第1章4節: 最初の調理実験
生のままの食事に早々に限界を感じた私は、火を起こすことを決意した。幸い、火打石に適した硬質の石英岩が近くで見つかった。もう一つ、火花を飛ばすための硫化鉄鉱石……これは見当たらない。仕方がない、摩擦熱で代用するか。
前世のサバイバル知識を活かし、火きり杵の原理で火種を作ることにした。乾燥した枯れ葉や木の繊維を集め、適当な木の枝を加工する。エルフの身体能力のおかげか、思ったよりも早く火種ができた。慎重に枯れ葉に移し、息を吹きかけると、小さな炎が立ち昇った。
「ふむ、成功だな」
小さな達成感と共に、私は焚き火の準備を進めた。火が安定したら、先ほど確保した木の実(ドングリに似たもの)と、近くで見つけたキノコ(これも慎重に毒性を確認済み)を、適当な木の枝に刺して炙ってみることにした。
これが、この世界における私の最初の「調理」と言えるだろう。単純な加熱だが、生食よりは格段にマシなはずだ。
香ばしい匂いが漂い始める。木の実の殻がぱちぱちと音を立て、キノコからは水分が滲み出てきた。頃合いを見計らって火から下ろし、少し冷ましてから口にする。
まずは木の実。……硬い。そして、渋みが残っている。加熱が足りないのか、あるいはアク抜きが必要な種類だったか。期待したほどの変化はない。むしろ、生の方がマシだったかもしれない。
次にキノコ。……味が、薄い。そして、水っぽい。加熱によって旨味が増すどころか、むしろ抜けてしまったような印象だ。これもまた、期待外れだった。
「解せない……」
私の知識が間違っているのか? いや、加熱による食材の変化は、基本的な物理化学現象のはずだ。もしかすると、この世界の食材は、私の知る地球のそれとは根本的に異なる性質を持っているのだろうか? 加熱することで逆に風味が損なわれたり、硬化したりする成分が含まれている?
あるいは、この世界の「常識」では、加熱調理は一般的ではないのかもしれない。もしそうなら、それには何らかの合理的な理由があるはずだ。
いずれにせよ、単純な調理法では、この世界の食材のポテンシャルを引き出すのは難しいのかもしれない。これは、本格的な分析と実験が必要になりそうだ。
私の研究者としての血が、静かに騒ぎ始めていた。




