10話 ドラゴンの炎
ゴブリン、それはオークやスライムと並ぶモンスターの代名詞。緑色の肌をした小さなモンスターで、場合によってはカタコトな言語を喋り、なにより姫や騎士や姫騎士が大好物。二足歩行でアグレッシブに動き回り、長めのスモークチキンのような棍棒で敵をしばき倒す、そんな生き物。だから…………
「こんなのゴブリンじゃなぁぃ…」
四足歩行で猿のように駆け回り、身体中に薄く毛が生え、木に登ったり毛繕いをしたりしているこの生き物は、全くの未知の生物であると言えた。
「お前が言っておるのはハイゴブリンの事じゃな、妙に知識が偏った奴じゃのぅ、お前は」
そう言ってゴブリンの群れを見下ろすのは、武器や荷物などを何も持たないアリスベル。その笑みからは、まるで近くの公園でバードウォッチでもしてるかのような気楽さが伺える。
「うーん、やはり結構な数が居るね。これは長期戦になりそうだ」
と、アリスベルよりかは真剣な表情で剣を抜くのはモモ。しかし彼女もまた、どこか余裕そうな雰囲気だ。
「………それで?クラリスは何処に?」
「ああ、それならあそこを見るといい」
ももが指差した方向を見ると、そこには剣でゴブリン達を薙ぎ倒す少女がいた。
「いつの間に………こういうのって、普通一旦集まってから作戦立てとかするようなもんじゃないの?」
「どうやらボクらはあの子を待たせすぎてしまったようだね」
モモは慣れた様な口調で肩をすくめた。
しかし何というか……今いるのは少し高めの坂の上なんだが、そこからでも分かるくらい戦力差が酷い。果敢に飛び掛かるゴブリン達が、まるでポリスチロールかなんかで出来てるのかってくらい簡単にぶった斬られたりぶっ飛ばされている。
「クラリスはアレで、結構力導に精通しているからね。身体強化と防御力に関しては、この町ではトップクラスに食い込めるぐらいの実力はあるんだよ」
「そうじゃな、あの歳の割には手慣れておるし、魔力の量も多いの」
クラリスをじっと見つめて評価するアリスベル。…………そう言えば、
「あんだけ力を見せてやるって張り切ってたのに、戦いに参加しなくていいのかよ?」
横目でこちらを見る彼女は、少し偉そうに笑って返事を返してくる。
「私が戦ってしまえばそれでカタがついてしまうじゃろう?これはこやつらの依頼じゃからな、邪魔をする訳にはいかんわ。まぁ、適当なところで入るから心配せんでも良い」
「それは心強いね、それじゃあお言葉に甘えて好きなようにさせてもらうよ」
そう言うと、青い光を纏ったモモは坂を滑ってゴブリンに突っ込み、そのまま戦闘を始める。
「それで、俺は何をすれば?モンスターとは言え人型だし、あんまり殺生とかはしたくないんだけど……」
「お前はまだ魔力の出し方も知らんからな。今回は見学じゃ、ここで静かに待っておると良い」
フンと鼻を鳴らすアリスベルは前方を眺める。
「それと良い機会じゃから魔力についても教えておこう。魔道と力導というものがあるのは前に話したな?」
俺はそれに頷き、彼女が指差す先へと首を向ける。
「あの2人が使っているのが力導じゃ。さっきの小娘も言っておったが、身体能力の向上や防御力の補助として魔力を使う方法じゃな。他には武器の切れ味を増すことや、拳などに魔力を乗せてそのまま飛ばすことが出来る」
ゴブリン達をボコボコにし反撃を受けてもビクともしていない彼女らの様子から、力導が何たるかをなんとなく理解した。
「それで次に魔道じゃが、これは魔法陣を作って火や水やらを出すことに魔力を使う方法じゃ。これは少し説明が複雑になるんじゃが……取り敢えず例としてドラゴンの炎を挙げようかの」
「ドラゴンの炎?」
「あぁ…ドラゴンは口から炎のブレスを吐くことで有名じゃが、アレはどうやっていると思う?」
「どうやってって………」
そういやどうやってんだ?…そんなの考えたこともなかったな。
「正解は魔力を炎に変換できる機能を持つ器官がある、じゃ。そして遥か昔の魔導士は考えた、それを再現できないかと」
「……………………」
何だかすごくロマンのある話に、返事も忘れて聞き入ってしまう。
「そうしてその魔導士はドラゴンのブレスを再現できる魔導具を完成させた。しかし、それだけでは終わらず、他の魔導士はそれを見てこう考えた。これを魔力で再現出来るのではないのか?と、そして…その答えがこれじゃ」
ス……と右手を前に出すアリスベルは、俺が今まで見た中で最も濃く、強い光を放つ魔力を腕に纏った。彼女が掌から放出したそれは、空に幾何学的な模様を描いていき、何重にも重なった末にやがて巨大な円柱となった。
「よ〜く見ておけよ?グラク、滅多に見られるものではないからの」
そして、圧倒的な熱が空間を支配する。
風を顔で正面から浴びながらも、涼しい顔をしているアリスベル。崖下には、そんな表情の様子からは想像できない量の炎が扇状に広がってゆく。大気を喰らい、地面をぐじゅぐじゅに焦がしながら這い回る炎。鉄すら溶かすであろうその力の塊は、何が起こっているかすら理解していないであろうゴブリンに襲い掛かる。
骨すら残らない、そんな結論には小学生でも辿り着くだろう。もちろんその簡単な推理が外れる事はなく、馬鹿みたいな熱は皮・肉・骨・内臓を一欠片も残さず平らげた。
「どうじゃ?ドラゴンの炎の名は伊達ではなかろ?」
熱さと衝撃から滝のような汗を流す俺の、信じられないものを見たかのような表情に満足したのか、今世紀一番のドヤ顔を見せるアリスベル。しかし俺はそれを気にする余裕はなく、一言絞り出すだけで精一杯だった。
「…………………………オーバーキルすぎて、ゴブリンが可哀想」
それを聞いたアリスベルは、より一層嬉しそうにニヤリと笑った。




