3話 異世界にーと
この町に来て4日が経った。
俺は酒場で黒パンと薄味のスープを頼み、軽めの昼食をとっていた。正直美味しく無いし、あまり腹にもたまらない。しかし贅沢は言っていられない。理由は単純、金がないからだ。
「明日から仕事しないとな……」
オーガの目撃情報の報酬として少しのお金は貰っていたが、ぶっちゃけそんなのは泡銭にも満たない量であったので、俺は生きていく為に働いて稼ぐ必要がある。心優しいラズログトさんに夕食を振舞ってもらったりもしてるが、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。
食事を終えた俺は、酒場の店員に一言かけ店を出ると、ここ数日通っている場所へと向かった。
というわけで今、冒険者ギルドに向かっている。ちなみに仕事をするとは言ったが、冒険者みたいな危険な仕事はやるつもりはない。なのでそれ以外の職業を探さねばならない。
まぁ何故やりたくないのかというと、冒険者なんて危なそうな事したくないからだ。俺は平和に生きていきたい。そして、あわよくばあの天使に勇者らしくないところを見せて地球に送り戻してもらおうという目論みである。
「キャーーーーーーーーッ!!!」
……なんだろうか、いや、分かっている、悲鳴だ、悲鳴だよ、分かってるよ、待て、落ち着け、落ち着けよ、な?悲鳴だよ、そうだな、悲鳴だよ、前にも聞いたな、いや、止めろ、思い出そうとするな、違う、ここは街中だ、あんなこと起きない、大丈夫、大丈夫だ、な?だから、
「畜生、頭からぐるぐるする………」
行ってみる?行ってみようか、悲鳴だ、怖い、行ってみるか?あ、もう足が動いてる、なんで?まぁいいじゃない、よくないよ、最悪だ、いや、まだ最悪じゃない、分からない、分からないことに首を突っ込むな、いや、待て、待てよ、なぁ、え?
「………あ?なんだテメェ、俺たちになんか用かよ」
「このアマッ!てめぇのせいで人が来ちまったじゃねぇかよ!」
なにか聞こえる、誰だ?オーガ?な訳ない、そうだよ、そうだよな?分かんないよ、落ち着け、落ち着け落ち着け、深呼吸だ、深呼吸、息を吸え、逃げろ、うるさい、黙って深呼吸だけしてろ、
「たっ、助けて下さい!私この人達に襲われてて!」
あ、駄目だ、気持ち悪い、
「うっせぇっつってんだろ?テメーは黙って………ってオイィ!何吐いてんだよ!?ちょ、汚ねぇ!!」
「や、やべぇよコイツ………しかも今の騒ぎで人が集まってきてやがる!どうする!?」
「バカッ!逃げんだよッ!!来たばっかだがこの町にはもう居られねぇッ!さっさとずらかるぞッ!!!」
俺の口から先程無理矢理胃に入れた黒パンやらスープやらが出ていく中、ドタドタという音を立てて二人組は去っていった。
「だ、大丈夫ですか………」
「らいじょうれっうぶぼぅぇぇっ!!」
「全然大丈夫じゃ無さそうッ!!」
仕事探しの前に、このゲロ吐きグセを何とかすべきかもしれないな。オロオロしている少女を見ながら俺はそう思った。
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「あの、ありがとうございます。危ない所を助けて下さって…」
「いや、俺は何もしてないですし…むしろゲロぶち撒けちゃったぐらいですし…………」
「まぁそうなんですけど……でもまぁ、結果的には助けられましたので!」
そう言ってペコリと頭を下げる少女に、俺の胸の辺りが何だか温かくなる。おそらく先程のアレが少し服の中に滑り込んで来たのとは関係無いだろう、そうであって欲しい。
「そういえば、その服ギルドの受付嬢の服ですよね。お仕事中なんですか?」
「あ、ハイ。私商人ギルドへの手紙を渡しに行った帰りでして、今次の仕事に向かう所だったんです」
地球から持ってきた口臭対策のタブレットを噛む俺に、彼女は小さく笑ってそう言う。すると切れ長の目は急に横を向き、縦長の建物を写したところでピタリと止まった。
「着きましたね、冒険者ギルド」
「あ、そうですね」
少女が開けてくれた扉の内に入ると、そこには革鎧の大男が仁王立ちで待ち構えていた。ケドランさんだ。
「テール!帰ってきたかッ!!」
「あ、父さん……話があるの…」
テールと呼ばれた少女がケドランさんの元に駆け寄り、お互い何かをボソボソと話し合い始める。5分も経つと声は既に張り上げられており、そこから2分ほど待つと逆に小さくなっていって、ついに途切れた。そしてケドランさんがこちらに真っ直ぐ向き、勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございますッ!貴方は娘の恩人ですッ!!」
