英雄の困惑
見事魔王を打ち取った五人の英雄は、魔王の最後の抵抗に、魔族たちが住む裏の世界へと飛ばされていた。
五人の力を合わせて、次元の穴を作った英雄たちは、そのまま意識を失ってしまうのだった。
ゆっくりと目をあける。
戦争中はこんな気持ちのいい目覚めはなかった。
久しぶりにゆっくり眠れたようだ。
最後にきちんと寝たのは何時以来だっただろうか。
その時は、年の近い皆と一緒に雑魚寝をしていたような気がする。
エルの脳裏に、皆の顔が思い浮かぶ。
そして――――
「皆ッ! ……痛ッテェッ!!?」
「……どうしたのッ!?」
ガバッと起き上がった拍子に、体の各所が悲鳴を上げる。
そんな彼の悲鳴に反応したんのだろう、扉を勢いよく開けて誰かが入ってきた。
エルは体の痛みに耐え、入ってきた誰かに目を向ける。
呆れた顔の女の子は、同い年くらいの獣人族の女の子だった。
「……いつつっ君は? ここはどこ?」
苦痛に顔を歪ませながら、エルは自分の体を見る。
そこには、腹や肩、腕に重傷を負っていたであろう自分の体が、包帯に包まれているのが見えた。
これだけの傷を負ったのに、真っ白な包帯が巻きつけられているということは、彼女が熱心に自分を看病してくれていたのだということがわかる。
ふと、自然に声が出た。
「ありがとう……いててっ」
「急に起き上がるからよ、まったく……」
呆れた顔の少女は、エルの寝るベッドに近寄り、近くの木でできたイスに座る。
「まず自己紹介よ、私はアリア、見ての通り犬族ね」
茶色の毛で覆われた耳、伸びたマズルと、全身を覆う触り心地のよさそうな獣毛。
尻尾は犬族にしては長めで、全身の獣毛と同じか、それ以上にもふもふしている。
彼女の言うとおり、誰がどう見ようと、犬の獣人であった。
そんな彼女は、エルの知りたい情報をさらに喋る。
「ここは一の大陸の真ん中の方、ビクトタウンの宿屋よ、
あなた、町はずれの平原で傷だらけで倒れてたのよ?」
「ビクトタウン? あ、そうだ、たしか、皆と……」
そこで、あの時のことが思い出される。
確かに全員の力で、空間を捻じ曲げる事には成功した。
ただし……思いのほか力が強すぎた。
エルは五人の強すぎる力で生まれた爆発に巻き込まれて、そのまま意識を失った。
考える中、エル自身頭の中でなんともマヌケだ、と自嘲する。
「君、名前は? 年いくつ? なんであんな所で倒れてたの?」
「……エル、16だよ、倒れてたのは……まぁ、いろいろあって。」
「エル……ねぇ……大それた名前ね、かの『剣聖』様と同じ名前なんて
まぁ、いいわ、何があったのかは深くは聞かないけど、
もう少しで死ぬところだったんだからね?
感謝してほしいわ、服まで買ってあげたんだもの」
「うん、本当にありがとう!
……ねぇ、アリア、皆は?」
ふと、思いだし、尋ねる。
「皆? 草原で倒れてたのはあなた一人だったわよ、他には誰もいなかったわ」
「そっか……」
別段気落ちなどしない。
エルは自他ともに認めるほど強い。
それは自惚れなどではなく、自分の力を信じるが故の自身だ。
そんなエルが、自分が信じた仲間が死ぬはずは無いと信じていた。
心の奥で、皆が生きていると、確信めいた物があった。
「ところで、ビクトタウン? なんて何時の間にできたの?」
そういえば、と声を出す。
自分の出身である一の大陸にそんな名前の町はなかったはずだ。
そう考えるエルは、柄にもなく、いつの間にかしていた真剣な顔を崩し、明るく話す。
そんなエルに、何を言ってるんだと、さらに呆れた顔のアリアが返答した。
「はぁ? あなた、頭も打ったの?
ビクトタウンは昔も昔、300年前に魔王軍に勝利した、
その喜びを形に作られた、観光名所じゃない
あなたのその名前、英雄『剣聖』のエルを知らない訳じゃないでしょ?」
「『剣聖』の……エル……?」
「飽っきれたー!? あなた、エル様も知らないの?
昔々、300年前に魔王を倒した五人の英雄の一人じゃない!
『鬼神』アスカ、『飛王』カイ、『剣聖』エル、『賢者』クラウス、『仙人』リック
この名前を知らない人なんて、世界中に一人もいないわよ!
