるクラスは一次職などと呼ばれ、戦士、弓使いの戦闘職と、魔法使い、盗賊の支援職、鍛冶屋、治療師の生産職の全部で六種類だ。
同じクラスでもメインクラスにするかサブクラスにするかで大きく違う。
まず、メインクラスしか二次職などと呼ばれる上位職になることができない。
それに対し、サブクラスは二次職になれない代わりに、他のクラスに転職することができる。
この転職できるクラスは最初に選択できた一次職の他に、ゲーム中のクエストやイベントで選択できるようになるクラスもあるという。
公式では、薬草の栽培ができるようになる農民などが紹介されていた。
なお、メインクラスは原則として転職することができないが、一つの一次職から複数の二次職が派生する場合もあり、その場合には派生した二次職間の転職は可能らしい。
おそらくアップデートで二次職が追加された場合の不満を回避する為だろうとジャックは予想している。
その他に、隠しパラメーターであるステータスもメインクラスとサブクラスの組み合わせで決まるらしい。
これらを考えてクラス選択をする必要があるのだ。
「生産職に支援職かよ。戦闘が厳しいんじゃね?」
「そもそも、積極的に戦う気はないよ」
六種類の一次職には次のような特色がある。
戦士は、近接武器の扱いに長けている。
弓使いは、遠距離武器の扱いに長けている。
魔法使いは、魔法による攻撃や支援ができる。
盗賊は、索敵や罠の発見に長けている。
鍛冶屋は、武器や防具を作成する事ができる。
治療師は、薬草の採取や薬の作成をする事ができる。
この中で意外に重要なのが治療師である。
何故なら、このゲームでは、回復魔法は二次職にならないと使えないからだ。
したがって、当面の間は回復アイテムに頼るしかないのだが、なんでも店売りの回復アイテムは最低クラスのものしかないらしい。
治療師の作る回復アイテムがなければ攻略は難しいだろう。
ジャックの場合、ある目的からメインクラスは鍛冶屋に決まっていたのだが、サブクラスを盗賊にするか治療師にするかで迷った。
盗賊にすれば索敵により戦闘を回避できるし、治療師になれば怪我をした時に便利だからだ。
そして、迷った結果、ジャックは盗賊を選択した。初めの内は店売りの回復アイテムでも何とかなるだろうし、メインクラスとサブクラスが両方とも生産系では回復アイテムがあっても、モンスターに遭遇した時点で終わりだろうと考えたからだ。
「そういや、ジャック。お前、大丈夫なのか?」
「何が?」
「いや、お前のVR機で処理落ちとかないか? 公式では対応しているっていっても、実際には重くてまともに遊べないとかよくあるからな」
「ああ、大丈夫だよ。今のところは同期ずれもないし、VRセンターでデータ更新もしておいたから、特に違和感もない」
VRセンターとは、VRゲームをするためのデータカードを作成する為の施設だ。
VRゲームをするには本人の身体データが必要なのだが、身体データのスキャニングには大がかりな装置が必要であり、VRゲーム機にそれを組み込むのは非現実的だった。
そこで、VRセンターで身体データをスキャニングしてデータカードを作成してもらい、VRゲーム機にそのカードを差し込んで遊ぶのだ。
当然、成長するなどして身体データは変化していくものであり、データがずれていく可能性がある。
そうした場合、VRセンターに行ってデータ更新してもらうのだ。
なお、VRゲームのアバターはこのデータカードを元に作成され、髪の色等を除けば、アバターの変更はする事ができない。
現実の体と異なるアバターを仮想現実で使用すると、現実の体とアバターのズレが無意識に脳への負担となり、情緒不安定になるという問題が生じるからだ。
明確な科学的根拠がないなどと言う反論も多かったが、VRゲームは脳への負担が常に心配されており、この反論は封殺された。
同様に、仮想現実での体感時間の加速についても、脳への負担への懸念を理由に二倍までと制限されている。
人間の脳の限界はおよそ200年という予測がされており、体感時間の加速がどのようにこの限界に影響するか十分なデータがないため、仮想現実での経過時間が脳の限界に直接関わると仮定しても、二倍の加速であればほとんど影響がないだろうと判断されたからだ。
二人が雑談をしなが町へ向かっている最中にソレは現れた。
「おい、敵だ!」
「!!!」
不意に聞こえたカムイの声に、ジャックは今度こそ素早く反応し、初期装備のハンマーを構える。
二人の視線の先に居たのは、確かグレイウルフという名の狼型モンスターだった。
大型犬並の大きさがあり、灰色の毛皮に包まれたその姿は、先ほど襲われたワイルドラットなど足下にも及ばないほどの威圧感がある。
「なんで、こいつがいるんだ?」
カムイが戸惑った様子で呟いた。
公式の情報では、最初に攻略できるエリアの奥地に出現する筈のモンスターだからだ。
思わぬ強敵に焦りながらも、カムイは冷静に戦術を組み立てる。
「ジャック、先に仕掛けろ」
「ちょっと待て、僕は戦闘職じゃないぞ」
「分かってる。お前の攻撃じゃどうせ当たらん。まともにやったら、おれでも無理かもな。だから、あいつがお前の攻撃を避けた瞬間を狙っておれが仕掛ける。それなら確実に当てられる。」
