本来の相手の所に戻っただけだった
あけましておめでとうございます。
「お前との婚約を破棄する」
婚約者とのお茶会。婚約者の開口一番の言葉がそれだった。
「えっ?」
戸惑っているこちらにお構いなしに、
「考えてもみろ。俺は開祖の王と同じくらいの魔力を持つ王になると言われている存在だ。そんな輝かしい人生にお前のような地味な王妃など相応しくないだろう」
魔王率いる魔人が暴れまわっていた時代に世界を救った英雄である開祖の王と同じと言われているのは事実。王子の言葉に、確かにわたくしは地味だと思ったが、
「あの……」
もともとこの婚約は殿下の希望だった。だけど、希望した割に態度は冷たく、たまたますれ違っても舌打ちをされて無視されるのがほとんどだった。
それでも、王命という形で決められた婚約でこちらは従うしかない状態だったので破棄が出来るのかという問いかけをしたかったが口を挟む隙を与えてくれない。
記憶違いだったかとほとんど覚えていない記憶を呼び戻していくと、確か貴族の子供たちで顔合わせの最中に魔力暴走を起こした殿下をたまたま近くにいたわたくしが支えたら魔力暴走が収まって……。
「婚約した当時は魔力暴走を止めてくれた存在だと思ったから側におこうと思ったが、魔力暴走は全くなくなったし、今ではどんな魔術も思いのままに使える。――お前との婚約は間違っていたんだよ」
殿下がそんな話をしている途中で一人の少女が殿下の傍に近付いてくる。王城で次期王と言われる殿下とその婚約者のお茶会だ。許可を出さない限り誰も来れないはずなのに――。
「最後に紹介しよう。新しい婚約者のアイーダだ」
「アイーダ・ベルシュタインです」
「えっ? べ……ベルシュタイン公爵令嬢……」
貴族系図を王族に嫁ぐからと学んだのでベルシュタインが公爵家の名字だと知っていた。
「伯爵家のお前でも知っていたか。そうだ。アイーダはお前と違って家柄もいい。俺の婚約者に相応しいだろう」
「今までお疲れさま。メリカ・ユールフェン伯爵令嬢」
そんな言葉とともに追い出される。追い出すように命じられた侍女もどこか面白がるような笑みを……身分は自分たちの方が上なのに下の身分のわたくしに頭を下げ続けていたから快く思っていなかったのだろう。「いい気味」
誰かの声が聞こえ、そのまま城から追い出された。
「どうしよう……」
殿下の婚約が決まってからいつ魔力暴走が起きても大丈夫なようにと城に住むのを強要され、気が付いたら家族と疎遠になってしまったので今更家に帰れない。というか物心ついてすぐの王城住みなので自分の家がどこにあるのかもよく分かっていない。
馬車を拾えば連れて行ってもらえるかもしれないが、どこで馬車を拾えばいいのかも知らないし、料金はどれくらいかかるのかも分かっていない。
どうしようと心底困っていたらふと、
『困ったら……』
以前、ある人に言われた言葉を思い出した。
「確か……、城門の左……。蔦が絡まっている屋敷……」
ドレスのまま歩くには少し距離がある場所。だけど、すぐに見つかる。
「あった」
王弟所持のお屋敷。
とは言っても、さてここからどうすれば……。
「ああ。来てくれたんだ」
困っていたら扉が開き、王弟子息である一人の青年。
「メリカ」
「お久しぶりです。――ディオさま」
王弟の屋敷というのにどこか簡素で人が少ない屋敷。
「すみません急に。――困ったら訪ねておいでと言われたのを鵜呑みにして」
実は断られないかと内心不安だった。
「鵜呑みにしてくれてよかったよ。社交辞令だと思われたら恩を返せないしね」
これの。
そう告げて見せてくれたのは幼い時に持っていた拙い刺しゅうのハンカチ。
「まだ、持っていたんですね。お恥ずかしい……」
「なくさないよ。宝物だからね」
どこか柔らかい眼差し。
殿下の従弟のディオさま。
この方とは、顔合わせの時の魔力暴走事件が起きる前に会っていた。体調が悪そうに青ざめてしゃがんでいたのでしばらく傍にいて水を渡したりと介抱の真似事をしていた。