子供の絵本にだってなってるくらい有名なのよ!?
エル、あなたやっぱり頭打ってるんじゃない?」
横で大きな声で騒ぐアリアの声など全く聞こえない。
いや、聞こえてはいるのだが耳に入ってこない。
血の気が引く。
これがリックならば、「にゃはは~こんなことってあるんだね~」
などとのたまって、笑ってスルーするんだろう。
だが、生憎エルは理不尽を笑ってごまかせるほど、冷静になって分析をするほど、器用な人間ではなかった。
「アリア!!」
「キャッ!? ちょっと、いきなり大きな声出さないでよ、
……で? なに?」
「変なこと聞くけどさ、やっぱり頭打ってるみたいなんだ
今日って、何年の何月の何日だっけ……?」
苦笑し、震える声で聞くエルの言葉に、呆れた顔を怪訝な表情に変えたアリアが、その情報を話す。
それは、エルにとってありえない事であり、現実では普通、起こりえないことだった。
「なんでワナワナしてるのよ?
今年はちょうど、勝利から300年、新暦300年の、6月1日よ」
「の……ののの……」
「の? ちょっと、どうしたのよ?」
「 ノォォォォォ!!!!! 」
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あれからしばらく経ち、ようやく混乱から立ち直ったエルは町中を歩いていた。
さすがに歴史的な勝利を収めた記念に作られた街といったところか、
大通りには人があふれかえるほど混雑しており、道の両サイドには、
露天商が鎮座していた。
露天の内容は、武器、防具、装飾品、魔道具、呪術具、といった物や、
日用品、化粧品、食品、なんかよくわからないものまで、さまざまだ。
「イテテ……病人殴る? 普通……?
鬼神って言われるアスカと同じくらい鬼畜だよこの女の子」
そんな賑やかな町で、頬を擦りながら涙目になっているエルは、ボソボソとつぶやきながらアリアの後ろを歩いている。
「うっさい、あんたがいけないんでしょ、いきなり大声出して、
おかげで宿屋の別の宿泊客の人に怒られちゃったじゃない」
「おー、この露天……なかなかの品揃え」
「聞きなさいよ! ……あなた武器わかるの? ん、確かにいい品揃えね」
ゆっくりと歩いていたが、人波に揉まれた末、道の中央から脇の露天まで追いやられた二人は、無理に道を進もうとせずに、露天を見回っていた。
「アリア、君も戦うの?」
露天においてある剣を手に取り、眺めながら隣にいるアリアに声をかける。
「そりゃ戦うわ、私は冒険者よ、旅の資金集めに依頼を受けてるもの」
「冒険者? ってなに?」
「エルは冒険者の事も覚えてないのね」
あの後、面倒だからと断片的に記憶喪失になった少年を演じてはみたが、これがなかなか便利ということに気が付いたエルは、これを使ってできる限りの情報を取ろうと思いついた。
アリアには世話になったから、と一人で旅立とうとしたときに、アリアの提案で、怪我が治るまで行動を共にすることになった。
エル自身もあれだけ世話になっておいて借りも返せず、というのは気が引けるので、ついでにアリアから情報をもらいつつもくっついている。
「冒険者っていうのは、ギルドっていう組織が制定した旅人の身分証みたいな職業でね、
もともとは290年位昔に魔王軍の残党の、急激に増えた魔物を討伐する組織だったんだけど、
今は旅人のお仕事支援何でも屋って所ね、旅人としては資金稼ぎ、
国としては雑用係で、利害が一致してるから、大きい組織になったのよ
五つの大陸の各所に一つずつギルド本部があって、
各町に一か所、街の規模や大きさによっては最大5か所ある所もあるわ」
「へぇ~、って、アレ?そのギルドっていうのに入ってれば、オレ一人でも旅できるんじゃね?」
「そうねー、でもギルド本部じゃないと、冒険者登録はしてもらえないし、
実技試験あるわよ、強くなくちゃ……勤まらない依頼もあるしね」
そういって、露天から離れて歩き出すアリア。
犬族である彼女は、どこかしゅんとして、ふさふさの尻尾が垂れ下がっている。
前を歩く彼女の表情を見ることはできないが、その雰囲気からはどことなく聞くのを後ろめたくさせるものがある。
なにかあったのだろうか?