そのあまりの勢いに何も言えずにいる俺が、ちょっと間を置いてやっとのことで言えたのは、そこまで気にしなくてもいいという言葉とここに来た理由だけだった。
さて、そこからはあまり記憶はないが、ギルドの階段を登った事と招かれて入った部屋のプレートに図書室と書いてあった事は覚えている。
いくつかの本棚に囲まれる中、俺は机を挟んでケドランさんの正面に座る。ちなみにテールさんは受付嬢の仕事に戻った。
「改めてですが、本当にありがとうございました」
「いえ、先程も言いましたが俺はゲロ吐いただけですので……」
「それでも娘の元に駆けつけてくれたのは貴方です、それが無ければどうなっていたことか…」
「あれはなんとなく足が向かっていたってだけですし………」
「それならどうやら貴方には素晴らしい冒険者の資質がある様だ、考える前に体が動いていたのですから」
ケドランさんはただひたすらこちらを見つめ続け、感謝の意思を伝えてくる。これはこちらが折れる以外無さそうだ。
「分かりました、では1つ貸しという事で」
「ええ、つまらないものですが既に用意しております。それではこちらの紹介状をどうぞ」
そう言って手渡されたのは、ギルドの印が入った封筒だった。
「これは…」
「これを商人ギルドに持っていけば、仕事を斡旋してくれるはずですよ。とは言っても、大した仕事は無いかもしれませんが……」
「いえ、助かります。頼りになるツテとかも無かったので」
それを聞いたケドランさんはニコリと笑った。相変わらず顔は怖いが、笑顔はどこかホッとするような、安心させてくれるものだった。
「それにしても、どうして商人ギルドの仕事を得る為に冒険者ギルドの紹介状が必要なんですか?」
「ああそれは、簡単に言えば舐められないためですよ」
言葉の意味がわからず首を傾げると、ケドランさんは懐から丸メガネを取り出してかけ、教師のような口調で喋り始める。
「まずそもそも、商人ギルドが求めているのはなんだと思いますか?」
「え………なんでしょう、お金稼ぎ…ですかね?」
「そう、正解です。ならば、最も効率良くお金稼ぎをする方法は?」
「……………………………ぐぅ」
「正解は、労働者を安値で使い潰すことです」
「え?」
驚きを表す俺に、彼は苦笑しながらも真剣な目を向ける。
「ですが、この町の住人にそのようなことをするわけにはいきません、領主が見張っておりますからね。だからこそ彼らが目をつけるのは……」
「俺のような外から来たやつ…ってことですか?」
「そういうことですね」
メガネを外した彼は、困ったように自らの頭を撫でる。前回も見たそれは彼の癖なのだろうか。
「本来、このような町の恥部を知られたくはないのですが………あなたは当事者ですからね。知る権利があります」
先程から握っていたため、少しシワがついてしまった封筒を慌てて伸ばし、懐にしまう。随分と空気が暗くなってしまったため、話を変えようと口を開いた。
「あの二人組ってどうなるんですかね?他の町に行く、とか言ってましたけど」
「二人組……あぁ、娘を襲ったあの愚か者達ですか。大丈夫ですよ、既に凄腕の冒険者に追跡を任せていますからね。奴らは良くて商人ギルドの労働者堕ち、悪くて他の町の奴隷商人に売り飛ばされるでしょうな」
なるほど、あの2人はどうやら狙う相手を間違えた様だ。顔通りの悪人ヅラを見せるケドランさんを見て、俺はそう思った。
「あと気になってたんですけど、あの女性の身元は分かったんですか?お墓参りに行こうと思ったんですが、教会の方じゃ分からないらしくて……」
「ん、あぁ、それなんですがね…どうやらこの町の住人で最近行方不明になった者は1人もいなかったんですよ。ですので、恐らく他の場所出身の方かと……」
「そうだったんですか…」
「でも、お墓参りだったら教会の共同墓地でできますよ、大墓石がありますので」
なるほど大墓石か。ラズログトさんから話は聞いていたが、実際に見たことはなかったな。
「ありがとうございます。それじゃあ、商人ギルドから帰った後に見てみます」
そう言って別れを告げ、ついでに本も借りれるらしいので一冊借りて外に出る。ケドランさんに別れを告げ扉を開けた瞬間、生暖かい外気と賑やかな声が広がった。
このルートルの町は、いわゆる楽市楽座のシステムを適用しているらしく、様々な人が様々なモノを売っている。基本的には露店で、次に多いのが屋台、普通の形式の店は数が少なく、よっぽど需要が多くなければ建物を使えないようだ。
