5話 タフネス太郎クン
フランツ・カフカの「変身」は、忘れられない小説です。一夜にして、自分達に益を与える存在では無くなってしまった主人公への家族の対応。そしてその真骨頂とも言えるラスト!既に著作権は切れているので、気になった方は是非とも見てみて下さい。
雑草は、力ずくで引っこ抜くだけじゃあ完璧な処理ができない。コンクリの上にさえ生えてくる彼らのその身は幾度となく踏み潰され、しかし強く根を張っているためにそう簡単にもぎちぎれることは無い。
そんな相手だからこそ、根っこを慎重にほじくり出さねばならないのだと何処かで聞いたことがある。ソースは学校の教師だったか、それとも惰性で見ていたテレビだったか。
いや、そんなことはどうだっていい。大事なのは、そんな「雑草のようになりたい」などと語る者がいることだ。そして初対面のはずの俺に熱くそう話してくる様な存在だ。
そう、例えば隣にいる彼のように。
「やっぱりさぁ、ボクはこの草のように強靭でありたいと想うわけなんだよ。軟弱な人間のままじゃいけないんだ」
「軟弱なのはオメーだよ、自分の弱さを種になすりつけんな。なぁ?アンタもそう思うだろ?」
反対側から聞こえてくるのは、俺とそう大差ないであろう年齢の少女の声。
「いや、俺は……なんていうか、ただ踏まれるだけの人生は嫌かな。贅沢言うと何かを後世に残せるような人間になりたい…」
「ヒュー!いいねぇ、若いやつの言うことは身に染みるぜぇ!」
「ハァ……まったく分かってないな、君たち。ボクが言っているのは精神的な話さ、まぁつまりタフネスさを持とうって事だよ。それとクラリス、君も"若いやつ"のはずなんだが?」
「アンタの精神が雑草なように、アタシの精神がオトナってだけだよ。タフネス太郎クン」
両隣で仲良く言い合いをしている彼らの事を、俺は全く知らない。草むしりの仕事初日。雇い主っぽい人に「ここを処理しろ」と言われたので、広場で草々を千切っては投げ千切っては投げとしていた所、この2人が急に俺を囲んでお喋りをし始めただけだ。
どうやら俺の同僚らしく、同じ様に雑草むしりはしている。しかし彼らの本業が冒険者なのは、背中に背負っている剣なり装備している革鎧なりから明らかだ。
「うっし、あらかた片付いたんじゃねぇの?」
「そうだね。それじゃあ報告してからご飯にしようか」
そう言って急に立ち上がった2人は、俺を連れて先程の人に声をかけに行った。その後約1時間ほどの休憩を与えられたため、俺たちは大通りを歩いてすぐの大衆食堂へと入っていった。
食堂の頭上には大きな天幕が張られており、日光や鳥の落とし物を防ぐ役割をしている。後はほとんど野外と言っていいような風貌であり、その内側にはただ簡易な机と椅子が並ぶだけだった。
「ええっとそれで…君の名前は?」
男の方がこちらに問いかけてくる。
「俺は、グラクって言います」
「言いますって…別にタメ語で良いぜ、な?」
「そうさ、ボクら多分同い年ぐらいだろう?」
「ああ、そうだ……な。よろしく」
俺がそう言うと2人はニカっと笑った。
「アタシはクラリスだ。さっき言ってたか?まぁいいや、よろしく」
「ボクはモモさ、モモ・グランぺ。よろしく頼むよ」
そうして自己紹介を終えた俺たちは、奥の行列へと並んで注文口があくのをを待つ。
「そういやグラク、アンタ食べれないモンとかある?ここ結構味が濃いんだけど…」
「あーいや、味が濃いのは大丈夫なんだけど……あまり肉を食べる気分じゃないかな」
「となると、豆のスープと野草サラダぐらいになるかな。安いし早いし………まぁ、味はそこそこだけど。とは言え肉無し料理でちゃんと食べれるものってなるとそんくらいしか無いだろうね」
そう言っているうちに、注文の順番が来てしまった。2人は少し無愛想なおばちゃん相手に慣れたように注文し、俺も続いて先程のセットと追加でパンを頼む。そのまま進むと木の皿に乗ったスープとサラダ、そして硬そうなパンが手渡されたので、落っことさないように気をつけて机まで運んだ。
