そっくりな僕たち
だだっ広い野原を一人の男が歩いていた。長いコートに大き目のリュック、布で顔の下半分を隠している。手首にはくすんだピンク色のハンカチがきつく巻きつけられていた。
北のほうからやってくる旅人は皆一様にこのような格好をしていた。
彼は急に歩みを止めた。 正面から人が来たのに気づいたからである。街に近いところならともかく、こんなところで他の人間に会うことはまれで、嬉しいというよりもつい警戒してしまう。金目のものを狙って襲い掛かってくるやつもたまにいるからだ。
しかしだんだん二人の距離が近づいてきて、相手が大柄だが口ひげを蓄えたかなり年老いた男だと分かり、ほっと息をつく。
老人は彼に気さくに声を掛けた。
「やあ。こんな辺鄙なところで人に会うとはめずらしい。その格好だと、そちらも旅をしているものですかな。」
「ええ、まあ。」
「ほう。随分若いようだが、どのくらい旅を?」
「あなたよりも短いことは確かだと思います。」
それを聞いて老人はほうほうとまるでサンタ・クロースのように笑うと、地面に座り、軽く自分の隣を叩いた。座れということらしい。
「それはそうだろうな。さて、そんなおれはもうこの先長くない。これから出会える人も限られてくる。そう思うと、出会いの一つ一つは大切だな、と思うようになった。どうだい、こんな老いぼれでよければ、今までの旅のことやなんかを話さないか。おれは自慢じゃないが色んなところを回ってきた。もしや、あなたさまのお役に立てる話ができるやもしれん。」
彼は少し迷うそぶりを見せた後、小さくうなずいて老人の隣に腰を下ろした。老人はにいっと顔にしわをよせて笑って、自分のリュックから水筒と二つのカップを取り出し、中身をそそいだ。紅茶の良い香りがする。
彼は軽く頭を下げて、一方のカップを受け取った。
「さて・・・。どうせもう出会うこともないのだろうから、名前を聞いても意味は無い。あなたの故郷は、どのあたりですかな。」
「故郷・・・・・・。」
そうつぶやいたきり黙ってしまった彼を老人はせかすでもなく、話をかえるでもなく、ただ待っていた。彼は無意識に自分の手首にまかれたハンカチをぎゅっと握る。しばらくして、彼の口から一つの村の名前が吐き出された。
「ここからもっともっと北の村です・・・。小さな小さな村です・・・。隣の村まで行くのには丸一日かかるような、孤立した村です・・・。村人のほとんどが、その小さな村の中で生まれ、生き、外の世界を知らぬまま死んで行きます・・・。」
老人の目が大きく見開かれた。それを見て、彼は大きくため息をついた。それはまるで、拗ねた子どものような表情であった。
「意外でしょう?」
もとの穏やかな顔に戻っていた老人が、柔らかな声で聞き返す。
「なにがだい?」
「何がって・・・。」
眉をよせて、右ひざを抱きかかえるように胸元へ引き寄せる。
「僕が北のほうの生まれだということがですよ。」
「いいや?言われてみれば、確かに北国の冬を通りぬけてきたもの独特の雰囲気がある。」
嘘つけ、とでも言いたそうな目で老人を軽く睨んだ後、彼はまたはあっと大きなため息をついた。
「そういうあなたの故郷はどこなんですか。」
老人は紅茶のおかわりを自分のカップに注ぎながら、ほっほっと笑った。
「わしに故郷はないなあ。生まれたときから、家族とともに旅をする暮らしだったからなあ・・・。でもまあ強いていうなれば、わしの故郷は今まで行った場所全てかのう。若い頃は、多くの旅商人と同じように、いつか良い街を見つけて家を建てて、そこで一生を終えようと思っていたのが・・・。いつのまにかこのとおり。まあ、わしには旅暮らしが性に合っていたということだろうなあ。」
老人は彼に顔を向け、微笑んだ。
「君は?」
「え。」
「君が、故郷を捨ててまで旅に出た理由だ。」
