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8話 高級


 やっと体に馴染んできた異世界の服を脱ぎ、外出用ものに着替える。肌触りが悪くて柔らかさなぞほぼ無い様な服だが、デザインはシンプルで俺好みだ。先程脱いだパジャマは後で自分で洗濯しなきゃいけないから、取り敢えず畳んで端に置いておこう。


 「………………」


 服を持って部屋の端を見ると、そこは既に何者かに陣取られていた。その正体とは………!


 「おい、なんでお前そんなとこいんだよ」


 「ここが1番落ち着くんじゃよ」


 あの日からどこへ行くにも彼女は付いてくる。しかもそれにより食事代や服代、風呂代もかかるため、雑草むしり程度の給料じゃ到底暮らしていけない。


 「流石にもうそろそろキツいんだけど……宿なら教会使わせてもらえば良いじゃん」


 「馬鹿言え、そんな事すればあの男が過労死してしまうじゃろ。私のあやつからの印象の悪さをもう忘れたか」


 俺は教会での出来事を思い出して顔を顰める、確かにあれは酷かった。それは、この少女が俺の元で泊まることが決まった後のことだ…………。





 「それで…どうして君の体が綺麗に復活してるかを聞こうと思ったんだけど……」


 そう言ってラズログトさんの方に向くと、そこには全身の筋肉や骨が溶け切ったような姿で寝転んでいる老人が見えた。


 どうやら色々と限界だったみたいで、急にバタリと倒れて眠り始めてしまったのだ。白目を剥いて口もポッカリ開いてたため焦ったが、特に大した事も無さそうで良かった。俺は彼をきちんとベットに寝かせ、上から布団を掛けてあげた。


 「やはり結構緊張していたようじゃの。あまり刺激せんように抑えはしたんじゃが………それでもなかなか威圧感というものは消えんようじゃな、少々興奮していた事もあるかものぅ…」


 ポリポリと頭の裏を掻く彼女は、ほんの少しだけ苦い顔でそう言う。


 「とりあえず…座って話をしよう。ラズログトさん程じゃないけど、俺も結構ヘトヘトだし混乱してるんだ」


 そうして2人で俺が寝床として使っていた客室へと入り、向かい合って椅子に座る。紅茶なんて気の利いたものもなかったため、気休めとして水とちょっとした食べ物を机の上に置いた。


 「ええと、それで何から聞こうか……」


 コップに口をつけると、止まる間もなく全て飲んでしまった。思っていたより喉が渇いていたらしい。


 「ふむ……取り敢えず簡単な自己紹介からしようかの」


 そう言った彼女は、コホンと握った手に息を吹き付けこちらを見る。


 「私の名はアリスベル。高級吸血鬼で今は人間の娘に憑依しておる、よろしくのぅ」


 「ああ、アリスベル…ね、吸血鬼で……人間に憑依中………か、ウン、何にもよろしくないね。さらに混乱してきたわ」


 「そうじゃな…それじゃあ順序立てて説明していこう」


 彼女…アリスベルによると、元々強力な吸血鬼だったものの襲撃に遭って弱体化。そうして死にかけのまま彷徨っていたところ、偶々いい感じの器になりそうな肉体があったのだそうだ。……まぁ、その肉体もまた死にかけだった訳だが。


 そしてそんな状態で俺と遭遇し、今に至ると言う訳だ。また、肉体の方を瀕死にしたオーガはアリスベルによって追い払われたのだと。死にかけ×2な上に、ムシャムシャ食べられているような状態でよく戦えたものだ。