「それじゃあ、いただきます」
「お、食う前に祈りたぁ熱心じゃねぇか。アンタも神教教徒だねぇ」
「え、神教?」
神道の聞き間違えかと思ったがそうでは無いらしい、ならばこの世界の宗教だろうか。
「おや、どうやら違ったみたいだね。なら家の教育で染みついたのかな?それとも別の宗教なのかね」
「………まぁ、家の教育っちゃあ教育かな?」
「そりゃそうだろ、神教以外の宗教なんてもはや絶滅危惧種だぜ。ましてやこんなイマドキの若者がそんなん知ってるわけねーだろよ」
「イマドキの若者って……君はさっきからどんな立場で喋っているんだい」
なんだか分からないが、その神教とやらはここではメジャーな宗教らしい。この前読んだ本に出てきた天使とかも関係しているんだろうか、そう思いながらスープを啜る。うん、確かにそこまで不味くはない、美味しいわけでもないけど。野草は野草の味だ、それ以上でもそれ以下でもない。
そうして料理を食べ勧めていると、2人のうちの1人がこちらに話しかけてきた。たしかモモだったか。
「そう言えば君、あまりここらじゃ見ない顔だよね。もしかして旅人かい?」
「うん、大体そんな感じ」
「ふむ……ならばここで突然のクイーズッ!」
唐突なモモの叫びにより、思わず体がビクッと震えてしまう。
「ボクの性別は何でしょう?制限時間はクラリスが料理を食べ切るまで!!」
それを聞いたクラリスが怒涛の勢いで料理を口にかっこみ始めた。
「え?いや…え?」
「ほらほら、はやく答えないと時間が来てしまうよ?」
「あ、えーと…………もしかして、女?」
それを聞いたモモがピクリ、と挙動を止めこちらを見つめてくる。お…怒らせてしまったか?
「正解ッ!!!…いやーまさか分かるとはね、実は男と間違われることが多くてさあ。ほんと困るよねぇ、ボクは可憐なる乙女だと言うのに……」
「いや、これ分かってなかった顔だろ。どう見ても動揺してんぞコレ」
いつの間にか皿を空にしていたクラリスが冷めた目でそう言う。しかし、俺はそんなものは目に入らないくらいビックリしていた。
……確かに言われてみれば、まつ毛が長いし顔立ちも可愛らしい。それに骨格も女性らしくはある。しかし、ズボンを履いている上に一人称もボク。さらに隣にいるクラリスが女性らしい体型なのに対して、モモはなんというか………ストーンって感じだった。
まぁクラリスもズボンではあるのだが、BWHが全くと言って違ってしまっている。むしろ同じズボンというのも、差が分かりやすくなっている原因なのかもしれない。
「……………ごめん」
「謝らないでくれ、なんだか悲しくなってくる」
そうして、ひたすら俯き押し黙り続けるモモとゲラゲラと爆笑しているクラリス。
き、気まずい……!
「そ、そう言えば2人って冒険者なんだよな?なんで雑草むしりの仕事を?」
そう、これは普通に疑問だった。明らかに一般人では無いいでたちの2人が何故あんな仕事をしているのか。
「まーそれは冒険者だからだな」
「……どゆこと?」
「答えになってないよクラリス……まぁ、分かりやすく言うとボクら冒険者は商人ギルドの奴らに嫌われているのさ」
立ち直ったらしいモモが、そう言って説明を付け加える。タフネス太郎クンの名は伊達じゃないようだ。
「なるほど、だからあんな仕事しか回ってこないと」
「そゆこと」
「ちなみになんで嫌われてるんだ?」
それを聞いたクラリスは、なにかを嫌悪するような顔になった。
「あいつらは金のことしか考えてねぇんだよ。だから正論言って金儲けを邪魔してくる冒険者ギルドが嫌だしそれを支持するアタシらのことも嫌いってワケだ」
「まぁ、全ての商人や商人ギルドがそうってわけでもないんだけどね。ただこの町ではそういった人が多いってだけだよ、残念ながら、彼らの目には人々が歩く財布に見えている様だ」
いやはや、流石は中世。もしかしたら人権なんて概念すら存在してないのかもしれない。
「そろそろ戻ろうか、みんな食べ終わったみたいだしね」
「そうだな、んじゃ皿片付けっか」




