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第90話 開戦(そこそこグロいシーンがあります)

黎明の光が薄く霧に溶け、平原に冷たい空気が漂う中、フリードは剣を握りしめ、胸を張って立った。


「アクティを攫い、出鱈目な宣戦布告を行ったお前らの言い分など、笑止千万! 我らビック領の全兵力をもって、お前らを叩き潰す!」


その声は凛と大地を揺るがし、百人の兵たちの心に火を灯した。


農民も従者も、緊張の中に覚悟と勇気をまとい、一斉に剣や槍を握り直す。


だが、サマーセット軍の陣内からは、低く失笑が漏れた。五千の軍勢を前に、たかが百人の“万年田舎騎士爵”の叫びなど、戦場の風にかき消されるようなものだと、冷笑が混じる。


そんな中、総大将クリッパーがゆっくりと前に出た。無駄に煌びやかな宝飾の鎧が朝霧に光り、声は大地に響いた。


「三日の猶予を与えたというのに……やはり万年田舎騎士爵は愚か者だな。領主家族も、村民の一人残らず、容赦なく殲滅する。全軍、進め!」


その指示は瞬く間に伝令を通じ、平原を埋め尽くす五千の軍勢が統制の取れた行進を開始する。騎馬の蹄が大地を叩き、旗が風にたなびき、兵士がざわめく。


だが、フリードの眼差しは一瞬も揺らがない。彼の背後には、百人の兵たちの決意が重なり、冷たい霧の中に燃える赤い覚悟が立ち上る。


「さあ……来い! 我らビック領の誇りと、アクティを救うために、俺たちは立ち向かうぞ!」


その声は風を切り、霧の向こうまで響き渡った。五千の敵を前にしても、百人の覚悟は、まるで烈火のように燃え上がる――戦いの幕は、いま切って落とされる。





「……来たな」


フリードは低く息を吐き、剣の柄を強く握り直した。


百の兵と村民が、五千の敵に立ち向かう。数字だけ見れば笑い話にすらならぬ不利な戦い。


だが、背後には守るべき家族、仲間がいる。引くという選択肢は、この時点で存在していなかった。


「全員、配置につけ!」


フリードの声が低くも鋭く響く。


槍を持った農民兵たちは、震える膝を押さえ込みながら柵や盛土の後ろへ身を潜める。


その目の前100メートル先の扇のいくつかある出口の先の地下には、オデッセイとセリカ達が深夜に仕掛けた焙烙玉を改造した簡易地雷が並んでいた。


火打ち石の仕掛けと火薬、詰め込まれた鉄片。馬が踏めば――それは爆炎と共に地獄の口を開ける。


フリードらの前方には、左右の森へ展開した敵兵千ずつ、正面には重装歩兵と騎馬隊。さらに後列には七十の魔導士が並ぶ。


五千の軍が整然と揃う光景は、百の民兵にとって圧迫感を通り越した絶望そのものだった。


「……ここが踏ん張りどころだ」


フリードは唇を噛み、陣の後方に並ぶヴァリーと視線を交わす。


「お義父様、私は派手にやりますからね!」


ヴァリーは不敵な笑みを浮かべ、手のひらに小さな火球を生み出しては消す。彼女の役目は敵魔法部隊の壊滅――陣の命運を握る大任だった。



平原に響く角笛の咆哮が耳をつん裂く。


サマーセット軍が動き出した。


まずは先鋒――五百の騎馬が一斉に突撃。


鉄蹄の轟音が地を震わせ、乾いた土塊が激しく跳ね上がる。馬の鼻息と甲冑の軋み、旗の翻りが一つの黒い奔流となって迫る。


百の兵とその後方に控える村民たちは、その圧に思わず後ずさりしそうになる。


だがフリードの声が雷鳴のように飛んだ。


「構えを崩すな! ここで怯めば、すべてが終わる!」


突撃する騎馬隊は扇状に展開する障害物や木杭を器用に避け、幾つもの隙間を縫うように進んでくる。


その先に進んだ瞬間――一頭の馬が平原に隠された地雷を踏み抜いた。


轟音。


地面が裂け、黒煙があがり、炎と破片が吹き荒れる。


馬の下半身が消し飛び、騎乗していた兵は空中に舞い上がると、無残に首から折れ、地に叩きつけられた。


鉄片が飛散し、別の騎士や馬の顔を半ば吹き飛ばす。残された眼球が干からびた果実のように震え、叫ぶ間もなく絶命した。


次々と後続が突っ込み、連鎖するように爆炎が上がる。


馬が苦鳴を上げながら倒れ、その下敷きになった騎士の腹部から臓腑が流れ出す。血と土の匂いが混じり合い、平原を覆った。


「う、うわぁぁあ!」


「神よ……なんだこれは!」


敵兵の悲鳴と怒号が混ざる。


敵の空中からの魔法や弓での攻撃は想定していたが、何もない地面が爆発するなど、理の埒外のことだ。


予期せぬ爆発に混乱が広がり、統率が乱れた。指揮官の怒鳴り声が響くも、後続は止まれず、次々と死地へ飛び込む。


爆煙が広がり、視界が赤黒く染まる。


敵の最強の突撃力である騎馬隊は、一瞬にして半壊状態へと追い込まれていた。





「……これが我らの初手だ」


フリードは炎を越えて動く農民兵たちを見やり、低く呟く。


その背後、ヴァリーが叫ぶ。


「お義父様、今です!」


彼女の掌に収束した火球は、赤ではなく青白く輝いていた。


