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サクラの思い

作者: Koto
掲載日:2026/02/01

ちょっと切ない恋愛エピソードです。

最期まで読んでいただけますと嬉しいです!

 修士論文の中間報告が近づいてきており、タケシは、先行研究の調査を行っていた。

 タケシは東京にある大学院、工学系研究科の研究室に所属する修士一年生であった。

 タケシは、先行研究の論文を調べていく中、一つ重要と思われる参考書の文献名を発見した。

 ネット販売で調べてみたが、参考書は学生には高額であり、中身を十分に確認してからでないと、はずしたときの精神的ダメージが大きいと思った。そこで、タケシは、都内の大きな駅にある大型書店に行って、見てみることに決めた。タケシはその駅の隣駅にアパートを借りて暮らしており、アパートから書店までも歩いて行ける。

 書店に着いたタケシは、店内のエスカレーターに乗って上の階に移動し、専門書のコーナーに着いた。

 その階に着いたタケシはフロアにある検索端末で本を検索し、参考書のある棚にたどり着いた。

 タケシは普段めったに書店には行かないため、無数に並ぶ本の中から、お目当ての本を探すのにしばらく時間がかかった。しかし、しばらくして、やっとみつけることができた。

 目の前の棚の、少し高いところにある、分厚い本だ。

 タケシは参考書を本棚からとろうとするが、本棚には思いのほか本がぎっしりと詰まっていて取りにくい。そこで、タケシは少し力を入れて参考書を抜いた。すると、隣の本も数冊一緒に本棚から抜けてしまい、そのまま落下してしまった。

