第1章9節: アッシュウッド村へ
未知の味――単なるスープもどきだが――の衝撃から立ち直ったリリアは、改めて私に向き直った。その目にはもう警戒心はなく、代わりに強い興味と、若干の畏敬のようなものが浮かんでいる。
「あの……ハルカさん、でいいんだよね? よかったら、私たちの村に寄っていかない? ここからそう遠くないんだ。お礼もしたいし……」
村への誘い。渡りに船、と言いたいところだが、正直なところ面倒だ。しかし、情報収集と安全な拠点の確保という観点からは、これ以上ない提案でもある。この森で一人、知識だけを頼りに生活基盤を築くよりも、既存のコミュニティを利用する方が遥かに効率的だ。
私は少し考えた後、頷いた。
「……世話になる」
「本当!? よかった! さあ、カイ、行こう!」
リリアは嬉しそうに声を上げ、カイの手を引いた。カイもまた、私から離れるのは少し名残惜しそうにしながらも、姉に手を引かれて歩き出す。私もその後ろについていく。
道中、リリアは矢継ぎ早に質問してきた。どこから来たのか、なぜ森に一人でいたのか、エルフは珍しい、など。私は当たり障りのない範囲で簡潔に答える。「旅の途中ではぐれた」「記憶が少し曖昧だ」などと。詮索好きではないようで、それ以上深くは突っ込んでこなかったのは幸いだ。
代わりに、私はリリアに村のことや、この辺りの生活について尋ねた。村の名前はアッシュウッド。森の恵みで暮らす小さな村らしい。食事は、やはり森で採れたものを生で食べたり、焚き火で炙ったりするのが普通だという。リリアは私の「スープ」を思い出したのか、「あんな美味しいもの、生まれて初めて食べた」と興奮気味に語る。
「煮込む」という調理法自体は存在するらしいが、それは単に食材を柔らかくするため、あるいは保存性を高めるためであり、「味」を良くするという発想は希薄なようだ。調味料も、粗末な塩程度しかないらしい。
やはり、この世界の食文化には大きな「欠落」がある。
それがなぜなのか、非常に興味深いテーマだ。
私の研究対象が、また一つ増えた。