そう考えるエルも、アリアの後を追い露天から離れた。
しばらく露天を見て回ったが、日が暮れ、店が閉まって人通りの少なくなった所でアリアが飽きたというので、エルとアリアは宿に戻っていた。
道中、中央広場という大きく開けた場所の中心に立っている、自分の5年位前の噴水像を見て苦笑していると、
「アレは、当時のエル様の肖像画が無かったから、
エル様の子供の頃の姿で建てられたこの町のシンボルよ」
と説明され、似てると言われてごまかしたり、
「この町は今300年祭の最中で、今年一年はこの町はお祭り騒ぎよ」
と聞かされて飽きれていたりと、未来の様子を見て一喜一憂するエルの姿があった。
「ふーっ! あー疲れた! もう何回も回ったのに、まだ全然まわりきれてないわ!
ま、急ぐ旅でもないんだけど……でも剣聖様の記念館とか、行ってみたいわー!」
どかっと二段ある木でできたベットに座り込むアリアは、まるでおもちゃを与えられた子供のようにうっとりとしていた。
そんなアリアを見て、困ったように苦笑するエルは、ふと急に真面目な顔をする。
「……アリアはさ、なんで旅なんてしてるの?」
エルは、帰る途中からずっと気になっていた問いをアリアにかけた。
自分と同い年の彼女が、何故旅などするのか、300年経った今の常識は知らないが彼女のような、自分と同じくらいの少女が旅をしているとなると、さすがに気になる。
お昼の彼女の雰囲気を思い出しながら、それでも聞いてみたい衝動にかられたエルは、我慢できずに聞いていた。
「そうねぇ……教えてあげてもいいけど……そのかわり条件があるわ!」
「じゃいいや」
「ムッキーッ!! あんたから聞いてきたんでしょうが!
条件っていうのは、あたしと一緒に旅をしなさい!」
「……どったの急に? なぜ? ……ハッ!? まさかオレに一目ボォッ!?」
イスに座ったエルの顔面にこぶしが突き刺さる。
「殴るわよ」
「殴ってから言わないでください」
まだ傷が痛むため、避けることができなかったエルはイスから転げ落ちて床に倒れる。
そして、悶絶。
転げ落ちた衝撃で傷が痛み、結局避ければよかったと後悔するエル。
そんな彼を無視し、アリアが理由を話始める。
「理由は二つよ
まず第一に、あなたの心配、
怪我しているのをわかって、それでもあなたを放置したら寝覚め悪いもの」
それならば殴らないでほしい。
そう思いながら、苦痛な表情でイスを戻してもう一度座る。
「……で、もう一つは?」
「あなたに興味がわいたわ、あなたのこれからの旅の目的は、いなくなった仲間探しでしょ?
あんな平原でズタボロになってたくせに、一人で旅なんてするものじゃないわよ?
お金もないんでしょ?」
「ぐっ……まぁいいや、別に拒否する必要もないし、協力してくれるなら大歓迎だし、これからよろしくさせてもらうよ」
「ホントッ!? やった、いやー、一人って寂しいなって思ってたのよ!
旅の資金なら、あなたが稼げるようになるまであたしが出すから心配しないでね?
じゃ、私は疲れたからもう寝るわ」
エルの了承の返事に、小さくガッツポーズをしたかと思うと、そのまま寝転がって寝息を立て始めるアリア。
「えっ!? ……旅の理由、言わずに寝やがった……ちくしょう……
男より先に寝るとどうなるか思い知らせてやる」
残ったエルはというと、呆然とし、ちょっとした仕返しのつもりで電気を消し、アリアと同じベッドに入り込んで眠るのだった。
朝、目が覚めたアリアに殴られたのは言うまでもない。
クラウド「おい、これはどういうことだ?」
リック「オイラ達は出番がまだ先だからっていってて~
オイラも活躍したいから~」
アスカ「乗っ取っちゃったー☆テヘペロ♪」
カイ「これは……もうダメかもわかりませんね」
Q、エルについてどう思いますか?
「変態だな」
「うん~変態だよ~、でも仲間思いだよね~」
「エルさん普段はアレですが、剣術の腕は凄いですよね」
「怒ったときのエルは凄まじいわよ、実際、あたしだって負けたし」
「『あたしだって』っていってるけどさ~
実際この中でエルに勝ったことある人いないよね~」
「まぁつまりそういう人なんです」
Q、自分たちの二つ名についてどう思いますか
「『仙人』かぁ~ま~半分くらいまちがってないのかなぁ?」
「…………ふん///」
「クラウドさん、まんざらでもって顔ですね、僕は、嬉しいですね」
「おら、ちょっと来なさい」
茶猫「あれ? ちょっと、あの、自分作者なんですけ……ドゥッフ!?」
「『鬼神』とはよく言ったものね、アバラを一本貰っていくわ」
((((鬼だ……))))
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