「あっ!」

 とタケシが思った直後に、

「痛っ!」という女性の声が聞こえた。

 なんと、落下した本が知らない女性の顔か頭にぶつかったのだ。

 タケシは動揺して必死に謝った。

「本当にすみません。怪我はありませんでしたか?」

 そういうタケシに、女性は

「いえ、大丈夫です。」

 と答えつつも下を向いている。

 何か落としたかな?とタケシが思いつつ女性のほうに一歩踏み出したところで

「あっ!」

 と女性が叫び、その直後にタケシは足裏に違和感を感じた。

「バキッ!」

 明らかに何かを踏んでしまった。

 恐る恐る自分の足の下を見ると、そこには踏まれて無残な姿になった眼鏡があった。

 落下した本が女性の顔にぶつかり、女性がかけていた眼鏡が落下したのだろう。そして更に、その眼鏡を自分が踏んで壊してしまったのだ。

 タケシは、この状況に更に大きく動揺してしまう。

 女性はがっかりした表情をしつつも、

「大丈夫です」

 と言って、眼鏡を拾い、その場を去ろうとした。

 タケシとしては、さすがに全く責任を取らずに放置するわけにはいかず、せめて眼鏡を弁償させてもらうことにした。

 どうやら、彼女はとても近視が強いらしく、眼鏡をかけないと、ほとんど見えていない様子だった。

 タケシは、あわてて、手に持っていた参考書を棚に戻して、女性を連れて、近くにある眼鏡量販店に行った。

 そこで女性は代わりの眼鏡を作って、タケシはその代金を支払った。

 その量販店は即日商品の引き渡しができることで知られているが、その日は混雑のため、受け渡しまでに2時間程度かかるとのことだった。

 女性は、

「こんなにしていただいて、本当にすみません」

 と謝るが、タケシは、明らかに悪いのは自分だと思っていたので、とてもばつが悪かった。

 彼女は、眼鏡がないと、周囲がよく見えないので、タケシは眼鏡を受け取るまで一緒にいてあげようと思った。

 彼女が、

「そういえば、私、参考書買わなきゃ」

 と言うと、タケシは

「あ、僕も参考書買わなきゃ。じゃあ、一緒にさっきの書店に行きましょう。見えないと思うので、参考書探すの手伝いますよ」

 と言って、二人はさっきの書店に戻った。


 書店に着くと、タケシは、彼女の探している参考書も一緒に探した。

 実は、彼女も大学院修士の学生で、タケシと近いテーマを研究していることがわかった。

「びっくり、テーマ同じですね?」

 とタケシが言うと、彼女も

「そうですね」

 と少し嬉しそうに驚いた。

 参考書を購入した後、眼鏡の引き取り時刻まで、まだ1時間ほどあったため、書店の中にあるカフェで時間を潰すことにした。

 そこで二人は、研究テーマについての会話をし、盛り上がった。


 これをきっかけに、二人は、打ち解けた。

 二人の会話も、いつの間にか友達口調にかわっていた。

 眼鏡を受け取ったのち、別れ際に、タケシは、

「ねぇ、研究テーマについて、もっといろいろと話したいから、また会わない?」

 と、少し勇気を出して言った。もちろん、研究テーマは会いたいための口実である。

 すると彼女は

「うん、いいよ」

 と言って、承諾してくれた。

 タケシの内心は完全に春真っただ中だったが、なるべく表情に出さないように抑えた。

 二人はSNSの連絡先を交換した。

 彼女のハンドルネームは『サクラ』だった。

「サクラって、君の名前?あ、僕はタケシ」

 彼女は、うん、とうなずいた。

 そして二人はときどき会う仲となった。


 何度か会っているうちに、タケシはサクラの魅力にますます惹かれていった。

 サクラも同じく、会うたびにタケシに惹かれていった。

 研究テーマの話以外でも、ショッピング、散歩、食事など、いろいろなところへ一緒にでかける仲になった。


 ある日、タケシとサクラは用水路わきの遊歩道を歩いていた。

 この遊歩道沿いにあるサクラおすすめの喫茶店でコーヒーとケーキを食べるためだ。

 サクラが言った。

「ここね。桜の名所なんだよ。用水路の両岸にある木は全部桜で、春になると桜の花で川が覆われるの。とても絶景よ」

 嬉しそうに説明するサクラを見てタケシは

「へぇ、そうなんだ。僕も見てみたい。春にまたここ来ようよ」

 と言った。

「今度の春、絶対だよ」

 とサクラも微笑みながら言った。


 それから、また何日か経ったある日のこと、タケシが一人で街を歩いていると、偶然、遠くのファーストフード店からサクラが出てくるところをみかけた。ただ、知らない男と一緒だった。

