第2章1節: 研究者の朝と小さな訪問者
エルフの身体での最初の夜は、驚くほど短かった。感覚的には三時間程度だろうか。それでも、目覚めは非常にすっきりとしており、疲労感は全くない。ヒトであった頃の慢性的な睡眠不足が嘘のようだ。
「これは良い。研究時間が大幅に増えるな」
独りごちながら、私は寝床――枯れ草を敷き詰めただけの簡易的なものだ――から身を起こした。差し込む朝日が、昨日より少しだけ片付いた小屋の中を照らしている。残っていた薬草師の道具らしきものは整理し、作業スペースとなるテーブルの上も綺麗に拭き清めた。最低限の環境は整ったと言えるだろう。
さて、今日の計画は――と考えていると、遠慮がちなノックの音がした。扉を開けると、予想通りリリアとカイの姉弟が立っていた。
「おはよう、ハルカさん! 昨日はよく眠れた?」
リリアが快活な笑顔で尋ねる。その手には、布に包まれた何かと、水差しが抱えられていた。
「ああ、問題ない。それで、何か用かね?」
「これ、差し入れ! 村で焼いたパンだけど……あと、お水も新しく汲んできたから!」
差し出された包みを開くと、中には硬そうな黒っぽいパンが数個入っていた。これが村の主食か。
見た目、そして微かに漂う香りから、硬麦を粗く挽いて水で捏ね、形にして焼いただけのものだろうと推測する。栄養はあるだろうが、風味や食感は期待できそうにない。だが分析対象としては有益だ。
「ありがとう。助かる」
礼を言って受け取ると、カイが私の服の裾をくいくいと引っ張った。
「ハル姉ちゃん、今日は何するの?」
「ふむ。まずはこの小屋の周辺、アッシュウッドの資源調査を行う予定だ。可食植物、薬用植物、毒性植物、利用可能な鉱物などをリストアップする」
私の言葉に、リリアがぱっと顔を輝かせた。
「調査! 面白そう! あのね、森の中には危ない場所もあるから、あたしが知ってることなら教えるよ!」
「それは助かる。情報を提供してくれ」
カイも「僕も手伝う!」と張り切っているが、子供を危険な調査に連れて行くわけにはいかない。私はカイの頭を軽く撫でて宥めながら、リリアの情報提供はありがたく受け入れることにした。
朝早くからの訪問は少々ペースが乱れるが、情報収集の効率を考えれば、悪くない滑り出しと言えるだろう。