 「………あの光景を思い出したらまた気分悪くなってきた、頼むから違う話にしてくれ」


 「そうか、それでは吸血鬼について話そうかの」


 相当悲惨な姿だった筈なのにケロッとしているアリスベルは、俺が出した小魚を干したやつをポリポリ食べながら語り始める。


 「まずそもそも吸血鬼というのは、お前達人間のように肉体を持って生まれて来る訳ではない」


 小魚を指で摘み軽く振る彼女は説明を続ける。


 「父親や母親がいるのは変わらん。しかし、吸血鬼の最初というのは煙や光の塊のようなものじゃ。そこから自我が芽生え、形を作り始め、やっと肉体らしきものを得る。だからこそ、見た目も好きに変えられるし、人間の身体にも憑依できるというわけじゃな。イメージとしては魂そのものの存在といった認識で良いじゃろう」


 小魚を全て食べて手持ち無沙汰になったのか、今度は腰まで毛量のある髪をいじり始める。背もたれに寄りかかりながら指をくるくるとさせる姿は、非常に様になっていた。


 「つまり、私達吸血鬼は魔力で出来ているんじゃ。ただ、精神やら考える知能やらはあるから、人間やモンスターとの違いは肉や皮で構成されているか否かといったくらいじゃな」


 それは結構な差があると思うんだが。

…いや、それよりも聞きたいことがある。


 「だから目の色が最初と違うんだな?それに耳もそんなに尖っていなかった筈だ。それと……なんだっけ、マリキ?マリョクとかじゃなくて?」


 「ほう、目の色とはよく覚えていたの」


 「あいにく、相手の顔が脳裏に焼きついていたのは君だけじゃなかったんでね」


 アリスベルは愉快そうに笑う。


 「ククク……そうか、そうじゃったか。あぁそれで、問いは2つあったの?それじゃあ別々にいこうか。……まず、見た目の違いじゃが、これはこの肉体に私の精神が馴染んだことが理由じゃな。肉体と精神、これらは全く違うようで互いに関わり合っておる。憑依という手段を取った今回は尚更な、じゃから吸血鬼の特徴がこの娘の体に出てきておる」


 開けた口を指で横に広げて見せてくる。そこには立派な犬歯が生えており、人間じゃあ考えられないような鋭さと長さを誇っていた。


 「そして、マリキのことじゃが……これは魔導と力導という2つの分野で使われる力をまとめてこう呼ぶんじゃよ。ここら辺は少々複雑になってくるからの、詳しい説明はまた今度の機会にするとしよう」


 「それじゃあ、さっき言ってた高級吸血鬼ってのは?高級ってことは、中級やら下級やらもいるのか?」


 「いや、中級はいない。じゃが下級吸血鬼はいる、例えばアンデットやらグールと呼ばれるのがそれじゃ。奴等は知能の欠片も無いが、怪力や鋭い牙といった最低限の吸血鬼らしさは持っておる。ただし、やはり私達との間には天と地ほどの差があるがの…」


 まるで汚らしいものを語るかのような、しかしどこか悲痛感のあるような声でそう言う。何故かは分からない、だが何かを悔いているような表情をしているのは分かる。…俺はなんとなく、別の話をすべきだと感じた。


 「なぁ君は……アリスベルはさ、どうやってあの状態から復活したんだ?元々それはラズログトさんから聞こうって話だったけど、当の本人は今寝てるからさ」


 「そういえばそうじゃったな。…まぁ、簡単に言えばあの神父のミスじゃ」


 「ラズログトさんの?」


 「うむ、とは言え仕方のない事だったのかもしれんがの。お前も宿に侵入した私がこの教会に送られたのは知っておるじゃろ?」


 「あーうん………」


 ぶっちゃけ記憶から存在ごと抹消しようとしてました。


 「そんなこんなで地下室に私を安置したあの神父じゃが、一通りの確認はしておった。アンデットやグールに滅殺効果のある道具やらを一通り使ってはいたのじゃ。それが私のような高級吸血鬼に効果の無いものだった、というだけでの」


 今更だけど、高級吸血鬼ってなんかデパ地下とかでショーケースに入ってそうな名前だよな。高等とかじゃ駄目だったんだだろうか……。


 「そしてただの死体であると安心した奴は、あろうことか修復魔法をかけおった。奇特な行動じゃが、しかしその善意によって私は復活できたのじゃよ。流石の私でも、アレだけの欠損がある肉体で自由に動き回るなんてことはできないのでな」