 二人はずいぶんと親しそうで、恋人同士のような振る舞いだった。しかも、男はなかなかの男前。

 タケシは気が動転した。

「サクラ、彼氏いたんだ…」

 その夜、彼女からメッセージが来た。

「ねぇ、また明日会わない?行きたいところがあるの」

 まだ、頭の中が整理できていないタケシは

「ごめん。今、体調悪くて無理」

 と断った。

 その夜は、タケシにとってとても憂鬱な夜で、アパートで一人、ほぼ朝まで葛藤をした。


 次の日、またサクラからメッセージが来た。

「ねぇ、元気になった?」

 一晩葛藤して、少し気持ちも落ち着いたタケシは、彼女と会うことにした。

 むしろ、あの男のことを聞いて、このモヤモヤをすっきりさせようと思った。


 タケシはサクラに会った。

 タケシの深刻そうな顔に気付いたサクラは

「ねぇ、どうしたぁ?まだ体調悪いの?」

 と聞いた。

 そして、タケシは、大きく一つ深呼吸をすると、サクラに聞いた。

「あのさぁ、おととい、知らない男の人といるのをみた。あれって彼氏?」

 サクラは一瞬、キョトンとしたが、少し考えて、何か合点がいったようだ。

 そして、サクラは

「ははぁ、なるほどねぇ。そういうことか。さては、私にやきもち焼いてるんでしょ?」

 さらに続けて、

「実は、彼氏いるのー」

 タケシの顔はこわばった。

 それを見てサクラは

「うっそ。安心して。そういうのじゃないから。今度教えてあげる」

 と満面の笑みで言った。

 タケシは、

「そんなんじゃないけど…。ってかなんだよ、今度って…」

 タケシのモヤモヤは完全には解消されなかった。

 ただ、少なくとも、この前の男は、サクラの彼氏ではないようだ。そして、サクラはいつも通り明るく、やっぱり、自分に好意があるように見えることは確認できた。

 サクラは、そんなタケシを見ながら少し意地悪に笑った。


 サクラは、今日もタケシとの待ち合わせに向かっていた。

 ただ、この日は、タケシをびっくりさせるため、妹と妹の彼氏も一緒に待ち合わせ場所に連れていっていた。

 サクラには一卵性の双子の妹がいる。名前はスミレ。

 この前、タケシが偶然見たのは、サクラではなく、スミレだった。

 その日、スミレは、彼氏とデートをしていたのだが、それをタケシが目撃し、スミレをサクラと勘違いしたのだった。

 サクラは、ちょっとしたいたずら心で、タケシに予告なしに、今日、この二人を合わせようと企んだのだ。


 3人は、最寄り駅のプラットフォームで電車を待っていた。

 乗る電車は各駅停車で、次の快速列車が通過した後に来る。

 とその時、数人の小学生くらいの男の子達がすごい勢いで走ってきた。

 すると、その男の子達が、サクラたちの近くに立っていた盲目の女性にぶつかってしまい、女性は、ホームから転落しそうになった。

「あぶない!」

 サクラはとっさに、その女性のところまで走り、ホーム側へつき飛ばした。

 するとその反動でサクラは線路側へ勢いづき、そこへ快速列車が通過してしまった。

 全ては一瞬の出来事だった。


 何も知らないタケシは、待ち合わせの場所で待っていたが、いつまで待ってもサクラは来なかった。

 サクラへメッセージを送ってみるが、全く返信もない。

「どうしたんだろう」

 タケシはとても不安になる。

 一時間は待っていたが、全く返信もないので、タケシはあきらめて帰ることにした。


 その後も連絡がつかない日が続いた。

 タケシは不安でいっぱいになり、研究も手につかないでいた。

 そして一週間ほど経ったある日、サクラから再びメッセージが届いた。

 タケシはすぐにメッセージを開いた。

「ごめん。ちょっといろいろあって連絡がとれなかった。ねぇ。明日の夜、会えない?」

 久しぶりの彼女からの連絡に、タケシはとてもホッとした。

「何してたんだよ、心配したぞ。大丈夫なのか?」

 というタケシのメッセージに

「うん。ホントにごめん」

 というサクラからの返信。

 いずれにしても、タケシはサクラと明日の夜に会う約束をした。


 タケシは久しぶりにサクラに会った。

 しかし、久しぶりに会ったサクラに、タケシは少し違和感を感じた。

「何かイメチェンでもした?」

 と聞くタケシ。

「あ、うん。そうね。どこかわかる?」

 と笑いながら、はぐらかすサクラ。

 タケシは違和感を感じつつも、彼女にまた会えたことが嬉しかった。

 その日は、一緒にファミレスで夕食を食べ、夜の街を散歩した。


 次の日からもサクラにあったが、ふと、タケシはサクラのある変化に気付いた。会おうと誘ってくる頻度が以前よりも高くなったこと、そして、必ず夜の7時以降という決まった時間を指定するところだった。

