英雄と英雄
ギルドの試験は、冒険者見習い全員が孤立無援の無差別試合だった。
一人、また一人と倒れる中で、サボるために気配を消した二人は、最後のほうまで何もせずにすごし、残りを気絶させて、認め合った仲間同士で見つめ合っていた
凄い、いや、凄まじいという方が的確だろうか。
観客席から見るアリアには、すでに二人の動きなど見えてはいなかった。
だが、それでも、見えなくても、目の前で凄まじい攻防が繰り広げられてということはわかる。
彼女の息をのむ音が聞こえたのだろう、隣にいるセレスが、アリアに話しかける。
「……見える?」
「いえ……でも、なんだか凄い、です」
「私も、やっと見えるくらい」
この心のざわめきはなんだろうか、とアリアは思う。
時折、二人の攻撃が線のように一瞬だけ見えることがある、瞳に二人が映らなくとも、肌が震えて、尻尾の毛が逆立つのがわかる。
ああ、これが、この感覚が、昂揚感。
彼女は、久しく忘れていた感覚を思い出す。
それは隣にいるセレスも同じようで、アリアの手を握り締めてくる。
アリアはその手を小さく握り返すと、二人の試合、殺し合いを見つめる。
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ああ、強い。
エルとリックは互いにそう感じていた。
『二重奏』により二人になったリックは、エルを前後から挟み撃ちに攻撃していた。
木で出来た投剣を短剣に見立てて、右手に順手、左手は逆手と持ち、踊るように攻撃をする。
前方と背後からの同時攻撃を、それでもエルは躱し、受け流し、受け止めていた。
少年の時とは違い、完全なる防戦に転じてしまうが、完璧にすべての攻撃を防御していた。
「さすがに速いね~」
「まぁね、一応『瞬剣』もマスターしてるから」
「一応じゃないでしょ~、完璧でしょ~、攻撃当たらないよ~」
「そう簡単に負けるわけにはいかないからね?」
「ん~、じゃぁ、この二倍、四倍ならど~お~?」
まだまだ余裕の二人は、高速の攻防の間に会話し、一区切りその後、リックがエルから離れる。
「いくよ~、これが~ 『四重奏』だよぉ~」
「……冗談じゃないよ……いつの間にそんな……」
目の前の現実に、エルは皮肉たっぷりと詰めこんだ言葉を文字通り四人になったリックにぶつける。
エルの記憶の中では、リックは二人にしかなれなかったはずだ。
「さぁ、いい加減エルも本気をだしてよぉ~」
「オレは、これでも結構本気なんだけどなぁ……よいしょ……」
リックの言葉に促されるように、しゃがみ込んで少し短めの普通の剣を手に取る。
「脇差代わりにはなるか」、そう呟くと、目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。
「じゃあいくよ~……ソレッ!」
「…………」
先に動いた者はリックだった。
四人で同時に踏み込み、四方から短剣でエルに切りかかる。
四方の手数による攻撃を、全力で迎え撃つエル。
一歩間違えば木の武器とはいえ、本当に命すら落としかねないこの状況を、二人は大いに楽しんでいた。
ああ、やっぱり強い。
二人の気持ちは、もう一度同じになる。
二人の時間だけがずれていく。
エルがゆっくりと目を開けると、リックと目が合う。
どこに、どれくらいの強さで、どれほどの速度で来るのかが見える。
だが、次の攻撃には、その力、速さが格段に違っていた。
圧縮された時間の中で、さすがに四人分の攻撃には防御が間に合わないのか、エルは次第に小さな傷を負っていく。
自身の体に傷が出来るごとに、感覚が研ぎ澄まされていく。
相手の体に傷を作る度に、感覚がさらに上の段階へと登っていく。
二人は、実力が拮抗した者同士での殺し合いで、確実に自らのレベルを上げていた。
自分たちが成長していると実感するのは、本当に久しぶりだった。
だからこそ、二人は感じてしまう。
もったいない、と。
決めたい、決めたくない、でも決めなければいけない。
――――そして
「……ガァッ!?」
吹き飛んだのはリックだった。
ほぼ中心で戦っていたはずなのに、四方に吹き飛んだリックは、フィールドの壁に激突していた。
壁は砕け、リックを中心としてクレーターを作っている。
木刀による攻撃でアバラに、激突によって背中に、同時にダメージを受けたリックがどさり、と力なく地面に倒れる。
「さすがに……ただじゃ、やられてくれないか……」
中央に棒立ちになり、呟いたエルの体は、木でできた投剣が体中に突き刺さっていた。
リックは防御を捨てて、吹き飛ばされる瞬間に、エルの体に短剣として刺し、そして、吹き飛ばされた直後に、投剣としてエルの体に刺したのだ。
体から血を流しつつも、刺さった投剣を抜いていく。
『分身』で作られた投剣は、地面に落ちると、光の粒子となって消えてしまう。
「リック、まだ立てるでしょ? でも、もう体力は殆ど無いはずだよ」
「にっしっし、バレた? もちろん、体力ももうほとんどないよ、ただ、それはエルも言えることだろ?」
いつもの呑気な口調ではなく、本気の口調で、立ち上がるリック。
『四重奏』によるリックは全ていなくなり、ただ一人、エルの前に立つ。
「全然? オレがリックに負けると思ってんの? 昔みたいに、負かしてあげるよ」
「強がり言うなよ、エルももうふらふらじゃん、昔負けた借り、ここで返してやるからな?」
「だから、無理だってば」
「君こそ、無理だってば」
「「じゃあ、お互い、次の一撃で終幕ってことで」」
エルは口の端から流れる血を、リックは額に流れる血を拭い、にぃっと笑って、同時に構える。
「……星仙奥義・乱れ裂き……」
「……刀術奥義・居合い……」
『百花繚乱ッ!』『抜刀ッ!』
空高く、リックの軽い体が宙を舞い、ゆっくり、ゆっくりと地面に落下する。
エルは、全身から血を流し、木刀を抜き放ったまま硬直する。
二人のきいた音は、自分と相手の倒れる音だった。
アスカ「くぅぅぅ……カッコイイ!
たぎるぅぅぅ!」
クラウス「そうか?……二人とも少し、馬鹿みたいだったぞ」
「あ、そうそう、リックの乱れ裂きは、字、これで有ってるわよ」
「本当はもう少し長くなる予定だったのだが、力尽きたらしいぞ」
「もともとはどっちかを勝たせる予定だったんだけど、
こっちの方が後腐れなくて、スッキリするから、こうしたんですって
でも、最後まで悩んだらしいわ」
「俺は、白黒つけたいタイプだな、」
「あたしと白黒つけない?」
「遠慮してお……い、なんで腕をつかむんだああぁぁぁぁ……」
カイ「あれ? デジャヴュ……」