稀代の猫
こんにちわ。
自称・新人小説家のアヌゥポンです!
これは少し前に書いた文で、異能系の物語です。
人間と魔族が争う世の中。
そんな中にも友情や愛情。
そして何より主人公が強くてサクっと敵を倒すのを見るのが好きな人にはいいかもしれません。
できれば感想いただけるとありがたいです。
~~~序章~~~
ある方の視点となれば、もう一方は、世の中に広く知れ渡り強大な勢力があるけれど、纏まりの無い殺人集団。
逆になれば、自分達の領土を侵す偽善者。
見方によって世界は変わる。自分が相手をどう思っているのか。相手が自分をどう思っているのか。理解し合うのは難しい。
分かり合えるだけの環境が揃っていればある程度は可能なことだ。お互い素直に話し合えばいい。そうすれば一部だとしても相手にどう思われているのか分かる。
しかし、それは叶わない。いや、お互いに叶えようとする者が少なすぎるから不可能なのだ。
分かり合うには二つの条件がある。
一つ目に、お互い理解し合おうという意思が無くてはならない。
二つ目に、もし、それが集団同士ならば、多くの人が理解と解決を求めなくては、対談は成立しない。
その他言語の問題もあるが、一番なくてはならないのは伝えようとする心思。それがあればいつしか言葉の壁というのは乗り越えられるものだ。
ただ、心思がなければ未来永劫、手を握る日は来ない。双方が伸ばさなければ手を繋げる分けはないのだ。
それぐらい他人と自分との間にある溝は深い。だが、種族が違えどその溝の深さは変わらないはずなのだ。
――お互いに手を伸ばそうとしないだけで。
1、稀代の猫
真っ暗で誰もいない森をするすると歩く。人の気配は全くしない。人がいたとしても、気付かれないかもしない。俺の黒いローブも黒い服も黒い髪も黒い耳も黒い尻尾も醸し出す雰囲気も闇に混ざっているが如く漆黒だった。
なるべく接触を避けたいから。
自分の姿を見れば人は叫ぶだろう。襲ってくるかもしれない。武器を片手に。それが幾度と無くあった。
俺が何をしたって言うんだ?
かといって、人間が同じく忌み嫌う者のもとへと行けば汚点と口々に言い、しまいには殺意を向けくる始末。
俺という存在を受け入れてくれるものは何も無い。
始めは罵倒されながらも人間の嫌う向こう側に居た。僅かな間だったが、帰る場所が生まれた。
逃げ出してきた今となっては帰る場所も行く場所も無いが故に、こうやって人間の町を転々としている。頭から斜め天に向かって生える猫耳をローブのフードで隠し、尻尾もぶかぶかの黒ローブにしまいこんで。
身に付けている物は途中寄った町々で親切な人から渡された品々。俺が何なのか分かった上で恵んでくれたのだ。中には「好きなだけ泊まって行けばええよ」なんて言ってくれるおばさんも数人いたが、そんな人にこそ一緒にいて迷惑を掛けたくないと思い、結局一人旅を続けている。『魔族』をかくまったと知れれば処刑は免れないから。
ゆっくりと道なき道を歩き続ける。次の町までどのくらいなのか分からない。次行く場所に町があるのかも分からない。真っ直ぐ進んでどこに行けるかも分からない。
前に見えるのは自分を飲み込むように広がる闇、木々。
初めの頃は孤独を恐れた。だが、人間も魔族も慣れるもので、孤独でいることが一番楽になってしまったのだ。
甲羅の中にずっといれば、もう失うもの何てないだろうから、恐れる必要はなくなった。篭ることの弊害は幾つかあった。自然と感情を表に出して理解を求めなくなったり、極端に誰かと関わることを嫌がったり。でも、自分自身のことだけ分かればそれでいい。自分だけを見失わなければそれでいい。
そう、失うもの。一つあったな。自分だ。
自分は最後の砦だ。失ってしまえば戻らない。
狂ったとき助けてくれる者がいない。
それが何よりの恐怖。
「ちょっと、そこの黒ローブ」
ハッと振り向くと後ろに自分と同じくらいの年代の青年が立っていた。普段、近付かれれば気配で察知し逃げたのだが、偶々考えごとをしていたのと、深夜こんな場所に人はいないだろうという先入観が手伝って・・・・・・言い訳しなければ油断していた。
だが、今からでも間に合う。
そうして腰に提げた刀にスッと手をあてた。ローブの中だから相手からは分からない。ちなみに刀は旅の途中に出会ったクルーと名乗った人がくれたもので、あまり刀に詳しくは無いのだが、値打ちはかなりだと思う。何千回と切れ味がそれを証明していた。
「なあ、お前ネコか?」
この『ネコ』というのは言わば業界用語のようなもので、追うものをネコ、逆に追われるものをネズミという。
つまり、彼は間接的に「君は誰かに追われているのか?」と俺に問いたのである。
「・・・・・・ネズミ」
俺は最低限の文字数で返した。警戒していなくともこうなる。弊害の一つだった。
「そっか。ならいいや。好きにこの先通ってくれ」
青年は信じたらしい。まあ、それは普通だ。正直に答えることでお互いに利益が生まれ、嘘を付くことはお互いに被害が出る。無意味な争いを避けるため、正直に話すことが一番なのだ。ネコかネズミか白状したところで、どんなネコに追い駆けられているのか、どんなネズミを追っかけているのかは分からない。人間であるか魔族であるかも。
だから情報の漏洩は後々面倒だが、嘘で報復を喰らうよりはマシだ。今、目前にいる彼も同じ考えなのだろう。
「・・・・・・お前は?」
端的に訊く。
名乗ったのだから、相手も名乗らなくてはならない義務があるように、情報は同じだけ吐くのがマナーであり多くある暗黙の了解の内の一つ(正直にネコかネズミか白状することもその暗黙の了解の中に入る)。
「ああ、わりぃ。オレはネズミで名前はコラッカ。実名は分からない。コードネームしかないんだ」
予想を越える情報提供に俺は目を丸く見開いた。
嘘はつかない方がいいとはいえ、俺がネズミである確証はない。もしかしたらネズミ取りかもしれないのだ。
業界用語解説
【ネズミ取り】
意味
・ネズミ(追われるもの)を罠にはめたりして捕まえようとするネコ(追うもの)のこと。一般的なネコよりも小癪な手を使うネコや、暗黙の了解を破り、互いに被害を出す愚かな行為をするネコの呼称。嘲笑の意が込められている。
「・・・・・・名前は無い」
同じだけ答えるのがマナー。だから答えた。
それにコラッカは驚いた顔をした。
「そっか。コードネームも無いの?」
「・・・・・・・・・・・・(こくり)」
静かに頷く。
「不便じゃないか? PT組んでたりしないの? あ、オレはいる。この先に巣があるんだけどよ」
質問攻めにしたことに気付き、自らの情報も提供した。
【PT】
意味
・利害が一致し、手を組んだネコとネズミで構成された一つの集団。人数はマチマチで二人だったり、百を越えたりもする。ネズミ同士のPTをネズミPTと呼び、根城をネズミの巣という。一方ネコだけのPTをネコPTと呼ぶ。ネコの表の根城はギルド。裏に隠されたギルドをリバースギルド(リバギル)と言う。ネコとネズミで組んだ集団やそこに属する個々を童話から用いてコウモリと呼ぶ。
また、PTを組まないネコやネズミを一匹オオカミが由来とされる、オオカミまたは黒猫と呼ぶ。オオカミが広く一般的で、黒猫は一部でしか使われない。
「・・・・・・オオカミ」
「つまりソロだと。このご時世、頼れる仲間が無いとやってけないでしょ」
「・・・・・・別に」
「そっか。ま、うちはネズミなら大歓迎。PT組むか? ・・・・・・そうだ。寄ってくか? 歩き疲れてるんじゃないの? 休憩していくだけでもいいけど?」
「・・・・・・・・・・・・」
どう考えてもこのコラッカという男は怪しい。確認も無しにPTを組もうとする時点で不審なのに、休憩していくだけでもいい、だと? ネコに俺が内通しないとも限らないのにか? 巣はなるべくPT以外が知らない方がいい。漏洩防止のために知った外部者を殺すPTまでいるくらいだ。コラッカが甘い言葉で誘惑する『ネズミ取り』の可能性は十分にあり得る。いや、ネズミの可能性が薄れていた。
親に捨てられたというのも、同情をかったり、仲間意識を持たせる策略に多用されるので信用するべきではない。それと同じくらいに『捨てられた子』がいるのもまた事実なのだが。
「・・・・・・目的の場所がある」
嘘。目的なんて無い。基本的に嘘はご法度。でも、深入りしないのが得策と、何も気付かないふりをして消えるのが最善の策だと考えたから嘘をついた。
「うーん。そっか。気が変わったらいつでも来てくれよ。いつでも一人は見張りがここにいるはずだから」
「・・・・・・ああ」
もしコラッカがネズミ取りなら、ここで引きとめられると思った。逃げられたら元も子も無いからである。
じゃあ、もしかするとネズミ取りじゃないのか。けど、安心したらだめだ。仲間がこの先で待ち構えて不意を突いて、強襲をかけてくるかもしれないし。
俺は愛想笑いも浮かべずに、コラッカの隣を素通りした。
暗い森を直進する。
しかし、長々と、
「じゃ、機会があれば、またなー」
大きく手を振るコラッカの声が聞こえた。
二十キロくらい歩いたところで夜明けと共に町に着いた。
直線距離は大したことなかった。が、ここは山岳地帯で山が多く、道が制限されていた。だから大きく迂回し、それなりに時間がかかってしまったのだ。
着いた町の規模は有名な町と比べれば小さめだけれども、旅の途中立ち寄って来た平均以上の大きさではある。
人はちょくちょくと見掛けたが、自衛団体や早朝の散歩を楽しむ一部の町人だけだった。
とりあえず、眠い。
安全に眠れる安息の地でも探すか。
一匹オオカミなので、規則の整った行動はしない。あくまで気ままに。まあ、民家の屋根の上で風を感じながら仮眠を取るのが好きだったりするのだ。
ぽかぽか陽気のときは特にいい。
ずっと睡魔と戦っていた。森で寝ずに歩き続けたのには訳があったのだ。元々俺はネズミ、魔族側や人間側の追っ手がこっそりと後をつけているかもしれなかったから。それにコラッカの件だ。罠にはめられたら面倒臭くて堪らなかった。
「・・・・・・その心配は無用だったようだけど」
最後まで現れなかったのは、そういうことを意味する。コラッカはネズミであって、言っていたことのほぼ百パーセントが本当だったのだ。
まあ、後悔はないけど。
俺は誰かと関係を持つことを嫌う。
自分の性格なのだ。良く分かる。
今までに出会わなかったくらいフレンドリーだったのは認めるが、それを認めたところで何かが変わるわけでもない。
この先もう出会うことは無いだろうから。
これっきりだ。
もう、出会うなんてことは絶対にないはず――
「お、黒ローブじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・」
――なんだが。
俺の格好は何ていったって目立つ。全身黒で覆われていれば通行人の目に止まるので、町の自衛団体に声を掛けられることが多い。とあるそれぞれの事情から、ネコやネズミがローブで姿を隠すことは良くあるから、偶に「あれ? 君この前の・・・・・・」と勘違いされることが度々あった。その類である確率はまだ否定されてない。
そういえば、なぜだかこの町に来てからはまだ話掛けられていないな。チラチラ視線は感じるのだけれど。 見て見ぬふり、みたいな。
町の自衛団体らしき兵装の者も見過ごしていた。
平和ボケか?