熱量は常の何倍だろうか――否。空気が一瞬で乾き、肌が焼けるような熱を放つ。


「食らええええッ!」


放たれた火球は音を置き去りにし、通常の魔法攻撃よりも速く敵魔法部隊へ直撃した。


瞬間、十人ほどの魔導士が一瞬で炭化し、黒い影となった。


皮膚が音を立てて焼け、骨すら白煙を上げながら崩れ落ちる。


「なっ……魔法だ! 魔法がこちらに!」


「ぐ、ぐわあああ!」


残る魔導士たちは慌てて防御を試みるが、次の火球が雨あられと降り注ぐ。


避ける暇もなく、青白い閃光が肉を焦がし、眼球を破裂させ、喉から悲鳴を絞り出させる。


後列に立っていた指揮役の老魔導士は半身を炭化させ、口を開けたまま倒れ伏した。


「よし、ヴァリー! 押し込め!」


フリードの指示に合わせ、ヴァリーは次々と火球を投げつける。


あまりの威力の違いに逃げ惑う敵魔導士たちは互いを押しのけ、味方の隊列を崩してしまう。


「全軍、進めッ!」


フリードの雄叫びが轟く。


農民兵たちは槍と盾を構え、恐怖を噛み殺しながら突撃を開始。


後列からはスリングの石弾が飛び、混乱した更に騎馬を襲う。馬の頭蓋を砕き、眼窩にめり込み、絶叫と共に騎士を振り落とす。


森の陰からは、焙烙玉を手にした村人たちが現れた。


火をつけ、敵兵の密集へと投げ込む。炸裂する炎が衣を焼き、血煙を上げる。


恐怖に駆られた敵兵は森へ突入しようとするが、待ち受けるのは待機した村人たちの罠と石礫。退路を断たれた者たちは狂乱の中で倒れていった。


「ひるむな! 押し返せ!」


フリードの声が飛ぶ。


敵は数で勝っているはずなのに、先鋒は炎と血の海に足を取られ、次の一手を打てずにいた。


はじめての体験に成す術がない。


本来なら蹂躙するはずのたった百足らずの民兵に押し込まれ、サマーセット軍の前列は崩壊の兆しを見せていた。


血の臭いが平原を覆う。


吹き飛ばされた馬の肉片、焼け焦げた人間の皮膚、破裂した眼球、泥にまみれた腸が転がる。


その惨状を見てもなお、ビック領の者たちは足を止めなかった。


「俺たちは……負けられんのだッ!」


フリードの叫びが、兵と村人の心を再び突き動かした。







そして、戦場に一人の修羅が「降臨」する。


「……ここで終わらせる!」


フリードの全身を淡い光が包んだ。


聖魔法――《身体強化》。


フリードは聖魔法を授かった。


しかし、その通常の魔法と違い、外へは放出できない。自分の肉体のみを強化する稀有な魔法。


筋肉が膨張し、肺の奥まで清涼な力が満ちる。視界が研ぎ澄まされ、周囲の喧騒すら遠のいていく。


次の瞬間、彼は弾丸のように地を蹴った。「な、速っ――」


敵兵の誰かが叫んだ時には、すでにフリードは騎馬隊のど真ん中へ飛び込んでいた。


最前列の指揮官級の騎士。重鎧を纏い、立派な羽飾りを兜につけたその男が、馬上から号令を上げようと口を開く。


だが、声は最後まで出なかった。


フリードの剣が光を引き裂き、兜ごと頭蓋を両断していたからだ。


鮮血が噴き上がり、断末魔は轟音にかき消される。


「ひいいっ! し、指揮官殿が――!」


動揺した騎馬兵たちの前で、フリードは更に一歩踏み込む。


その一振りはまるで暴風。


剣の一度の軌跡が半円を描き、重装歩兵十数人をまとめて薙ぎ払った。


鎧ごと砕かれ、兵士の体は地面を跳ねる人形のように吹き飛ぶ。


悲鳴、断末魔、骨の砕ける音が入り乱れ、戦場は一瞬にして阿鼻叫喚と化した。


「う、嘘だろ……ひ、人間じゃねえ……!」


「たった一人で……隊列が……!」


通常の歩兵など、剣閃を浴びる間もなく両断された。


肩から腰へ、鎧ごと真っ二つにされ、内臓がぶちまけられる。


斬られた者の血潮は雨のように降り注ぎ、足元の土を黒く染めた。


その圧倒的な力に、徴兵された農民兵たちはすぐに恐慌をきたした。


剣を放り投げ、後ろを振り返り、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「うわあああっ! もういやだ! 俺は故郷に帰る!」


「助けてくれぇええ!」


次々と背を見せ、瓦解していく敵陣。


フリードは血に濡れた剣を振り払いながら、なおも猛然と突き進んだ。


その姿はまさに戦場を駆ける野人――否、修羅。


誰も彼を止めることができず、触れることすら許されなかった。


「ふふ……やっぱりさすがですわ」


後方で魔法を放ちながら、ヴァリーが頬を染める。


「これがヴェゼル様のお父様……あぁ……もう、素晴らしい!さすがヴェゼル様だわ!」

(……何が?←周辺のビック軍の兵士の呟き。)


味方は驚愕し、敵は恐怖で心を砕かれる。


そのただ一人の奮迅が、戦場の天秤を大きく傾けていた。






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