サクラの思い
ちょっと切ない恋愛エピソードです。
最期まで読んでいただけますと嬉しいです!
修士論文の中間報告が近づいてきており、タケシは、先行研究の調査を行っていた。
タケシは東京にある大学院、工学系研究科の研究室に所属する修士一年生であった。
タケシは、先行研究の論文を調べていく中、一つ重要と思われる参考書の文献名を発見した。
ネット販売で調べてみたが、参考書は学生には高額であり、中身を十分に確認してからでないと、はずしたときの精神的ダメージが大きいと思った。そこで、タケシは、都内の大きな駅にある大型書店に行って、見てみることに決めた。タケシはその駅の隣駅にアパートを借りて暮らしており、アパートから書店までも歩いて行ける。
書店に着いたタケシは、店内のエスカレーターに乗って上の階に移動し、専門書のコーナーに着いた。
その階に着いたタケシはフロアにある検索端末で本を検索し、参考書のある棚にたどり着いた。
タケシは普段めったに書店には行かないため、無数に並ぶ本の中から、お目当ての本を探すのにしばらく時間がかかった。しかし、しばらくして、やっとみつけることができた。
目の前の棚の、少し高いところにある、分厚い本だ。
タケシは参考書を本棚からとろうとするが、本棚には思いのほか本がぎっしりと詰まっていて取りにくい。そこで、タケシは少し力を入れて参考書を抜いた。すると、隣の本も数冊一緒に本棚から抜けてしまい、そのまま落下してしまった。
「あっ!」
とタケシが思った直後に、
「痛っ!」という女性の声が聞こえた。
なんと、落下した本が知らない女性の顔か頭にぶつかったのだ。
タケシは動揺して必死に謝った。
「本当にすみません。怪我はありませんでしたか?」
そういうタケシに、女性は
「いえ、大丈夫です。」
と答えつつも下を向いている。
何か落としたかな?とタケシが思いつつ女性のほうに一歩踏み出したところで
「あっ!」
と女性が叫び、その直後にタケシは足裏に違和感を感じた。
「バキッ!」
明らかに何かを踏んでしまった。
恐る恐る自分の足の下を見ると、そこには踏まれて無残な姿になった眼鏡があった。
落下した本が女性の顔にぶつかり、女性がかけていた眼鏡が落下したのだろう。そして更に、その眼鏡を自分が踏んで壊してしまったのだ。
タケシは、この状況に更に大きく動揺してしまう。
女性はがっかりした表情をしつつも、
「大丈夫です」
と言って、眼鏡を拾い、その場を去ろうとした。
タケシとしては、さすがに全く責任を取らずに放置するわけにはいかず、せめて眼鏡を弁償させてもらうことにした。
どうやら、彼女はとても近視が強いらしく、眼鏡をかけないと、ほとんど見えていない様子だった。
タケシは、あわてて、手に持っていた参考書を棚に戻して、女性を連れて、近くにある眼鏡量販店に行った。
そこで女性は代わりの眼鏡を作って、タケシはその代金を支払った。
その量販店は即日商品の引き渡しができることで知られているが、その日は混雑のため、受け渡しまでに2時間程度かかるとのことだった。
女性は、
「こんなにしていただいて、本当にすみません」
と謝るが、タケシは、明らかに悪いのは自分だと思っていたので、とてもばつが悪かった。
彼女は、眼鏡がないと、周囲がよく見えないので、タケシは眼鏡を受け取るまで一緒にいてあげようと思った。
彼女が、
「そういえば、私、参考書買わなきゃ」
と言うと、タケシは
「あ、僕も参考書買わなきゃ。じゃあ、一緒にさっきの書店に行きましょう。見えないと思うので、参考書探すの手伝いますよ」
と言って、二人はさっきの書店に戻った。
書店に着くと、タケシは、彼女の探している参考書も一緒に探した。
実は、彼女も大学院修士の学生で、タケシと近いテーマを研究していることがわかった。
「びっくり、テーマ同じですね?」
とタケシが言うと、彼女も
「そうですね」
と少し嬉しそうに驚いた。
参考書を購入した後、眼鏡の引き取り時刻まで、まだ1時間ほどあったため、書店の中にあるカフェで時間を潰すことにした。
そこで二人は、研究テーマについての会話をし、盛り上がった。
これをきっかけに、二人は、打ち解けた。
二人の会話も、いつの間にか友達口調にかわっていた。
眼鏡を受け取ったのち、別れ際に、タケシは、
「ねぇ、研究テーマについて、もっといろいろと話したいから、また会わない?」
と、少し勇気を出して言った。もちろん、研究テーマは会いたいための口実である。
すると彼女は
「うん、いいよ」
と言って、承諾してくれた。
タケシの内心は完全に春真っただ中だったが、なるべく表情に出さないように抑えた。
二人はSNSの連絡先を交換した。
彼女のハンドルネームは『サクラ』だった。
「サクラって、君の名前?あ、僕はタケシ」
彼女は、うん、とうなずいた。
そして二人はときどき会う仲となった。