黒ローブなんて不審者同然だったというのに。
それはさておき、
「おいおい。無視するのは酷くないか? 昨日会ったでしょ」
昨日会ったのは一人。こいつの対処が先だ。
「・・・・・・何?」
振り向くとニコニコと笑顔のコラッカがいた。昨日とは服装が違う。
あれから俺は真っ直ぐにここに向かった。なのに何でコラッカがここにいるんだ? 移動系能力者?
「実はな、お前さんが迂回した山が巣になってるんだ。中にコンクリで固められた通路があって、そこを通ればここまですぐにこられる」
心を読むように、ひっそりと耳打ちした。
コラッカは声を極限まで小さくし、耳元で呟いた。
道で巣の話をネコに聞かれ、巣ごと総締めされたのを目の当たりにしてきた。
ネズミは大体、賞金が掛けられているから、ネコも大体は賞金稼ぎとなっているのだ。
【ちょっとした解説】
・ここでいう『大体』に入らない者もいる。個人的な怨みでネコと化す者。借金取りから逃げるネズミ、などなど。特定のネズミしか追い駆けなかったり、特定のネコからしか追い駆けられないネズミ。その者達を二人おにごっこと例えることが多い。
「んで、ここが目的なのか? あ、オレはうちのPTメンバーの鍛冶屋まで用があってな。いやー、巣にもあるんだけど、ここで一般客相手にお金稼いで貰ってんよ」
あはははは、と笑うコラッカ。
必ずしも情報は等価交換。
情報を訊ねるときは、まず提供してからが基本。何度も言ったけどな。
「・・・・・・そう」
特別な目的があったわけじゃないけど、言ってしまったことは取り返しのつかないものだ。後は適当に辻褄合わせをしておけばいい。これで被害が出るんじゃないのだから問題ない。
嘘も方便ってやつだ。
それにこの町限定じゃないのだが、次行った町にあればやろうとしていたことはあった。だから嘘は嘘でも 結構曖昧だ。
「・・・・・・リングの調整」
「リング? リングってあれか? 能力のコントロールするために腕に持っとく物か? へぇ、お前さん能力者かぁ。あ、一応オレも。言わずもがな、だろうけど」
右手に装着した赤い光沢を持つアクセサリをチャラチャラと鳴らしてみせた。それは能力をコントロール型のアクセサリ。
他に、能力強化アクセサリ、能力封印アクセサリなど。この三つが主にどの地でも有名である。
「一緒に来っか? さっき話した鍛冶屋やってるメンバーが魔具の製造、強化、修理まで出来るんだぜ。凄いだろ? つか、鍛冶屋と名乗るには手広く扱いすぎだと思わない? 何でも屋みたいになってんだよな。ま、積もる話はついてから、でいいよな。うんうん」
危険はないだろう。もし、危険が多少あったとしても、実際一人で生きて行ける世の中ではないのだから、人と最低限の接触は覚悟の上なのだ。だったら、悲鳴を上げられて得物持って追い掛け回されるより、似た事情のネズミとの接触の方が幾分マシ。
どうせ危険は何をやるにも付き纏う。
産まれた星の元。嫌な運命だ。
「・・・・・・行ってもいい」
「そっか。じゃ、ついて来いよ」
「・・・・・・(こくり)」
俺は無言で頷いた。
それに対して満足げにコラッカは歩き出す。
ローブを着ていて、相手から見える素肌は目の周りだけなのが原因なのか、稀に頷いても視認されない。
だからコラッカは雰囲気で察してくれているのだと思う。
つくづく理解不能。無名のネズミ(懸賞額が低いネズミ、また懸けられていないネズミ)を助けることに何の利益があるのやら。有名なネズミなら、上手く騙せば一生遊んで暮らせる大金が手に入るのだけれど、政府が俺を賞金首に指定していないから、首を切ったところで一円の価値もない。
なぜ俺がネズミ状態なのか。人間から嫌がれるのは単純に魔族の血を引いているからで、魔族に追われるのは情報漏洩防止だ。
先導するコラッカの背中を見て考える。
うにゃ。まるで分からないぞ? フレンドリーになる必要性も、助ける必要性も向こうにはないのであろ う。
うーん。
恩を売って、後で何か手伝って欲しい、とか?