 つまり、死者を弔おうとして行なった行動が、皮肉にも弱っていた吸血鬼を復活させると言う結果になってしまったワケだ。


 「そりゃあ…あれだけ死にものぐるいになるはずだ………そしてそんな状態でわざわざ俺はの所に来たって事は、お前が呼ぶように命令したってことで良いんだよな?」


 「ああその通り……そんなに睨まんといてくれ、危うくチビっちまうところじゃ」


 ニヤリと笑うアリスベルに思わずため息が出る。


 「あの人もいい年なんだ、全力疾走でパシらせふなんて真似はやめてくれよ………」


 「それはすまんかったの。軽く頼んだつもりが、老体に鞭を打たせるような行動をさせるとは夢にも思わんかったわ」


 話は一区切りついたらしく静かになった彼女を見て、またもやため息が漏れ出る。雑草むしりから始まったハードな1日は、やっと終わりを迎えてくれたようだ。


 「それで?…確か寝る場所が無いんだろ?俺は床で寝るからお前はベットで……………っていつの間に」


 俺が一瞬目を離した隙に、アリスベルは既にベットに寝転がっていた。肘を立てて頭を支えるポーズの彼女は、どこか挑発するような表情でなんとなく楽しそうだ。


 「まぁそう寂しい事を言うでは無い、近うよれ。この時期の床は冷えるし何より硬いじゃろう」


 「………悪いが原木と添い寝する趣味は無いんでね」


 どこかで聞いたような台詞を吐いた俺は、そっぽを向いて床にうずくまった。







 


…………そんな訳で少し長くなったが、ヘニョヘニョにくたびれたラズログトさんを思い出す事には成功した。後日俺に色々謝りに来てくれたが、その時も相当げっそりしていた気がする。


 「つっても金が無いんだからどうしようもないだろ、このままだと野宿が確定しちまうぞ」


 「そんなことはせんでも良い、なぜなら私もお前の仕事を手伝うからじゃ」


 ドヤ顔でこちらを見る金欠の原因は、俺の言葉を鼻で笑ってそう言う。


 「お前も草むしり手伝ってくれんのかよ」


 「あんなものは仕事とは呼ばん、私が草むしりなぞするわけが無いじゃろ」


 あんなもの呼ばわりしやがったコイツ。アレで生計立ててる人間もいるって言うのに、特に俺の事だが。


 「じゃあ何するんだよ。言っとくが、俺が毎朝しているラジオ体操は仕事じゃなくてただの趣味兼日課だぞ」


 「趣味なのか、あの謎の儀式………………いや、そうではなく、他の仕事をしようと言っておるのじゃ」


 「他の仕事?」


 アリスベルは辺りを見回し、たまたま近くを歩いていた集団を見つけて指を差す。


 「あやつらは確か、冒険者と言うのじゃろう?私達もそれになり、ドラゴンやらを狩ったり遺跡やらを探検して金を得るんじゃよ」


 「却下だ」


 「何故じゃ」


 眉間に皺を寄せるアリスベルに、俺は諭すように理由を話す。


 「いいか?冒険者って言っても、そんなに楽しい仕事ばかりじゃ無いんだぞ。言ってしまえばやる事は限られてるし、そんな大きな依頼を初心者が受けれるわけがない。それに何より危険すぎる、年間数え切れないほどの行方不明者や死者が出ているらしいぞ」


 「そんなもの些事じゃ。私ならそう簡単に死ぬことも無い」


 「そうは言ってもだな………」


 「なぁ君!」


 突然後ろから声を掛けられる。外とは言え宿の近くだったしうるさかったのだろうか。


 「あ、すみま………………って」


 すぐに後ろを振り向くと、そこには見覚えのある人物が立っていた。


 「モモ…?」


 相変わらず少年のような格好をした少女は、口を開け少し驚いたような顔でこちらをじっと見ていた。


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