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第一話 初めての死に戻り

「はぁぁぁ・・・・」


藻部九郎もぶ くろうは長い長いため息をついた

傍にいた彼の悪友が苦笑を浮かべて宥める。


「いつまでも気にしていても仕方がないだろう」


「でもなあ、八郎。あれって、やっぱムカつかないか?」


「おい、ジャック。ここでは、カムイと呼べ」


九郎の言葉に、割井八郎われい やつろうことカムイが苦言を呈する。

ちなみに、二人の名前は八九ときれいに続いているが、ただの偶然である。もっとも、二人が友人になるきっかけではあったのだが。


「VRMMORPGじゃ本名を呼ぶのは御法度だって教えただろう」


そう、彼らがいるのは現実世界ではなく、VRMMORPGと呼ばれるゲームの世界、いわゆる仮想現実の世界だった。

ジャックというのも、九郎のアバターの名前だ。

周りは緑にあふれた長閑な農村であり、二人の服装も麻のような素材でできた、いかにも村人ですと主張しているような服だった。


「それは分かったけど。それより・・・」


「マナーは大切だ。ほら、さっさと出発するぞ。ここから町に着くまでがチュートリアル代わりなんだからな」


カムイが早く旅立つように促す。

地面に座り込んでいたジャックは、渋々立ち上がった。

不満は尽きないが、カムイの言うとおり、ここで座り込んでいても仕方がないことは理解していたのだ。


理解していたのだが・・・


村の出口に向かおうとしていたジャックは最後にちらりと後ろを振り返る。

ジャックの視線の先には、十人近い人だかりがあった。


村の中央を占領した彼らは、自分たちより先にログインしていたにも関わらず、未だに旅立つ気配もなくおしゃべりに夢中になっている。

その中央には一際目立つ少年の姿があった。


その少年の名は江田守人こうだ もりひと


彼のことは、ジャックもよく知っていた。同じ高校のクラスメイトだったからだ。

顔も運動神経もよく、一年にも関わらず剣道部のエースと噂されているスポーツマンだ。学力はそこそこだが、それでもジャックよりは成績が良い。


そして、何よりも女子にモテる。


普通なら男子の嫉妬をかって孤立しそうなものだが、真っ直ぐで人の良い性格から、男子の人望も厚い。

クラスの、いや、学校の中心人物といっていいだろう。


だからこそ、納得がいかない。


「だからって、ゲームの中でまで群れなくてもいいだろ」


「いや、MMOなんだから間違ってないだろ」


醜い嫉妬を一言でいなされ、ジャックはがっくりと肩を落として村を出ていくのだった。


「さ、行くぞ。ザ・負け犬」


「うるせぇぇぇ!!」


ジャックは最早後ろを省みずに村を出た。

だから彼は気づかなかった。

カムイがそっと後ろを振り返り、集団の中に混じった一人の少女の姿を見てため息をついたことに。




九郎がこのVRMMORPG”可能性の檻”に興味を持ったのは単純な話だった。


VR技術が確立し、VRゲームが主流となって既に10年以上経ち、これまでに色々なVRMMORPGが発売されている。

その中でこの”可能性の檻”は発売が告知されてもゲーム雑誌を騒がせる程のものではなく、その名前からどちらかと言えば地雷臭の漂うゲームだった。


それにも関わらず九郎がこのゲームに関心を持ったのは、何のことはない、このゲームが九郎の持っている低スペックのVRゲーム機でも遊べることを謳っていたからだ。


現在ではVRゲームの規格は一つに統一されているのだが、ハードであるVRゲーム機は幾つもの会社が次々と高性能な新商品を出している。

ソフトで差別化が図れない為、ハードで差別化を図ろうとしている為だ。


ゲーム機本体だけでは採算がとれないので、最近はゲーム機メーカーの撤退が相次いでいる。生き残れるメーカーは一つか二つだろうと予想されており、各社はその勝ち組に残ろうと必死だ。