それはあり得る。
曲がりなりにも、流れる血だけはいい。夢のコラボで産まれたのだ。
しかし素直に喜べないのが現状。理由は簡単明確。それ故、ネズミと化してしまったのであるから。
――魔族と人間。それも良血な子。
愛は種の壁を越えた、なら聞こえはいいけど、子供のことを何一つ考えていない無責任な親とも言えるのだから困ったものだ。非公開だったのがせめてもの救い。そうでなければ、今頃、あの世で親に殴りかかっていただろう。
姿が人間ならよかったものを、父親(王家猫獣魔族)の血が色濃く出たらしく、耳と尻尾があった。それ以外は母親(王家十二系列)に似た。
二人とも世界的に有名なので、秘話や顔写真は幾許と脳に焼きつくほど見て来た。
今更だ。
「・・・・・・ここ?」
ローブから腕だけだし、俺は一軒の建物を指差した。
ここは、十字通りと呼ばれている(コラッカ談)大通りから二本外れた細い民家を過ぎたところにある。町の片隅だ。実地条件から、一番値段が安いところを選んだのであろう。容易に想像できる。それに、無意味に人目につくのは避けたかったのもあると思う。
鍛冶屋の大きさは他の一軒家と大差なく、造りに関しては全く一緒。内に熱に強い素材が使われているのだろうが外見はどこぞの家だ。
「な、なんでわかったん? やっぱ雰囲気とかちゃうの?」
「・・・・・・それ以前に何で訛った」
コラッカはそっち方面出身なのか。
「元々はこういう喋り方なんやけど、初対面では恥ずかしいやろ? まあ、ぶっちゃけ似非や。やっぱ気にいらんかったん?」
「・・・・・・言語にこだわらない」
無理に正してもらわなくて構わない。別に気分を害されることはない。それどころかフレンドリーの根源が分かってよかった。
「ま、ならいいやろ。んで、何でわかったん? それがすんごーく気になるんや」
見た目じゃ分かり難い。そりゃ、火事屋って書いてあれば流石に分かるけど。でも、
「・・・・・・何で火事屋? 鍛冶屋じゃなくて?」
「ああ、それは何というか、あれや。その、「何で!?」て思うたやろ?」
「・・・・・・まあ、」
頭大丈夫か、とも思った。
「でも、実際はいってみたら、あらビックリ。鍛冶屋でした。どう思う?」
「・・・・・・どうも思わない」
「えぇ!? ホンマかいな! なぜ分からん! 嘘やろ! 嘘だといってくれ!」
「・・・・・・・・・・・・」
まず、嘘つく意味が分からない。その前にコラッカの思考回路が分からない。
「・・・・・・入らないの?」
コラッカに言ったのだが、
「いいんや。わいはどうせアホなんや。国家試験の試験管に「試験はボケなくていいよ」とかいわれちゃうんや」
なんだかショックで地面に話しかけていた。
やっぱり思考回路が理解出来ない。
少しの間だけ人間観察を続けていたけど、鍛冶屋(火事屋?)の前で佇むのはもういい加減飽きた。
「・・・・・・入らないの? パートツー」
「そうやな。オープン・ザ・ドア(ガラガラー)」
スライド式の扉が開く。復活の早さに驚嘆しつつ、コラッカに続いて中に入ろうとしたとき、
「・・・・・・む、殺気!」
サッと一歩引く。
「しまったぁ――――――――――っ!」
黒い円柱の影が鼻先を掠めていった。
そしてコラッカの断末魔。
俺もぎりぎりだったな。下手したら当たっていた。
道を横断して、避けられなかったコラッカの体が、蹴られた鞠の如く反対側の民家に衝突した。
お、バウンドして戻ってきた。
「くそ。毎度毎度・・・・・・。わいには進化っちゅうもんがないんか・・・・・・(カク)」
「・・・・・・あ、息絶えた」
力尽きた屍から目を離し、ぶつかった壁を見やると、新しく付いた凹みの他に、その民家の壁には以前からあったような、衝突の痕跡と思わしきものが。それによくよく見れば、左右の民家より、鍛冶屋の向かいにある民家は壁が厚塗りされていた。
ホントに一度や二度じゃないのだろう。
こんなのが日常茶飯事なのか。
それに住人は対応しているのか。
ちょっとおかしい。
物騒なんだけど平和で。
ちょっとした面白さがあって。
「いってててぇ、何すんだボケッ!」
「こっちのセリフだよ!」
扉から現れたのは、意外にも華奢で元気な少女だった。帽子を深くかぶり、身長は小さめ。長身ではない(低いわけでもない)俺よりも頭一個と少し低い、総合的には普通の女の子だ。
・・・・・・手に持った巨大な黒い鉄の塊は普通じゃないけど。
「だれ? 『いいか? わいが入るときは必ずノックするねん。トン、トトトンってリズムでな。もししなかったときゃ、それはよそもんやさかい、気をつけて、慎重にハンマーでブチ飛ばすんやで?』とか自信満々に言ったやつ!」
小さな女の子がぎゃーぎゃー文句をぶつけた。
コラッカが言ったであろうセリフの前半は警戒しているだけだからまだいい――わけない! 一般客が来るところだから、ノックとか知らないで扉開けちゃって巨大ハンマー(推測二メートル)で打たれたら間違いなく即死だ。
「わいが言ったこと覚えてるとでも思ったんかいっ!」
それは酷い言い草だと思う。女の子が怒っても致し方ない。
「じゃあ誰だよ! 『信用しなさい。わいは現人神や』とも言ったやつ!」
「あ。・・・・・・今思い出したわっ!」
予想以上の最低野郎だ。PTにおいて信頼を裏切るなんて。
「もう、コラッカの何を信じればいいんだよ!?」
「ふっ。お前が決めればいいことや(キラーン)」
「何その『俺、かっこいいこと言ってます』みたいな澄ました顔。めちゃくちゃムカつくんだよ!」
「ちょ、やめ、ムカつくんだよとか言いながら、ハンマー振りかぶげぼらぐひゃ――――――――――っ!」
「おらああぁぁああ!」
ガンと鈍い音と二回目の断末魔と少女の雄叫びが耳にうざったく響く。あと、衝突音も。
今度こそ死んだんじゃないか?
細い腕のどこにコラッカを打ち上げる力があるのか恐怖を覚えるほどの威力。風圧が離れた俺にまで届く。ぺっちゃんこになっていてもおかしくない。
「はあ、はあ、はあ。まったくコラッカは。・・・・・・んー? あれれ? 君誰?」
見付かったか。
「もしかして、ブルーハウンドのネコ!?」
グルルーと唸り睨みながらハンマーを構えた。
誤解だ。俺はブラックキャット一族の末裔。王家猫獣魔族。純血ではなく、人間の血半分だけど。さらに付け足せばネズミだ。
ブルーハウンドは魔族の中の青い猟犬と呼ばれる一族で、「力」の身体能力が魔族の中でも高位に位置し、ランクの高い能力を所持していた者が多い。だが、ここ最近仲間割れが起こり、総戦力が著しく低下している。身内が敵なのだから疑心暗鬼に陥り、逃げ出す者も少なくはないとか。そして、半壊したブルーハウンド族は、このことを他の魔族に知られ、滅ぼされるのを恐れ、逃亡者を皆殺しにしているらしい。
獣魔族同士、関係が深くない一族ではないので、げせぬ話だ。プライドと仲間意識は高いと思っていた。
情報は大切だが、もっと大切なものがあるんじゃないか?
第三者。傍観者になったことで初めて思うこと。
そして、
「・・・・・・人のこと言えない」
俺も殻に篭る亀だ。
「な、なにおぅ! 黒ローブの君! そういう言い方はダメだよ! ダメなんだよ!」
ああ、また誤解された。独り言だったのに。
「天誅ぅ――――――――!」
少女は身をひねってハンマーを引き、攻撃の態勢になったまま、距離を詰めた。
過去形なのは予想以上に早かったから。十メートル程度の距離だったが、凡人が何も持たずに走るのより早い。
そして振り下ろされる渾身の一撃。
武器を持った走りはスポーツ選手と同等の早さ。威力は岩石を山の上から落としたときのそれに匹敵する。・・・・・・そう考えると奴(只今道端で潰れている某コラッカ)は人間か?
奴はどうでもいいとして、とにかく早いのだ。重量系武器を振り回しているとは到底思えないくらい。
だが、避けられないスピードじゃない。避けられれば、威力は関係ない。
避けられるだけの反射神経と動体視力と能力があるのだ。
俺の右手を蒼く煌くほのかな輝きが包み、その手をハンマーにかざす。
「・・・・・・とう」
小さな掛け声と共に、能力を発動させると、右手に宿った光が刹那、眩く滅裂した。代わりに生まれた圧力が少女の攻撃をいなす。
「え? きゃあ!」
小さな悲鳴が聞こえ、するっと手でいなされて行き場を失った勢いは、地面に注がれた。いや、ハンマーが地面にめり込んだ。
地響き。
立っていたなら足をすくわれただろう。
だが、事実。足をすくわれることは無かった。
なぜなら。
黒ローブを翻し、中を舞っているから。
相手の頭上を背面飛び。そこからバックスピンで、
「・・・・・・よっと」
少女の背後に着地し、
「え? ええぇ!?」
振り向く前に、刃を首に掛ける。いつでも殺せるという意思表示。
「・・・・・・動くな」
「は、はいっ!」
状況を理解した少女が、びくびくと胴震いを起こす。
突き立てられたのは得物。あと一押しで首が飛ぶ。
