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第89話 開戦直前

三日の猶予が与えられた夜、ビック領の館には、燭台の炎だけが揺れていた。


壁に掛けられた剣や盾の影が、ゆらゆらと揺れながら長い影を伸ばす。館の中は静まり返り、窓から差し込む月光が床に淡い線を描いていた。


地図を広げた机を囲むのは、ヴェゼル、フリード、オデッセイ、ガゼール、グロム、カムリ、そしてヴァリーたち。


深夜の空気が緊張で張り詰め、燭台の炎の揺らぎまでが、まるで戦場の鼓動のように感じられた。


「……では、今から僕たちは迂回するために行きます」


ヴェゼルは静かに告げた。目の前には広げられた地図がある。


森や平原、丘陵地帯のすべてが記されており、細かな距離や地形の起伏も明示されていた。


「収納箱に必要なものはすべて忍ばせた」ヴェゼルの言葉に、グロムが短くうなずく。


――準備されたすべての道具が、この決戦のために静かに待機していた。


オデッセイは深く息を吸い、ヴェゼルの肩にそっと手を置いた。


「……心配だけど、あなたならきっとやれるわ。森を抜け、敵陣をかいくぐって、必ず無事に戻ってきてね。私もここで、全員で待ってるから。生きて、笑顔でまたアクティと一緒に笑いましょう」


彼女の瞳は強く揺るがず、声には決意と優しさが混ざっていた。


「行く前に……皆、気をつけろよ。森の中で相手に気づかれたら、即座に戦闘になる」


フリードが低く警告する。彼の声は館の高い天井に反響し、重みを伴って届く。


「旦那様! 勝って戻ってきたら、ご褒美が欲しいです!」


ヴァリーが突然、身を乗り出して叫ぶ。月明かりに目が光り、頬が紅潮している。


ヴェゼルは苦笑し、頭をかすかに振った。


「……ヴァリーさん、、相変わらずですね」


「だって、危険な任務を任されるのに、お互いに報酬なしで頑張れると思いますか?」


ヴァリーは腕を組み、胸を張る。口元の笑みは気色ばんでいるが、瞳の奥には真剣さが光る。


「……わかりました。無事に戻ったら何か考えます」


ヴェゼルは短く答えると、森の向こうに視線を送り、深く息を吸った。彼の心臓は早鐘のように打ち、緊張と興奮が混ざり合う。


「じゃあ、行こう」


ヴェゼルの号令に、グロム、ガゼールが静かに立ち上がった。サクラがヴェゼルの方に乗っている。、月光の下で三人の影が揺れ、森の暗がりに溶け込んでいく。


「お父さんとヴァリーは正面でがんばってね」


ヴェゼルは言い残し、森の影へと滑り込む。彼の足取りは軽やかでありながらも、全身に緊張が漲っていた。敵に気づかれれば、即座に戦闘になる。その覚悟が、肌にひりひりと伝わる。





正面の戦場ではフリードが配置に目を配り、ヴァリーは魔法部隊を監視しながら準備をする。


敵の魔導士が一歩でも進めば即座に攻撃できる体勢が整っていた。


一方、オデッセイとセリカ達は深夜の平原に忍び込み、地雷を埋め込む作業を進めていた。


静まり返った空気の中、土を掘る音と、微かに金属が触れる音だけが響く。


焙烙玉の改造地雷は、馬が踏めば火花を散らす仕組みであり、その設置には正確さと神経を使う。


「マイラー、サニー、セリカ、ここで間違えないでね」オデッセイが耳打ちする。


「わかってます。慎重に行きます」セリカの手は震えていたが、その瞳には決意が宿っていた。



その頃、ヴェゼルはサクラの空中監視のもと、敵に気づかれぬよう森を進む。風が葉を揺らし、かすかな枝の軋む音さえも緊張を増幅させる。


夜の闇が深くなるにつれ、彼らの影は長く伸び、やがて森の奥深くに溶け込んだ。


二日目の深夜――。


ヴェゼルたちはついに敵本陣の後方に回り込むことに成功する。森の中で息を潜め、月明かりに照らされる本陣の位置を確認する。高くそびえる旗、整然と並ぶ兵士たち、そして中央に立つ本陣の陣幕。


「ここから先は、全力だ」ヴェゼルは静かに呟く。心臓の鼓動が耳元で響く。遠くで、正面のフリードたちの動きが確認できる。彼らの準備も完了している。


森の静寂を破らぬよう、ヴェゼルたちは最後の調整を行う。グロムとガゼールが取り持つ武器――すべてが計画通りに進んでいた。


「これで、明日の日の出が勝負だ」


ヴェゼルは肩越しに仲間たちを見やる。サクラが月明かりの中、空中から小さくうなずく。


全員の緊張と覚悟が、静かな夜を満たしていた。


森の奥で、ヴェゼルは深く息を吐き、拳を握った。


これまでの三日の猶予は、作戦を練り、村民たちを準備させ、地雷や奇襲ルートを確認するための貴重な時間だった。


「……あとは、朝を迎えるだけだな」


フリードは正面で隊列を整えながら、ヴァリーに小声で告げる。


「準備はいいな、魔法部隊の監視は任せたぞ」


ヴァリーはにこりと笑い、青白い魔法の光を掌に浮かべる。


「もちろんです! お義父様、安心してください。敵が魔法を使う前に、私が殲滅しますから!」



オデッセイとセリカも、平原の地雷を確認し、最後に土を被せて目立たないようにする。


「これで、どんな騎馬隊でも足止めできるはず」オデッセイは低く息をつく。


セリカはうなずき、火薬や地雷に最後の視線を送った。


このあとは、オデッセイとセリカは右陣の森の中の部隊の指揮を執る。


左陣はカムリとパルサーが指揮を執る。彼らもうまくやるだろう。


一方、森の奥でヴェゼルは目を閉じる。冷たい夜風が頬を撫でる中、心の中で決意を反復する。


「明日……必ず勝つ」


深夜がさらに深まり、館の燭台の炎が最後の揺らぎを見せる。遠くに聞こえる虫の声だけが、静かに森と平原を包み込む。百の兵と数名の精鋭、そして守るべき者たち――すべてが、この一戦にかけられている。


その夜、館には誰も眠れなかった。火薬や地雷の確認、魔法の準備、兵士や村民への最終指示。だが、それぞれの瞳には恐怖ではなく、決意が宿っていた。


そして、黎明の光が薄く空を染める頃――すべては決戦を迎える準備が整ったのである。


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