第96話 アクティ救出03
ルークスは一目散にアクティのもとへ駆け寄った。
瓦礫の散らばる地面を踏みしめ、彼の胸は激しく高鳴っている。
目に飛び込んできたのは、包帯に覆われた小さな頭。
そこに宿る痛々しさが胸を締めつけ、ルークスは呼吸さえ忘れてしまうほどだった。
「アクティ……!」
声にならない叫びをもらしながら、彼は膝をつき、震える両腕で少女を抱きしめる。
その瞬間、アクティの体はびくりと揺れた。けれど、次の瞬間には堰を切ったようにルークスの胸に顔をうずめ、幼い声で泣きじゃくった。
「おじさま……っ! こわかったの……!」
張り詰めていた糸がぷつりと切れ、これまで必死に抑え込んでいた恐怖と不安が、一気にあふれ出していたのだ。
小さな肩が嗚咽に合わせて震えるたび、ルークスの胸にも鋭い痛みが走る。
「もう大丈夫だ。俺がいる。……絶対にもう、離さない」
そう言い聞かせるように、彼は強く抱きしめた。普段は涙を見せない彼の目からも、自然と熱い雫がこぼれ落ちていく。アクティの頬に落ちたそれは、悲しみではなく、無事を確かめられた安堵の涙だった。
――その一方で。
スタンザ伯爵に仕えてきた執事、エコーは、鋭い眼差しを残したまま瞬く間に帝国兵に取り押さえられていた。両腕を背に縛られ、その姿は威厳を保ちながらも捕虜に過ぎない。
当のスタンザ伯爵もまた、数人の帝国兵に取り囲まれた。彼は必死に暴れ、声を張り上げる。
「放せ! 私は伯爵だぞ! この私を、貴様ら如きが拘束するなど許されぬ!」
その叫びは、重い鎧の音と兵士の無言の力にかき消されていく。伯爵の必死の抵抗も、帝国の精鋭を前にしては何の意味もなさなかった。
周囲に集まる者たちは眉をひそめ、特にローグは顔を覆いたくなるほどの羞恥を覚える。
――これが、自分の父の姿なのか。
心の奥で、誇り高い父を夢見ていた少年の幻想が、音を立てて崩れていった。
そこへ、駆け込んできたガゼールとトレノが合流する。
二人の視線はすぐにアクティに注がれ、無事を確認した瞬間、目が潤んだ。
「アクティ様! ……よかった、本当に無事で……!」
「アクティ様が生きててくれた、それだけで……!」
涙に濡れた頬で笑みを見せたアクティは、二人の呼びかけに頷き返す。その笑顔は弱々しくも確かな光を宿し、彼女を想う全員の心を温めた。
その頃、ルークスとガゼール、トレノは、居ても立ってもいられず帝国兵に問いかける。
「……その……ビック軍とサマーセット軍の戦は、どうなったのです?」
無表情を崩さなかった帝国兵の一人が、ふと唇をゆるめ、笑みを浮かべる。
「ご安心ください。ビック領の圧勝です! これはこの国どころか、世界史に刻まれるであろう歴史的快挙でございます」
その言葉は皆の胸を打ち抜いた。
「……勝った、のか……?」
拳を握りしめ、歓喜を爆発させるルークスたち。彼らは互いに手を取り合い、喜びを分かち合った。
「やった……! 勝ったんだ!」
ローグ、アルト、ビュイックも、信じられないものを目にしたかのように息を呑んだ。百対五千という絶望的な兵力差を覆す勝利――それはまさに奇跡であり、帝国に新しい時代が訪れることを予感させた。
こうして、スタンザとエコーは囚人のように拘束され、帝国兵に引き立てられていく。向かう先はもちろん、ビック領。帝国の正義の名のもとに、そこで裁かれる運命を背負っていた。
別れ際、アクティはアルトとスイフトの手を握りしめる。小さな手の温もりが、彼らの心に刻み込まれた。
「ほんとうにありがとう。ぜったい、またあいにくるから!」
涙をこらえた笑顔で放たれたその約束の言葉に、ローグ夫妻の目は熱く潤んだ。スイフトもまた、涙声で必死に叫ぶ。
「まってる! いつまでもまってるからね!」
その声に力強く頷き、アクティは振り返らずに歩き出した。
帝国兵に守られ、家族のもとへ戻る道を。
小さな背中に射し込む光は、再会の希望と、新たな未来を約束するかのように眩しかった。