相当びびっているのか、ハンマーも連動して震えていた。
「あ、ああ、あの。ウニ、じゃなくて、わたしはウニーラ・ブルーハウンド、だ、だだっだよ」
振り向かず、上擦った声で名乗った。
首に添えられた刀がそんなに怖いか。
先程、情報は等価交換といったが、敗者は無償で情報を提供しなければならない。しなければ殺される。
俺にその気は無いが。
「し、失礼ながら、き、聞くけど、君はウニを追うネコだよね?」
はぁ。ウニーラとかいう少女はまだ勘違いしてたか。だから襲ってきたんだろうけど。
黒尽くめのやからがいきなり現れたら誰でも勘違いしそうだから、仕方ないっちゃそうなんだが。
「・・・・・・違う」
「え? えぇ!? そう、なの? で、でも、かた、刀を首に・・・・・・」
「・・・・・・そもそも、戦意はない。勝手な勘違い」
ほら証拠にと刀を下ろして鞘に納める。
そおっと振り返ったウニーラの目には、一杯に溜まって今にも溢れ出しそうな涙。
「えーと。こ、これは失礼を。突然。ホントに」
「・・・・・・別にいい」
「じゃあ、何でこんなところに・・・・・・あっ!」
気付いたようだ。
遠距離からでは分かり難いが、俺の目は、縦に裂けたような目。キャッツアイ。
人間の目ではないのだ。尻尾や耳は隠せても、目だけは隠せない。
「え? えええぇぇええ!? あなたも、獣魔族なの?」
「・・・・・・ブラックキャット一族」
「それって、もしかのもしかしてなんだけど、王家の――」
と、ウニーラが言い掛けたところで、
「お二人とも。中に入って話そうや。ここじゃ人目につき過ぎるやろ」
なぜか無傷のコラッカが話していた双方の肩に手を掛けた。服は細部汚れているけれども。
生きてたんだ。人間って凄いな。
「・・・・・・そうだな」
「えーと。じゃあ、いらっしゃいませ?」
まだやや震えているウニーラが開いた扉から中に招待してくれる。
俺はコラッカの後に付いて、踏み入った。
「中は案外普通やろ?」
「・・・・・・そうだな」
現在三人で囲んでいるテーブルに、座っているイス。置かれた家具。どれも普通。鍛冶屋なのか疑問に思うところだ。
「ほら、あそこ見てみ」
指差した先にはキッチンへと続いている。
「・・・・・・キッチン?」
「チッチッチ。甘いやで! 卵豆腐と同じくらい甘いやでっ!」
とてつもなくほのかな甘さだった。地方によっては甘くないし。
「一見キッチンに見えるやろ。そうやろ。でもな。びっくり仰天なヒミツがあるんや。知りたいか? 知りたいやろ? 見たいやろ? 実はここだけの話な――」
無駄に焦らしてコラッカが正体をばらす――
「あれは見せかけキッチンで、奥は工房になってるんだよ! キッチンもあるけど」
――前にウニーラが教えてくれた。
「おい自分、何で言っちゃうん!? 探偵の主人公が犯人言う前に先言われたら興醒めやろ!? 『では推理しましょう』とか言ってる最中に『いや、常識的に考えて犯人はA君でしょ』とかありえないやろ! 色々ありえないやろ!」
「ウニが思うに、コラッカが主人公かどうか怪しいから・・・・・・」
「わいが主人公じゃないん!? ならこの世界の存在意義ってなにぃ!? 俺が世界の中心やろ!? わいは確率百パーで主人公や!」
幸せな脳みその持ち主だ。
だって、コラッカが主人公の確率なんて。
「・・・・・・現存するゼロの数じゃ、表せない。位が足りない」
「おうおう。ありがとう。わいはもう男泣きや。男泣き大サービスや。こんな嬉しいことはない。わいを無量大数の主人公呼ばわりしてくれんのはあんただけや。ウニーラとは違って、いい奴やわ。男の友情っちゅうのはいいもんやな」
感極まったコラッカが握手を求めてきたが、今も黒ローブの中にある。無論、出したりはしない。
「参考までに訊くんだよ? その位とは」
「・・・・・・勿論。少数の位」
「うわぁぁぁぁああああああああ! 幸せ一杯お花畑が一瞬で死地へと変わったわ!」
「やっぱり、」
ウニは予想していたらしく、そうだよね~と納得していた。質問しなければ答えなかったのに。知らぬが仏。
コラッカはピクピクと床に丸くなりながら痙攣していた。
数分後復活。
「かくかくしかじか。と、まあ。理解が得られたところで、話し合いに移りたいと思うんやけど」
「・・・・・・分からない」
「かくかくしかじか、としか言ってないんだよ。分かるわけないのだよ」
復活するのはいいけど、説明は誤魔化さないでほしい。
「つまりや。外で話ていた続きやろうってことなんだわ。名無しのお前さんも、誤解されたまんまの方が都合悪いやろ」
「・・・・・・別にいい」
これ以上深く関わらなければいいだけだ。
「気分屋ちゅうか何ちゅうか。ま、いいやろ。分かっての通り、こいつも魔族や。今更隠すこと無いで」
「悪用しようとかじゃないから。・・・・・・そうだ! 答えてくれたら何かご飯ご馳走するんだよ! 姿隠してじゃ、まともな食事してないんだよね?」
確かに。昨日から何も食ってないのは事実。腹が減っていないといえば嘘になる。
「・・・・・・仕方ない」
「よっしゃ。んじゃ、まずはわいからや。捨て子だって昨日言ったやろ。そんで運悪く、拾ってくれた家族を魔族に攻撃されてもうたん。何とか逃げ延びてこの町近辺についてな。そこでウニとあって、国家軍隊の跡地見っけて、そこをコンクリとか使って改造したんや。ウニとは違って、人間やから不便なく暮らせてる」
簡単に説明するとこんなもんやな、とウニーラに顎で合図した。
「ウニは、ブルーハウンドなんだよ。多くある魔族種の中の獣魔族、青い猟犬。説明は要らないんだよね?」
「・・・・・・ああ」
「ちょっとした事件で、仲間の殺し合いが始まったんだよ。隣にいる友達が敵かもしない。そんな恐怖からウニは逃げたの。そしたら、当たり前だけど、ブルーハウンドのネコ(追っ手)が来て。両親が命を懸けて逃がしてくれたの。『好きに生きるんだよ』が最後の言葉だったよ。でも、現実は穏やかじゃない。ネコに追い駆け回されて。それで、偶々ここにたどり着いた。そしたら、自分と似た境遇の人がいて、それがコラッカだったの。生まれつき手先が器用だったから、今じゃPTの鍛冶職人と魔具を扱う役割になってるんだよ」
まだ、ウニーラは幸運だ。逃げられず一家諸共処刑された例は少なくない。逃げ延びているだけいい。いや、こんな腐った世の中にカビのように住み着くくらいなら、いっそ殺されていた方が良かったのか。判断しかねる。
それだけ時代が混沌としていた。
魔族との戦闘で文明は大きく後退し、高層ビルが立ち並ぶのは、ラストウォールに囲まれた一番地区、都市だけとなった。
そこはどこよりも安全。
でも、一般人お断わりなのだ。
限られた人しかいない。
俺もこんな世の中じゃなきゃ受け入れられたのかもしれない。憎んでも何も変わらないが。
黙りこんでいると、二人が声を掛けてきた。
「お願いだよ。教えてよ」
「たのむわ」
「・・・・・・ああ」
でも、余計なことまで言いたくない。
「・・・・・・じゃあ、質問して。それに答える」
「えーと。コラッカは魔族に詳しくないだろうから。ウニが訊くんだよ」
「・・・・・・いい」
「えと、まず、名前はなんなの?」
「・・・・・・無い」
「コードネームも?」
「無いそうや。それはもう訊いさかい、もっと他の質問しいや」
「う、うん」
ちょっと困った様子だ。どこまで首を突っ込んでいいのか拱いている。刀で脅したときの感覚がまだ残っているである。
怒らしたら怖い、とか思われているのだろうか。
「えと、一族については?」
「・・・・・・ブラックキャット」
「やっぱりそうなんだ! 凄いんだよ!」
目をキラキラさせて現代なら芸能人にあったときの反応に良く似ている。
だが、状況を把握できていない奴が一名。
「わいは、よう知らんのやけど、ブラックキャットは同じ魔族とちゃうん? 何で感激してんねん」
「・・・・・・えと」
「それはウニが説明するよ。魔族と一口に言っても、獣魔族以外に大きく分けて五の種族があるんだよ。ブルーハウンドは獣魔族を更に細かく分けた内の一つ。それで、ブラックキャットは獣魔族のトップ、族長みたいな位置なの。魔族六分の一権力者という言い方もあるんだよね。その呼び名は王家六魔族全てに当てはまることなんだけど。あ、王家ってのはあくまで魔族の王家、魔王の血筋を表すから、人間の王家十二系列とは関係ないんだよ。・・・・・・要約すると、有名人に会えた、って感じかな」
「うむうむ。じゃあ、その六魔族の子が何でネズミになっとるん」
「それは・・・・・・ウニにもわからないんだよ」
ウニーラはチラっと俺を窺う。
やっぱそうなったか。ある程度覚悟はしていたのだけど。
「・・・・・・人間と魔族の子供、だから」
「え?」
「マジ?」
さらっと衝撃の告白。
人間と魔族の子供なんて誕生しないものだ。
「運命に立ち向かった愛の物語っちゅうやつ? リアル? このご時世中々拝めるもんじゃないやん」
