1話 ひろぽねすに愛される!
輩は猫である。名前はまだ無い。
なぁんて言えたらどんなに嬉しいことか。もし、この世に輪廻転生なんてものがあるのなら、脳を全て洗浄して小さくて可愛い畜生に生まれ変わりたい。
さて、今朝鏡はチェックした筈だ。胡散臭い糸目、それを開くと現れる三白眼、無理矢理染めさせられたピカピカの金髪。どっからどう見ても可愛い猫ちゃんとは言えないし、良くて小物のキツネってとこだろう。
突然だが俺は死んだ。あぁそうだ、俺は死んだ。
今思い返してみれば、俺がこの世に生まれてから活動してきた範囲なんて、世界からしてみれば本当にちっぽけなものだ。なのにそんなちっぽけなものが、俺は憎くて憎くて堪らなく、この全身全霊には黒い感情で満ち溢れている。
嗚呼、人間というのは皆等しくちっぽけだ。
しかし、その人の思想や発明品といったものは、創造主の手から離れ、世界中に広まるものなのだ。素因数分解も、バスケットボールだって、思いついた彼らの知らぬ存ぜぬところで使われ、愛されている。
まぁ…俺はそんなことはできない。だから凡人は凡人らしく、妬んだり羨んだりなんて、誰でも出来るようなことをまるで必殺技かなんかのように毎日毎日繰り出しているだけなのだ。
さて、そんな俺だが、いわゆる異世界転生なる現象が起こった。
ニートだか社畜だかがチート携えて異世界に行き、美少女に囲まれてハッピーッエンッ!!
みたいなやつだ。
最初の方は嬉しかった、チャンスだと思った、でも生まれながらの馴染みの友である脳髄くんは俺を諭した。
「異世界転生ってことは、魔王がいて、勇者の存在を待ち望む民草がいるんだろう?だったら俺じゃ役不足だ、もっと良さげな死人を探して、そいつに任せた方がいい」
うん、もっともだ。僕のことをよく知っている幼馴染の言い分に納得した俺は、目の前の天使らしき人物にそのまま伝えた。
だが、それを聞いた天使は"なんと素晴らしい心がけ"とか、"貴方にならこの力を授けても大丈夫そうですね"とか言ってきた。なんなんだコイツは。
その後もなんとか天使を説得しようと試みたが、その度に好感度が上がり、そして色々とボーナスが付けられる一方であり、結局俺は、異世界へと旅立つことになってしまったのだ。
そういえば、俺の人生が終わったのは何故だったのか。脳裏に浮かぶのは喧騒、騒々しくも若さに満ち溢れた輩どものお祭り騒ぎ。
その中心にいた自分は、殴り殴られ、それで、それで………あぁ、そうだった。
浅い眠りから覚め、一瞬で覚醒するような感覚。
意識だけは先程までと地続きのまま、その他全ては全く知らない場所にいた。そう!気がつくとだだっ広い草原にいたのだ。
気候は少し暖かい。まるで人の目なんて気にしない子供のように、辺りを駆け抜ける風が勢いをつけてぶつかってきた。髪がサラサラと揺れる。
なんとなく辺りを見渡すと、そこにはエベレストもかくやと言わんばかりに聳え立つ山々、ビルや鉄塔のような邪魔者のいない青一色の空、そして風に吹かれて心地良さそうにしている大樹などが目に映った。
都心じゃ見られないような大自然が、俺のことなど気にせずただ雄大に存在している。
一体全体、俺はアルプスにでも来てしまったのだろうか。昔インターネットで見た映像を思い出し、目の前の光景と見比べてみる。
………いや、よく見ると遠くの方にプテラノドンみたいなの飛んでるし、足元で羽を休ませている蝶々も口が命を刈り取るような形をしている。それに自殺行為としか言えない様な超長いブランコも無いし、低燃費がなんたるかをしつこく聞いてくる少女もいない。
「……本当に来ちゃったんだな、異世界」
悲しいような、ちょっと嬉しいような、そんな複雑な感情が胸に溢れてきて、口からその全てがまろび出そうな感覚を覚えた。
すると突然、静かな草原に鋭い悲鳴が上がった。それは女性のものであり、明らかに切羽詰まった様子である声は切実に助けを求めていた。
どうしようか。
……正直、問題には余り関わりたくはない。俺はこう見えて平和主義であるし、面倒ごとも嫌いだ。しかし、このまま放っておいて何かがあったとなれば寝覚めが悪くなりそうだ。
「いやはや……」
それに強制的だったとはいえ、自分はこの世界を救うために異世界から召喚された勇者(?)なのだ。それなら困っている人を助けるのが仕事だろうし、ちゃんと勇者らしくしないと何かペナルティとかがあるかもしれない。
「しょうがない……見に行くだけ行くか」
とりあえず悲鳴が聞こえた場所に駆け寄ってみることにした。
もたついてたせいで女性は死んでた。
大きな図体をした人型の化け物がその肉を食べているのを見てしまった俺は、走って逃げ、思い返して2度吐いた。