 ある日、タケシは聞いた。

「最近、会うの、夜ばっかりじゃない?昼間は毎日予定が埋まってるの?平日は学校があるけど、週末とかさ」

 サクラは少し間をおいて答えた。

「そう、昼間はね、ちょっと、からだがあいてないの。ごめんね」

 そして、その話を切り上げるようにサクラは話を変えた。

「もうすぐ桜の季節ね。ねぇ、覚えてる、前に教えてあげた桜の名所。行こうね」

 タケシはそれ以上は質問については触れず、

「うん、そうだね」

 と答えた。


 サクラが約束の場所に来なかった日から7週間ほど経ったある日、二人は、サクラおすすめの桜の名所に夜桜を見に行った。

 桜は、八分咲きというところだったが、それでも見事なものだった。

 タケシは言った。

「へぇ、すごいね」

 サクラは

「良かった、タケシと一緒に、桜見られた」

 とつぶやいた。

 よく見ると、サクラの頬には涙が落ちていた。

 タケシは驚いた。確かに、桜はとてもきれいだが、涙を流してまで感動することではない。

 サクラの涙の量は徐々に増え、ついには泣き始めた。

「サクラ、どうした?何かあった?」

 サクラは何も答えないで顔を伏せている。

 タケシは、どうしたらよいかわからず戸惑ったが、夜の空気は寒かったので、そっと自分のコートをサクラにかけ、ただ、無言で寄り添った。


 時刻を見ると、夜の10時になっていた。

「ねぇ。遅いから、今日はもう帰ろ。家の近くまで送って行くよ」

 とタケシはやさしく言った。

 彼女は泣きながら

「うん」

 というが、動こうとしない。

 しばらく沈黙の後、彼女は

「あのね…、言わなきゃいけないことがあるの」

 ボソッと言った。

「どうした?」

 と聞くタケシ。

「あのね…、今日が ()()() なの」

 とサクラが言った。

 言われていることの意味がわからず、タケシは聞いた。

「何が?」

 サクラは続けた。

「もう会えないの、私たち…。私ね、もう、いなくなっちゃうの」

 最後の方は、涙で震えて聞き取れないくらいの声だった。

 タケシは頭をフル回転させたが、状況が飲み込めない。

 考えて考えて、思いついた質問を投げた。

「それって、前みかけた、例の男と付き合ってるから?とか、そういう理由?」

 サクラは首を振る。

「ううん」

 サクラは声の震えをおさえるため大きく深呼吸をし、そしてゆっくりと説明をした。


 実は、サクラには双子の妹がいること。

 タケシが見たのは妹と妹の彼氏だったこと。

 そして彼女は、以前、タケシとの約束に来られなかった日、待ち合わせの場所に行く途中、事故に遭って死んだこと。

 ただ、彼女の魂だけは残り、双子の妹の身体に乗り移ることができたこと。

 今、目の前にいるのは、妹の身体に乗り移った彼女の魂であること。

 妹にも生活があるから、夜の間だけ妹の身体を借り、タケシに会っていたこと。

 今日は死後49日で、魂がこれ以上この世にとどまれないこと。


 あまりにも突拍子のない話ではあったが、タケシには、サクラは嘘をついてないと確信が持てた。タケシは涙がどっと出てきた。

 そして、もう一つ、サクラは言った。

「ちゃんと言えなかったけど、私、タケシのこと好きだよ。大好き」

 そしてタケシは泣きながら必死で言った。

「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。そしたら、この限られた時間に、もっといろいろしてやれたのに」

 そしてタケシは続けて言った。

「そんなの急すぎだよ。僕だってサクラのこと、好きだよ。行かないでよ」


 最後にタケシに言ってもらった「好きだよ」がサクラには嬉しかった。

 サクラは泣きながら微笑み、そして消えた。


 サクラの魂は抜け、目の前にいるのは妹のスミレだった。

 スミレは言った。

「お姉ちゃん、逝っちゃったね。タケシさんありがとう。お姉ちゃん、最期は願いがかなって幸せだったよ」

 二人はしばらく泣いた。


 スミレの終電が過ぎたので、タケシはタクシーを呼び、スミレを乗せた。

 スミレはタクシーに乗り、タケシは桜並木の遊歩道を歩いて帰った。

 ライトアップされた桜は、いつの間にか満開になっていたが、その美しさは、タケシに感動を与えなかった。

最期まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

大感謝です!

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