第1章10節: 研究者の新たな棲家
リリアとカイに案内され、森を抜けると、視界が開けた。そこには、十数軒ほどの簡素な家々が集まる、小さな集落があった。アッシュウッド村だ。
木材を組み上げた家、土壁の家、屋根は草葺きが多い。畑も見えるが、規模は小さく、あまり手入れが行き届いているようには見えない。村人たちが何人かこちらに気づき、見慣れぬエルフの姿に驚きと好奇の視線を向けてくる。リリアが軽く会釈して通り過ぎる。
村の中心部を抜け、少し外れの方へ向かう。そこには、一軒だけぽつんと建つ、やや古びた小屋があった。
「ここ、昔、薬草師のおじいさんが住んでたんだけど、亡くなってからずっと空き家なんだ。村の中心からは少し離れてるけど、もしハルカさんが嫌じゃなければ、しばらく使ってもらえないかなって……。もう少し離れたところに元騎士のボルガンさんが住んでいて、そこの屋敷にも余った部屋がたくさんあるんだけど、さすがに遠すぎるから……」
リリアが遠慮がちに提案する。私は小屋を観察した。小さいが、壁も屋根もしっかりしている。窓もあり、陽も入りそうだ。何より、村の中心から離れているのがいい。人目につきにくく、静かに過ごせそうだ。研究には好都合な環境と言える。
「……問題ない。むしろ好都合だ」
私の返事に、リリアはぱっと顔を輝かせた。
「本当!? よかった! 中はちょっと埃っぽいけど、掃除すればすぐ使えると思うから!」
小屋の中を覗くと、確かに埃は積もっているが、簡単な家具(木のテーブル、椅子、棚)も残っている。広さも一人で使うには十分だ。小さな暖炉もある。これは調理にも使えそうだ。
私は内心で満足の息をついた。ひとまずの拠点が見つかった。これでようやく、本格的な調査と研究の準備に取り掛かれる。
「さて、と」
私は小屋の扉に手をかけながら呟いた。
「ここを、私の新たな研究所としよう」
異世界での研究生活が、今、始まろうとしていた。騒がしい隣人がすぐ近くにいることを、この時の私はまだ知らない。