その際脂汗が酷かったので顔を拭いたのがこの刺しゅうのハンカチだった。
『あ……ありがとう……』
青ざめた顔で必死にお礼を述べていた。
『何か、お礼をしたい……名前を……』
と話をしている間にディオさまの状態に気付いた侍女がディオさまを医務室に連れて行った。それきりになってしまい、その後に殿下の魔力暴走で気が付いたら殿下の婚約者になっていた。
数日後王城で再会した時に互いの立場を知り、ディオさまは、
『何か困った時は僕に頼ってほしい』
と自分の屋敷の場所を教えてくれた。
その当時は教えられても行くことはないと思っていたのだが……。
「魔力暴走ほどではないけど、体内の魔力で身体が蝕まれ生活するのもやっとだったんだ。特に人が多い空間は苦痛で、その影響で屋敷に人を雇いたくても雇えない」
実質独り暮らしだとどこか楽しそうに軽口を述べる。
「そうだったんですか」
それでこんな簡素な生活を。
「まあ、不便ではないけどね」
目の前でポットが宙に浮かび、カップにお茶を注ぐ。
何処からともかくお茶菓子が運ばれてくる。
「魔術ですね……」
「うん。身体が成長したし、今日は特に力が安定しているから繊細なことも出来る」
レモンを薄く切って、添えられる。
「ミルクティーの方が良かったかな?」
「いえ、暖かい日はレモンティーの方が好きなので」
寒い日はミルクティーの方が好みだけど。
お茶はとても美味しく。茶葉自体いいものなんだろうけど、淹れ方が上手いのも分かる。
「そう。よかった」
しばらくお茶とお菓子を堪能して、
「これからどうする? 従兄が迎えに来るのを待ってもいいけど」
そんなことを問われて考える。
殿下の迎え?
すれ違うだけで舌打ちをする人が?
嫌悪を顕わにしている人が?
「あり得ませんし、迎えに来られても迷惑です」
そう。魔力暴走を抑えたからという理由で親元から引き離されて、王族に嫁ぐからという理由で詰め込まれた教養の数々。自分よりも身分が低いくせにと冷たい対応をし続けてきた侍女やメイドたち。
また、あそこに戻るのだけは……。
身体が小刻みに震える。そっと自分を慰めるように抱きしめる。
「――っ!! あいつっ!!」
苛立ったような舌打ち。
「もう大丈夫。君に手出しをさせない」
優しく微笑んだかと思ったら、ぱちんと指を鳴らす。
「えっ?」
足元には魔法陣。それが広がったと思ったら床全体が光って、
「うん。成功だ」
窓まで誘導されたと思ったら見たことない場所の景色が広がっている。
「国のごたごたに巻き込まれるのは面倒だったから以前からマーキングしていた場所に転移したんだ。ちなみにかつて魔王の住んでいた地域であまり人が来ないところ」
よほどの事が無いと追いかけられないから安心してと言われる。
「転移の魔術っ……!? そんなことがっ……しかも建物ごとなんて……っ!!」
驚いて声を上げてしまうと、ディオさまは屋敷が壊れていないかを目視してから。
「やはり、仮説が当たっていたな……。複雑な気持ちだけど」
困ったように読んで欲しいと言うかのように一冊の本を差し出してくる。
「これは、辞書が必要ですね」
現代では使われていない文字で書かれている本なので辞書を使わないと読めそうにない。
「辞書を使わないと読めない。そう判断できる時点で、英才教育がしっかり身についているね」
「ええ。まあ」
殿下は勉強から逃げていた分。わたくしに回ってきた物も多い。王を支えるのは妃になるわたくしの義務と言われて。
「ここまで優秀な人材を手放して、二重の意味で馬鹿だな」
呆れたように、たぶんここに居ない殿下に向かって告げるような口調。
「長い話になるから座って聞いてほしい」
椅子まで案内されて腰を下ろす。
「今は伝わっていない開祖の、そして、魔人。魔王の話なんだ」
かつての世界には強力な魔力を持っている人は普通に存在していた。