その結果、VRゲーム機の性能向上はとんでもないことになっていた。


そして、ハードの性能が向上するのに伴ってVRゲームの要求性能も段々上がり、その結果、古いVRゲーム機だと最新のVRゲームは性能が足りずに遊べない可能性があった。


その最もたるものがMMOであり、中古で買った九郎の古いVRゲーム機ではこれまで遊べるVRMMORPGが存在しなかった。

一応、MMOを遊べるように設計されてはいたのだが、想定外の進歩に置いてきぼりにされてしまったのだ。

まあ、そのおかげで、中古の中でも安く買えたのだが。


その為、MMOには興味があったものの手が出せなかった九郎はこのゲームに飛びついたのだ。


ただ、九郎の誤算がただ一つだけあった。


一週間前、悪友の八郎と話していた時のことだ。


「”可能性の檻”? チャレンジャーだな。敢えて地雷に突撃するか」


「余計なお世話だ。しょうがないだろう。僕のゲーム機だとあれぐらいしかできそうにないんだから」


ケラケラと笑う八郎を見て、九郎は顔をしかめて答えた。


「冗談だよ、冗談。そっか、今じゃお前の好きなRPGはみんなMMOになって、古いRPGしかできなかったもんな」


「MMOじゃなくても、最近のRPGは遊べないことが多いけどね」


昔はMMORPGは少なく、ゲームの名前には何々オンラインとか付いていることが多かったが、今ではMMOが当然であり、MMOでないゲームにわざわざオフラインとか名前をつけることもあるくらいだった。


「じゃあ、おれもやろうかな」


「無理にやらなくてもいいよ」


「そういうことは思っていても口に出すな。ひでぇ話だな、友達だろ」


「・・・へぇ」


キリっとした顔をする八郎に、九郎は冷たい視線を送った。

この男が友達などと口にする時は、大抵の場合、何か後ろめたいことがあるか、面倒くさいことに巻き込もうとしている時だと知っているからだ。


八郎は基本的には悪い人間ではないのだが、時々ひどく自己中になることがあるのだ。

普段は面倒見の良い頼りがいのある男なのだが、自分の興味のあることになると周りの様子を一切省みず、自分勝手に暴走し始める。


「そんなに警戒するな。実を言えば、俺もやる予定自体はあったんだよ」


警戒する九郎の姿に、何度も迷惑をかけている自覚はあったのだろう、どこかバツが悪そうに言い訳をする。


「バイト先の先輩に誘われてな。でも大学の方の都合があって発売されてもすぐにはできないって言ってたから、先に始めるかどうしようかと迷ってたんだ」


「その先輩とやらとやるんなら、待ってた方が良いんじゃないか?」


「恋人じゃねぇんだから、そこまで合わせたりしねぇよ」


「あれ、その先輩って女性の方なんですか?」


その時、二人の会話に不意に割り込んでくる声がした。


その声の主に気づいたのだろう。八郎がひどくあわてた様子で振り返った。


「なんだ、音々。聞いてたのか」


「あ・・・盗み聞きしてごめんなさい!!」


口を手で隠してオロオロとうろたえる少女は、ひどく愛くるしく、見る者の目を奪う。


彼女の名は緋呂音々(ひいろ ねね)。


同年代と比べても小柄なその姿は、腰まで伸ばした艶やかなストレートヘアと絹のように白い肌と相まって、まるで日本人形のようだ。


「いあ、大したこと話してねぇから大丈夫だよ。ちなみに先輩は男だからな」


「そ、そうなんだ。あの、何でもないの。その、私もそのMMOってどんなものか興味があって、二人が話しているのが聞こえたから・・・」


「いあ、いあ、しゅぶ=にぐらす・・・」


隣で九郎がぼそっと呟くが、二人はあっさりと無視した。いや、そもそも聞こえてすらいなかっただろう。この二人が話している時はいつもこうだった。

余計な奴は話しかけてくんじゃねぇ!!