すると彼は唇をきゅっと引き結び、黙り込んだ。今度はなかなか口を開こうとしない。しばらく、風で草が揺れるさわさわという音だけがあたりに響く。
突然老人が立ち上がって、リュックを背負い、出発の準備を始めた。そして彼にさあ、と声を掛けた。
「さあ、とりあえずこの先の街まで行こうじゃないか。雨が降るぞ。」
「雨・・・・・・?」
空を見上げるが、雲ひとつ無い青空が広がっている。
「わしの長年の勘だ。雨のにおいがする。」
仕方なく彼も立ち上がって、やたらに早足の老人に続いた。
暗い色のくもが空を覆い、気温が急激に下がったのを感じる頃、二人はすでに街の門をくぐっていた。
年老いた夫婦が営む宿屋に入り、そこの1階にあるテーブルを挟んで、二人は食事を取っていた。食後のコーヒーを出してもらい、無言でそれをすする。
「あなたはこれからどちらへ。」
「うむ、わしは北へ行こうかと思っておる。」
「そうですか。僕は南へ行こうかと思っています。反対方向ですね。雨も明日にはやんでいそうですし。」
「そうだな。」
再び沈黙。机の上で揺らめくランプの中の炎を見つめ、手首のハンカチを撫でながら、彼はつぶやいた。
「まったく面白くないとは思いますが、僕の話を聞いてくれますか。」
老人は穏やかに微笑んだ。
「もちろん。」
僕の父親は、閉じられたその村の、唯一外の世界とつながる人でした。村人から集めた税金のようなものを使って村の外へ買い物へ行き、村で必要なものや、めぼしいものを仕入れて帰ってくるのです。ええ、基本自給自足の村でしたが、限界がありますから。それに今よりもっと便利な生活がしたいというのは全人類の望むことですからね。
父は三週間弱でたいてい村からそう離れていない街でいろいろなものを仕入れてかえってきたのですが、あるとき、一年くらいかえってこなかったそうです。事故にでもあったのか、と村人たちは不審に思いましたが、父は家族も恋人も無かったので、探しに行こうとする人はいませんでした。
するとひょっこり父が村に帰ってきました。彼の腕には小さな赤ん坊が抱かれていました。父はその子について多くを語ろうとはせず・・・。そして、そこから一年もたたぬうちに、死んでしまったのです。村人に分かるのは、後に残された子どもが異質であるということだけでした。村人たちの、揃いにそろった透き通るような肌と、蒼い瞳は、いつも氷のように冷たかった・・・。
・・・とはいえ、村人にも情けというものはあったので、僕は毎日働きづめではありましたが、なんとか生きてくることが出来ました。はい、村のはしに小さな掘っ立て小屋を建ててもらい、日ごと違う家の畑で仕事をし、食料やお古の衣服をもらって。
でも、このままずっと、雑用ばかりさせられて生きていくのかと思うと・・・。
「それで、村を出たわけか。」
「いいえ!」
いいえ、決して逃げたわけではありません。僕は知りたかったのです。僕はだれから生まれたのか。父はなぜ異国の、恐らくは南方の女と結ばれたのか。なぜ父は僕を連れてまたあの村へ帰ったのか。僕の母は僕を育てる意思があったのか・・・。
僕は母から受け継いだこの肌と瞳のせいで、しなくてもいい苦労をしてきたんだ。僕には知る権利がある。
老人は頬を紅潮させてはあはあと息をつく彼を、じっと見つめた。そして静かに口を開いた。
これはわしがまだ君ぐらいの年のころだ。わしは、山奥のちいさな村にたどり着いた。存在すら知られていないような村で、一部では幻の村とも呼ばれていた。地図にすらのっていなかったが、わしは偶然そこへたどりついた。
そこで見た光景は衝撃的だった。そこの住人はみな顔が瓜二つなんだ。全く見分けがつかないくらいな。子どもたちもそうだ。違うのは身体の大きさと・・・表情にあどけなさが残るだけ。わしは呆然として、草陰に隠れて、その村の子どもたちが遊んでいるのを眺めていた。すると、おかしなことに気づいたんだ。10人くらいの男の子が、1人の男の子を追いかけながら、石をぶつけているのさ。そこまでならいいのだが、追いかけている側の子たちが口にしている言葉が印象的だった。