「魔力を持つ者たちは、自分の魔力で苦しむ性を持ち合わせて、その苦しみから逃れるために破壊衝動に走る者が多かった。それが、魔人。魔王と呼ばれる者たちだったが、それより以前はそんな呼ばれ方をしていなかった。――魔力を持つ者を恐れた人間が、彼らより優位に立とうとして行った結果だった」
「行った……。何を?」
「――大切な者を殺したんだ」
本を開くと挿絵がある。
多くの人が殺される惨い挿絵。
「魔力を持つ者には必ず対になる制御する者も居るんだ。暴走した魔力を抑え、能力を強化して、繊細な制御を教えてくれるストッパー。それを奪われた人たちが魔人となり、魔王となった」
「そ、そんな……」
想像するだけで血の気が引く。大切な人を奪われて、魔力が暴走して苦しんでいる。おそらく怒りや悲しみに囚われて……。
「そんな同胞の苦しみを救いたいから開祖の王は魔王を倒した。それが真相」
「だから英雄ではなく開祖と名乗っていたんですね」
英雄。勇者と言われてもおかしくないのにそんな風に呼ばれていた王。
「開祖の王には魔力暴走を抑えるストッパーがいたからこそ正気でいられた。で、その後は魔力を持つ者は少なくなり、魔力もどんどん弱まってきたから歴史の中にストッパーのことは消え去っていたんだけど……」
視線を向けられる。
「シルへは開祖の王と同じくらいの魔力を持つと持て囃されている。そして、僕もね」
言われて気付く。こんな建物ごと転移するなどよほどの魔力を持たないとできない。そして、繊細なコントロールも……。
「ディオさまも……」
「うん。――タイミング悪いとしか思えなかったよ。あの時助けてくれた女の子に恋をして、体調が戻ったら結婚を申し込もうと思ったらさ。あいつの婚約者になっているし、魔力制御のストッパーの力があることが分かったから。伝えるタイミングがそれ狙いだと思われるだろうし……。はあぁ~。情けない」
でも、それを隠すことをしないのは誠実さの表れだろうなと思える。少なくともあの殿下よりはましだ。
「――シルへと比べられるのも屈辱だけど、仕方ないよね」
一生懸命取り繕おうとした顔が赤くなっていてなんか可愛らしい。
そんなディオさまに、
「困った時は訪ねておいでと言ってくれたのは殿下と婚約中でした」
全く困っていない時。殿下が婚約を破棄しようと言い出さなかったら思い出しもしなかっただろう。
「わたくしも同じですよ」
微笑んで告げる。
誠実さが感じ取れるさまに、本当に助けてくれた事実が嬉しかった。
「殿下よりも先にわたくしはディオさまを助けていました。――それが答えではないのですか」
付け込んだのではなく、元に戻っただけ。
微笑んだまま告げるとディオさまは嬉しそうに顔を綻ばせた。
風の噂では、殿下はわたくしが居なくなった数日後に魔力暴走を起こし、それに多くの人が巻き込まれて、怪我人を出してしまった。
その怪我人には、殿下の新しい婚約者となった公爵令嬢も居たとか。
後、王弟の子供であるディオさまの屋敷が無くなったことはもともと老朽化で立て壊す予定だったと言うことで違和感を感じさせなかったとか。
いろいろ聞いたけど、わたくしには遠い話だ。
だって、わたくしは、
「メリカ。そろそろ替わってくれ、腕が……」
「はい、分かりました」
ディオさまが腕をプルプルと震わせながら抱きかかえているのは可愛い息子。
その子を抱っこするのを交代すると、
「魔力を使いながらの抱っこは辛かった」
腕を揉みながら苦笑する目の前にはゆっくりと宙に浮かぶぬいぐるみたち。先ほどまで泣いていた息子をなだめるために魔法を使っていたのだ。
「ふふっ。お疲れさまです」
そんな優しい夫と子供が居るのだ。それ以外に余計なことを考えるつもりは毛頭なかったので、母国のことも元婚約者のこともすぐに記憶から抹消したのだった。
魔力を制御する存在がいる設定って好きです。
本当は、その制御する存在を奪われて魔王になった人の話を書きたかったりする。