交戦中の国の間に芽生えてしまった王子とお姫様の禁断の恋とか、そんな綺麗なもんじゃないが。
「・・・・・・大体は。だから俺は時代に否定され、両者から弾かれる」
人間からは魔族と恐れられ、魔族からは血統書付きの犬の中に一匹だけ混ざった雑種の如く扱いを受けてきた。
「だけどよ、大変だったんやな。人間に非難され、魔族には邪険に扱われる、か」
コラッカが気の毒と哀れむ視線を送ってきた。嘲笑うのではなく、心から労らってくれているのだと感じる。
「子供にはいい迷惑、だよ」
ウニーラは共感してくれた。
「でもでも、ウニの攻撃を片手で・・・・・・。王家かぁ。ブルーハウンドは獣魔族の中でも『破壊』に特化しているから、『俊敏』に特化した王家獣魔族には力比べじゃ負けないんだよ、普通。はぁ、才能かぁ。そこだけは羨ましいかも」
どうやら優勢である『力』で劣ったことが鬱だったのであろう。
才能といえばそうだが、純粋なブラックキャット一族の末裔だとしたら、あれを片手で受け流すなんて芸当は到底出来ない。
母親の方の、始祖とも謳われる王家十二系列の中の一つの能力を持ち合わせてこそ、成せる業なのだ。
でも、
――幸福と引き換えに得た力に何の意味があるのか。
俺には分からない。
毎日のようにこの疑問にぶち当たる。
力だけあって、幸せでもないのに生きる意味なんてあるのか。
ネズミとネコの不毛な追いかけっこなんて参戦しないで傍観者でいたいと何度思ったことか。
「よっしゃ。じゃ、もういいやろ。とりあえず腹減ったわ。まだ朝ごはん食ってなかった」
コラッカの一言で重くなっていた空気が軽くなった。こいつにはそういう『才能』はあるみたいだ。
「最初からここで食べるつもりだったんだよね?」
「細かいことは言いっこなしや」
「全く、迷惑考えな過ぎだよ」
ウニーラはプンプンと怒っていた。
「・・・・・・お邪魔した」
「いやいやいやいや。えと、えー、うーん。あ、名前無いんだよね。えと、君は帰らなくていいんだよ!」
「・・・・・・迷惑」
「じゃないんだよ。ウニが言い出したんだから! お客さんなんだよ! いいの!」
力説するウニーラ。
「わいと扱いが三百六十度と半回転くらい違うんとちゃうか? 虐め? わいはイング&ナウで虐められてるん? くすくす」
脱力するコラッカ。
「・・・・・・出来たら呼んで」
「え、なんで? どこ行くの?」
「・・・・・・屋根の上。寝る」
「まかせときい。わいが責任もって起こしてやるわ」
「・・・・・・頼んだ、ウニーラ」
「うわ、名前で呼ばれちゃった。どうしよ。何か嬉しい」
「そんなことより、わいは!? え、あー、あー。お前さんまでひいきかいな。――名前無いと不便やな。こう、ワンテンポ置くと、突っ込みが腐るんや」
「突っ込みどうのこうのは知らないけど、知りたくもないけど、名前は無いと不便だよ」
「・・・・・・そう?」
ずっと独りだったから、不都合はなかった。あれば、関所で名を尋ねられたときだ。
けど今はそんなことより、
「・・・・・・取り合えず寝る」
そう言って、ふわぁと欠伸一つ残して、ささくさと外に出て行く。
取り残されたコラッカとウニーラ。
「気分屋だね」
「気分屋やな」
同じ感想を抱いていた。
「雲みたいだよ」
「それはちゃう。雲は風に流される。だけど、あいつ何にも流されへんよ。ネコに追い駆けられてる言うてたけど、倒そうと思えば倒せそうなもんやしな。根っから争いたくないんや。だから、自分で決めたことなんやろ」
「うん」
ウニーラは頷いた。
早朝の冷たい風は気持ちがいい。
人も疎らなので、黒ローブを外して寝転がった隣に置く。刀は腰に差したままだ。
徹夜で道無き森を突っ切るのは苦労した。筋肉痛にはならないが、疲れていないわけでもない。
「雲か」
雲はいい。そして哀れだ。
風に流されれば意思を持たなくともどこかに運んでくれる。平和な世界を好きに堪能出来る。
けど、自らの意思でどこかに向かうことが出来ない。
今、大地に立つ群衆もそうだ。
魔族に脅され、権力を持つものに平伏し、雲のような人生を送っていた。風に逆らうすべもなく、精神をすり減らし死んでいく。
納得していないのに変えられない。吹く風次第でどこにでも飛ばされてしまう。だから「哀れ」なのだ。逃げるには死を選ぶしかない。
守りたいのに守れないのと。
守れるのに守らないのと。
裏と表、違うようで一緒だ。結局誰も助からない。
「・・・・・・つまらない世の中」
努力すれば叶う世の中だったらどんなに良かったことか。努力して、手を紅く染めても一人として認めてくれなかった。
何も聞こえないふりして、何も見えないふりして、望まれることをしたのに要らないと言われ。
目の前に広がるのは朝日が照らす家々。
しかし、真の意味で俺の目の前に広がるのは夕日に照らされた砂漠だった。
これから闇が訪れる。
そして闇の中で、こっそりと生きている。
俺も自殺した連中と変わらない。ただ、逃げるという選択肢がもう一つあっただけ。もしなければ同様の末路だっただろう。
世界が悪循環。
魔族にも人間に殺された奴がいて、その逆もいて。続いている。果て無く。
頭に渦巻いた負のスパイラル。
思考を停止させ、ごろんと寝返りをうつ。
そこから少し、まどろんだ。
「大変なんだ! 来てくれ!」
扉がガラリ、ピシャと勢い良く開かれ、町の住人。酒屋の若坊主が顔を見せた。季節にも無く汗をかき、息は荒れている。
目を閉じた黒い猫の下、コラッカは立ち上がり、ウニーラは工房兼キッチンから出て来た。
「どったん?」
「魔族が現れたんだ!」
ひーひー息を切らして焦る若坊主とは対照的にコラッカには落ち着きがあった。
「あー。それなら大丈夫や。敵意はないんや」
あいつなら攻撃はしてけーへん。戦うのを嫌うタイプやろ。
この町では、住人、自衛団体もがウニーラのような『敵意の無い魔族』の存在を受け入れていた。
「違うって! 今、こっちに向かって山道をこっちにぞろぞろ歩いてる!」
「へ?」
ここで、今、屋根上で昼寝しているあの猫のことではないのだと理解した。それはウニーラも同様。
「え、ぞろぞろって、魔族どのくらいなんだよ?」
「正確な数は分からないけど、ざっと見て五十はいる!」
「うっわ。多いんやなー。今回は」
魔族の町への攻撃は初ではないけれど、残党や盗賊と化した少数だった。五十なんて多すぎる。
町の自衛団体には百人はいるが、無能力者が過半数。数で勝っていても、総戦力では低い。追い払えないこともないだろうが、死者が高確率で出る。
迫り来る五十の魔族がいる北を正面としたとき、町の構造は側面を山で挟まれ、背後に道が続く。町と森を遮る門や外壁は作られていないので、あれが揺動で側面に聳え立つ山から本体に乗り込まれたら一溜まりも無い。
――ザ・全滅。
しかし、
「動ける奴は全員その五十の魔族に当てるんや」
コラッカはそれを実行しようとした。ウニーラは何も言わない。託しているのだ。信頼であり、最良の判断。
「北に全戦力を集中させたら、他の方位から伏兵の進撃に対応出来ないじゃないか!」
若坊主の至極真っ当な反論。
「しゃーないやろ! なら北突破されて実は他に伏兵なんぞいませんでした、の方が最悪の結果や。元々今ある戦力じゃそんなもんや!」
コラッカが声を張り上げた。正しいと威圧的に証明しようとして。けれど、コラッカは伏兵が必ずあると踏んでいた。なのに。
伝達がここに飛んできたのは、コラッカが町の参謀のような役割を担っているからなのだ。
「わ、わかった。すぐ皆にこの旨を伝える」
「わいは戦闘向きじゃないんや。だから、先に老人や女子供を南から隣町に避難させるさかい。その後、戦闘に加わるんよ。それまで、指揮は頼んだで」
「はい!」
「ウニも戦いに行く」
「任せたで」
「うん! 絶対守るんだよ!」
そう言って、若坊主とウニーラは自衛団体の集まる中央広場に駆け出していく。
姿が見えなくなったのを確認してから呟く。
「あーとーは、『あいつ』にかかってるんやけど。どっちに転ぶか半々。博打で負けりゃ町ごと崩壊やな。それどころか巣がやられてもうたら大変やな。あそこの第二システムが起動しよったら終わりやないか・・・・・・よいしょっと」
テーブルの上に書置きを残して、コラッカは南方面に走り出した。
ガサガサと魔族が隊列も組まずに来る。けど、その行進は充分統率的といえた。
町を北に抜けた道路の脇の森に、自衛団体は伏せていた。
段々と距離が詰まる。
待ち伏せ作戦だ。
兵士達のごくりと唾を飲み込む音が至る箇所から聞こえてきた。
実戦を積んでいるとはいえ、命を狩り合う争い。緊張するのも当然だ。
広場には自衛団体以外に、若い男や町に長く住む四十代の者も駆けつけてくれた。一丸となって町を魔族から守ろうと大勢の人々が詰め掛けたのだ。
だがしかし、防具や武器は限られていて、広場に集まった町人の半数以下の百人が即戦力として隊に加わった。
連携がとれていなので、先行隊に編入されず、町の防衛にあてられた。