〝ガイジン、ガイジン!〟〝変な奴!〟とな。わしから見て、それを言われている男の子は、他の子とまったく同じに見えた。
そしてよくよく目をこらしたわしは、愕然としたね。いじめている子達の瞳は深い青。いじめられている子の瞳は灰色がかっていたんだ。ついに泣き出してしまったその子を囲んで、周りは〝そいつの涙に触るな!めんたまが気持ち悪い色になるぞ!〟と言って、げらげらと笑っていた・・・。
わしはその村を離れ、山を抜けようとしたが、迷ってしまった。夜になり、途方にくれていると向こうのほうに灯りが見えた。近づくと、小さな集落でな。ひとまず助かった、と思い、手近な家のドアをノックした。はあい、とかわいらしい女の声がして、扉が開いた。
わしはこしを抜かしかけたね。だってそこにいるのは目が三つ、足が四本、手が二本、肌は鮮やかな緑色をした、見たことも無い生物だったもんだから・・・。
「うそをつかないでください。そんなのいるわけないじゃないですか。」
彼は眉をひそめた。
いやいや、世界は君が思ってるより広いのさ。彼女はぽかんとしているわしを見ると、礼儀正しくあいさつをし、あたたかいスープを飲ませてくれた。湯浴みまでさせてくれてね。その間に集落の長を呼びに行って、風呂上りのわしと会わせてくれた。
村長は手の上に乗るくらいの大きさのねずみだった。ねずみ特有の甲高い声で、疲れきっていたわしをねぎらい、空き家にこころゆくまで泊まるようにと言ってくださった。
次の日の晩にはわしの為に宴を開いてもらった。もうそのころにはわしもたいていのことでは驚かなかったが、しかしものすごい光景だったな。足が無いものから、数え切れないものまで。手も同様。肌の色も茶色とか白のレベルじゃない。赤から紫から緑から青から、そうそう、赤と白の縞模様なんてのもあったな。めでたいめでたい。
「・・・なにがめでたいんです?」
「ん?ああ、東洋のある小さな島国では、赤と白の組み合わせはとても縁起のいいものとされていてね。あそこはいい国だ。死ぬ前にもう一度くらいは行っておきたいね。」
「はあ。」
わしはその宴で長と次期の長であるという大男の間に座らせられた。周りはわしとその大男を見て、感嘆の声をあげたね。「なんて君らはそっくりなんだ、瓜二つだ。」と。
とはいっても、わしは真っ白な肌に漆黒の瞳、ひょろひょろの身体。相手は黒い肌に緑の瞳、頭は丸刈り、筋肉むきむき。わしの腰がそいつの太ももくらいあったね。いやそれ以上かも。似ても似つかん。しかしわしがそういうと、皆が首・・・的な部位をかしげて、不思議そうにいったのさ。
〝手が二本に足が二本、目が二つに耳が二つ。鼻と口が一つずつ。それがついてる場所だって同じ。逆にどこが違うんだい。〟と。
「・・・・・・。」
「老いぼれの勝手な話を、もう少し聞いてくれ。人間、母親に会いたいと思うのは当たり前。自分の生い立ちが知りたいのも当たり前だ。しかしな、お若いの。異端視されていた君に、君の父親の情報を話してくれた人は、だれだ?辛い思い出のあるその村を、君に故郷と呼ばせているのは、なんだ?だれだ?君の手首に結び付けられている、美しい刺繍のついたハンカチ。随分色あせてるな。北方の国では、旅に出る人に、刺繍をほどこした布をお守りとして渡す習慣があるところが多いと聞いた。それをくれたのは、だれだ?」
「・・・・・・。」
彼は膝の上でぎゅっと手を握った。
「もう一時だ。そろそろ寝ようかね。」
老人はテーブルから立ち上がり、宿の階段を上っていった。彼は暫く動かなかった。
日が随分と高くなったころ、老人と彼が泊まった宿屋に、1人の貴婦人がたずねてきた。日傘をたたむと、美しい黒髪と褐色の肌が現れた。瞳は小さな宇宙のごとく真っ黒である。