「屋台の手伝いとかもやってみたいな……商人ギルドはそういった仕事も斡旋してくれるのかな?」
そんなことをボヤきながらあたりの店を流し見していると、いつの間に目的地に着いていた。
「ここが商人ギルドか……なんだか緊張してきたな」
目の前に広がる建物は、今まで見てきたどれよりも大きく、建築費がかかっていそうだった。冒険者ギルドが塔なら、ここは工場だろうか。横長な建物の上には煙突が並んでおり、煙がもくもくと空へ登っている。
ギルドの近くに寄ると、召使いらしき人がこちらへとお辞儀し、音を出さずに扉を開ける。油でも刺しているのだろうか。案内されるまま受付まで行くと、恰幅の良い男がこちらに笑みを向けた。
「今日はどのようなご用件で?」
「あ、えっと…仕事を斡旋してもらいたくて」
「ふむ、身分証などはお持ちですかな?」
そう言われて、懐から封筒を取り出して受付のカウンターへと置く。もちろん冒険者ギルドから貰ったものだ。男は一瞬苦虫を噛み潰したような顔になるが、瞬時にそれを隠し、封筒を受け取る。
まるで何かの鑑定をするかのように封筒をジロジロと隅々まで見るが、どうやら本物だと結論づけたようで、笑みを浮かべてこちらに顔を向けた。
「なるほど、確かに冒険者ギルドからの紹介があるようですな。それでは中身を拝見させていただきます」
男は封筒の封を開け、中から紙を取り出す。
「ふむ…ふむ………どうやら、書かれている情報と一致しているようですな。では、あちらの席に移りましょうか」
ギルド内に並ぶ、大量の机のうちの一つへと案内され、職員と向かって座る。奥の方には簡易的な紡績機らしきものとそれをいじる亡者の様な人達が数人見えたが、男はゴホンと大きく咳払いをした。見るなと訴えているのだろうか。
「申し遅れましたが、私はケルトポ・ドットバーンと申します。以後、お見知り置きを」
出された手を取り握手をする。………向こうはすぐにその手を拭いたが。
「お客様は旅人であるということですし、この町にはどれくらい滞在なされるのかはお決まりですかな?」
「いえ…特に決まってはいません」
「それでは、この町を出るご予定などは?」
「そちらも特には」
「それでしたら、これらのお仕事がおすすめですね」
職員が取り出したのは、3枚の紙だった。
〈ベビーシッター募集!〉
・5日ほど子供達の面倒を見ていただきたいです。
・条件は十五歳以上であること、学校(教会での教室も可)に行ったことがあることです。
・子供の人数は3人で、男の子が2人、女の子が1人です。
・家の中には家事をしている私がいるので、困ったことがあればぜひ相談してください!
・日給は銀貨5枚で、昼ごはんもつきます。
〈町の草むしり〉
・道の端などに生えている雑草を抜いてもらいます。
・道具を使うのであれば持参してください。
・珍しい薬草があれば、報酬を増やします。
・時給銅貨5枚
〈実験の助手〉
・実験の助手を求めております。危険ではございません。アットホームな職場です、現在は私1人なんですけどね。
・仕事内容は簡単。私を褒めること、私の機嫌を取ること、たまに甘い言葉を囁くこと、3食ご飯を作ること、実験の助手をすること、私に命を捧げること、以上です。
・報酬は日給金貨10枚、男女どちらでも構いません、よろしくお願いします。
「ほ…他にないんですか?」
縋るように聞くと、職員は少し嫌そうな顔をした。
「この3つめの仕事とか良いでしょう、私の日給の何倍も貰えるんですよ?」
「いや……流石に怪しすぎるというか、報酬が高いのもなんだか怖いですし」
「ならこの1つめは?昼食もつくようですよ?」
「その…学校は行ったことがあるんですが、ここから遠い国の学校なので証明ができないんじゃないかと」
「それでは2つめしかありませんね、残念ながら当ギルドにはこれ以外の仕事を紹介することはできません」
と、とりつく島もねぇ…………!
「………………じゃあ、それで」
「はい、ではこちらにサインを」
今日一日で一番の笑顔を見せた職員から紙を受け取り、そこにサインを書く。
そうして、俺は職を手に入れた。
一応補足としてこの世界のレートを書いておきます。
金貨1枚=1万円
銀貨1枚=1000円
銅貨1枚=10円
流通しているのは金属製のコインで、紙紙幣などはありません。また、コインのサイズはかなり小さいものとなっており、大きな貿易などではこれより大きいサイズのコインが使われます。