というオーラがどこからともなく漂い、九郎の存在は空気になるのだ。


「リア充、リア充なのか。ブルータス、貴様もか!!」


九郎は恨み言を漏らした。

実際、何も知らない人間が見たらカップルにしか見えないだろう。


「なら音々も一緒にやるか? 確かVR機は持ってたよな」


「え! 良いの?」


「良いに決まってるだろ。幼馴染じゃねぇか」


ちなみに、この高校の地元の人間ばかりなので、生徒の七割は小学校・中学校も同じであり、幼馴染といえる。

そして、九郎も音々とは小学校の頃から知り合いなのだが、幼馴染と呼ばれたことも呼んだこともない。


だからお互いに幼馴染と呼ぶこの二人は、かなり親密な関係と言えるだろう。いつ付き合い始めてもおかしくない。


だが・・・


「音々。何か面白そうな話してるな」


「あ! 江田君!」


声をかけられた音々が、頬を赤くして振り返った。そして、八郎の顔が明らかに歪む。

何人か友人と共にクラスのヒーローこと江田守人がにこやかに笑いながら立っていた。


「盗み聞きしてんじゃねぇよ」


「ご、ごめんなさい!!」


「あ、いや、音々に言ったんじゃないからな」


「いや、すまん。実は俺もあのゲームはやってみようかと思ってたんだけどな。でも、地雷じゃないかとか言われてて周りを誘い難くてさ。お前等がやるんなら一緒にやらないか?」


八郎と音々の会話をさらりと流し、守人が誘ってくる。


「断る」


「そっか、仕方ないな。誰か捜すよ」


あっさりと諦めた守人の後ろでは、彼の友人達がスマホで急いで”可能性の檻”の予約を取っている。

九郎はマイナーなゲームだから予約は必要ないと思っていたが、この様子だと予約が必要かもしれないと思い直した。


そして、彼の取り巻きの少女の一人が音々に声をかけた。


「緋呂さん。いつログインするか決めようよ」


「え? あの、私は・・・」


音々は八郎の様子を気にしながらも、彼女の誘いを断りきれず、守人達と共に相談し始めた。


「・・・八郎。ガンバ!!」


「爽やかな笑顔で言うんじゃねぇぇぇぇ!!」


リア充は気に入らないが、友人がリア充になるのも気に入らない九郎だった。




一週間前のことを思い返し、ジャックは小さくため息をついた。

結局、予約をして”可能性の檻”を買ったのだが、打ち合わせもしていないのに守人達と鉢合わせするとは思わなかった。


「おい、ジャック!! 聞いてるのか!!」


ぼんやりしていたジャックは、カムイの怒声にハッとした。


「え?」


そして、ようやく気付いた。


自分がネズミ型のモンスターに狙われていることに。

大きさは中型犬ほど。ネズミをそのまま大きくして目を赤くしたようなモンスターだ。

たしか、公式にのっていたワイルドラットとかいうモンスターだ。

そのワイルドラットの群に囲まれていたのだ。


その数、およそ十匹。


「多すぎだろ!」


思わず叫ぶが、その途中でジャックは気付いてしまった。


村から町まではチュートリアルのようなものではあるが、厳密に言えばそうではない。もしそうなら、村でジャック達が会うことはなかった筈だ。

おそらく、町までの道のりにはプレイヤーの数に比例してモンスターがポップするようになっていたのだろう。


そして今、村には今だおしゃべりを続ける集団がいた。


「あ、あはははははは・・・」


空笑いを浮かべるジャックに、ワイルドラットの群が飛びかかった。


「ひぃぃぃぃぃぃ!!」


ジャックは初期装備の武器を構える暇さえ与えられず、ワイルドラットの群に押しつぶされた。


「ひでぶ!!」





ジャックは初の死に戻りを経験したのだった。


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