彼女は老人と目が合うと小さくほほえむ。
「ごぶさたしておりましたわね。旅人様。」
「ああ。元気そうで良かったよ。しかし、非常に申し訳ないのだが、君に会わせたかった人が宿を出てしまってね。無駄足を踏ませてしまった。」
「あら、全く気にしませんわ。私は昔、北の孤独な村から買い物に来たという男と恋に落ち・・・。しかし今の主人といういいなずけがいて・・・。それでも私はどうしても彼をあきらめきれず、駆け落ちを決意しましたわ。でもそのせいで私の生家は破産寸前に追いやられ、それを彼に話したところ、彼は私の邪魔になってはいけないと、生まれたばかりの子どもとともに、ある朝突然姿を消したのです。後には手紙が二通。一通は私の生家と、夫の家に向けられたもので、〝遊び半分でこの女に手を出し、むりやりさらったが、興味がうせた。あとはどうにでもしろ〟という内容。もう一通は、私だけにあてられたもので、〝子どもは自分が責任持って育てる。君と一緒にいれなくてすまない、愛している〟という内容・・・。当時の私は切なくて悲しくて、川に身を投げようとしていたところを、あなたに救ってもらった。あなたは、私が死んでは、彼の想いがすべて無駄になるといって私を慰めた。そして、もし私の息子にあったら、愛する人を大切にしてほしいと、出来れば愛する人のそばにいて、相手を幸せにするようにと・・・私が親として息子に教えてやれなかったことを、誠心誠意伝えると、約束してくださった。あなたが私の息子に会ってもわからないのは重々承知でしたけれど、それでも心が晴れましたわ。これからは大切なあの人の思い出を胸に、主人を支えていこうと、思うことが出来たのです・・・私が今ここにいて、笑っていられるのは、あなた様のおかげ。」
いやいや、と老人は穏やかに笑った。反対に、貴婦人の顔がくもる。
「でも、息子は今笑えているのか、そこだけが気がかりなのです。もしあの子が今幸せで無いのなら・・・。」
「大丈夫だろう。」
老人は微笑み、目の前の女性に、ピンクのハンカチを握り締めていた彼の顔を重ねた。固そうな黒髪、褐色の肌、気の強そうな、真っ黒の瞳。引き結ばれた唇。
「あなたの息子じゃないか。たとえ迷い、大切なものを見失うときがあったとしても、まっすぐ愛を注ぐ力を、その子はあなたから受け継いでいるはずだ・・・。」
彼は大きく深呼吸をしてから、一つの村の中に足を踏み入れた。目を細め、懐かしそうにあたりを見回す。そして道の端にあった小さな井戸に近寄り、愛おしそうにすっとなでた。
そこへ薄汚れたエプロンをした恰幅の良い女性がやってきた。彼と目が合うと、「ひっ」と小さな悲鳴らしきものをあげ、あわてて村の奥へと駆け出す。
彼は一瞬呆れたような笑みを浮かべると、口元を引き締め、自分も村の中へ入っていった。
「悪魔の子が帰ってきた・・・・・・」
「見ろよ、あの真っ黒な肌・・・。神に見放されている・・・。」
「瞳の色は、ほら、カラスのごとく黒い。悪魔の証さ・・・・・・。」
村は静かだった。その静寂の隙間を縫うかのように家の窓や扉の隙間から、村人のささやき声や鋭い視線が彼に浴びせられた。道の真ん中で遊んでいた女の子を、母親らしき女性が慌てて家の中へ引っ張り込んだ。〝何やっているの、食べられちゃうわよ。〟そんな言葉が彼の耳に届いた。
しかし彼は迷わず村の奥へと進んでいく。そして一軒の小さなレンガ造りの家屋の前に立つと、大きく深呼吸して、ノックした。
「はい。」
薄く開けられたドアの隙間から、他の村人と違わず金髪に青い瞳、真っ白な肌の女性が顔を覗かせる。その瞳が彼を捉え、見開かれた。
次の瞬間、その女性は彼の腕の中にいた。涙が溢れて、頬をつたう。彼の腰に結び付けられている彼女の刺繍が施されたハンカチを見つけ、泣き笑いの表情になる。