何度か会っているうちに、タケシはサクラの魅力にますます惹かれていった。
サクラも同じく、会うたびにタケシに惹かれていった。
研究テーマの話以外でも、ショッピング、散歩、食事など、いろいろなところへ一緒にでかける仲になった。
ある日、タケシとサクラは用水路わきの遊歩道を歩いていた。
この遊歩道沿いにあるサクラおすすめの喫茶店でコーヒーとケーキを食べるためだ。
サクラが言った。
「ここね。桜の名所なんだよ。用水路の両岸にある木は全部桜で、春になると桜の花で川が覆われるの。とても絶景よ」
嬉しそうに説明するサクラを見てタケシは
「へぇ、そうなんだ。僕も見てみたい。春にまたここ来ようよ」
と言った。
「今度の春、絶対だよ」
とサクラも微笑みながら言った。
それから、また何日か経ったある日のこと、タケシが一人で街を歩いていると、偶然、遠くのファーストフード店からサクラが出てくるところをみかけた。ただ、知らない男と一緒だった。
二人はずいぶんと親しそうで、恋人同士のような振る舞いだった。しかも、男はなかなかの男前。
タケシは気が動転した。
「サクラ、彼氏いたんだ…」
その夜、彼女からメッセージが来た。
「ねぇ、また明日会わない?行きたいところがあるの」
まだ、頭の中が整理できていないタケシは
「ごめん。今、体調悪くて無理」
と断った。
その夜は、タケシにとってとても憂鬱な夜で、アパートで一人、ほぼ朝まで葛藤をした。
次の日、またサクラからメッセージが来た。
「ねぇ、元気になった?」
一晩葛藤して、少し気持ちも落ち着いたタケシは、彼女と会うことにした。
むしろ、あの男のことを聞いて、このモヤモヤをすっきりさせようと思った。
タケシはサクラに会った。
タケシの深刻そうな顔に気付いたサクラは
「ねぇ、どうしたぁ?まだ体調悪いの?」
と聞いた。
そして、タケシは、大きく一つ深呼吸をすると、サクラに聞いた。
「あのさぁ、おととい、知らない男の人といるのをみた。あれって彼氏?」
サクラは一瞬、キョトンとしたが、少し考えて、何か合点がいったようだ。
そして、サクラは
「ははぁ、なるほどねぇ。そういうことか。さては、私にやきもち焼いてるんでしょ?」
さらに続けて、
「実は、彼氏いるのー」
タケシの顔はこわばった。
それを見てサクラは
「うっそ。安心して。そういうのじゃないから。今度教えてあげる」
と満面の笑みで言った。
タケシは、
「そんなんじゃないけど…。ってかなんだよ、今度って…」
タケシのモヤモヤは完全には解消されなかった。
ただ、少なくとも、この前の男は、サクラの彼氏ではないようだ。そして、サクラはいつも通り明るく、やっぱり、自分に好意があるように見えることは確認できた。
サクラは、そんなタケシを見ながら少し意地悪に笑った。
サクラは、今日もタケシとの待ち合わせに向かっていた。
ただ、この日は、タケシをびっくりさせるため、妹と妹の彼氏も一緒に待ち合わせ場所に連れていっていた。
サクラには一卵性の双子の妹がいる。名前はスミレ。
この前、タケシが偶然見たのは、サクラではなく、スミレだった。
その日、スミレは、彼氏とデートをしていたのだが、それをタケシが目撃し、スミレをサクラと勘違いしたのだった。
サクラは、ちょっとしたいたずら心で、タケシに予告なしに、今日、この二人を合わせようと企んだのだ。
3人は、最寄り駅のプラットフォームで電車を待っていた。
乗る電車は各駅停車で、次の快速列車が通過した後に来る。
とその時、数人の小学生くらいの男の子達がすごい勢いで走ってきた。
すると、その男の子達が、サクラたちの近くに立っていた盲目の女性にぶつかってしまい、女性は、ホームから転落しそうになった。
「あぶない!」
サクラはとっさに、その女性のところまで走り、ホーム側へつき飛ばした。
するとその反動でサクラは線路側へ勢いづき、そこへ快速列車が通過してしまった。
全ては一瞬の出来事だった。
何も知らないタケシは、待ち合わせの場所で待っていたが、いつまで待ってもサクラは来なかった。
サクラへメッセージを送ってみるが、全く返信もない。
「どうしたんだろう」
タケシはとても不安になる。
一時間は待っていたが、全く返信もないので、タケシはあきらめて帰ることにした。
その後も連絡がつかない日が続いた。
タケシは不安でいっぱいになり、研究も手につかないでいた。
そして一週間ほど経ったある日、サクラから再びメッセージが届いた。
タケシはすぐにメッセージを開いた。
「ごめん。ちょっといろいろあって連絡がとれなかった。ねぇ。明日の夜、会えない?」
久しぶりの彼女からの連絡に、タケシはとてもホッとした。
「何してたんだよ、心配したぞ。大丈夫なのか?」
というタケシのメッセージに
「うん。ホントにごめん」
というサクラからの返信。
いずれにしても、タケシはサクラと明日の夜に会う約束をした。