先行隊が取り逃がした魔族を、防衛軍が討ち取るという手筈。上手く行くかは分からない。
先行隊にはウニーラも混ざっていた。他の者程緊張した様子はない。あの旅の黒猫との対戦が直前だったのが良かったのか、あの人より怖くは無いと前の戦いより冷静になれた。
ウニーラは二度目。
一度目も活躍した。町人がウニーラを認めているのは、そういった節があったかもしれない。
「あのブラックキャットの方は協力してくれないの、かな?」
そうすれば心強いことこの上ない。けど、人と関わることを極度に嫌う人、しかも町の住人ですらない彼が 手を貸してくれるとは思えない。
そういえば、昼寝していたんだよ。頼まれたのに。起こすの忘れてた。上手く逃げてくれればいいんだけど。
ウニーラはそこまで迫った魔族を見ながら、そんなことを考えていた。
『あのブラックキャット』は空腹で起きたところだった。
辺りの静けさや遠くから聞こえてくる喧騒に異変があったのだと気付く。それでもマイペースに黒ローブを羽織り、開きっ放しの玄関から鍛冶屋に入った。中には誰もいない。
「・・・・・・ん?」
テーブルの上に置手紙。拾い上げて目を通した。ハッとして、駆け出していた。
その頃コラッカはというと、
「はーい。落ち着いてくださーい。前との間を空けないように団子になって移動してくださーい。でも押したらあかんでー」
半訛りの間抜けな声で避難の誘導をしていた。
我先にと逃げた者もいたけれど、大半の人が従ってくれたので大きな混乱は起きずに済んだ。
「あんまおっきぃ荷物は置いていきー。どんな高価なもんも、死んでもうたら変わりゃせん。命より大切なものなんてあらせんでー。協力せいやー」
呼びかけるが、壺を抱えて逃げるおばさん、銅像を持ち上げて走る人など後を絶たない。
誘導に参加してくれる人達もいる。
「う、うぅ」
コラッカが声に振り向くと、子供が列から外れて泣いていた。
近寄って話しかける。
「どないしたん?」
なるべく優しい声を出した。無駄な時間を割いてる余裕なんて無い。一刻も早く、先行隊に合流しないと。
「ぐすっ。お母さんがいないの。ひっく・・・・・・」
「なんや、そないなことなら大丈夫や。きっと先に逃げたん。町に無事避難出来たら探すとええよ」
「ぐす、う、うん」
泣きやんでくれた。
「どうしたんですか?」
丁度、様子を見に来た男がコラッカに話しかけた。どこかで見た顔だ。雑貨屋とこの息子だったと思う。
「避難するんやろ? だったらこの子頼んでいいか?」
「いいですけど。・・・・・・この子は?」
「迷子や。向こう着いたら親捜してやりぃ」
「はい。わかりました」
「じゃ、お兄さんに掴まってや。バイバイ」
「うん! バイバイ!」
手を振る小さな迷子を連れて、男は列に入った。横入りなのだが、文句は言われなかったようだ。
(だけど、これだから戦争っちゅうのは嫌いなんや)
育て親を魔族との戦争で失ったコラッカにしてみれば、昔の自分を見たようだったのかもしれない。
やるせない思いで一杯だ。
守れない。
それがどんなに辛いことか。
逃げ出す。
それがどんなに胸を締め付けるのか。
「そろそろ、大分残ってる人も少なくなってきたな。じゃ、後は任せたで!」
コラッカは誘導を手伝ってくれている優しい人達に声を上げた。
「コラッカさんはどこに行くんですか?」
一人の女性が寄って話しかけてきた。
「ふ、そんなん決まってるやろ」
それを鼻で笑った。
「え?」
「戦場や」
いつもはふざけまくっているコラッカのひどく真剣な声に、女性だけでなく、聞いていた全ての人が凍りついた。
「うおおぉぉぉぉおおおおおおっ!」
墨色のハンマーを振り回し、黒い狼のような獣魔族をぶっ飛ばした。飛ばされた魔族は木を一本へし折り、二本目の木に衝突してやっと停止した。
ウニーラのように人型の獣魔族ではない。まんま獣。獣型は下っ端がほとんどだ。凶暴な狼と大差ない。しかし、数が数だけに辛い戦いなのである。
「やああぁぁあああっ!」
ウニーラはまた次の標的を見つけ、今度は叩き潰す。
汗が止まらない。一時間は潰して飛ばしての作業を繰り返している。
当初五十匹だと報告があったが、実際には奥にまだまだいたのだ。
「くっそ! 全然へらねぇじゃんかよ!」
兵士の中の一人が愚痴を漏らした。そうなのだ。三、四百の死骸が転がっていた。そこに人間のが混ざってないのは何よりなのだが、確実に体力を消耗していた。ウニーラですら息を荒げるのだから、兵士が平気なはずがない。
怪我人が後方に次々と運ばれて行く。突破されるのも時間の問題だ。防衛部隊は素人。選りすぐりの先行隊がこのざまじゃ、防衛部隊に多くは望めない。
そして最後の砦、防衛部隊が破れてしまえば、逃げ惑う一般人に生の道は無いのだ。せめて、隣町まで逃げ切ることが出来ればかくまって貰えるというのに、このままじゃまずい。
押され気味だけど、気持ちで負けちゃダメだ。空元気でもなんでも声を張り上げて、士気を保たなくちゃ。
気力の低下、精神力の低下は直接総戦力に影響を及ぼす。一万の兵士を持ってしても、やる気がなければ、士気の高い千の部隊にも勝てない。
量で劣る分、質でカバーしなくてはならないのだ。
「おらぁあああっ!」
襲い掛かってきた獣魔族を三匹同時にハンマーで横からなぎ払った。
ウニーラには乱戦なので派手に動き回れないのも痛い。かといって一人では防ぎようも無い。
「くらえっ!」
ブンと振られたハンマーは何も捕らえることなく空振りする。疲れが如実に出て来て、キレが悪くなっていた。
「くそぉおおおおっ!」
「ギャウン」
今回はなんとか仕留めた。
なんとも可愛らしくない悲鳴だ。
「それ! おら!」
二回立て続けに打つ。
「おぉっと、えい! 危ないんだよ」
飛びつき攻撃を横ステップでかわし、打ち落とす。
息を整えようとして気付いた。
ウニーラはいつの間にか相手に囲まれていたのだ。
じりじりと詰め寄られる。前四匹、後ろ三匹。
「きゃ!」
疲れで気が回らなくなったのか、足が木の根に引っ掛かった。目に映る全てのものが傾く。
「ガウッ!」
背後から聞こえた鳴き声。足がもつれた所為で踏ん張りが効かず対応が一瞬遅れた。戦場ではそれが命取りとなる。
やばい。死ぬ! 防御が間に合わないんだよ!
何かの影がウニーラに差す光を遮った。
避難民達は、やっと隣町に着いたところだった。
町の中に入る。ここも、外門があるわけじゃない。
「ふー。荷物持ってると時間かかなぁ~」
一人の男が呟いた。
「でも、自衛集団とか戦場にいったやつらとか残してきて良かったのか?」
並んで歩いていた男が返答。大き目のビンを持っていた。
「武器なきゃどうしようもねぇーだろ!」
また別の男が横列に並ぶ。
「そうなんだけどよ。あいつらだけに戦わせとくってのも何だか格好悪いよなぁ。何もしないなんて。俺達の町だろぉ? だったら全員で守るべきじゃないのか?」
「つっても、じゃあ、どうするんだ?」
「どうするよ?」
「どうすんの?」
「どうしようもないだろー」
「それってやっぱ格好悪いっしょ」
「じゃ、他力本願甚だしいけど・・・・・・なんてどうだ?」
「「それだ!」」
二人の男の声が被さる。
「連中集めようぜ! 頭下げてよ!」
「そうだな。こそこそヅラかってきたんだ。プライドもクソも吐く権利ねぇよな!」
「おう! おい! 皆集まれ! 荷物なんか捨てて来い!」
そこに歩いていた町人達が足を止め、集まり始めた。
ウニーラは体を抱くように土の上で丸くなっていた。
目を瞑ってくるであろう一撃に無謀にも耐えようとした。が、痛みが体を襲うことは無い。
「大丈夫かいな。ウニーラ」
「コラッカ!?」
見上げたそこに立っていたのは紛うことなきコラッカ。獣魔族をぶら下げた剣を片手に頭だけこちらに向けていた。
「さっさと立つんや。ここは戦場やで?」
「わ、わかってるんだよ!」
コラッカと背中合わせに立ち上がり、そのまま会話する。周りの獣魔族は増え、十数匹に囲まれた。囲む敵の数、緩やかに増加中。
「どうや、疲れたんか? 青い猟犬さん。おーらよっと」
「それは皮肉? とりゃ!」
順に飛び掛ってくる獣魔族それぞれの得物で打ち落とす、または切り落とす。そして背中合わせに戻る。
青い猟犬。言われて気持ちのいいものじゃない。分かっていてコラッカは言ったのだ。全く、軽々しいやつ。
「心からの称賛や。――おらっ!」
「やあ! おっと! それって、どういう――」
狼を打ち飛ばしながら、言い掛けて気付いた。目を疑いたくなるような光景に。
もう、人間がウニ達しかいない。死体は見当たらない。
「皆怪我したり、それを運んだりで行ってもうたわ。――うおっとっと。てい!」
そうは言うものの、コラッカが発した言葉には嘲笑が混ざっていたのを、ウニーラは見逃さない。
誰に向けられた嘲笑なのか。
誰を嘲笑ったのか。
要するに逃げたのだ。兵士は。
劣勢と見るや逃げ出したのだ。
