第1章3節: 空腹と"食"への違和感
森の中を注意深く進むうち、明確な空腹感を覚えた。生命活動を維持するためにはエネルギー補給が不可欠だ。それはエルフも人間も同じなのだろう。合理的な判断として、食料を探すことにした。
幸い、前世では仕事柄、世界中の辺境地を訪れる機会も多く、サバイバル知識にはそれなりに自信がある。特に植物に関する知識は豊富だ。食べられる野草や木の実の見分け方、毒草との識別。大家族の食卓を預かっていた経験も、食料確保という点では無関係ではないだろう。
私は足元の植物に注意を払い始めた。視覚、嗅覚、そして前世のデータベースを総動員して、可食植物を探す。いくつか見覚えのある種に近い植物を見つけた。葉の形、茎の質感、自生している環境から判断するに、おそらく食用に適しているだろう。念のため、葉を一枚ちぎり、断面の匂いや汁の粘性を確認する。アレルギー反応や即効性の毒がないか、ごく少量、舌先で試す。……問題なさそうだ。
近くには、ドングリに似た木の実も落ちている。これも調べてみる。殻を割り、中身を確認。渋みはあるが、アク抜きをすれば十分なカロリー源になるはずだ。
ひとまず、いくつかの食料候補を確保できた。問題は、どうやって食べるかだ。
そのまま口に入れる。生の葉を咀嚼し、木の実を齧る。栄養は摂取できるだろう。だが、私の思考はそれを「非効率的だ」と断じた。植物細胞の細胞壁は硬く、生の状態では消化吸収効率が悪い。加熱処理を施せば、細胞壁が破壊され、デンプンはα化し、タンパク質は変性して、より消化しやすくなる。風味も向上する場合が多い。
何より、生のものをそのまま食べるという行為に、本能的なものとは違う、文化的な抵抗感のようなものを覚えた。前世では、食材に適切な「処理」を施し、「料理」として完成させてから口にするのが当たり前だったからだ。
……そうだ、料理。この世界ではどうなのだろうか。まだ人間はおろか、他の知的生命体の痕跡すら見ていない。彼らがどのような食文化を持っているのか、あるいは持っていないのか。これもまた、調査すべき重要な項目だ。
とりあえず、今は最低限のエネルギー補給が必要だ。私は確保した葉と木の実を少量、口にした。味は……まあ、可もなく不可もなし、といったところか。栄養補給以上の意味は見いだせない。
早く、まともな「調理」がしたいものだ。