「・・・わかった」
ジャックは覚悟を決めた。
元々、戦闘はできるだけ避けようと考えていたが、それはMMOならではの生産者プレイをしようと考えていたからで、モンスターとの戦闘が怖いわけではない。
それに、ここまできたら逃げるのは無理だ。グレイウルフの方が絶対に足が速い。
もっと早く敵の存在を感知できていれば戦闘を避けられたのだろうが、レベル1の盗賊では無理な話だ。
うなり声を上げながらこちらを睨むグレイウルフに向かって、ジャックがじりじりと間合いを詰める。
「はあ!!」
ジャックが思い切って攻撃を仕掛けた瞬間、グレイウルフの姿が消えた。
「がっ!?」
ジャックの喉元に激しい痛みがはしり、ようやく攻撃を避けたグレイウルフに喉を噛みつかれたことに気付く。
”可能性の檻”では、HPのゲージはメニューノートを確認しないと分からない。
しかし、仮想現実の怪我は現実の痛みよりかなり軽減されている。それでもこれだけの痛みを感じたということは、HPゲージは半分以上減っているのではないだろうか。
振り向くと、グレイウルフはジャックの方を見ておらず、カムイの方を睨みつけていた。
よく見れば、グレイウルフの体には刀傷のようなものがあり、そこから赤いものが見えている。
おそらく、カムイが今右手に握っている初期装備だろう剣で受けた傷だろう。
どうやら上手く当てられたようだが、一撃では倒せず、標的がカムイに向かったのだろう。
「おい、ジャック! 何とかしてくれ」
「無理言うな。もう一度食らったらまた死に戻りだ」
ひきつった顔で言うカムイに、同じような顔をしてジャックが答える。
「クソッ! システムアシストがないとこんなに動き辛いのか」
カムイの舌打ちにジャックは心の中で同意した。
"可能性の檻"では"二段突き"や"ラッシュ"のようなスキルとを使った場合を除いて、プレイヤーの動きを補助するシステムアシストが働かない。
これはどのクラスでも変わらない。例え戦闘職でもシステムアシストはなく、武器が軽くなったり、ダメージを受けたときの衝撃や痛みが軽減されるだけなのだ。
明らかに敵のレベルがこちらに釣り合っていないこの状況では、ほとんど反応することもできない。
「ダメージは与えているんだ。相打ち覚悟で後一撃加えれば倒せるんじゃないか? 生産職の僕でも一撃ではやられなかったんだ。戦闘職のお前なら二発ぐらいは耐えられるだろう」
「人事だと思って勝手なこというな! 噛まれたら痛覚の一部はそのままくるんだぞ!!」
「今更何言ってんだ! こちとらもう噛まれたわ!!」
二人が醜い罵り合いをしている間にも、グレイウルフは攻撃態勢を整え、一気に飛びかかろうとする。
「お前等、大丈夫か!!」
その時、大きな声を上げて一人の男がグレイウルフの前に飛び出してきた。
「江田君!?」
「今はレイモンだ。こいつは俺が倒す」
二人の危機に飛び込んできたのは、江田守人ことレイモンだった。
何ら怖れることなくグレイウルフの前に立ち塞がり、カムイをかばっている。
その姿は、まるで弱者をかばう勇者のようだ。
「ほら、かかってこい。犬ころ」
レイモンの声に答えるようにグレイウルフが跳びかかる。
しかし・・・
ザンッ
グレイウルフの攻撃を体を反らして避けると、レイモンはただの一撃でグレイウルフの首を切り落としてしまった。
「「は?」」
「そんなに驚くことじゃないだろ。急所を狙えばグレイウルフなんて一撃だ」
目を丸くする二人の姿に、レイモンはなんでもないことのようにあっさりと答えた。
だが、実際には何でもないことの筈がない。
確かにレイモンこと守人は剣道部のエースかもしれないが、そもそも剣道とは人間相手のものなのだ。
当然、四足歩行で地をかけるグレイウルフのような相手を想定してはおらず、剣のような長物を扱った経験が全くないよりはましだろうが、一撃でしとめるなど至難の技だ。
なんと、リア充はリアルチートでもあったのだ。
呆然としていた二人に、自分がとんでもないことをやったという自覚もなく、レイモンが笑顔で話しかける。
「いやぁ、町まで全くモンスターが出なくてさ。脇道に入ってみたらグレイウルフの群が居たんだよ」
「・・・それで?」
なんとか気を取り直したジャックは、なんとなく嫌な予感がして先を促す。
「それで経験値稼ぎに狩っていたら何匹か町への道の方に逃げて行っちゃってさ。慌てて狩りにきたんだ」
「「貴様のせいか!!」」
ジャックとカムイの声が唱和した。
何をどうやったらAIで動くモンスターが逃げ出すのかはわからなかったが、二人が危険な目にあったのはレイモンのせいに違いない。
だが、ジャックが詰め寄ろうとした瞬間、後頭部に衝撃がはしり地面に叩き付けられた。
「おぼら!!」
地面に叩き付けられたジャックの視界に映ったのは・・・
首のちぎれた自分の体だった。
そして、その体の向こうにはグレイウルフの姿が見え、ジャックはレイモンの言葉を思い出す。
・・・『何匹か』町への道の方に逃げて行っちゃってさ
ジャックは再び始まりの村に死に戻りした。