ウニーラとコラッカは敵に囲まれ逃げ場はない。逃げることさえ許されない。
そう思うと自然と手に力が入らない。
「もう、だめだよ。――うおっ」
「何や、諦めとんのか? ――とうっ! この!」
「だって、もう」
敵に立ち向かっているのはウニ達二人だけだよ、というのはどうにか飲み込んだ。言うべきではない。
弱音なんて戦場では命取り以外の何者でもない。
「なあウニーラ」
「何?」
悠長に会話しているように聞こえるが、注意は払い、連続で来る攻撃を迎撃しながら、お互い背中合わせで話している。余裕なんてない。
「お前さん。人の悪意を信じるんか? それとも善意を信じるんか?」
「それは、・・・・・・善意を信じたいんだよ。でも、」
誰も助けてくれない。コラッカだけの善意しか感じない。
気付けば、この場にいた全獣魔族に包囲されていた。減らしたが、後、六十はいる。もう遅い。どんどんと囲まれている輪の幅は狭まっている。
魔族なんてやっぱり人間には見捨てられるのかな。
このまま食い殺されるのかな。
そんなの嫌だよ。
折角父さんと母さんに助けて貰った命なのに。大切にしたかったのに。
「なら、信じようや。人の善意ちゅうものを!」
コラッカと目が合った。顔は笑ってた。
今まで見てきた中でナンバーワンの飛びっきり満面の笑みだ。これだから最高なんだ。生きることは、と言いたげに。
誰もいなくなって殺伐とした町の風景に、生臭さと獣魔族の悲鳴が響いていた
コラッカが書いたであろう紙きれが食卓にぽつんとあった。
そこにはこう書かれていた。
『助けて欲しいんや。東と西から本体が来るかもしれない。逃げたいなら逃げてもええ。早く逃げ。もし戦ってくれるなら、頼んだで』
ウニーラが人間・・・・・・いや、『仲間』のため戦いに行ったのに、自分だけノコノコ逃げるのは自らの 気分を害す。
そう、俺はやりたいようにやるだけだ。
頼まれたからじゃない。気分が悪くなるからだ。コラッカもウニーラの町の人も関係ない。俺を駆り立てるのは気分。
それに腹が減っているからだ。
このまま死んでもらっては、今日の約束した朝食は食えない。約束を破るのは暗黙の了解違反だ。
しっかりと栄養は摂取しなくてはならないのだ。
だから引き受けたのだ。けれど、
正直きつい。
全然、体力に問題ない。
だが町の破壊を防ぐことは絶対に無理だ。ある程度の損害は覚悟。両方向から攻められているのにどうしろと。だから、せめて北側に送り込まないようにするだけでもと頑張っていた。
被害が出難い広場で戦闘中だ。そこに繋がる東西から道にはぞろりと魔族の行列。三百六十度どこ見ても敵。
東の山から約四百、西から山から約五百。
ブラックキャット一族に伝わる遺伝のキャッツアイ。遠距離でもズームアップするが如く見える眼を活かした。
忌々しい能力。けど、それに頼らないといけない。
使えるものは使う。
俺は何も間違ってない。
自分は平気だ。量がこれだけいても質が野良狼と同じくらい低ければ千匹は処理できる。連携のなってない部隊など、体力と時間さえあればいくら増えようが一対一と変わらない。ましてや広場のような見晴らしのいい場所。不意を突かれるなど考えられない。
だが北に進行しようとする獣魔族を優先的に斬りながらというのは、ちと苦労するのだ。東西から町を経由せずに行かれれば、ウニーラやコラッカ・・・・・・もとい朝食が危うい。
心配になって、ちらっと刀を振る合間に北を見た。
「・・・・・・は?」
見てしまった。
北の山。
終わってなんかない。
町の方は東と西合わせて、あと二百。
だめだ。間に合わない。
ここから離れれば隣町に避難している住民が襲われる。
どうすればいいんだ。
絶体絶命のコラッカとウニーラ。
ウニーラはコラッカの笑顔に時間が一秒止まった気がした。
そして、魔族の外側から一斉にガチャンと鎧が擦れる音。
『突撃ぃ――――――――っ!』
『『『うおおおおおおおっ!』』』
二人を囲んだ魔族をもう一重囲むように、兵士達が囲んでいた。
息をひっそりと潜め、音をたてずに囲んでいたのだ。
逃げたのではなく、態勢を立て直していたのだ。
恐怖より、強い何かが彼らを突き動かしたのだろう。
これで形勢は逆転。
獣魔族達の断末魔が重なって耳に届く。
目を凝らせば、防衛部隊まで参加していた。
「ケガねぇかコラッカ! それにウニーラのお嬢ちゃん!」
この声は酒屋のオッサンだ。
「今助けるから!」
こっちはその息子だ。
それ以外にも、広がるように声が上がる。その中には一度逃げようとした謝罪も含まれていた。
「俺は逃げ出そうとしたぁあ! 皆すまねぇ!」
逃げた兵士の一人。
「「「俺もだぁぁああ!」」」
また別の逃げた兵士複数。
やっぱり逃げようとした奴はいたんだ。
でも、助けてくれた。
魔族のウニのために。
コラッカのために。
自分達のために。
他人のために。
だから、ウニは、
「皆を疑って、皆がウニを捨てたんだ何て疑って、ごめんなさいだよぉぉ―――――――――――――――――――――――っ!」
全力で謝罪した。
そんでもって、叫ぶ。
喉がかれてもいい。
だから今、胸に宿る感動を伝えたい。
全力で魔族をなぎ払って、潰して、打ち上げて。
皆、皆叫ぶ。魔族を狩りながら、叫ぶ。
「ほんならわいもボチボチ行きますか!」
コラッカ。
「お嬢ちゃんは悪くないぞ―――――っ!」
酒屋のオッサン。
「「「背を向けて、ホントにすまねぇ! コラッカ! ウニーラ!」」」
「わいは今っ! 帰ってきてくれたお前達にっ! 文句なんて言わへん! ただ、ありがとう―――っ!」
コラッカが返答する。
「ウニも。ウニも。魔族のウニのためなんかに、帰ってきてくれてありがとぅ――――っ!」
「お嬢ちゃん! 『なんか』なんて言うんじゃないぞ! 皆、誰もお嬢ちゃんを『なんか』と一緒にしない! 皆、皆が大切だから来たんだ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「うぅ。みんなぁ」
ウニーラは嬉しくて涙が出る。こみ上げてくる。抑えようとしても抑えられない、初めて流した幸福の涙。喜びの涙。
「これで最後や!」
コラッカが最後の一刺し。
「「「勝ったぞぉ――――っ!」」」
武器を高く掲げる。
空間が喜びに包まれた。
守ったのだ。
守れたのだ。
こんなに嬉しいことはない。
コラッカは心から思った。
逃げ出した故郷。
わいは逃げ出さんで戦ったんや。
そんで勝ったんや。
だけど、まだわいの仕事は終わってない。
「ケガした人に手空いとる人は肩貸してやりぃ。武器は後で回収すればいいんや。何よりケガの治療がさきや」
お互いに手を取り合って帰ろうとゆっくり歩き出す。
自慢や、嬉しさに話は盛り上がっていた。
この戦いで色々吹っ切れた。
わいがこの先やりたいこと。
そんなふうに思ったのはコラッカだけでは無かった。ウニーラも同じだった。
皆が生きてる喜びを分かち合っていた。
「死ぬかと思ったよ」
「なんだー。逃げようとしたくせに」
「おめぇもだろ!」
「でもよ。こいつの方が俺の二倍は逃げてたぜ」
「そういうのなんていうか知ってるか? 五十歩百歩っつうんだよ!」
「うっせ!」
「「「あははははは!」」」
笑い声、笑い声、笑い声。
他の声も音も聞こえるはずがない。
なのに、コラッカの耳に。
――音が聞こえた。
気のせいかもしれない。
けど、それは大きくなってきて。
何の音かはっきりする。
――ドドドドドドド。
不特定多数の足音。
「北から足音や! 敵や! 敵やぞ!」
だが動けるものは誰一人としていない。それはコラッカ自身もそうだ。声を出したが、武器を拾いあげられない。皆そうだ。かといって逃げようと走り出す者もいない。もう体力は限界に達していた。
あるのは絶望。
あるいは負の感情を総纏めにしたら何も残らかったという虚無感。
終わったと思ったのに。
終わってなんかいなかったのだ。
これが黒ローブの猫が恐れたこと。
町を守ってからでは、敵のさらなる増援に間に合わない。かといって、放置すれば近隣の町、避難した町に被害が出る。だから困っていたのだ。
「もう、ダメだ」
「後ちょっとだったのによう。こんなのありかよ」
「くっそ!」
山を下り来る獣魔族の集団。
すぐそこまで迫っていた。
コラッカも、もうダメだと思った。
ウニーラも、笑顔は無い。自分の実力の無さを悔やむんでいるかのような顔。
今度こそ死んだ。そう思った。
その時。
――後方から地を割り進んで前方で炸裂した蒼い閃光。
――前方で強い衝撃。
――爆音。
――舞う土埃。
そして天より正面に降り立ったのは、
「お、お前さんは」
名も無い黒猫。
状況が分かっているのはコラッカとウニーラだけだ。
他の先行隊や防衛部隊の人達はきょとんとしていた。
衝撃とそこからなる風圧で黒いフードが捲れ、見えたのは獣魔族。黒い耳の生えた黒い髪の美形少年。
「遅かったやないの。寝てたんか」
