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第87話 作戦会議の日。意外?な人が参戦!?

帝国より与えられた期限の十日目――その前夜、ビック領の館の一室には重苦しい空気が漂っていた。


蝋燭の炎が揺らめき、長机を囲むのは領主フリード、妻オデッセイ、息子ヴェゼル、そしてグロムやカムリ、従者や村の有力者たちだ。


誰もが沈黙し、やがてヴェゼルが口を開いた。


「……あと三日、時間があれば、作戦はもっと確実になります」


若き領主子の声は低く、それでいてはっきりと響いた。視線が集まる中、ヴェゼルは続ける。


「敵の兵は五千。僕らは百。勝機を掴むには、準備を極限まで仕上げる必要があります。今の状態でもなんとか戦えます。でも、三日の猶予があれば、地雷と焙烙玉の配置を確実にできるし、槍隊も更に鍛え上げられる。遅滞戦術で、その時間を稼げれば……」


「だが、敵がそんなに待つと思うか?」とフリードが低く問い返した。彼の眉間には深い皺が刻まれている。



そのとき、オデッセイが一歩前に出た。灯りに映える金の髪が揺れ、鋭い瞳が光る。


「……待たせてみせます。私が交渉に出ましょう」


「なにを言っている!」フリードが声を荒げる。「敵の陣に赴くなど危険すぎる!」


しかし、オデッセイは揺らがない。まるで決意を固めた戦士のような表情で言い放った。


「降伏を前向きに検討している、そう伝えるのです。けれど、この領には酒、シロップ、白磁、知育玩具といった新しい産業があり、それを率いる指導者たちが権益を守るために反対していると説明する。そして三日あれば説得できると……。さらに、ヴェゼルとアビーの婚約についても、こちらからベクスター男爵にどうするかを伺いたいと申し添えるのです。もしかしたら、婚約破棄になるかもしれないように話を誘導して。そうするとクリッパーは誇り高いだけの自尊心が肥大したただの子供。自分が婚約を正統な形で結べる可能性があるとわかれば、敵の幹部の意見など聞かず、遅滞に応じる可能性が高いでしょう」


「……お前というやつは」フリードは頭を抱えた。


だが、オデッセイの目の奥には一片の迷いもない。結局、彼は深いため息をつくしかなかった。


そのやりとりの後、ヴェゼルが立ち上がり、机の上に広げた地図を指し示した。


「作戦を説明します。三日後、敵軍をこの平原で迎え撃ちます。まず左右の森に二十五人ずつを伏兵として配置。焙烙玉とスリングを持たせ、敵が森に兵を割いた瞬間に叩く。そしてすぐに撤退し、森に逃げ込むことで追撃を封じる。

正面は扇状に障害物を並べ、敵の騎馬隊を誘導する。狭まったその先に地雷源を仕掛け、騎馬を殲滅。そこにお父さん率いる槍隊で突撃し、混乱を叩き潰す。僕は――」


ヴェゼルの声が僅かに震えた。


「――少数精鋭を率いて迂回し、敵本陣の背後に潜伏します。そして決戦の火蓋が切られた瞬間、本陣に奇襲をかけます。そして、総大将を捕らえるか、最悪、殺してでも戦を終わらせる」


「馬鹿を言うな!」フリードが机を叩いた。「そんな危険な役目、お前に任せられるか!」


「そうよ!」オデッセイも叫ぶ。


「あなたに何かあれば……」


だが、ヴェゼルは堪えてきた思いを吐き出すように叫んだ。


「負ければ、僕たちは殺されるか、領を失い流浪するしかない! それなら僕は、この戦争に勝って、アクティを取り戻して、必ずみんな笑顔で迎えたい! そのためなら自分の命を賭けてもいい!」


涙が頬を伝う。若者の叫びに、誰もすぐには言葉を返せなかった。やがてフリードは目を閉じ、しばし沈黙の後に呟いた。


「……分かった。だが必ず、生きて帰れ」


「うん……」ヴェゼルは拳を握りしめて頷いた。


重い空気の中、会議は終盤へと差しかかろうとしていた


――そのときだった。突然、館の門の方が騒がしくなり、駆け足で廊下を走る音が響いた。


次の瞬間、扉が乱暴に開かれる。



「お待たせしましたぁぁぁぁぁぁ!」






場の空気をまったく読まぬ甲高い声とともに、鮮やかなドレスを翻して飛び込んできたのは


――ヴァリーだった。




「……えっ?」一同が固まる。


「未来の旦那様のために、魔法省を辞めて駆けつけました! 生きるのも死ぬのも旦那様と一緒です!」

(実際は魔法省への自分の辞表を、ヴェクスター男爵のバーグマンに渡して帝都に発送するようにお願いしただけです)


「だ、旦那様ぁ!?」それを聞いていた周囲が同じ言葉を発して、ざわめきが広がる。


オデッセイの目がカッと見開かれる。


「……ヴェゼル? どういうこと?」


ヴェゼルは頭を抱えながら、観念したように答えた。


「ごめんなさい、アクティがいなくなって、すぐに宣戦布告されたこの状況で、なかなか言えなかったんだ……ヴェクスター領でヴァリーさんとと婚約するって話が出て…………で、そういうことになって……」


ポケットからは「私は妖精夫人」と呟きが聞こえる。


「はぁぁぁぁ!?」オデッセイの叫びが響き渡る。


フリードは呆然と口を開け、従者たちは目を丸くした。


唯一、ヴァリーだけが嬉々としてヴェゼルの腕に絡みつく。


「うふふ、これで正式に奥様ですわね!」


「いやいやいやいや! アビーちゃんはどうするの!? そもそもあなたの年齢は!? 魔法省第五席が!? どうして!?」


オデッセイが大混乱に陥る。


その空気を無理やり断ち切るように、フリードが立ち上がった。


「…………めでたいことじゃないか! ヴェゼルの嫁と戦力が増えるのは良いことだ!」


「ちょっ……あなた!」


オデッセイが突っ込むが、場の緊張はどこか緩み、誰もが苦笑いを浮かべる。


 ヴァリーがこちらのホーネット村に来たこと、それと今回の婚約のことは、バーグマンもアビーも了承してると告げると、フリードもオデッセイも胸を撫で下ろして、とりあえずは納得してくれたようだった。


こうして、混乱のうちに作戦会議は幕を閉じた。だが、その空気の奥底には、確かに士気を支える強い絆と、奇妙な連帯感が芽生えていたのだった。







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