タケシは久しぶりにサクラに会った。
しかし、久しぶりに会ったサクラに、タケシは少し違和感を感じた。
「何かイメチェンでもした?」
と聞くタケシ。
「あ、うん。そうね。どこかわかる?」
と笑いながら、はぐらかすサクラ。
タケシは違和感を感じつつも、彼女にまた会えたことが嬉しかった。
その日は、一緒にファミレスで夕食を食べ、夜の街を散歩した。
次の日からもサクラにあったが、ふと、タケシはサクラのある変化に気付いた。会おうと誘ってくる頻度が以前よりも高くなったこと、そして、必ず夜の7時以降という決まった時間を指定するところだった。
ある日、タケシは聞いた。
「最近、会うの、夜ばっかりじゃない?昼間は毎日予定が埋まってるの?平日は学校があるけど、週末とかさ」
サクラは少し間をおいて答えた。
「そう、昼間はね、ちょっと、からだがあいてないの。ごめんね」
そして、その話を切り上げるようにサクラは話を変えた。
「もうすぐ桜の季節ね。ねぇ、覚えてる、前に教えてあげた桜の名所。行こうね」
タケシはそれ以上は質問については触れず、
「うん、そうだね」
と答えた。
サクラが約束の場所に来なかった日から7週間ほど経ったある日、二人は、サクラおすすめの桜の名所に夜桜を見に行った。
桜は、八分咲きというところだったが、それでも見事なものだった。
タケシは言った。
「へぇ、すごいね」
サクラは
「良かった、タケシと一緒に、桜見られた」
とつぶやいた。
よく見ると、サクラの頬には涙が落ちていた。
タケシは驚いた。確かに、桜はとてもきれいだが、涙を流してまで感動することではない。
サクラの涙の量は徐々に増え、ついには泣き始めた。
「サクラ、どうした?何かあった?」
サクラは何も答えないで顔を伏せている。
タケシは、どうしたらよいかわからず戸惑ったが、夜の空気は寒かったので、そっと自分のコートをサクラにかけ、ただ、無言で寄り添った。
時刻を見ると、夜の10時になっていた。
「ねぇ。遅いから、今日はもう帰ろ。家の近くまで送って行くよ」
とタケシはやさしく言った。
彼女は泣きながら
「うん」
というが、動こうとしない。
しばらく沈黙の後、彼女は
「あのね…、言わなきゃいけないことがあるの」
ボソッと言った。
「どうした?」
と聞くタケシ。
「あのね…、今日が さいご なの」
とサクラが言った。
言われていることの意味がわからず、タケシは聞いた。
「何が?」
サクラは続けた。
「もう会えないの、私たち…。私ね、もう、いなくなっちゃうの」
最後の方は、涙で震えて聞き取れないくらいの声だった。
タケシは頭をフル回転させたが、状況が飲み込めない。
考えて考えて、思いついた質問を投げた。
「それって、前みかけた、例の男と付き合ってるから?とか、そういう理由?」
サクラは首を振る。
「ううん」
サクラは声の震えをおさえるため大きく深呼吸をし、そしてゆっくりと説明をした。
実は、サクラには双子の妹がいること。
タケシが見たのは妹と妹の彼氏だったこと。
そして彼女は、以前、タケシとの約束に来られなかった日、待ち合わせの場所に行く途中、事故に遭って死んだこと。
ただ、彼女の魂だけは残り、双子の妹の身体に乗り移ることができたこと。
今、目の前にいるのは、妹の身体に乗り移った彼女の魂であること。
妹にも生活があるから、夜の間だけ妹の身体を借り、タケシに会っていたこと。
今日は死後49日で、魂がこれ以上この世にとどまれないこと。
あまりにも突拍子のない話ではあったが、タケシには、サクラは嘘をついてないと確信が持てた。タケシは涙がどっと出てきた。
そして、もう一つ、サクラは言った。
「ちゃんと言えなかったけど、私、タケシのこと好きだよ。大好き」
そしてタケシは泣きながら必死で言った。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。そしたら、この限られた時間に、もっといろいろしてやれたのに」
そしてタケシは続けて言った。
「そんなの急すぎだよ。僕だってサクラのこと、好きだよ。行かないでよ」
最後にタケシに言ってもらった「好きだよ」がサクラには嬉しかった。
サクラは泣きながら微笑み、そして消えた。
サクラの魂は抜け、目の前にいるのは妹のスミレだった。
スミレは言った。
「お姉ちゃん、逝っちゃったね。タケシさんありがとう。お姉ちゃん、最期は願いがかなって幸せだったよ」
二人はしばらく泣いた。
スミレの終電が過ぎたので、タケシはタクシーを呼び、スミレを乗せた。
スミレはタクシーに乗り、タケシは桜並木の遊歩道を歩いて帰った。
ライトアップされた桜は、いつの間にか満開になっていたが、その美しさは、タケシに感動を与えなかった。
最期まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。
大感謝です!