「・・・・・・東西で手間取った」
「そっか。敵の伏兵やってくれたんか。それと、来てくれてありがとな。わい、もうダメかと思うたわ」
「うん。ありがとだよ!」
「・・・・・・礼を言う相手は違う。それと、分かったから」
幸福と引き換えに得た力。それに意味はちゃんとあったのだ。
それで誰かの幸福を守れる。
――『守りたいのに守れない』のと『守れるのに守れない』は違ったんだ。
それは『守れるのに守らない』のは意味を返せば、『守ろうとすれば守れる』のだ。
「・・・・・・俺に流れる血は、誰かを幸福に出来るから」
生きる意味ができると、少し世の中が楽しくなった気がする。
「わるいわホンマ。ここまでやらせるなんて」
「……俺は、したいことをするだけ」
そういうと加速した。
呆然と見守る町人達を背に、初めて守るために戦う。
こんな気分は初めてだ。嬉しい。
同族を斬ることに躊躇いはある。けど、こいつらは同族じゃない。血に飢えて人間を襲う何て俺は絶対にしない。人間を襲ったりしない魔族、それがいるかも分からない同族なんだ。
町では思いっきり暴れられなかった。
建物が壊れてしまうから。
ここでなら暴れられる。
俺の母親から継いだ王家十二系列始祖の能力。――蒼芸。
自身が放つ蒼い光を衝撃に変える力。
「・・・・・・やあっ」
小さな掛け声で振り下ろされた眩いばかりの蒼い光を纏う刀から、蒼い光が一閃。直線を描いて地に後を残し、爆発。衝撃波が獣魔族を飲み込む。肉片すら残さず消し飛び、衝撃は森の地形すら変えていく。
さっきのと合わせて二発。反動が大きすぎて五回撃てるかどうか。俺一人で正面は抑えられる。しかし、側面からここに向かって山を駆け下りる五十と五十、合わせて百の魔族。それを倒さないと全滅にはならない。勝利は無い。
本来なら守れない。
町の広場で約千の敵を相手にしていたとき。あの時点では無理だった。俺がいくら頑張っても守れなかった。でも今は、
――戦友が増えたから。
コラッカは気付いていた。彼が来てくれたからと言って、自分達が助かる可能性は低いと。
死ぬかもしれない。だけど、死んでもきっと旅の猫が避難民を助けてくれる、そう思った
だが、その覚悟がすぐに不必要だったと知った。
「おい、だいじょーぶかお前ら! なーにぼさっとしてんだぁ? あぁん? 折角隣町から来たってのによ」
増援だ。
隣町から。
「何でおめぇら。ここにいるんだ?」
声を出したのは酒屋のオッサン。
会話しているのは増援に来た隣町の酒屋のオッサン。
「いやー。びっくりしたねぇ。いきなり隣町から人が来て、第一声が「町で戦ってる人達を助けてください」だからなぁ。そんで来てみれば、あの黒い服の子が一人で千の魔族相手に一人で戦ってたんだぜ? 目を疑ったぜ」
情けは人のためならずとはこういうことを言うのだろう。無力な町人を守ることで、増援が駆けつけた。
だけど、それより不思議な単語があった。
「一人で、だと?」
酒屋のオッサンが奇妙そうに、眉をひそめて訊いた。
「ああ。今戦ってるあの子だよ。代わったんだ。今、うちの部隊の半分。百人があなたの町に残って戦ってるんだ。あの子の残しカスをね」
答えたのは別の男性だった。
その『戦ってるあの子』の方。もう攻めてきた魔族の半数以上が地に横たわっていた。
驚異的だ。
「あー。それはわいが後で説明する。だから、今は、あの黒ローブさんの作ってくれたチャンスを活かすんや」
座り込んでいた者にも希望が生まれ、連鎖的に負の感情が消え、手に力が入る。
手を伸ばしてくれた。ならこちらからも手を伸ばす。そうすれば届くのだ。見ず知らずの黒ローブの魔族、それに隣町の町人。手を伸ばした。その手を掴むのは自分達だと、思い始めたのだ。小さな絆だが、確かに生まれた。
武器を持ち直し、意思疎通。言葉にせずとも伝わり、隊を二つに分けた。
「行くで。そっちは頼んだでー、ウニーラ」
「まかせて、大丈夫だよ。絶対全員で助かるんだよ!」
『『『おおおおおおお――――――っ!』』』
士気が盛り返す。
隣町同士が二つずつに、そして、ウニーラが西、反対をコラッカが指揮して。北を旅の黒猫が。
これこそ究極だ。
負ければ全滅。勝てば守れる。
もう町に防衛部隊はない。二つの町の命が懸かっていた。
旅の黒猫が放った蒼い閃光の衝撃波が合図となり、向かいあった勢力が全力で衝突した。
「地の利では相手が有利や! 小隊を組んで、順に向かう討て! 隊が崩れたら後ろの隊と交代してローテーションを組むんや!」
コラッカは指揮官として隊を支え、
「行くんだよ――っ! おらぁぁぁああああ!」
ウニーラは先頭に立って敵を討つ。
両者が特有の方法で部隊を牽く。
それに、北の魔族を完膚なきまでに蹴散らした旅の黒猫が迅速に西に参加し、
「「「俺達も混ぜろ―――――っ!」」」
町の残党狩りを終えた隣町の部隊が東に向かう。
奮闘するさまざまな人。
最後の最後まで抵抗する魔族。
交差する悲鳴と得物。
戦場に咲く血。
切り刻まれた死体。
太陽光を切り裂く芸光。
地を揺るがす振動。
積み重なる死体。
押し引きのせめぎ合う争いは終息へ。
「勝ったぞ―――――!」
長い戦いは夕暮れと共に決着が付いた。
町は危機を迎えた。
だけど、一人の放浪民と町人の絆が、『死』の文字が表を向いたコインを『生』へと反転させた、そんな夜。隣町と会合して祭りが行われた。
怪我人も元気に歌い踊る。骨折患者はドクターストップがかかったとか。
町の復旧作業は明日からスタートで、とりあえず祭りごとになった。
広場でキャンプファイヤー、その場に俺も参加させられた。
「さてさて、では、皆さんお待ちかねの―――」
コラッカはマイク(のようなもの)を握り、司会を務めているのである。
「例の獣魔族さんからのコメントでーす」
・・・・・・俺か。
無視だ。知らん振りだ。俺はここにはいません。
「ほら、早くこのオンボロ即席壇上に登ってや」
壇上とコラッカが言ったのは木で組まれた櫓だ。高さ三メートル。
「作った俺らに失礼だろー」
「そうだそうだ!」
野次が飛ぶ。
俺も今の発言はどうかと思った。
「ほら早く早く!」
町人が俺を待ってか、静まり返ってしまったので居心地の悪い気分になり、仕方なく壇上とやらの上まで跳んだ。距離は五メートルと大したこと無い。
「「おおー」」
歓声が上がった。
そんなに凄いか?
「えーではこほん。まず最初に、この子の名前を決めたいと思うんや!」
「おい司会! 素が出てるぞー」
「黙れ野次! ちゃんと考えろや! 今はもう英雄やろ、英雄! 言うなれば四方神! さっさと名前考えろやぞ!」
その一言でしーんとなった。
場を静寂が支配する。
そんな真面目に考えなくてもいいのに。
というか、四方神ってなに?
そう思った矢先。
「じゃあ、クロはどうなの?」
第一声を発したのはウニーラだった。ちなみに最前列。
それに皆も同調する。
「いいな。クロ」「何か呼び捨てだと気安すぎないか?」「じゃあクロ様」「おお、いいな」「わい、クロちゃん呼ぼう」「てめぇ! ぶっとばすぞ!」「満身創痍で何いってんねん。ちょっとやすんどきぃ」「シャーラップ。司会!」「司会はhostって言うんだよ。覚えておくといいんだよ」「シャーラップホスト」「ウニーラ! 余計な知識教えなんでええんや!」
楽しげな喧騒。
俺が獣魔族だということを気にしている様子が少しも見られない。拒否反応はされない。むしろ好意的だ。親についても、何でここにいるのかも訊かれない。何て、何て居心地がいいんだろう。この暑苦しい中に入りたいとまで思わない。けど、守れるなら守ってあげたい。この温かい空間を。
「ま、とにかく! クロで決定や。オッケー?」
「「「オーケー!」」」
男女の壁も歳の壁も無い。この町を。
「で、わいはクロちゃんって呼ぶ。オーケー?」
「反対に決まってるだろ!」「うせろホスト!」「トイレに篭れ!」
・・・・・・団結力があるんだか無いんだか。いや、あるんだろうな。じゃなければあんな窮地を乗り越えられるはずがない。
「・・・・・・クロ、か」
初めて出来た名前。侮辱でも、罵りでもなく。純粋に慕ってくれて作られた名前。
名前がついただけだ。
たったそれだけ。
でも、
何かが変わる気がした。
出会えなかった何かに出会った気がした。
それは決して他人ではなくて。
それは決して自分だけでは得られなかったもの。
ホントはもうこの町を出て行くつもりだったんだけど、もうちょっといてもいいかな。なんて思ったクロだった。
「クロぉ! こっちにお肉あるんだよ!」
ウニーラの声だ。それと香ばしい匂い。
クロはそれに誘われて、配られるのを待つ、列になった人も気にせずに肉を咥えた。空に浮かぶ球体の下、音もなく夜闇を征する黒猫のように屋根を蹴り渡った。
どうだったでしょうか。
まだまだ途中なので、先を見たい! って声があれば先を書いていく予定です。他にも書いてる文があるので、そっちも進めながらーー;