「遅い。」
「ごめん。」
「お母さん、見つかったの。」
「いや。」
「そう。また、ここを出てくの。」
「・・・そう思ってる。」
「・・・そう。」
でも、と彼は彼女の肩を強くつかみ、まっすぐに見つめた。
「今度は、君のハンカチじゃなくて、君自身についてきてもらいたい。僕が追いかけて、捕まえなきゃいけないのは、生きてるかどうかもわからない母親じゃない。でも僕がここに戻ってきたら、僕ら二人とも辛い思いをする。だから、村を出るしかないと、思う。これから、君の言うこと、なんでもきくよ。だから、今だけ、僕のわがままをきいてほしい。」
僕と一緒に、来て。
呆然としていた彼女の目から、ぼろぼろとまた涙がこぼれた。彼の肩にぎゅっとしがみつく。
「その言葉も、遅い。」
「ごめん。」
「あたしは、あなたが出てったあの日も、ずっと、ずーっと、ついてきてって言われるのを待ってた!」
そう言って彼女ははじけるように満面の笑顔になった。彼も微笑んで、彼女の手をつかみかけだした。そして、村全部に聞こえるんじゃないかという大声で叫ぶ。
「僕は、この子をさらってくぞ!」
そんでなあ、
「お前らの忌み嫌う悪魔は、この子と一緒に、お前らの何倍も幸せになってやる!」
彼の突然の人攫い宣言に、慌てて木の陰から飛び出してきた男がいた。彼女の父親だ。彼女はびくりと一回肩をすくませたが、彼の手を強く握りなおし、笑顔になった。
「お父さん・・・・・・。」
ばいばい、というように手を振る。
「晩御飯、机の上に置いてあるから、あっためて食べてね!」
彼がぶっと吹き出し、二人は子どものように楽しげな声をあげて、村を出た。
「おーう、久しぶりだなあ、旅人さんよ。結構老けたなあ。」
老人に声をかけたのは、目と鼻と口が三つずつの生物だった。
「ああ・・・。死ぬ前にもう一度この村には来たいと思ってな。あなた様は全く変わらんなあ。」
「そうかい、旅人殿。随分腹が出たとこの頃気にしていてね。しかし基本この村のもんは老けないからなあ。」
そういいながら吸盤がついた指で腹の肉をつまむ。
そこに例の長が現れた。ねずみ特有の甲高い声で、ちいちいとあいさつをする。村の中心にある集会場に案内された。昔訪れたときにはなかったものだ。
「旅人殿、よくいらっしゃった。くつろいでくだされ。」
「ありがとうございます、長。」
「いやいや。わしはもう長を引退してね。今はこやつが長じゃ。」
ねずみがぺしぺしと自分を肩に乗せている大男の首を叩く。
「ほう。」
「ふん。そんなの建前だよ。俺がこれに偉そうな口利けるのはこれが死んでからだ。今もぜんぜん頭が上がんない。」
「こら、ひとをこれとはなんだ、これとは。」
「すいません・・・。」
老人はほっほっと笑った。
「そういや、ちょっと前に、お前の知り合いだっていうやつが来たぞ。お前にそっくりなやつだ。目と耳と手と足が二つずつでなあ、鼻が一個でなあ。母親探しの旅の途中、お前に会ったそうだが、心当たりは?」
「もちろん覚えとるよ。髪も瞳も真っ黒の青年だろう。」
大男は髭のだらしなく伸びたあごを撫で、首をかしげた。この村には個性的な特徴をもった容姿のものばかりなので、そんなに細かいところまでは覚えていないらしい。
「うーん、そうだったかなあ・・・。ああそうだ、お守りだって言うピンクのハンカチをいつも手首に巻いてた。」
「ああ・・・・・・。」
「夫婦仲むつまじくてな。うらやましくなっちまった。」
「夫婦?連れがいたのか?」
大男がうなずく。
「おうよ。ぴっかぴかの金髪だ。最初本物の金じゃねえかと疑っちまったぜ。まあ他はよく覚えてないが。なんでもお前にこの村の話をきいて、やってきたんだとよ。そんで、もし今後お前がここにきたら、こう伝えてくれって言われた。」
今僕らは幸せです。
だとさ。
老人は一瞬瞠目してから、ほっほっと目を細めた。
了